こんなことで、君は笑ってくれるかな?
僕には、彼女がいる。3年前、高校の卒業式にギリギリ告白したんだ。
優しい笑顔と、透き通った声色でいつも僕を癒やしてくれる子だった。
冴えない僕の仕草を見ても「神楽くんはいっつも笑顔で、見てるこっちが癒やされちゃう」なんて、笑ってくれた。
正直、告白したときは無理だ!って思ってた。そりゃあ、「ずっと好きでした!付き合ってください!」なんていう王道な告白法じゃ、無理だよねって。
でも、彼女は違ったんだ。顔を真っ赤にして頭を下げた僕に対して「いいよ。わたしも、ちょっと気になってた。神楽くんのこと!」って、微笑みかけてくれた。
あの笑顔は、あのときの笑顔だけは忘れることはできない。
高校生ギリギリに告白したもんだから、大学生になったら疎遠になっちゃうなんていう展開もあるのかな……。なんていう不安を胸に抱え、僕は4月2日に彼女の家を訪問した。
彼女の家は白色の一軒家で、わりと自分の家から近くて嬉しかったことを覚えている。
それから彼女の部屋に入ったんだ。
女の子の部屋に入ったのなんて、あの日が初めてだった。
とても緊張したし、なんなら帰りたいとも思ったよ。だけど、部屋に入ってしまえばどうってことない。
女の子らしく可愛らしいぬいぐるみが置いてあったり、現代人を彷彿とさせるようにパソコンが置いてあるだけだった。
そんな普通な部屋は、僕から緊張という名の呪いを解くには充分だった。
彼女の部屋で話したことは、他愛もない本やゲームの話。
元々、僕はゲームをあんまりしない上、本ばっかり読んでいるのでゲーム方面に関しては頭にはてなマークを浮かべていたけれど、彼女がニコニコとしながら話すだけで、全然楽しかった。
「明日は一緒にゲームもしましょう?」
そう言って彼女は明日も遊ぶという話を持ちかけてきたんだっけ。
もちろんそれに僕も同意して、次の日も家に行ってゲームしたよね。
僕がすごい負けてたけど、チームプレイというやつでは彼女が勇ましく見えて、時間も忘れてゲームをしていたよ。
そこで初めて、僕はゲームをして、楽しんで、好きになった。
時には喧嘩もしたし、泣き合ったこともあったっけ。
怒るときも、褒めるときも、泣くときも、楽しんでいるときも、彼女は僕にはもったいないくらい美しかった。
なんと言っても、僕に微笑みを向けるあの表情は、いつまでたっても忘れることはないと思う。
2年後、20歳になった僕はずっと取っていなかった運転免許証を手に入れた。
昨年彼女に「運転免許を取ったら一緒に海を見に行こう」って言っていたからね。
もちろん彼女は優しく微笑んで「いいよ」って言ってくれた。
だから、ピクニックに行くみたいに、海に向かったんだ。
初めてのドライブ。それが彼女とのドライブなんて、最高だったよ。
その日は、すごく楽しかった。海は見ることしかできなかったけど、とっても綺麗だったからね。
その美しさには彼女も絶賛だったよ。
夕方になったから、帰ろうって僕が言い出したんだ。あまり遅くなっても危ないからね。
彼女はそれに「いいよ」って言って車に乗った後もその海の美しさに視線を囚われていたね。
僕はそんな彼女を見て、来てよかった。って思った。僕自身少し不安もあったけどね。なんとかなったよ。
他には、映画にも行ったんだっけ。
付き合っている時に恋愛映画を見るのは、なんだかちょっと恥ずかしかったかな。
でも、とってもおもしろかった。
彼女は、主人公がヒロインと感動の再会を果たしたあとに、キスをするところがグッと来ちゃったって、絶賛してた。
涙もろい彼女は、その映画のどんな時でも泣いていたよ。
その度に僕の裾が濡れちゃってたけどね。
僕にはもったいないくらい優しくて、美しい彼女だった。
そんな彼女との思い出に耽けながらも、石の道を歩いた。
少し大きな岩が並べられている隣の道を歩きながら、一つの岩の前で止まった。
『神楽愛美』
そう名前が削られた岩は、僕の瞳にはなんだか悲しく写る。
色々な思い出を掘り返したけど、やっぱりどれもが楽しくって、幸せで。でも、やっぱり悲しくて。
今にも溢れそうな感情をぐっと堪えて、僕はその岩と化した彼女に紫苑の花を添えた。
「こんな思い出で、君は笑ってくれるかな?」
つい、彼女の微笑む姿を想像してしまう。
涙がポロリと落る。それは、紫苑の花の前の石に沈み込み消えていく。
なんでも、一度落ち始めると止まらないみたいで、涙はポロポロと落ちていく。
「ダメだよね。君を濡らしたくないのに」
記憶の中の一つがフラッシュバックする。
濡れに濡れた彼女が、地面に倒れ込む姿を。その時の彼女は、決して笑ってはいなかった。泣いてもいないで、ただ雨に当たり、瞳を開けているだけ。
それを思い出せば、僕の目元は何度擦っても、涙を落とすことを止めない。
雨が降るように、それらは石に沈み込む。
「少しでも笑わないと、僕は君に顔向けなんかできないよね」
悲しさとか、思い出とか。そんなもの、今はどうでもいい。ただ今は、彼女に対して精一杯の笑顔を向けるべきなんだ。と、僕は脳に言って聞かせる。
そして彼女の笑顔をそのまま真似するように、僕は岩に向かって微笑みかけた。
「これで君も、笑ってくれるかな?」
一筋の涙が、紫苑の花弁に落ちる。
今日も思い出は、僕を悔やませることはさせない。
なんでかなんて、単純なこと。
だって彼女が、花と心を通して、いつまでも微笑みかけて来るから。
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