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日常の一片①

「うああぁぁっぁあ」


寝ていたダブルベッドの上で上半身を起こしながら叫ぶ。


体中は、汗ばんでおりシーツもしみになっている。


「何だったんだ。今のは……」


右手を頭に据えて考える。


夢の内容は思い出せない。が、うなされていたのは間違いないようだ。


「何だったんだ。今のは……」


心臓の音が加速する。


目覚めた直後、寝室の扉が『キー』と音をたてながら開く。


「大丈夫? 晴樹」


そこには、見慣れた女性が扉の隙間から顔を出していた。


華奢な体形で、セミロングの髪はウイッグがかかっており小顔な彼女の容姿を引き立たせている。


「咲楽……」


そう呟いた瞬間だった。なぜか目から涙が零れる。


「どうしたの? 晴樹。怖い夢でも見た」


「ごめん。咲楽。解からないんだけど。本当に……」


「いいよ。晴樹。最近仕事が忙しいって言ってたしね。疲れていたんだよ」


「本当にごめん」


右手で、目元の涙を拭う。


「どうする? 今日晴樹仕事休みで出かけようって言っていたけど次回にする?」


「そうか……。今日は仕事休みだったっけ」


近くにあったスマホを確認する。日付の横には日曜日の表記がされていた。


「本当に大丈夫?」


咲楽は俺の顔を覗き込んでくる。


「ごめんな。いや行くよ。約束していたし、少し気分を晴らしたい」


咲楽はにこっと微笑みかけると、


「そっか。それじゃあテーブルに朝ごはん用意しておいたから一緒に食べよ」


「わかった。食事を摂ったらシャワー浴びらせてくれないか。汗だらけで……」


「うん。それじゃあ私は準備しておくね」


そう言葉を残すと、咲楽は扉を閉めその場を後にする。


「……何だったんだ」


俺は、ベッドの中の足を床に下ろすと立ち上がり、寝室を後にした。



※※※



咲楽の誘導に導かれ、リビングに向かう。


リビングにあるテーブルには、サラダにパン、目玉焼き、そして不釣り合いな味噌汁が置かれている。


「パンに味噌汁……、何時もながら不思議な感覚だな」


皿に乗ったパンを右手で掴み齧りながら呟く。


「ごめんね。晴樹は朝パン派なの知っているけど、私の実家ごはん派だから味噌汁ないと何故か落ち着かなくって」


「いや、不思議な感覚なだけで気にはしてないよ。最近はこれじゃないと落ち着かないぐらいだ」


「そっか。よかった」


咲楽はテーブルの味噌汁を手に取り、啜っている。


「そういえば、今日は何処にいく?」


朝食を半分ぐらい食べ終わるぐらいの時に咲楽に訪ねる。


「近くのデパートで服を買いたいな。もうそろそろ秋服の出始めだし」


「そうか、それなら車よりも徒歩の方がいいな」


デパートのまでの距離はそこそこ歩くのだが、車で行くと近くに駐車場が満車の事が多く駐車スペースを探すのに時間がかかる。


「んー、けど荷物が多くなると大変かも……」


「俺が持てば問題ないだろ」


「けど、晴樹。体調悪そうだし……」


「あー、心配してくれてありがとう。もう大丈夫だから気にしないでくれ」


「わかった。そうと決まったら早く朝食を食べないと」


「そうだ、俺シャワー浴びるんだった。待たせちゃ悪いな」


朝食を、急いで食べる。


「そんなにがっついて食べると喉詰まらせるよ。」


「大丈夫だよ。こんな事で詰まらせて死ぬ……」


そう言いかけると俺は頭にもやがはった感覚に襲われる。


「どうしたの?晴樹」


「いや、何でもない」


咲楽に感づかれないよう手をふり何でもないのアピールをする。


朝食を摂り終えると皿を手に取りキッチンのシンクに運ぶ。


「それじゃあ、シャワー浴びてくる」


「じゃあ、私は食器片付けて準備して待ってるね。後、お風呂場に服用意しておくから」


「わかった」


そう伝えると、そのまま浴室へと向かった。



※※※



シャワーを浴び、咲楽が用意してくれたであろう服に着替えてリビングに戻る。


「あっ、晴樹準備できたよ」


そこには、半袖の折り襟ボウダイボタンをあしらった白いワンピースに身を包んだ咲楽がそこにいた。


肢体にぴったりフィットしており、華奢な姿であるが胸が強調され、薄くした化粧も相まっていつもの咲楽の魅力を何倍にも引き立てていた。


「どう? この前買った服なんだけど似合うかな」


「ごめん。素直に見惚れてた」


咲楽はニコッと笑うと、


「そっか。よかった。それじゃあ行こう」


「あぁ」


そう言うと、咲楽と一緒に玄関先まで足を運ぶ。


玄関を出てエレベータに向かう廊下で、パーマをかけた白髪交じりの初老の女性とすれ違った。


「あら、咲楽ちゃん。今日は和樹さんとお出かけかえ」


咲楽は、初老の女性に頭を下げる。


「そうです。今日はデパートまで」


「仲睦まじいね。晴樹さんも隅に置けないね」


「いやいや、そんな事は……」


「そういえば、聡子さんは今日はどちらへ?」


「今日は主人の一周忌でね。さっき御寺までいってきて線香あげてきたんだよ」


「そうでしたか……。すいません」


咲楽は、聡子さんに頭を下げる。


「いいんだよ。それよりも咲楽ちゃん。今度料理教えるからまた寄ってね」


「いいんですか? お邪魔じゃなければ」


「邪魔なもんかい。私の最近の楽しみなんだ。また声かけてね」


「わかりました。聡子さん。それじゃあまた」


咲楽と一緒に聡子さんに頭を下げる。


聡子さんは、自分の部屋へと戻っていく。


エレベータのボタンを押し、エレベータが到着すると咲楽の後にエレベータに乗車する。


「咲楽。聡子さんと仲いいよな」


咲楽に、言葉を投げかける。


「うん。この前作った煮物とか聡子さんが教えてくれたんだよ」


「へぇ、あの味付け少し変わったなって思っていたけど聡子さんが教えてもらったんだね」


「そう。晴樹は今までと聡子さんのレシピ、どっちの方が良かった?」


「どちらも悪くないが、聡子さんの方が洗礼された味付けのように感じるな」


「そうなんだよね。私、小さい頃から料理教えて貰えなかったから。自己流だしね」


咲楽は少し寂しそうな顔をする。


「すまん。悪気があったわけじゃ……」


焦った声で咲楽に伝える。


「ううん。気にしてない。それに聡子さんに教えて貰えに行った時にまだ聡子さんのご主人が存命の頃二人とも幸せそうだった。家族ってこんな感じなのかなって」


「本当にごめん。気を付けるよ」


「いいって。それよりも今日は楽しもう」


咲楽は、ニコッと微笑みかける。


「そうだな。今日は咲楽の為に奮発するから」


「それじゃあ、晴樹のお小遣いは減るかもだよ」


「ひどいな。咲楽」


「ふふっ」


そう、他愛もない会話をしているとエレベータが到着し扉が開く。


「じゃあ、行こうか。咲楽」


そっと手を咲楽に差し出す


「うん」


咲楽は、差し出した手を取り、一緒にデパートへ歩みを向けた。



※※※



季節は夏。


蝉が住宅街中で合唱しており、差し込む日の光は体を刺すようだった。


道の先を見る。道路上に水が逃げていくように見える。


「暑いな」


俺は、汗を拭っていた。


「今日は、今年一番の暑さだって」


咲楽は、携帯型の日傘をさしながら俺の隣を歩いている。


「日傘もってたんだな。裏切者」


「準備しない晴樹が悪いんでしょって言いたいけど……」


そう口を詰まらせると、咲楽は俺の肩に腕を組んでくる。


「おい、咲楽……」


「これなら、一緒に日を遮ることできるでしょ」


「相合傘ではなく、相合日傘か……。何故か負けた気になる……」


照れもあったが、咲楽に対しての男の威厳が皆無に感じていることを率直に伝える。


「いいじゃない? 今は日傘男子なんて言葉が出てくるぐらいだから勝ち負けもないよ」


「そうかな……」


「そうだよ」


そんな会話をしているうちに最初の恥ずかしさは徐々に無くなりそのままデパートまでの道を歩いていた。


腕を組んでいる咲楽を見る。少し顔を赤らめているように見える。


咲楽を見て、


「くすっ」


少し笑ってしまう。


「何? 晴樹」


咲楽は口を尖らせる。


「何でもない」


「感じ悪いな」


穏やかな顔に戻った咲楽をみて二人でにやつき合いながら歩いていく。


歩いている最中、道が二手に別れる場所に差し掛かる。


一つは、デパートへの最短ルートではあるが交通量が多い道。


もう片方は、少し迂回するが交通量が少ない住宅街の道だった。


いつもの通り、デパートに近い交通量の多い道へ歩みを向けるとぎゅっと咲楽に服を掴まれる。


「ねえ。和樹。今日はこっちにしよう」


咲楽は、交通量の少ない道を指さす。


「どうした、こっちの方が近いし……」


咲楽は、言葉を遮って、


「ごめん。我儘言ってるのは解かってるんだけど今日はこっちにしよう」


少し暗めな表情を見せる。


「わかった。最近運動不足だからな。少し迂回するがこっちにしよう」


咲楽の表情を見て、咲楽に気を使わせないように伝える。


「ありがとう。晴樹」


「いいよ。じゃあ行こう」


「うん」


そう伝えると、咲楽と一緒に迂回ルートの道を歩く事にした。


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