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第一話 「化け猫と新米刑事」

「あーつまんないつまんないつまんないー」

黒羽根色の艶やかな長髪を靡かせながら

カウンター席に突っ伏す1人の女性

彼女の周りには数本の徳利が並べられている

「なーんか面白い事ないかしらー」

「飲み過ぎでしょ美幸…ほら、店じまいするよ」

カウンターをおしぼりで拭きながら揶揄を入れる女主人。白のブラウスに赤和柄の彼岸花が描かれたカーディガンを羽織り黒レギンスに下駄を履くというなんとも奇妙な格好をしている

「やだー忍ちゃんが冷たい〜」

ぶーぶーと口を尖らせ徳利を片付け始めるこの女は美しい見た目とは裏腹にかなりの大酒豪

紫の和柄に彼岸花が描かれているカーディガンを身に纏いスラッと長い脚には紺のストレッチパンツを履いている。身長は170㌢と恵まれており、いわゆるモデル体系というやつだ

世間で言えば「モテる女性」の域に軽々と入るのだが彼女自身そう言ったことに全く興味がなく今日も今日とて酒を浴びる様に飲んでいる

「まーた始まった。美幸の忍絡み酒」

空いたグラスや食器をお盆に乗せニシシと歯を見せ笑う男

茶色の短髪で彼女らと同じく緑和柄のカーディガンを羽織っている

人懐っこく笑うこの男は気さくでどんな客とも仲良くなれる才能があるが身長158㌢と日本男児としては致命的なのが本人のコンプレックスである

「うっさいわよ。犬っころのくせに」

「犬っころ言うな!」

「忍、暖簾片付けてきたぞ」

「ありがとう壱斗」

カラカラカラ…と店の戸を開け暖簾を手に入ってきたこの男もまた彼女らと同じく黒和柄カーディガンを羽織っている。

日光焼けした黒と茶色の髪に銀縁メガネを掛け聳え立つ185㌢の長身に切長の瞳をチラリと見せる際の自然な動きに女性客はうっとりしている

まぁそんなに客は来ないんだが…

「店潜ってくるとかマジムカつく。この巨神兵が」

「いきなりなんなんだ大地…美幸、また酒飲んだのか…」

「私がザルだって知ってて言ってるのかしら?」

「物事には限度ってものがあるんだ…急に体調が悪くなることだって…」

「あーあまーた始まったー壱斗のお説教〜」

「こら、茶化すんじゃない大地。私は心配して…」

「壱斗、賄い食べる?」

「頂こう」

「「切り替えはやっ!」」


ここは小料理屋「怪々奇譚」

賑わう繁華街から遠く離れた鬱蒼とした山に囲まれひっそりと構えている古民家

一件何処にでもあるような風貌だが

何故か知る人ぞ知る所謂摩訶不思議な料理屋なのだ

人の口伝は真に受けない事

そんな雰囲気を醸し出しながら店仕舞いを終え、仲睦まじく4人が座敷に座りながら忍が作った賄いを今日も頬張っている

今日の食事は小料理屋名物

「お婆ちゃん直伝ぶり大根」だ

祖母が遺したお店の味そのままに忍が少し甘みを加えて作るのはこの4人だけの特別料理

骨まで柔らかく一切の臭みを感じないブリに甘辛く煮た口の中でほろほろ溶ける大根だ

「うっっっま!マジで美味いよなぁ」

「お酒が進むったらありゃしないわ」

「本当に絶品だ」

「お婆ちゃんもきっと喜んでるよ」

カウンター席に飾られる祖母の写真を見てふっと微笑む

忍が大根を一口サイズに切り分け口を開けた瞬間

「あのっ!まだやってますか!?」

ガラガラッ!と勢いよくガラス戸が横に開き驚きのあまり忍は大根を食べ損ねてしまった

「まーた来た頑固一徹正義くん」

「暖簾無いの気づかなかったのかしら」

「やれやれ…忍…」

店に入ってきたのは汗だくになったスーツ姿の男

肩で息をしながら洗い息を整える様は全力疾走してきたのだろう

ジト目をしながら大根を頬張り立ち上がった忍はカランと下駄を鳴らす

「どしたの?」

「あ、し、忍さん…えと…」

照れた様にあからさまに態度が変わり、走った熱さでのぼせた赤みではない顔にそれが何の意味なのか忍だけが分かっていない

「お店もう閉めたよ」

「あ、や、そ、そうなんだけど…」

すると座席からズカズカと歩いてくる美幸が忍の肩をガバッと抱き

「何?せいぎくん。私達今幼馴染どうしで晩酌してるんだけど?」

「あ、狐谷さん…こんばんは……って、僕の名前はせいぎじゃないです!正義とは書きますがまさなりです!頑蔵正義です!」

「聞いてないのよそんなの」

「え、えぇ〜」

ピシャリと言い放たれた言葉に肩を落とすこの男は半年前からやってきた常連の1人で新米刑事だ

名は体を表す代名詞を背負った男で

曲がった事が許せないタイプの人間

爽やかな笑顔とカッターシャツからでも分かる浮き出る胸筋の形に鍛えている事は言わずもがなだ

「なんか食べてく?ぶり大根しかないけど…」

「えっ?忍さんが作った特別のやつ…?勿論、ご相伴に預かります!」

「こんの正義野郎…店は閉まってんのよ!」

未だ悪態をつく美幸を他所に忍は煮込んであるぶり大根を小皿に盛り付けていく

カウンター席に座りその姿をうっとり見つめる正義

だがそんな甘い雰囲気を他所に猫が睨んでいるかの様にじっと見つめるいつの間にか両隣に座っていた幼馴染達

「はい、おまたせ……なんで3人も来たん?」

「ぶり大根おかわり…………って思ったけど…頑固一徹くんほんとに何しにきたの?」

「だ、だから僕は頑固一徹でもないですよ…狗戒さん…」

「俺からしたら頑固一徹だって正義くん。やっぱ刑事だから頭硬ぇの?」

「柔軟性を持たないと苦労するぞ正義くん」

「鞍馬さんまで…」

くいっと徳利から注いだお猪口の日本酒を煽る幼馴染達

「おっかしいのよねほんと…なんであんたこんなにも来れるのよ…」

「え?え?」

出されたぶり大根に舌鼓みを打ちつつ聞かれた事に困惑してしまう

「だってここ…お店ですよね?」

「まぁそうなんだけどねぇ…」

明後日の方向を向きながら不敵な笑みを浮かべ頬杖をつく小柄な青年

「正義との出逢いが懐かしいね。もう半年も前だっけ?」

「そんなに経ちました…?」



半年前、店の前を竹箒で掃除していると

見るからに悩みを抱えている男性が歩いているのが見えた

「こんにちは」

掃除をやめ声をかけた女店主に気付く

「あ……こんにちは…」

「あまり見かけないお顔ですね」

「え……あ、そういえば…此処どこだろう…」

キョロキョロと辺りを見渡すが周りは山に囲まれており知らない場所に来てしまったと内心焦り始める

「あ、あの…ここは…」

「立ち話もなんですから、どうぞ?」

「ですが…」

「うち小料理屋やってるんです。私が誘ってるんですから、お代は要りませんよ」

にこりと微笑むその姿に男はこくりと頷き重たい足取りで暖簾を潜った

「いらっしゃい。あら、若いわね」

出迎えたのは歳が若そうなモデル系美人の和服を羽織った女性。男なら見惚れるのだろうが今とてもそんな気分にはなれなかった

その女性は、あぁ、なるほどねと小さく声を漏らすとふんふーんと鼻歌を歌いながら店裏へと戻って行ってしまった

女店主にカウンター席に座る様促されストンと腰を下ろす

店内は小ぶりな店で10人程度座れる席に

大人数様の座敷が2つある程度

チクタクと響く掛け時計のそばには翁や般若、天狗など昔ながらのお面が多数飾られている

座敷には七福神の掛け軸に陶器で作られた高そうな花瓶に店の入り口には小さな仁王像の木彫りが向かい合う様に置かれている

所々水彩画で描かれた海や深海、人魚の絵まで飾ってある

なんだか怖い…

男が過ったのはその言葉だった

「怖いです?このお店」

「えっ…」

人の心を読む力でもあるのかと驚きを隠せなかった

クスクス笑いながら

「初めてみえる方は皆さん同じ反応されますよ。店内キョロキョロ見回して、無意識にうぇ〜って顔されますからね」

「す、すみません…こういった所、慣れなくて…」

「いいんですよ。お気になさらず。はい、こちら店のおごりです」

コトンと差し出されたのは程よい香りの暖かいほうじ茶に小さなさくらんぼが散りばめられた抹茶餡蜜だった

「お疲れでしょう?甘いものでも食べて少し落ち着かれては?」

「あ、ありがとうございます…頂きます」

パクりと口に運ぶと濃厚な餡蜜の甘さが口一杯に広がり、抹茶の苦味と程よく合わさり何とも素晴らしい組み合わせに思わず目を見開き、ふにゃっと顔を歪ませ口元が緩んでしまった

「美味しい……」

気付けば自然と口に出ており、ほぉ〜と

感心するかの様に餡蜜を眺めていると

「それ、新作なんです。どうです?」

「え、あ、お、美味しいです」

にこりと笑う女主人は味の感想を貰えてとても嬉しそうだった

すると

「それで?悩みというのは?」

両腕をカウンターに付いて身を乗り出しながら男の目を見つめる

「え?何で悩んでるって…」

「顔に書いてありますよ?嘘つくの、下手なんじゃないんです?」

「そ、そんな事は…」

「まぁ気の済むまで居て下さい。ただ「吐けば楽になる」という言葉があります。お互い赤の他人なんですから洗いざらい吐けることもあると思いますよ」

少し楽しげに話す女主人の様子にいつもなら他人には頑なに話さない男だが今日は少し冒険したくなる気分だった

知り合いに話しても笑われるだけ

なら見ず知らずの人になら…

きゅっと口を結んで深呼吸を一つ

「実は…妹が最近変なものに取り憑かれてるって…言ってて…」

「変なもの?」

ピクリと眉を動かす女主人

「やっぱり…おかしな話ですよね…こんなの…」

「いいえ?話してください。妹さんのこと、実に興味があります」

どうぞ続けて?と言わんばかりに首を傾げられる

不思議に思うが女店主の仕草に嫌な感じはひとつもしない

意を決して言葉を絞り出した

「妹は最近アパートを借りて一人暮らしを始めたんです。最初は何ともなかったらしいんですが、部屋中でパチン…パチン…って音がし始めたらしいんです」

「部屋中で…ラップ音ってやつですかね?」

「ラップ音…?」

「主にそういう類の連中が面白おかしく鳴らしていたり、意味があって鳴らしたりするんですよ…因みにそのアパートは…」

「事故物件ではないらしいんです…僕も妹から相談を受けて大家に確認したんですが、そういったことはないと…」

『そういう類』

その言葉だけで伝わったのなら

目に見えないものを信じない人間ではないのだろうと今の会話でお互い分かった

「大家が嘘をついているというのは…?」

「あ、あの人はそんな人なんかじゃありません!」

突然顔を上げ噛み付く様に話し始めた男

「いつも笑顔で挨拶して下さって、バイトと勉強で忙しい妹に食事を分けて下さったり、慣れない環境にいる妹を支えて下さってるんです!そんな人が悪い人な訳ありません!」

この男は人を疑う心を知らないのだろうか

『もしも』の話をしているのに食ってかかるのは根がいい人過ぎるのだろう

ふぅ…と息を整えカウンターから少し離れる

「これは失礼…」

目を伏せ悪びれた様に顔に似合わずやけに大人じみた言葉にハッと我に返る

「あ、すみません…声上げたりして…」

「いえ、こちらこそ軽率でした」

男は項垂れ話を聞いてくれると言った方に失礼な態度を取ってしまったと反省した

女主人は男が口を開くのを目を伏せただ待ってくれている。

その姿にぎゅっと目を瞑り

「最近ではそれが酷くなっている様で、夜中になると猫の鳴き声がするらしいんです…」

「猫の声?」

「はい…妹も猫がいるんだ程度にしか思ってなかったみたいなんですが、気になって猫の鳴く時間を見てみたら夜中の2時だったみたいで…」

「2時…」

「大家さんに猫を飼ってるのかと尋ねてみても猫は嫌いだ、あり得ないと言われたそうで…」

「なるほど…」

「あまりにも鳴くから思い切って「どうしたの?」と誰もいない部屋に怯えながら声を掛けたそうです…そしたら…」

男は両腿に置いた掌をぎゅっと力強く握り拳を作る

「沢山の猫が駆け回る様な音が部屋中からしたそうなんです…低い声や、高い声…威嚇してる声も沢山沢山響いてきて…」

「沢山の猫……」

「怖くなった妹は、僕の家に飛び込んできました…沢山の猫がいる…取り憑かれてる…助けてって…」

そこまで聞いた女主人をふと見上げると

腕を組みうーんと唸っている

やはりこんな話聞かせるんじゃなかった

せっかくの美味しい甘味が台無しじゃないか

男がそう思い口を開いた瞬間

「それ、「化け猫」じゃない?」

いつの間にか出迎えてくれた女性が頬杖をつき真横に居たことに思わず飛び上がってしまった

「な、い、いつの間に!?」

「あら、別にいいじゃない。私もここの従業員なんだから。狐谷美幸よ。狐の谷と書いて「くたに」って言うの。よろしく…はしなくていいわね」

何を言っているのか分からない

ただでさえ心臓が破裂するのではないかと思うほどの驚き様なのに一体何の話をしているんだ

だが自己紹介されたのだ。挨拶を返さないのは失礼というもの。仰け反った身体を戻し

「ど、どうも…頑蔵正義です…頑固の頑に酒蔵の蔵と書いて「かたくら」と言います…下は「まさなり」です…」

「あら律儀ね〜あ、名刺は要らないわよ」

「美幸、仕込みは終わったん?」

「もっちろんよ。終わって暇してたらなんか面白そうな話聞こえてきちゃったのよね」

「お、面白そうって狐谷さんあなた…」

一瞬ムッとした頑蔵はまた声をあげそうになった

だが狐谷の言葉に気付き

「さっき「猫又」……って言ってましたよね?」

「あら、食いつくって事は興味があるってことね?」

「興味があるって話だけじゃありません。猫又って妖怪じゃないですか」

「えぇ。妖怪ですよ」

「え?」

話を聞いてくれていた女主人ですら真顔でそんな事を言ってくる

妖怪や目に見えない存在の事を信じていないわけではない。実際幼い頃は見えていたのだから

だがそれは大人になるにつれどんどん薄れてしまい、今では気配を感じる程度

なのにここに来ていきなり妖怪の仕業です

と言われている様な言葉に焦り始めてしまうのは無理もない

「頑蔵さん……っと私の方がまだ自己紹介しておりませんでしたね。私は龍宮忍。「たつみや」は言いにくいということで皆さんからは「しのぶさん」と下の名前で呼んでもらってます。頑蔵さんもぜひ」

「あ、し、忍さん…」

彼女の振る舞いから見て中々古風な名前に一瞬驚く

和服を羽織っているとはいっても茶髪のセミショートに片耳に髪を掛けている姿は実に可愛らしいのに

「こーんな可愛い女の子なのに、「忍」なんてびっくりよね〜」

この人も人の心を読む力があるのか?

再び心を覗かれた様で内心驚きを隠せない

「お婆ちゃんがつけてくれて気に入ってるもん…って話戻すよ?それで頑蔵さん…妹さんのその後の様子は?」

「え、あ、はい…」

何事もなかったかの様に話を進めていく雰囲気にこの2人の関係の親密さが窺える

狐谷さんは相変わらず隣で頬張えをついているが…

「僕の所に来てからも妹にだけ猫の声が続いていて……僕には聞こえなくて……この間なんかは玄関にネズミの死骸が沢山置いてあったんです…あと虫とかも…」

「ご近所に猫を飼われている方は?」

「僕のアパートも動物禁止なので飼っていない筈なんです…念のため伺ったんですが、誰も飼っていないって…」

「まぁ普通のアパートはペット禁止が多いですからね」

「格安アパートなので…」

ふむ…と腕を組む2人

「忍、これってやっぱりこれよね?」

含み笑顔で猫の手のポーズをして茶化してくる

「まだ分からんよ美幸……妹さん、猫好きですか?」

「はい…猫大好きなんです…よくダンボールに入れられてる猫を見つけてはミルクを持って行ったり、親に内緒でキャットフードを買ったりしてました…ただ両親は動物嫌いなので、保護する事はできませんでしたが…」

「やっぱりこれよこれ!」

今も尚猫の手のポーズをしている狐谷は忍と目を合わせる

「確証はないけど恐らくね」

ふぅ…とため息をつく忍がぐっとカウンター越しに顔を近づけてくる

「お話してくださってありがとうございました」

にっこりと微笑みカチャカチャと出した食器を片付け始めていく

「あら、面白かったのね?忍」

ふふっと不敵な笑みを浮かべる狐谷が頬杖をついて意味深な言葉を紡ぐ

すると忍が裏の厨房に向かって

「大地ー、壱斗ー、今日お店締めるよ〜」

声高らかに暖簾を潜って言い放つ

「「りょーかーい」」

男の声が2つ重なって返事が返ってくる

「お!お客さん?スンスン……この人憑いてんじゃん…」

「こら、お客様に向かってそういう事言うんじゃないよ大地」

裏から出てきたのは鋭い目付きを放つ銀縁眼鏡の長身青年

まるで犬の様に鼻をひくつかせカウンター越しに匂いを嗅いでくる茶髪で短髪の小柄な青年だった

「初めましてご新規さん。俺、狗戒大地。「いぬかい」って言うんだ。珍しー苗字だろ?」

「私は鞍馬壱斗。またとない一期一会のご縁に感謝を」

「は、初めまして…」

2人からカウンター越しに握手を所望され両の手を差し出し握手をする

いったい何なんだこの4人組は…

目まぐるしく展開していく状況にただただ付いて行くのに必死だった

鞍馬に促され店を後にすると商い中の看板をひっくり返しただいま準備中に変える

「さて頑蔵さん、妹さんの元まで案内して頂けます?」

忍が伸びをしながらそう告げる

「え、な、なんでです?あなた達は一体…」

すると鞍馬が和服の袖に両手を入れカランコロンと下駄を鳴らし頑蔵の前に一歩出る

「ここは小料理屋「怪々奇譚」。表向きは食事処ですが裏では妖怪退治を営んでいます」

「よ、妖怪退治!?そ、そんな非科学的な事…!」

「でなければ店主の忍の目には止まりませんよ」

「お、仰ってることが…」

「だからと言って何でもかんでも引き受ける訳じゃないのよ?」

「忍が引き受ける条件は二つ!質の良い食材を提供する事!そして…!」

「「「「それが面白いこと」」」」

くるりと振り返った忍と共に4人は声を揃え

面白おかしく頑蔵に告げる

質の良い食材?それが面白いこと?

「お、面白いってどう言う意味ですか…っこっちは真剣なのに!」

「ですからそちらの領分では「真剣」。ですがこちら側の領分だと「面白い」って事になるんですよ。失礼ですがご職業は?」

「け、刑事です」

「「「「あぁ〜」」」」

妙に納得している4人組にようやくなれた職業を馬鹿にされた様で少し気に食わない

「な、なんですか…」

「いんやー?そんなプンプン匂わせてるのに非科学的って言えちゃうのが頭でっかちな証拠だなぁって思ってさ」

「そんなこと言うもんじゃないよ大地」

「そういう体質なのかもしれないわね」

頑蔵を他所にゆっくりと歩き出す4人に置いて行かれてる感がしてならない

「ま、待って下さい!僕はそんな事頼んでません!妖怪退治なんてそんな…それに質の良い食材なんて僕には…」

「それには心配及びませんよ。今回は私から声を掛けたので、それは要りません。面白いことを聞けたのでオールオーケーです」

にこりと微笑む姿の忍に何故か落ち着きを取り戻す

妹の事で不安だらけの毎日に話を聞いてくれた人

無力な自分が許せなくて何のために警官になったのかと思い悩む時もあった

だが相手は目に見えない存在

同僚に話しても鼻で笑われてしまう始末だ

苦虫を噛み潰した様な表情をしていると忍がそっと寄り添う

「声を掛けたのは確かに私ですが貴方には必要だからここに来たんです」

「忍さん…」

顔を上げ忍の瞳を見つめる

「さぁ、頑蔵さん…貴方のお願い事は?」

その言葉に緊張の糸が解けた様に叫んだ

「妹を………助けて下さいっ!」

「「貴方には必要だからここに来た」」

誰にも頼れず途方に暮れていた時にたまたま出会った人達

彼らの言うことを全て信じているわけではない

だが今は「なんとかしてくれるかもしれない」

その一縷の望みをかけて忍達に縋ったのだった


「紹介します、僕の妹の美優です」

「あんれま〜憑いてるね」

「憑いてるわね」

「憑いてるな〜」

「憑いている」

「な、何なんですか貴方達は………」

初対面の人間達にいきなり腕を組みながら飄々と「憑いている」と言われて逆上しない人間がいるのだろうか

今まさにそれが繰り広げられている

一行が訪れたのは頑蔵のアパート

アパートの辺りをキョロキョロ見渡し猫の痕跡がないか見て回ったが猫の足跡ひとつなかった

コンクリート建ての普通のアパート

野良猫の一匹や二匹いてもおかしくないはずだ

となるとあとは…

「憑いてるのは分かりました。けれど大元は美優さんではないようですね」

「どういう……意味ですか………」

疲労で痩せこけた美優は虚な瞳で力なく訴える

視えない何かのせいで日々追われる様な思いをしているのだろう

怯えた様子で兄にしがみつくのがその証拠だ

「大元を断ちましょう。美優さんの住んでらっしゃるアパートに案内していただけますか?」

「え…あ、あそこには…もう…」

「美優…この人達に任せてみよう?もう僕たちには何もできないんだから…」

「お兄ちゃん…」

不安そうな顔で兄を見つめるがもう打つ手はないと悟ったのか

「ご案内します…」

電車で2駅先にある美優の住んでいたアパートへ赴く

電車に揺られている最中兄妹はこの世の終わりの様な顔をしているが

この4人だけはあっけらかんとしている

すると

「美優さんは猫好きだと伺いましたが小さい頃から?」

「え、えぇ…ずっと好きでした…でも今回の件でとてもそういう気持ちにはなれなくて…」

「そうですよね。心中お察しします」

「まーた始まったよ壱斗のポジショントーク」

「聞き流しなさい大地。相手にするだけ無駄よ。ねー?忍」

「ん?あ、うん」

「どうしたのよ?」

「美優さんには申し訳無いけどこれ骨が折れるかもしれないね…」

忍だけは立ったまま車両の透明ガラスに映る流れていく景色を見つめている

放つ言葉はこれから先起こることへの危惧を意味している。だが忍は依頼人からは視えない角度でくすりと笑っていたのだ

美優の住んでいるアパートに辿り着くと何やら人だかりが出来ている

裸足のまま道路に四つん這いになって息を整える者や掛け布団に身を包み顔を真っ青にさせ震えている者

野次馬に紛れていた大家を見つけた頑蔵は慌てて様子を伺いに行く

「何かあったんですか?」

「あ、か、頑蔵さん!それがね、ここに住んでるアパートの人達が猫の化け物が出る!って言ったり、猫に殺される!って騒いでるのよ…私もうどうしたらいいか…」

「猫に…?」

「え、えぇ…あ、美優ちゃん!あなたは大丈夫?」

「大家さん…私は…」

その様子を見ていた忍達は野次馬達を押し退けズカズカとアパートへと入っていく

「あ、ちょっと貴方達!勝手に入らないでちょうだい!」

「ならご一緒に」

神妙な顔で鞍馬はぐいっと大家の腕を引くと強引に美優の住んでいた三階建てアパートの109号室へと赴く

美優が鍵を開け中に入ると

「っ………酷い匂い…」

「うがぁ!俺鼻もげそう!」

「キッツイわね…」

「私達でもキツいんだ…鼻の効く大地には相当キツイだろうね…」

「忍〜どうすんだよ〜」

鼻をつき、目は痺れ、思わず吐き気を催すほどの悪臭が部屋中に漂っていた

「貴方達何言ってるの!?警察呼びますよ!?」

何のことだか分からない大家は驚きの余り大声を出す

「嘘だろ…このキッツい匂い普通の人にはわかんねぇの?」

鼻を詰まみながら話す大地は涙目になっている

無理もない…だってこれは

「腐敗臭…生き物が腐った匂い…か……」

目を細めこの部屋に充満する匂いを確かめる

明らかな悪臭、所々に生き物の毛が落ちている

見渡すと猫が爪を研いだ跡や壁一面に広がっており、研いだ後の爪ですら無数に散らばっている

それだけではなく、ネズミの死骸や虫の死骸などとても人が住める状態ではなくなっていた

「酷い…誰がこんな悪戯を…」

状況を飲み込めない頑蔵は目を白黒させる

だがそんな心配を他所に突然

「あ…あ……また、また猫の鳴き声が!」

耳を覆いガクンと膝から崩れ落ちる美優

すると開いていたはずの扉が独りでにバタンッ!と閉じられ大家が部屋の中に無理矢理押し込められる形となる

「なっ!と、扉が勝手に…!ちょ、ちょっとあんた達!いい加減に…!」

「いい加減にするのは貴方ですよ大家さん」

一瞥するかの様にピシャリと言い放つ忍は不敵な笑みを浮かばせている

「な、なによ…一体…」

「とぼけなくても結構ですよ。視えてるんですよね?ここに居る「猫達」が…」

「っ!」

「え…?」

バツが悪くなった様に顔を歪ませる大家

その様子に驚きを隠せないうずくまる妹を抱き締めている頑蔵

「一体どういう事ですか…大家さん…何を知ってるんです!?」

「っ…私は何も…何のことだか分からないわよ!」

物凄い剣幕で吐き散らす大家と呼応するかの様に部屋中の刺激臭が強さを増す

「猫が……猫が……!!」

「美優!しっかりするんだ!……忍さん!妹がっ!美優が!」

「その為には大家さんの話が必要なんです。これらはそれを望んでいる」

「私は何も知らないわよ!変な事言わないで頂戴!」

血相を変え目を泳がせている大家は明らかに何かを隠している

このままでは妹が…

頑蔵は意を決し

「僕は刑事です!ここで本当の事を話さないなら貴方を逮捕しますよ!」

ズボンのポケットに閉まってある警察バッチをバッ!と勢いよく見せた

こんな事何の意味もない事は分かっている

だが頑蔵に出来るのはこれくらいしかなかった

「け、刑事!?だ、だったらここにいる人達逮捕しなさいよ!不法侵入でしょぉ!?」

「か、彼女達は捜査関係者です!し、心霊現象捜査部門の、え、エキスパート達なんです!妹の為にわざわざきてくださったんです!早く話して下さいっ!出なければあなたを公務執行妨害で逮捕しますよ!?」

もう言ってる事がめちゃくちゃだ…

何が心霊現象捜査部門だ…

何が公務執行妨害だ…

そんな物、あるわけないのに…

だが

「っ………」

ぎゅうっと拳を強く握り俯き始める大家

即興で出た言葉は思いの外効果があった様で

ホッと一息をつく

「っ………猫を…始末したんだよ……この部屋で…」

「え……」

「…………」

大家の言葉に思わず息を呑む

だが共に大家の話に耳を傾ける4人は

顔色ひとつ変えない

「なぜ」

静かに忍が口を開く

「…………煩かったから……」

「なぜ」

「私は………猫が嫌いなんだ……煩くて、気まぐれで、人の言う事ちっとも聞きやしない…」

「なぜこの部屋で」

「……ここはずっと空き部屋で…一気に始末しようと思って…餌をばら撒いて……汚くなってしまったけどきちんと畳も代えたんだよ………」

今いるこの場でそんな悍ましい事が行われていたなんて…

頑蔵は肩をわなわな震わせ

「なんて酷いことを……あなたそれでも人間ですか!!」

「いいじゃない別に!!猫には九つの魂があるって言うんだもの!!5、6匹消えたって何の障害もないわよ!!」

「「「「それ意味吐き違えてる」」」」

間髪入れずに話を割った4人

「「猫に九生あり」ということわざがあります。それは「そんな猫ですら好奇心が原因で命を落とす」と言う意味です。人を叱る為にある言葉なんですよ。今まさに大家さんにぴったりの言葉だ」

「な…………」

顔が真っ青になる大家とは違い忍は眉間に皺を寄せ腰に手を当て激昂する

「人ではないからと云って傷つけていいものではないんだよ」

忍が静かに言い放つと同時に部屋中に猫の鳴き声や唸り声が響き渡る

「人に仇し人を蔑め暴れ慄く業の魂、生み出したのは人ではあるが怨みを忘れて眠って」

祖母から貰ったペンダントを握りしめ忍は静かに言の葉を鳴らし懐から取り出した霊符を翳した

真っ直ぐ部屋を見つめていると苦しむ美優の周りに猫達が寄り添う

にゃーにゃーとまるで甘えている様だ

「しって……ほしかった……」

何処からともなく聞こえる声

その声はどこか少女にも似た美しい鈴を転がすような声だ

「あ…猫の…声が…やんだ……?」

美優がふと周りを見渡すと威嚇する所が喉をゴロゴロ鳴らしすりすりと顔を寄せてくる猫達

「もう知ってるわよ」

優しい声で美幸が踞る美優の頭を撫でる

「苦しかったよなぁ…痛かったろ…」

今にも泣きそうな顔で大地が肩に手を置く

「私達が来たからもう大丈夫」

穏やかな笑顔で壱斗が背中をさする

「おやすみ…「化け猫」…」

忍が穏やかな声でそう呟くと部屋中の悪臭や空気が変わり、突風が通り抜けた

ふっと笑顔になった瞬間美優は疲労のあまり倒れてしまった

慌てて頑蔵が美優を支える

「美優…!美優…!忍さん、美優が!」

「大丈夫。もうここにも、美優さんのとこにも居ないよ」

「気絶しただけよ。大丈夫。心配いらないわ」

「暫く休めば大丈夫だけど、ここは一旦離れようぜ」

「白檀を焚いておこう。厄除けになる」

鞍馬が脇に入れていたお香を取り出すと手際良く火をつけ白檀を焚く

部屋中にお寺に居るような香りが広がり一行が落ち着いていると

「い………い………いやぁぁぁぁ!!」

突然大家が頭を抱え叫び声を上げながら勢いよくアパートを飛び出していった

「お、大家さんが………」

「気にせんでいいよ。さっ、帰ろうか」

「いやあのでも…」

頑蔵が目を白黒させている間に鞍馬が美優を抱き上げおぶさっていく

「うーわ出た壱斗のナチュラル紳士」

「人聞きの悪いこと言わないでくれ大地…女性が倒れてるんだ。これくらいの事は当たり前だろう?」

「ほら!さっさと帰って大吟醸飲むわよ!」

わらわらしながら3人はアパートを降りていく

「頑蔵さん、大丈夫?もしかして腰抜けた?」

「す、すみません…」

「ほら、帰ろう?」

すっかり腰の抜けてしまった頑蔵に手を差し伸べる忍

目の当たりにしたものがあまりにも衝撃的すぎてまだ頭の整理が出来ない

だが一刻も早くここを離れた方が良いということは本能で告げている

頑蔵は微笑む忍の手を取り皆で帰路についた


「あ、あの…本当に、なんてお礼を言ったらいいか…」

「美優さん休ませてあげて?ろくに眠れてないだろうし」

店に着く頃には暖かかった夕日は沈み、すっかり日が暮れていた

無事に帰路にき、店の厨房裏にあるこじんまりとした和室に布団を敷き忍達は妹を横にさせてくれた

すぅすぅと寝息を立てている妹の様子にようやく休めているのだと心の底からホッとする

色んなものに当てられたせいか自分も内心安堵したのも束の間疲労がどっと押し寄せてくる

座敷に座り、肩を落としているとすっと何かを持って来た5人でテーブルを囲う

「あ、あの、なんで…あんな事が出来るんですか?」

「ん?あんなこと?」

コトンとお猪口をテーブルに置きながら忍が素知らぬ顔で首を傾げる

「ああいうなんていうんですか…ば、化け物というか…お化けというか…」

「「「「妖怪ね」」」」

「あ、よ、妖怪……本当に妖怪退治屋だったんですね…」

「うんまぁ?」

「と、特別な力があるとか……?」

頑蔵が少し興味ありげに尋ねると徳利のお酒を各々のお猪口に注ぎ終わった忍が一瞬考えると

4人は不敵な笑みを浮かべ

「「「「なんか知らんけど

妖怪退治やってる」」」」

突拍子もない返答に思わず

「え?なんか知らんって………」

ぽかんと面食らってしまった

「まぁ生まれながらにそういう類のは視えてて」

「聞こえて」

「話せて」

「分かってしまうから…かな?」

この4人のチームワークは恐ろしく良すぎる

一般人では到底理解できないような事もこの4人の息の良さには圧倒されるだろう

「はい、これ飲んで」

「?これは?」

「「お神酒」一応祓った後だし、念のために飲んでおいて」

「念のためとは?」

「浄化の一種よ。お神酒は浄化の効果もあるの。…………きゃー美味しい〜!忍!もう一杯!」

「青汁じゃないんだから…裏から一本持っておいで」

「大吟醸〜大吟醸〜愛しの大吟醸〜」

一気に飲み干した狐谷は妙な唄を歌いながら厨房裏へと入っていく

くいっとお神酒を口に入れごくりと飲み干すと鼻から突き抜けるアルコールに思わず咽せそうにる

「こ、これ……キツイですね…」

「まぁキツくしてるからね…お酒弱い方?」

「いえ…大丈夫です」

「良かった」

にこりと微笑む忍に思わずドキリとしてしまう

酒のせいだろうか

ヤケに忍が輝いて見えてしまう

ハッとし、あんな事があった後なのに何を考えているんだ自分はと言い聞かせる

するとスマホから着信が入る。見ると職場の上司からだった

「すみません、ちょっと出てきます…」

こくりと頷いた忍達を後にし座敷を離れ店の入り口近くへと移動する

「はい、頑蔵です…はい…お疲れ様で……え?えぇ…………はい……はい………分かりました…」

ピッと通話を終え、聞かされた内容に思わず目を見開き口元を手で覆う

「大吟醸〜…あら?どうしたのよ?」

「い、今……先輩から連絡があって…あの大家さん…警察が保護したって……」

「へぇ…警察ねぇ…」

「お前んとこの妹が世話になってるって前言ってた人じゃないかって連絡くれて…なんでも「猫が猫が」って大声で叫びながら暴れていたのを保護されたみたいで……事情を聴こうにも全く会話にならないらしくて、すぐ措置入院だろうって………」

「あら…そういう展開になったのね」

「え?そう言う展開って?」

何かを知っている様な口振りに頑蔵は不安になる

狐谷に促され再度座敷に腰を下ろすが後味が悪いのは自分だけの様だった

「何か………知ってるんですか?」

「何も知らんよ。知ってるのはあの化け猫だけだよ」

忍がちびっとお猪口に口を付ける

「でも「そういう展開」って今仰って…」

「「祟り」って言葉知ってるかしら」

「はい………まさか、あの大家さんっ」

「私らが祓ったのは美優さんに取り憑いてた方だけ。大家の方は知らん」

「そんな無責任なっ」

「無責任?何処が無責任なんだよ?何匹もの猫始末しといて、祓ってもらってハッピーエンド?あんたはそれ許せるの?」

「そ!それは…………」

「全て私達に聞くよりも少し考えてみたらどうだい?頑蔵君の言う「正義」というやつで」

「っ………」

確かにさっきから質問してばかりだ

知らない世界に飛び込んだ様で右も左も分からないからと子供の様に質問しているだけだ

彼らの言う「妖怪」

それがこんな身近にいるだなんて、しかも分かってしまう日が来るなんて情報が多すぎて頭が追いつかない

だが猫の立場になって考えてみたら?

己の都合で始末され、挙げ句の果てにはその人達が自分たちを差し置いて幸せになる?

そんなの……そんなのは……

「正義でもなんでもない…」

思わず口をついた自分に驚く

憧れだった刑事になれた時、ようやく正義の名の下、犯罪を取り締まる事が出来ると思った

不正や汚職には目を瞑らず、誠実でありたいと心から願っていたからだ

だが今日の出来事は一体なんだ?

不正?犯罪?

明確な名がない以上取り締まる事もあの大家を手錠にかける事もできない

ふるふると肩を振るわせ声を絞り出す

「正義って一体……なんなんだ……僕が目指したものは……一体………」

妹1人を助ける事もできず、自分とは無縁だと思っていた「妖怪退治」に善意で彼女らに施して貰った

苦しげな表情を見せる頑蔵に

「それが、「人間」ってやつだよ」

「え?」

ふと顔をあげると忍はにこりとしている

「法で裁けないものはこの世にはごまんとある。数え切れない位にね。今回化け猫は「知って貰いたかった」だけ。でもあの大家の態度に堪忍袋の緒がキレたんだろうね」

「本来なら消えているって所なんでしょうけど」

「狂って病院に入れられて、いつの日か正気に戻っても!」

「アパートでの行いが白日の元に晒されて罪を償えって一生後ろ指を刺されて生かされるんだろうね」

「え?でも猫のことは誰も…」

「主婦達の井戸端会議の力を舐めたらいかんよ。あんなもん全部筒抜けだからね」

確かに井戸端会議ほど恐ろしいものはない

事情聴取で真っ先に飛びつくのは近隣の主婦層ばかりだ

彼女達の話は的を得ている

「法で裁けないから、皆さんがいるんですか?」

こんな事聞いてもなんの解決にもならないが

どうかそうであってほしいと願う自分がいる

「残念ながらそんな綺麗事はしてないよ」

「やっぱり…そうですよね……」

やはりそうかと肩を落としかける

だが

「でも本当に解決したくてその人にとって必要なら私達の元に来る。ここはそういうところ。頑蔵さんもその1人だったんだよ。縁だよ縁」

ふふっと笑った忍の言葉に救われた気がした

少なからず自分の領分とは離れていても人を救う事ができた

法で裁く

弱きを助け強きを挫く

それをモットーに生きてきた古風な考えを持つ頑蔵はそういうのもいいかもしれないと

一歩前に前進する事ができたのだ

少し吹っ切れた気分になれた頑蔵が再度感謝の言葉を述べようと満面の笑みで口を開いた瞬間

「ふぃ〜〜…」

バターンッ!と忍が顔を真っ赤にさせテーブルに倒れ込んでしまった

「え!?忍さん!?」

「だーいじょうぶよ。この子お酒飲めないのよ」

「え!?で、でも小料理屋ってお酒提供するんですよね?晩酌勧められたりとかするんじゃ…」

「そういうのは俺らが頂いちゃってるから。忍はてんでだめなんだぜ?」

「お酒が飲めない極度の甘党店主さ」

う〜う〜と唸りながらテーブルに腕をつく真っ赤な顔をした女店主

お悩み相談な風貌を醸し出していると思ったら妖怪は祓うわ、古民家の小料理屋女店主なのにお酒は飲めない下戸だなんて

最後の最後に可愛らしい所を見せられ、頑蔵はようやく肩の荷が降りた安堵共に大声を出して笑った

それにつられて3人も大きな口を開けて笑い出す

20代半ばの彼らがようやく年相応に笑う事ができたのだ

こんないい瞬間は、誰にも、妖怪にだって邪魔をする事はできないだろう


暫くすると美優が目を覚まし

酔い潰れた忍を他所に3人に深く深く感謝を告げ鞍馬が挨拶を交わす

あまり不用意に目に見えないものへの同情は避けた方が良いと助言をし笑顔で店を後にしようとする

くるりと振り返り

「本当に、ありがとうございました」

ぺこりと頑蔵兄妹が頭を下げる

「店主が潰れていて申し訳ないね。代わりに私が後で伝えておくよ」

「はい…ありがとうございます鞍馬さん。本当にお世話になりました」

「店主も喜んでいるよ。あ、後一つ」

「?なんでしょうか?」

「猫には九つの魂があると言う話は本当だけど何も忍が言った様に戒めの意味だけではないんだよ?」

「え?そうなんですか?」

鞍馬がにこりと微笑み美優が興味あり気に応える

「エジプトにはなるけれど9つの柱として神がいるんだ。あちらは猫を崇拝している様だからね。だから猫には九つの魂がある。と解釈されたという訳なんだよ」

「なるほど…最後にいいお話が聞けて良かったです」

「猫に罪はないからね。猫好きのままでいてくれたらと願うよ」

ふふっと微笑む鞍馬の笑顔は何処か大人の色気を放つ

思わず頬を赤らめてしまった美優はすすす…っと

兄の後ろに隠れる

「おいやめろよ壱斗〜変な被害者が出るだろー?」

「被害者って…なんだいそれ…」

「これだから優男もどきは」

「優男もどきってなんだい?」

3人のコントの様な光景に思わず笑みが溢れる

「あの、またお店来てもいいですか?今度はちゃんと料理が食べたいです」

その言葉に一瞬きょとんとする3人だったがふっと笑うと

「「「ありがとうございました。行ってらっしゃいませ」」」

丁寧に深々と頭を下げどこか従業員としては違う挨拶を交わされ兄妹で不思議に思いながら頭を下げた。やけに整った道を歩き帰路に着く

「ねぇお兄ちゃん、普通「またのご来店お待ちしております」みたいな事言うのになんで行ってらっしゃいなんだろうね?」

「美優もそう思うか?実は僕もなんだ…」

すっかり暗くなった山道を2人寄り添い歩いていく

本来なら暗くて見えないはずなのに今夜はやけに月が明るくて灯籠の様にどこを歩けば良いか有難いことに知る事ができた

「まぁでもまた行こうか。あのアパート引き払うんだろ?」

「あんな事聞かされて、大家さんも入院するなんて聞いたら怖くて住めないよ…決まるまで当分お兄ちゃん家居ていい?」

「僕は構わないよ。いつでも相談乗るから」

「うん。ありがとうお兄ちゃん」

山道を抜け、砂利道を通ると都会の賑わう声が嫌でも耳に入る

「変な所にあるお店なんだね…こんな都会に古民家なんて………ちょ、お兄ちゃんっ!後!後見てよ!」

「え?」

バシバシと肩を叩く妹に促され後ろを振り向くとさっきまであった道が跡形もなく無くなっていたのだ

「道が無い………なんで……あっ…」

「お兄ちゃん?何か知ってるの?」

「そういえば忍さんが言ってたんだ…「貴方には必要だからここに来たんだ」って………」

「なにそれ……あの人達まさか…幽霊って事!?」

「そ、そんな訳ない!忍さんに触れられたんだ…幽霊だなんてそんな……」

鬱蒼とする路地裏で兄妹揃って慌てていると

「なんだいあんた達…「怪々奇譚」に行ってたのかい?」

声を掛けてきたのは都会の賑やかさには合わない腰の曲がった杖をついた老婆だ

ふふっと笑うと

「私も行きたいんだけどねぇ…本当に必要としていないと…行けないからねぇ……たまーに行ける事もあるみたいだけれど……それだけは神様の気まぐれなのかもしれないねぇ……」

「あ、あなたも……行かれた事が?」

「私がまだ若かった頃の話だよ………別嬪さんの女店主でねぇ……お酒に弱くて……甘い物が大好きで……今も元気だといいんだけどねぇ……」

静かに呟きながら老婆はその場を後にする

「嘘…………まさか忍さん…不老不死!?」

「そ、そんな訳ない………と思いたい……!帰るぞ美優!!」

「あ、待ってよお兄ちゃん!」

怖さを吹き飛ばす勢いで頑蔵は猛スピードで自宅へとダッシュした

「(夢であれ夢であれ夢であれ!!)」

誰に聞かせる事もなく心の中でそう叫んでいた


「ぶぇっくしょい!!」

「わっ、ちょっと忍〜汚いわよ〜」

「ごめん………ズズッ………なんか急に…」

「くしゃみで目が覚めるとかウケるな」

「暖かい飲み物でも入れようか?ブランケットも持ってこよう。あと空調も調節しようか」

「「オカンか」」



「あれからもう半年も経つのよね〜なんで正義君は来れるのかしらね〜不思議よね〜」

「でも妹を連れて来ようとすると行けないんです…何でですか?」

「それは美優ちゃんが必要としてねぇからっしょ!頑固一徹君は俺らが必要だから来てんでしょ?」

「そうなんです!どーーしてもここの料理が食べたいー!って願ったら半年も通える様になっちゃって…」

にこにこと爽やかな笑顔で忍の出したぶり大根を頬張る頑蔵

「普通それだけでは来れないはずなんだが…まぁここはお店だからね…不思議ではないのだけれど…」

ふっと笑う鞍馬はお猪口をくいっとあおる

「そういえばずっと聞きたかったんですが……」

箸を置き姿勢良く背筋を伸ばし忍に向き直る

「し、忍さんって!不老不死なんですか!」

じーっと忍の目を見つめる頑蔵の顔にぷっと思わず吹き出すと皆が大声で笑い出す

「な、何を聞くかと思えば……あははっ!」

「不老不死ぃ〜?伝記物の読みすぎよっあははっ」

「やっべぇ正義君それはないわぁ!は、腹いてぇ〜」

「ふっ……ふふっ……これは傑作だね……ふっ…」

カウンターをバシバシ叩きながら大笑いする狐谷や腹を抱えぷるぷる震える狗戒

肩を小刻みに震わせ口元に手を当て静かに笑う鞍馬

「え?え?違うんですか?」

「そんな訳ないって。普通の人間だよ」

「で、でもここで初めてお世話になった時ここに来たことがあるって言ってたご老人がお酒がダメで甘い物が大好きな店主がいるって…今も元気かなって……」

「あぁ、それお婆ちゃんだよ。私お婆ちゃん似なんだよね。趣味とか嗜好品とか」

「あ………なるほど……」

たしかに考えてみればそうだろう

あの老婆が「若い頃」というのは彼女の祖母の事を指していてもおかしくないのに

何を勘違いしていたのだろう

照れ臭そうに頭をぽりぽり掻き居住まいを正し

またもあっと思い出した様に口を開く

「実はまた……不可解な事が起きてて…」

その言葉を聞いた瞬間カウンターで皿を片付けていた忍が目を輝かせ頑蔵に飛びつく

「それ、面白い!?」



ここは小料理屋「怪々奇譚」

一見どこにでもある普通の古民家の御食事処

けれどそこに行けるのは「必要としている者のみ」

ちょっぴり疲れて、悩みがある貴方の前にも

現れるかもしれません

お悩み解決の報酬は質の良い食材とそれが面白いこと。怪しいと思ってもほんの少しの好奇心で

摩訶不思議な世界に一度訪れてみては?

固い絆で結ばれた4人が笑顔で出迎えてくれます


「「「「ようこそ、小料理屋怪々奇譚へ」」」」


数ある作品の中からご覧頂きありがとうございます

新米刑事との出会い篇として書きました!

まだまだ続く予定ですのでよろしくお願いします!

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