おとめ心ショコラ
部活が終わると、外はもう暗かった。
俺は寒さに身を縮めながら、昇降口へ向かう。
靴を履いていると、背の高い女子生徒がやって来た。
同級生の小川春だ。
春は笑って言う。
「お疲れ様」
「春もおつかれ」
春とは小学校からの付き合いで、家も近い。
「一緒に帰ろー」
「おう」
俺は自転車を押して、春の隣を歩いた。
春はこざっぱりとした肩口のショートカットで、背も高く性格もサバサバしている。バレー部のエースだ。
春とは小学校からの付き合いで、相談もできるし、色々な事を話せる、大事な友達だ。
テストのことや部活のことを話しながら帰路を辿った。
カフェの前を通りかかって、看板に出ていたバレンタイン限定!の文字で俺は思い出す。
「バレンタインっていつだっけ?」
「2月14日ね」
「もうそんな季節か」
春は、あ!と言って立ち止まる。
「どうした?」
「帰り、ビスケットに寄らなきゃ。友チョコ作らないと」
「ビスケット?」
「お菓子作りに必要なグッズが売ってるお店があるの。近くにあるじゃん」
「ふぅん」
そんな店、あったっけ。
春は歩き出し、楽しげに言った。
「一緒に来る?色々あって面白いよ」
白い木の壁に、「biscuit」と大きく看板が掛かっていた。
俺は言う。
「そういえば、こんな店あったような」
「パン教室とかやってるよ」
「へぇ」
木の扉を開いた途端、コーヒー豆の香りがした。
さまざまな種類のコーヒー豆が、ぎっしりショーケースに入って並べられていた。
他にも、外国のお菓子、置き物と見紛うほどの、可愛いバースデーキャンドル、食べられるフードペンや、色々な形のクッキーの型が売っている。
見ているだけで面白い。
俺は春のうしろをついて歩く。
お店にいるのは、全員女性だ。中高生の女の子達が真剣な顔で箱とリボンを選んでいた。
春がカゴに入れたのは、四角いパズルピースが袋詰めされたような、初めて見る形のチョコレートだった。
「板チョコを溶かすんじゃないのか」
「まさか。基本はクーベルチュールチョコレート、っていう製菓用のチョコレートを使うのよ」
「ふーん。みんなそうなの?」
「使ってる女の子は多いよ」
チョコの横には、飾り付け用の、カラフルなスプレーチョコ、アーモンドスライス、チョコパウダー、ビーズみたいな銀色のアラザン、ナッツ、などがある。
他にも棚にはぎっしりと甘いものが積まれていた。
あんこ、ジャム、ゼリーの材料、ぷりんの材料、クリーム、はちみつ、メープル、グラニュー糖‥‥
食べ物コーナーの先には、ボール、泡立て器、可愛い箱や袋があるラッピングコーナーがあった。
春はまだデコレーションを見ているようだったので、俺は箱と袋を見て回った。
少しは手伝いをしようと思って、俺は可愛いものを探してみることにする。
メッセージカードが付いた、ハート型のピンクの箱。
金のリボンが巻かれている、プレゼントっぽい缶。
これらは本命チョコっぽい。
春が作るのは友チョコだ。
クマの顔が書いてあって、中身が透けて見えるチャックの付いた袋がある。
とてもオシャレだ。
春が戻ってくる。
春のカゴには、何も描かれていない、業務用っぽい、シンプルな袋が入っている。
俺はクマの袋を指差した。
「これの方が可愛いぞ」
春は吹き出して言った。
「何言ってんの、そんなの40人分も用意できないわよ」
「そっか」
春が目を細めて笑う。
「選んでくれたの?」
「まあ」
「ありがと。じゃあ、大地のはこれにしてあげる」
「え」
春はクマの袋を一枚カゴに入れ、レジに向かった。
買い物を終えると、もう外は真っ暗だった。
「暗いから送ってくよ」
「ありがと」
歩きながら、俺は気になった事を思い切ってたずねた。
「本命とか、渡すの?」
「わ、渡す訳ないじゃん、好きな人もいないし!」
「そうなの?」
「そうよ!そもそもあたし、バレンタインとか興味ないし!」
春はふるふると首を振る。
俺は笑ってしまった。
「そんなムキにならなくても」
「ムキになってないわよ」
家の前に着くと、春は俺の顔をじっと見てきた。
「顔に何か付いてる?」
「大地の顔なんて見てない」
「うそだ、見てたよ」
春は俺に向き直ると、おもむろに、俺の顔にそっと手を伸ばした。何かされるのかと思ってドキドキしていると、鼻を摘まれた。
「おい」
春は手を離して無邪気に笑う。
「ふふ」
春は小さく手を振って言った。
「買い物付き合ってくれてありがと。じゃあね、また明日」
「おう」
俺は春と別れ、帰り道に考える。
良い雰囲気な気がするのに、俺は義理で決定か。
春は、毎年律儀に義理チョコをくれる。
みんなとは違う袋で包装してくれるという事は、つまり、俺は特別扱いだ。
義理よりランクアップしたのは嬉しいが、義理であることには変わりない。
春は俺のこと、どう思っているのだろう。
男友達とみられている気もする。
♡
春は部屋のベッドに寝転んだ。
あたし、なに正反対なこと言ってんだ。
自分でも呆れてしまう。
大地の前じゃ、素直になれない。
だって昔、言ってた。
「春は女っぽくないから、付き合いやすい」って。
実際、大地はあたしを女友達と思っているだろう。
互いに言いたい事を言えるし、相談事もするし、恋愛みたいな感じじゃ無い。
幼馴染で、親友って感じだ。
やっぱりチョコ渡すだなんて、夢のまた夢に思えてくる。
自分でも、自分が大地にチョコを渡すビジョンが全く見えない。
春はため息をつき、スマートフォンを弄った。
すると、ポン、と電子音の通知と共にチャットが来た。
大地からだ。
ー 義理チョコ楽しみにしてる
思わず春は笑った。
今日、楽しかったな。
まさか、クマの袋の方が可愛いって提案してくるとは思わなかった。
「ふふ」
少し悩んで、クマのスタンプを返信した。
男子にチョコをプレゼント、なんてキャラじゃないけど、漫画みたいな甘々な展開、惹かれないなんて言ったら嘘になる。
♡
最近は体育では、バレーボールを行っている。
男女は体育館のハーフコートで分かれている。
ヤッ!という勇ましい掛け声と共に、バチン、とボールが地面に叩き付けられる。
春のアタックだ。
得点が入り、女子達は盛り上がる。
春は長い手足を最大限に活用してボールをブロックし、身体を外らして腕を振り、思い切りボールを打ち放つ。
バチン!
とてもカッコいい。
春は大活躍だ。
授業が終わると、男子達が春の近くへ行って、冷やかした。
「小川こわ〜」
「ボールが可哀想」
「バチン、って悲鳴を上げてたぞ」
春はモテる。
美人だし、スタイルが良くて、みんなあまり言わないけれど隠れファンが多い。
男子はちょっかいを出しているだけだ。
春が腰に手を当てて怒った。
「はー?そういうスポーツでしょうが」
ちょっかいを出せる男子を俺は尊敬する。
ふだん、自ら女子に話しかけることは俺は無い。
だが、春の方からやって来てくれた。
「お疲れ様」
「お疲れ。春、すごいな。カッコ良かったよ」
「ありがと。本気出しすぎちゃったかな」
「いや、全力でやってるの、すごく良いと思うけど」
「そう?」
「うん。俺も春くらい上手くなりたいな。レシーブしか出来ないよ。あんな鋭いアタック、どうやってやるの?」
「ジャンプの最高到達点に合わせて打つのよ、身体は反るんじゃなくて体重を少し後ろに置くイメージ」
「へぇ」
「でも、大地も良かったじゃん。ブロックとレシーブが上手。大地らしい堅実なプレー、あたし好きだな」
見ていてくれたらしい。
「そう?ありがとう」
「うん。あ、もう行かなきゃ。じゃあね」
春は小さく手を振って、女子の集団に戻って行った。
ああ。春の本命チョコが欲しい。
♡ ♡
部活が終わり、春は部室で着替えて、漫画を読んでいた。
部室の窓からは、野球部の練習が見える。
大地は野球部だ。
練習している様子を見ていると、まだあと少し、かかりそうだった。
実は大地と帰りに良く会うのは偶然じゃなくて、偶然を装った必然なのである。
そうして待っていると、ガチャリと部室のドアが開いた。
もうみんな帰ったはず。誰だろう。
入って来たのは、同じ部員の美鈴だった。
「あれ?忘れ物?」
「ううん、春に言いたい事があって」
「言いたい事?」
「ちょっと、立って」
不思議に思いながら、漫画を置いて春は立ち上がる。
美鈴は長い髪を耳にかけ、言った。
「私、大地に告白するから」
「‥‥へ?」
「明日の朝、チョコ渡すって決めたんだ」
驚いた。
春はたずねる。
「どうして、あたしにそんな事言ってくるの?」
美鈴は自信に満ちた目で春を見る。
「だって、春は大地が好きでしょ?抜け駆けは良しとこうと思ってさ。春はチョコあげるの?」
「‥‥」
美鈴は背が低くて、髪が長くて、お人形さんみたいだ。
女の子らしい女の子。
窓ガラスに反射する影の身長差が視界の隅に映り込む。
美鈴はすごくモテる。
急に自信がなくなってしまった。
春は俯いて言う。
「‥‥あたしは‥‥やめようかな」
「うん、そうしなよ」
美鈴は踵を返し、最後に振り返って言った。
「春、また身長伸びた?」
「そんなでもないわよ」
「170あるんじゃない?男子と同じくらいの背じゃん」
「そんなことないよ」
「男子って、身長が低いと守りたくなるんだって。私、小さい頃は身長低いの気にしてたけど、今は良かったかも、なんて思うの」
「そう」
「今日の春のバレーのレシーブ、凄すぎてボール破裂するかと思ったって、男子達が笑ってたよ。でも良いよね、スポーツ系だと身長は武器だもの」
くだらなくなって、春はてきとうに頷いた。
美鈴はにっこり笑う。
「じゃあ、私は明日大地に渡すから」
それだけ言うと、美鈴はかえって行った。
♡ ♡
部活が終わり、昇降口に行くと、春が下駄箱に凭れていた。俺が行くと、ゆっくりと春がこちらを見る。
春は小さく手を挙げた。
「お疲れさま」
俺も返す。
「おつかれ。バレー部遅いんだな。今日、野球部かなり遅かったけど」
「‥‥ちょっとだけ待ってた」
「え?」
春は目をパチパチさせ、手を広げて言った。
「ほら、スパイク、教えてあげるって言ったでしょ」
「そういやそうだな。それで待っててくれたのか」
「うん、話したい気分だったの」
「ふーん」
帰りながら、春はジェスチャーで詳しく教えてくれた。
春はいつもよりも、よく喋った。
空元気に見える。
会話が途切れて、赤信号で止まる。
俺はたずねてみた。
「何かあったのか?」
「ううん、何も」
本人は平気なフリをしているけど、顔が強張っている。
春は意外と分かりやすい。
「春」
「なによ」
「えーっと‥‥」
春が元気になるものは、何だろう。
「そう、明日、ゴンゾウの生放送あるってよ」
「知ってる」
ゴンゾウとは、お笑いコンビの名前だ。
俺は意を決して芸人の決め台詞をやってみた。
「イェス、フォーリンラブ」
春の顔に笑みが咲く。
くすくす笑い出す。
「アハハ!ちょっと、もう一回やって!動画で撮りたい!」
「馬鹿言うな」
春は俺を見て、明るく話し出す。
「よく知ってるね!あれ、めっちゃ面白いよね!」
俺は春を元気にさせるため、全力で会話をした。
「ありがと、じゃあ、また明日」
「おう」
別れる時は、いつもの笑顔が戻っていた。
ほっとする。
俺は改めて思う。
春に好きな人がいて、いつか誰か好きになるとして、俺は春の恋を応援したい。
すこし切ないが、春が幸せなら、それで良い。
今日は頼ってくれて、嬉しかったな。
明日の義理チョコ(ワンランク上)楽しみだ。
♡ ♡
春は帰ってきて、チョコを用意しながら考えた。
大地はあたしを元気にする天才だ。
でも偶然だけじゃなくて、実際、大地はあたしの事を考えてくれているのかも。
だって大地はもともとお笑いに興味ないし、ゴンゾウのコントが好きだなんて、初耳だ。
わざわざやってくれたし。
「ふふふふ」
思い返すと、めっちゃ面白い。
好きなものって、話してるだけで元気になってくる。
あたしを元気に誘導してくれた。
温かい気持ちになる。
その時、ポン、とキッチンに置いていたスマートフォンが鳴った。
開くと、大地からのチャットだった。
ー 元気出せよ
春は何度も文字を読み返した。
大地の声で脳内再生される。
やっぱり好き。
すごい好き!
やっぱり本命チョコを作る。
渡して、告白するんだ。
美鈴に勝てるかは分からないけど、それでも、バレンタインに参加する権利は、全世界の女の子にあるんだから!
♡ ♡
翌日。
友チョコを渡し終え、春は悩んでいた。
やばい、いつ渡そう。
やっぱり帰り際かな。
二人きりになれるし。
考えていると、美鈴がやってきて言った。
「付き合うことになった」
「えっ」
春はショックで固まった。
頭が真っ白になる。
「もう無理よ。残念ね。諦めな」
ふん、と美鈴は笑い、行ってしまった。
やばい。
悲しい。
言葉にできない想いが、目から涙になって溢れ出た。
やっぱりそうだよね、美鈴さん、小さくて可愛くて女の子らしいし。男子はきっと、美鈴さんみたいな女の子が好きに決まってる。
目尻から流れる涙を指先で拭い、気持ちを奮い立たせた。
次はバレーだし、もう移動しなきゃ。
今日泣いたら失恋したみたいに皆に思われちゃうし。
まぁ失恋したんだけど!
がんばれあたし。
体育に出て、全力でスパイクを決めまくった。
春のチームが一位になる。
友達に怪訝な顔で見られる。
「春?なに泣いてんの?」
いつのまにか泣いていた。
春は誤魔化して言った。
「う、嬉し涙よーー!!」
うぁーん、と春は友達に抱きついた。
俺はバレーボールの時間に、女子の方を見ていた。
春の全力のプレーと、熱い涙に感心した。
勝ち負けにそこまで熱くなれるなんて、素晴らしい事だ。
体育といえど、全力で取り組めるのは春の長所だ。
体育が終わる。
普段は自分から行かないが、俺は勇気を出して、春の元に駆け寄った。
「優勝おめでとう、試合、良かったよ」
「あ、ありがと」
体育が終わり、止まっていた春の目から涙がほろりと、こぼれ落ちる。
俺はびっくりした。
「えっ」
「嬉しい!嬉し涙だから!!!」
どうみても悲しい顔で、春は去って行った。
何かあったのか。
春は滅多なことじゃ泣かないのに。
春が泣いているところを見た事がない。骨を折っても涙一つ流さない女の子が、一体何に対して泣いたんだろう。
少し考えて、俺はハッとした。
そうだ!今日はバレンタイン!
まさか、本命をあげてフラれたとか!?
間違いない!
絶対にそれだ、さっき昼休みだったし。
贅沢な男への嫉妬と、春への気持ちで、俺も悲しくて泣きそうになった。
俺のスマートフォンがポン、と鳴り、確認すると、平野美鈴から個人チャットでメッセージが送られてきた。
ー 六限目終わったら、西階段の二階に来て欲しいです。
少しでいいので、時間をください
俺は文面を読み、まさか、と思った。
♡ ♡ ♡
チョコ、どうしよう。
もう自分で食べちゃおうかな。
部活が終わり、春は野球部を見ていた。
そろそろ終わりそう。
この後、美鈴と大地は一緒に帰るのかな。
偶然のあたしじゃなくて、ちゃんと約束した美鈴と。
涙を堪えながら、とぼとぼ着替えて部室を出ると、サッカー部の男子達に鉢合わせた。
「うわっ、ビックリした。男かと思った」
大仰に驚かれる。
春も乗ってやった。
「なによ!いっつも腹立つ!」
他の男子も言う。
「ほんと背高いよなー、何センチ?」
「うるさいわね、そこまで大きく無いわよ」
「てか今日のバレー凄かったな。ボールが破裂したかと思った」
「は?そんな事しないから」
「女子の中でめっちゃ目立ってた。一人だけ女型の巨人がいた」
「失礼ね!!」
「巨人は誰かにチョコ渡したのかー?」
いつもの揶揄いも、今日はシンプルな悪口に聞こえてしまう。
ちょっと悲しくなってきた。
♡ ♡ ♡
俺は春に会いに行くことにした。
泣いてたし、自分に出来ることは励ます事くらいだ。
すると、男子集団と話をしている春を見つけた。
俺は入っていかず、話が終わるまで待っていた。
だが、春の様子が虚勢に見える。
俺は割り込んで言った。
「女の子なんだから、冗談にしても言い過ぎは良くないよ」
「冗談じゃねーし、事実を言っただけだろ」
「そうだ、原田って春が好きなんだよな〜」
バレてる!?
俺はドキリとしたが、恥ずかしさをかなぐり捨てて、言い返した。
「ああ。俺は良いと思う。背が高くて、ショートカットの女の子。可愛いじゃん」
男子達はそんなにマジになるなよ〜と苦笑し、帰って行った。
春がぽつりと言う。
「ありがとう‥」
「ああ、うん」
シン、と静かになる。
春は俯いたあと、拳を握って顔を上げた。
切長の静かな瞳で、俺を見つめる。
「あのね、渡したい物があるの」
この前言ってたブルーレイかな、なんて俺は思っていたので、度肝を抜いた。
春は鞄を下ろして、両手で持ったピンクの箱のチョコを俺に差し出して来た。
赤いリボン、メッセージカード付き。
まさか。
春が赤い顔で、唇を震わせながら言う。
「好きです」
俺はただただ驚いた。
恐る恐る、受け取る。
これは夢か?
春が少し怒ったように小声で言う。
「‥‥何か言ってよ」
「俺で合ってる?」
「合ってる。あたしは原田大地が好き」
メッセージカードには、「大地へ」と書かれている。
うそだろ。
信じられなくて、俺は春を見返した。
春は言う。
「分かってる。美鈴さんと結ばれたのは知ってるから。それでも、あたし、渡したいと思ったの」
俺は不思議に思って聞き返す。
「‥‥美鈴って平野のこと?」
「そうよ。とぼけなくていいの。本人から聞いたから」
「結ばれてないよ。俺、断った。俺も、その‥‥春が好きだったから」
「え!?」
「だから、ビックリした。だって、俺のは義理チョコだったじゃん。どうして急に?」
「美鈴が、大地に告白するってあたしに宣戦布告してきたの。だから、負けたくなかったの」
「そうだったのか」
「あたし、けっこう意気地無しなの。告白なんて、絶対ムリだって、思ってた。けど、今思ったの。あたしはやっぱり大地が好き。ちゃんと伝えたかった。ずっと好きだった。美鈴と付き合うことになっても、言いたいって思った」
「春‥」
俺は春の手を握った。
春の顔がみるみる真っ赤に染まる。
それで、本当に春が俺を好きなんだと分かった。
俺たちは手を繋ぎ、帰り道を歩いた。
春がたずねてきた。
「どうして断ったの?美鈴、小さくて女の子らしくて、すごく、可愛いじゃん」
「俺の好みは高身長でショートカットなんだよ」
「‥‥嬉しい」
噛み締めるように、春はじんわりと目を閉じて微笑んだ。
♡ ♡ ♡
休日、一緒に出掛けることになった。
春はふんわりした、可愛い桃色のワンピースを着て来た。
いつもジーパンで男子みたいな格好ばかりしていたのに。
そのギャップも凄まじく、とても清楚で可愛くて、俺は見惚れてしまった。
「おぉ」
「あ、あんまり見ないでよ、恥ずかしいから」
春がスカートを押さえて、そっぽを向く。
春はスタイルが良く、ワンピースがとても似合っていた。
すれ違う人みんなが春を見る。
「ふだんはジーンズなのに、どうして今日はワンピースなの?」
「言わせないでよバカ」
「スカート嫌いって言ってなかった?」
「大地は昔、ジーンズが好きって言ってたじゃない。それに、春は男子っぽくて、喋りやすいって」
「そんなこと、気にしてたの?」
「私はスカートが好きだし、案外ふつうに女の子だし、可愛いものが好きだし‥‥大地にも可愛いって思ってほしい。だから、ちょっと変かもしれないけど、今のあたしを許して欲しいの」
健気な春が可愛くて、俺は言葉を失った。
なんとか言葉を捻り出す。
「可愛いよ。なんか、ギャップがすごく良い。春の気持ちが嬉しい。春は十分可愛いから、変に思わないし、気にしなくていいよ」
春が花が綻ぶように笑う。
「嬉しい」
「うん」
春が恥ずかしそうに言う。
「手、繋ぎたい」
俺はそっと春の手を取る。
意外に乙女な春は、世界中の誰より可愛く見えた。
読んでくださり、ありがとうございました。