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恋愛短編

おとめ心ショコラ

作者: 白雪ひめ
掲載日:2022/02/11

 部活が終わると、外はもう暗かった。

 俺は寒さに身を縮めながら、昇降口へ向かう。

 靴を履いていると、背の高い女子生徒がやって来た。

 同級生の小川春だ。

 春は笑って言う。

「お疲れ様」

「春もおつかれ」

 春とは小学校からの付き合いで、家も近い。

「一緒に帰ろー」

「おう」

 俺は自転車を押して、春の隣を歩いた。

 春はこざっぱりとした肩口のショートカットで、背も高く性格もサバサバしている。バレー部のエースだ。

 春とは小学校からの付き合いで、相談もできるし、色々な事を話せる、大事な友達だ。

 テストのことや部活のことを話しながら帰路を辿った。

 カフェの前を通りかかって、看板に出ていたバレンタイン限定!の文字で俺は思い出す。

「バレンタインっていつだっけ?」

「2月14日ね」

「もうそんな季節か」

 春は、あ!と言って立ち止まる。

「どうした?」

「帰り、ビスケットに寄らなきゃ。友チョコ作らないと」

「ビスケット?」

「お菓子作りに必要なグッズが売ってるお店があるの。近くにあるじゃん」

「ふぅん」

 そんな店、あったっけ。

 春は歩き出し、楽しげに言った。

「一緒に来る?色々あって面白いよ」



 白い木の壁に、「biscuit」と大きく看板が掛かっていた。

 俺は言う。

「そういえば、こんな店あったような」

「パン教室とかやってるよ」

「へぇ」

 木の扉を開いた途端、コーヒー豆の香りがした。

 さまざまな種類のコーヒー豆が、ぎっしりショーケースに入って並べられていた。

 他にも、外国のお菓子、置き物と見紛うほどの、可愛いバースデーキャンドル、食べられるフードペンや、色々な形のクッキーの型が売っている。

 見ているだけで面白い。

 俺は春のうしろをついて歩く。

 お店にいるのは、全員女性だ。中高生の女の子達が真剣な顔で箱とリボンを選んでいた。

 春がカゴに入れたのは、四角いパズルピースが袋詰めされたような、初めて見る形のチョコレートだった。

「板チョコを溶かすんじゃないのか」

「まさか。基本はクーベルチュールチョコレート、っていう製菓用のチョコレートを使うのよ」

「ふーん。みんなそうなの?」

「使ってる女の子は多いよ」

 チョコの横には、飾り付け用の、カラフルなスプレーチョコ、アーモンドスライス、チョコパウダー、ビーズみたいな銀色のアラザン、ナッツ、などがある。

 他にも棚にはぎっしりと甘いものが積まれていた。

 あんこ、ジャム、ゼリーの材料、ぷりんの材料、クリーム、はちみつ、メープル、グラニュー糖‥‥

 食べ物コーナーの先には、ボール、泡立て器、可愛い箱や袋があるラッピングコーナーがあった。

 春はまだデコレーションを見ているようだったので、俺は箱と袋を見て回った。

 少しは手伝いをしようと思って、俺は可愛いものを探してみることにする。

 メッセージカードが付いた、ハート型のピンクの箱。

 金のリボンが巻かれている、プレゼントっぽい缶。

 これらは本命チョコっぽい。

 春が作るのは友チョコだ。

 クマの顔が書いてあって、中身が透けて見えるチャックの付いた袋がある。

 とてもオシャレだ。

 春が戻ってくる。

 春のカゴには、何も描かれていない、業務用っぽい、シンプルな袋が入っている。

 俺はクマの袋を指差した。

「これの方が可愛いぞ」

 春は吹き出して言った。

「何言ってんの、そんなの40人分も用意できないわよ」

「そっか」

 春が目を細めて笑う。

「選んでくれたの?」

「まあ」

「ありがと。じゃあ、大地のはこれにしてあげる」

「え」

 春はクマの袋を一枚カゴに入れ、レジに向かった。


 買い物を終えると、もう外は真っ暗だった。

「暗いから送ってくよ」

「ありがと」

 歩きながら、俺は気になった事を思い切ってたずねた。

「本命とか、渡すの?」

「わ、渡す訳ないじゃん、好きな人もいないし!」

「そうなの?」

「そうよ!そもそもあたし、バレンタインとか興味ないし!」

 春はふるふると首を振る。

 俺は笑ってしまった。

「そんなムキにならなくても」

「ムキになってないわよ」

 家の前に着くと、春は俺の顔をじっと見てきた。

「顔に何か付いてる?」

「大地の顔なんて見てない」

「うそだ、見てたよ」

 春は俺に向き直ると、おもむろに、俺の顔にそっと手を伸ばした。何かされるのかと思ってドキドキしていると、鼻を摘まれた。

「おい」

 春は手を離して無邪気に笑う。

「ふふ」

 春は小さく手を振って言った。

「買い物付き合ってくれてありがと。じゃあね、また明日」

「おう」

 俺は春と別れ、帰り道に考える。

 良い雰囲気な気がするのに、俺は義理で決定か。

 春は、毎年律儀に義理チョコをくれる。

 みんなとは違う袋で包装してくれるという事は、つまり、俺は特別扱いだ。

 義理よりランクアップしたのは嬉しいが、義理であることには変わりない。

 春は俺のこと、どう思っているのだろう。

 男友達とみられている気もする。



   ♡



 春は部屋のベッドに寝転んだ。

 あたし、なに正反対なこと言ってんだ。

 自分でも呆れてしまう。

 大地の前じゃ、素直になれない。

 だって昔、言ってた。

 「春は女っぽくないから、付き合いやすい」って。

 実際、大地はあたしを女友達と思っているだろう。

 互いに言いたい事を言えるし、相談事もするし、恋愛みたいな感じじゃ無い。

 幼馴染で、親友って感じだ。

 やっぱりチョコ渡すだなんて、夢のまた夢に思えてくる。

 自分でも、自分が大地にチョコを渡すビジョンが全く見えない。

 春はため息をつき、スマートフォンを弄った。

 すると、ポン、と電子音の通知と共にチャットが来た。

 大地からだ。


ー 義理チョコ楽しみにしてる


 思わず春は笑った。

 今日、楽しかったな。

 まさか、クマの袋の方が可愛いって提案してくるとは思わなかった。

「ふふ」

 少し悩んで、クマのスタンプを返信した。

 

 男子にチョコをプレゼント、なんてキャラじゃないけど、漫画みたいな甘々な展開、惹かれないなんて言ったら嘘になる。



   ♡



 最近は体育では、バレーボールを行っている。

 男女は体育館のハーフコートで分かれている。

 ヤッ!という勇ましい掛け声と共に、バチン、とボールが地面に叩き付けられる。

 春のアタックだ。

 得点が入り、女子達は盛り上がる。

 春は長い手足を最大限に活用してボールをブロックし、身体を外らして腕を振り、思い切りボールを打ち放つ。

 バチン!

 とてもカッコいい。

 春は大活躍だ。

 授業が終わると、男子達が春の近くへ行って、冷やかした。

「小川こわ〜」

「ボールが可哀想」

「バチン、って悲鳴を上げてたぞ」

 春はモテる。

 美人だし、スタイルが良くて、みんなあまり言わないけれど隠れファンが多い。

 男子はちょっかいを出しているだけだ。

 春が腰に手を当てて怒った。

「はー?そういうスポーツでしょうが」

 ちょっかいを出せる男子を俺は尊敬する。

 ふだん、自ら女子に話しかけることは俺は無い。

 だが、春の方からやって来てくれた。

「お疲れ様」

「お疲れ。春、すごいな。カッコ良かったよ」

「ありがと。本気出しすぎちゃったかな」

「いや、全力でやってるの、すごく良いと思うけど」

「そう?」

「うん。俺も春くらい上手くなりたいな。レシーブしか出来ないよ。あんな鋭いアタック、どうやってやるの?」

「ジャンプの最高到達点に合わせて打つのよ、身体は反るんじゃなくて体重を少し後ろに置くイメージ」

「へぇ」

「でも、大地も良かったじゃん。ブロックとレシーブが上手。大地らしい堅実なプレー、あたし好きだな」

 見ていてくれたらしい。

「そう?ありがとう」

「うん。あ、もう行かなきゃ。じゃあね」

 春は小さく手を振って、女子の集団に戻って行った。

 ああ。春の本命チョコが欲しい。


 

   ♡ ♡



 部活が終わり、春は部室で着替えて、漫画を読んでいた。

 部室の窓からは、野球部の練習が見える。

 大地は野球部だ。

 練習している様子を見ていると、まだあと少し、かかりそうだった。

 実は大地と帰りに良く会うのは偶然じゃなくて、偶然を装った必然なのである。

 そうして待っていると、ガチャリと部室のドアが開いた。

 もうみんな帰ったはず。誰だろう。

 入って来たのは、同じ部員の美鈴だった。

「あれ?忘れ物?」

「ううん、春に言いたい事があって」

「言いたい事?」

「ちょっと、立って」

 不思議に思いながら、漫画を置いて春は立ち上がる。

 美鈴は長い髪を耳にかけ、言った。

「私、大地に告白するから」

「‥‥へ?」

「明日の朝、チョコ渡すって決めたんだ」

 驚いた。

 春はたずねる。

「どうして、あたしにそんな事言ってくるの?」

 美鈴は自信に満ちた目で春を見る。

「だって、春は大地が好きでしょ?抜け駆けは良しとこうと思ってさ。春はチョコあげるの?」

「‥‥」

 美鈴は背が低くて、髪が長くて、お人形さんみたいだ。

 女の子らしい女の子。

 窓ガラスに反射する影の身長差が視界の隅に映り込む。

 美鈴はすごくモテる。

 急に自信がなくなってしまった。

 春は俯いて言う。

「‥‥あたしは‥‥やめようかな」

「うん、そうしなよ」

 美鈴は踵を返し、最後に振り返って言った。

「春、また身長伸びた?」

「そんなでもないわよ」

「170あるんじゃない?男子と同じくらいの背じゃん」

「そんなことないよ」

「男子って、身長が低いと守りたくなるんだって。私、小さい頃は身長低いの気にしてたけど、今は良かったかも、なんて思うの」

「そう」

「今日の春のバレーのレシーブ、凄すぎてボール破裂するかと思ったって、男子達が笑ってたよ。でも良いよね、スポーツ系だと身長は武器だもの」

 くだらなくなって、春はてきとうに頷いた。

 美鈴はにっこり笑う。

「じゃあ、私は明日大地に渡すから」

 それだけ言うと、美鈴はかえって行った。



   ♡ ♡


 

 部活が終わり、昇降口に行くと、春が下駄箱に凭れていた。俺が行くと、ゆっくりと春がこちらを見る。

 春は小さく手を挙げた。

「お疲れさま」

 俺も返す。

「おつかれ。バレー部遅いんだな。今日、野球部かなり遅かったけど」

「‥‥ちょっとだけ待ってた」

「え?」

 春は目をパチパチさせ、手を広げて言った。

「ほら、スパイク、教えてあげるって言ったでしょ」

「そういやそうだな。それで待っててくれたのか」

「うん、話したい気分だったの」

「ふーん」

 帰りながら、春はジェスチャーで詳しく教えてくれた。

 春はいつもよりも、よく喋った。

 空元気に見える。

 会話が途切れて、赤信号で止まる。

 俺はたずねてみた。

「何かあったのか?」

「ううん、何も」

 本人は平気なフリをしているけど、顔が強張っている。

 春は意外と分かりやすい。

「春」

「なによ」

「えーっと‥‥」

 春が元気になるものは、何だろう。

「そう、明日、ゴンゾウの生放送あるってよ」

「知ってる」

 ゴンゾウとは、お笑いコンビの名前だ。

 俺は意を決して芸人の決め台詞をやってみた。

「イェス、フォーリンラブ」

 春の顔に笑みが咲く。

 くすくす笑い出す。

「アハハ!ちょっと、もう一回やって!動画で撮りたい!」

「馬鹿言うな」

 春は俺を見て、明るく話し出す。

「よく知ってるね!あれ、めっちゃ面白いよね!」

 俺は春を元気にさせるため、全力で会話をした。

「ありがと、じゃあ、また明日」

「おう」

 別れる時は、いつもの笑顔が戻っていた。

 ほっとする。

 俺は改めて思う。

 春に好きな人がいて、いつか誰か好きになるとして、俺は春の恋を応援したい。

 すこし切ないが、春が幸せなら、それで良い。

 今日は頼ってくれて、嬉しかったな。

 明日の義理チョコ(ワンランク上)楽しみだ。



   ♡ ♡



 春は帰ってきて、チョコを用意しながら考えた。

 大地はあたしを元気にする天才だ。

 でも偶然だけじゃなくて、実際、大地はあたしの事を考えてくれているのかも。

 だって大地はもともとお笑いに興味ないし、ゴンゾウのコントが好きだなんて、初耳だ。

 わざわざやってくれたし。

「ふふふふ」

 思い返すと、めっちゃ面白い。

 好きなものって、話してるだけで元気になってくる。

 あたしを元気に誘導してくれた。

 温かい気持ちになる。

 その時、ポン、とキッチンに置いていたスマートフォンが鳴った。

 開くと、大地からのチャットだった。


ー 元気出せよ


 春は何度も文字を読み返した。

 大地の声で脳内再生される。

 やっぱり好き。

 すごい好き!

 やっぱり本命チョコを作る。

 渡して、告白するんだ。

 美鈴に勝てるかは分からないけど、それでも、バレンタインに参加する権利は、全世界の女の子にあるんだから!

 


   ♡ ♡



 翌日。

 友チョコを渡し終え、春は悩んでいた。

 やばい、いつ渡そう。

 やっぱり帰り際かな。

 二人きりになれるし。

 考えていると、美鈴がやってきて言った。

「付き合うことになった」

「えっ」

 春はショックで固まった。

 頭が真っ白になる。

「もう無理よ。残念ね。諦めな」

 ふん、と美鈴は笑い、行ってしまった。

 やばい。

 悲しい。

 言葉にできない想いが、目から涙になって溢れ出た。

 やっぱりそうだよね、美鈴さん、小さくて可愛くて女の子らしいし。男子はきっと、美鈴さんみたいな女の子が好きに決まってる。

 目尻から流れる涙を指先で拭い、気持ちを奮い立たせた。

 次はバレーだし、もう移動しなきゃ。

 今日泣いたら失恋したみたいに皆に思われちゃうし。

 まぁ失恋したんだけど!

 がんばれあたし。

 体育に出て、全力でスパイクを決めまくった。

 春のチームが一位になる。

 友達に怪訝な顔で見られる。

「春?なに泣いてんの?」

 いつのまにか泣いていた。

 春は誤魔化して言った。

「う、嬉し涙よーー!!」

 うぁーん、と春は友達に抱きついた。



 俺はバレーボールの時間に、女子の方を見ていた。

 春の全力のプレーと、熱い涙に感心した。

 勝ち負けにそこまで熱くなれるなんて、素晴らしい事だ。

 体育といえど、全力で取り組めるのは春の長所だ。

 体育が終わる。

 普段は自分から行かないが、俺は勇気を出して、春の元に駆け寄った。

「優勝おめでとう、試合、良かったよ」

「あ、ありがと」

 体育が終わり、止まっていた春の目から涙がほろりと、こぼれ落ちる。

 俺はびっくりした。

「えっ」

「嬉しい!嬉し涙だから!!!」

 どうみても悲しい顔で、春は去って行った。

 何かあったのか。

 春は滅多なことじゃ泣かないのに。

 春が泣いているところを見た事がない。骨を折っても涙一つ流さない女の子が、一体何に対して泣いたんだろう。

 少し考えて、俺はハッとした。

 そうだ!今日はバレンタイン!

 まさか、本命をあげてフラれたとか!?

 間違いない!

 絶対にそれだ、さっき昼休みだったし。

 贅沢な男への嫉妬と、春への気持ちで、俺も悲しくて泣きそうになった。


 俺のスマートフォンがポン、と鳴り、確認すると、平野美鈴から個人チャットでメッセージが送られてきた。


ー 六限目終わったら、西階段の二階に来て欲しいです。

  少しでいいので、時間をください


 俺は文面を読み、まさか、と思った。



   ♡ ♡ ♡



 チョコ、どうしよう。

 もう自分で食べちゃおうかな。

 部活が終わり、春は野球部を見ていた。

 そろそろ終わりそう。

 この後、美鈴と大地は一緒に帰るのかな。

 偶然のあたしじゃなくて、ちゃんと約束した美鈴と。

 涙を堪えながら、とぼとぼ着替えて部室を出ると、サッカー部の男子達に鉢合わせた。

「うわっ、ビックリした。男かと思った」

 大仰に驚かれる。

 春も乗ってやった。

「なによ!いっつも腹立つ!」

 他の男子も言う。

「ほんと背高いよなー、何センチ?」

「うるさいわね、そこまで大きく無いわよ」

「てか今日のバレー凄かったな。ボールが破裂したかと思った」

「は?そんな事しないから」

「女子の中でめっちゃ目立ってた。一人だけ女型めがたの巨人がいた」

「失礼ね!!」

「巨人は誰かにチョコ渡したのかー?」

 いつもの揶揄いも、今日はシンプルな悪口に聞こえてしまう。

 ちょっと悲しくなってきた。



   ♡ ♡ ♡



 俺は春に会いに行くことにした。

 泣いてたし、自分に出来ることは励ます事くらいだ。

 すると、男子集団と話をしている春を見つけた。

 俺は入っていかず、話が終わるまで待っていた。

 だが、春の様子が虚勢に見える。

 俺は割り込んで言った。

「女の子なんだから、冗談にしても言い過ぎは良くないよ」

「冗談じゃねーし、事実を言っただけだろ」

「そうだ、原田って春が好きなんだよな〜」

 バレてる!?

 俺はドキリとしたが、恥ずかしさをかなぐり捨てて、言い返した。

「ああ。俺は良いと思う。背が高くて、ショートカットの女の子。可愛いじゃん」

 男子達はそんなにマジになるなよ〜と苦笑し、帰って行った。

 春がぽつりと言う。

「ありがとう‥」

「ああ、うん」

 シン、と静かになる。

 春は俯いたあと、拳を握って顔を上げた。

 切長の静かな瞳で、俺を見つめる。

「あのね、渡したい物があるの」

 この前言ってたブルーレイかな、なんて俺は思っていたので、度肝を抜いた。

 春は鞄を下ろして、両手で持ったピンクの箱のチョコを俺に差し出して来た。

 赤いリボン、メッセージカード付き。

 まさか。

 春が赤い顔で、唇を震わせながら言う。

「好きです」

 俺はただただ驚いた。

 恐る恐る、受け取る。

 これは夢か?

 春が少し怒ったように小声で言う。

「‥‥何か言ってよ」

「俺で合ってる?」

「合ってる。あたしは原田大地が好き」

 メッセージカードには、「大地へ」と書かれている。

 うそだろ。

 信じられなくて、俺は春を見返した。

 春は言う。

「分かってる。美鈴さんと結ばれたのは知ってるから。それでも、あたし、渡したいと思ったの」

 俺は不思議に思って聞き返す。

「‥‥美鈴って平野のこと?」

「そうよ。とぼけなくていいの。本人から聞いたから」

「結ばれてないよ。俺、断った。俺も、その‥‥春が好きだったから」

「え!?」

「だから、ビックリした。だって、俺のは義理チョコだったじゃん。どうして急に?」

「美鈴が、大地に告白するってあたしに宣戦布告してきたの。だから、負けたくなかったの」

「そうだったのか」

「あたし、けっこう意気地無しなの。告白なんて、絶対ムリだって、思ってた。けど、今思ったの。あたしはやっぱり大地が好き。ちゃんと伝えたかった。ずっと好きだった。美鈴と付き合うことになっても、言いたいって思った」

「春‥」

 俺は春の手を握った。

 春の顔がみるみる真っ赤に染まる。

 それで、本当に春が俺を好きなんだと分かった。


 俺たちは手を繋ぎ、帰り道を歩いた。

 春がたずねてきた。

「どうして断ったの?美鈴、小さくて女の子らしくて、すごく、可愛いじゃん」

「俺の好みは高身長でショートカットなんだよ」

「‥‥嬉しい」

 噛み締めるように、春はじんわりと目を閉じて微笑んだ。



   ♡ ♡ ♡


 

 休日、一緒に出掛けることになった。

 春はふんわりした、可愛い桃色のワンピースを着て来た。

 いつもジーパンで男子みたいな格好ばかりしていたのに。

 そのギャップも凄まじく、とても清楚で可愛くて、俺は見惚れてしまった。

「おぉ」

「あ、あんまり見ないでよ、恥ずかしいから」

 春がスカートを押さえて、そっぽを向く。

 春はスタイルが良く、ワンピースがとても似合っていた。

 すれ違う人みんなが春を見る。

「ふだんはジーンズなのに、どうして今日はワンピースなの?」

「言わせないでよバカ」

「スカート嫌いって言ってなかった?」

「大地は昔、ジーンズが好きって言ってたじゃない。それに、春は男子っぽくて、喋りやすいって」

「そんなこと、気にしてたの?」

「私はスカートが好きだし、案外ふつうに女の子だし、可愛いものが好きだし‥‥大地にも可愛いって思ってほしい。だから、ちょっと変かもしれないけど、今のあたしを許して欲しいの」

 健気な春が可愛くて、俺は言葉を失った。

 なんとか言葉を捻り出す。

「可愛いよ。なんか、ギャップがすごく良い。春の気持ちが嬉しい。春は十分可愛いから、変に思わないし、気にしなくていいよ」

 春が花が綻ぶように笑う。

「嬉しい」

「うん」

 春が恥ずかしそうに言う。

「手、繋ぎたい」

 俺はそっと春の手を取る。


 意外に乙女な春は、世界中の誰より可愛く見えた。




読んでくださり、ありがとうございました。

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