転校したくない幼馴染に結婚を迫られたので、一先ず同棲から始めることにしました
疑問なんだが、みんなは幼馴染と聞いてどんな光景を連想するだろう。
まず人物像は……別に何でも良い。
自分が理想とする幼馴染がいたとして、どういうシチュエーションを想像するだろうか?
家が隣同士で、窓から互いの部屋が見える距離で。
朝になると勝手に上がり込んできた幼馴染に起こされる……とか?
現実的に考えたら、ほぼあり得ない。
まず大前提として幼馴染はいたとして、家がお隣同士だとしても、窓から侵入するには距離がある。
普通に危ない。
玄関から上がってきたとして、そこまでのことをしてくれる甲斐甲斐しい女の子がどこにいるのか。
いるんだよ。
少なくとも俺には、そんな幼馴染がいる。
いつもうるさいくらいに元気で、頼んでもいないのに毎朝起こしに来る。
休みの日でもお構いなしに。
「――ねぇシュウ。起きてよ」
ほら来た。
女の子の高い声も、毎日のように聞くとさすがに慣れる。
当然、目を開けなくたって誰かはわかる。
いつものことだ。
「ねぇ起きてよ。もう朝だよ」
「……ぅう~」
ごそごそと身体を揺さぶられながらうなされる。
朝が苦手な俺にとって、遅刻しないように起こしに来てくれる幼馴染の存在は大きい。
鬱陶しいとか、放っておいてくれとか。
間違ってもそんな失礼なことは思っていない。
思っていないのだが……時に例外は存在する。
今日は春休み二日目だ。
この時間に起きる必要はない。
正直に言って、今日ばかりは迷惑だ。
でも仕方がない。
こいつは休みも関係なく起こしにくるし、ちょっと馬鹿でうっかりだから勘違いもやらかす。
今日もそうなのだろう。
やれやれ仕方がない。
甲斐甲斐しい幼馴染の勘違いを正すため、俺はゆっくり瞼をあげた。
「やっと起きた!」
「愛里……あのさ今日――」
突然、がしっと両肩を掴まれた。
ベッドで横になっている俺に跨り、まるで今から襲いますよと言わんばかりに。
何だかいつもと様子が違う。
表情からは恥ずかしさ、切羽詰まった感じが読み取れる。
何か重大なことでもあったのかと思い、俺は黙って彼女が言い出すのを待つ。
「シュウ……あのね? お願いがあるの」
「な、何だよ」
緊迫した雰囲気が漂う。
本当に一大事があったのかと、俺はごくりと息を飲む。
そして――
「私と……結婚してほしいの!」
「……は?」
何気ない朝。
いつも通り起こしに来た幼馴染からプロポーズを受けました。
◇◇◇
俺こと竜胆修は、市内の私立高校に通う普通の高校生だ。
特にこれといった特技はなく成績も平凡。
顔も平均的と言われた……ムカつくけどたぶん合ってる。
そんな俺にも唯一、他とは違う点をあげられるとしたら幼馴染の存在だろう。
幼馴染の名前は音村愛里。
俺と同じ歳、同じ高校の同じクラスで席も隣、家も隣同士。
生まれた月こそ違うけど、家が近かったから家族みたいにずっと一緒にいた感じさえする。
小さい頃から常に一緒にいたお陰で、お互いが考えていることは何となくわかる。
好きなこと、嫌いなこと、興味関心に色々と。
家族以上にお互いのことを理解している、と思っている。
ラブコメのテンプレみたいな幼馴染がいる点だけは、他と明確に違う所だろう。
その幼馴染から今朝、プロポーズされた。
ポケー……
「ねぇ、ちゃんと聞いてる?」
「……そうか。まだ夢の中にいるんだな」
「え?」
「いきなりプロポーズされるとかおかしいし。よし、そうだ二度寝すればわかる」
俺は瞼を閉じた。
「おやすみなさい」
「寝るな馬鹿!」
「ふごっ!」
閉じた瞼は一瞬で開けさせられた。
胸に風穴が空いたんじゃないか、くらいの衝撃が走ったら普通に起きるよ。
目を開けるとアイリが思いっきり胸をパンチしていた。
「何すんだよ!」
「シュウが二度寝しようとするからでしょ!」
「だからって殴るなよ! 骨身が振動して心臓止まるかと思ったわ!」
「顔じゃないだけマシでしょ!」
顔を殴るつもりだったのかよ。
アイリは感情が高ぶると暴力で訴えかけてきたりする。
これも昔から変わっていない。
頼むから他の奴らにはするなよと常に忠告はしているが、出来れば俺にもやめてほしい。
「ん? ってことは待てよ……さっきのは夢じゃなかったのか」
「当たり前だよ。ちゃんと私とけ……」
たぶん結婚と口に出そうとして固まった。
恥ずかしそうに顔を真っ赤にして。
俺もプロポーズされた場面を思い出して、思わず恥ずかしさに目を背ける。
すると俺がそんな反応をしたからか、ムスッとしたアイリが首を無理やり正面に向ける。
「シュウ! 私と結婚して!」
「ちょっ、待って待って! いったいどうしたんだ? 急にそんなこと言い出すなんておかしいぞ」
「わ、私だって色々考えたんだよ! でも転校せずに済む方法がこれしか思い浮かばなかったんだもん!」
「もんじゃない! え、転校?」
転校と言ったのか?
アイリが?
そんな話は初耳なんだが……
「とにかく結婚して! そうすれば私も今まで通り一緒にいられるんだよ!」
「その前にちゃんと説明してくれ! まず第一にいきなり結婚とか無理があるだろ!」
「何で? シュウは私のこと嫌いなの?」
「そういうことじゃないって!」
俺はまだ高校一年生で、来月から二年生になる十八歳未満で。
結婚するには条件を満たしてないんだよとか、懇切丁寧に教えてあげたい所だけど。
アイリの両手に力が入る。
逃がさないぞと言わんばかりに俺の肩を握る。
「そ、そんなに嫌がるならもう良い! だったら私が本気だってことを見せてあげる!」
「は? 今度は何を――って急に何服脱ぎだしてるんだ!」
アイリは俺に跨ったまま、上着を豪快に脱ぎ捨てて下着姿になった。
年相応の可愛らしいブラと、決して大きくはないが確かにある胸が手の届く距離にある。
いくら幼馴染と言っても下着姿を見られるのは恥ずかしいはずだ。
現にアイリの表情は、あきらかに羞恥に耐えている。
それでも彼女は隠さず、ブラまで外そうとする。
「世の中には既成事実婚っていうのがあるんでしょ? だったら私とシュウでこ、子供を作れば結婚するしかないよね! それでいいよね?」
「いいわけないだろ! そういうはちゃんと好きな人と――」
「シュウなら良いよ」
か細い声が聞こえて、彼女が動きを止めた。
恐る恐る見た彼女の顔は、今にも泣きだしそうなほど悲しそうで、辛そうだった。
「アイリ?」
「私はシュウが良い。シュウじゃなきゃ嫌なの……離れたくないよぉ」
彼女の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。
それが本気の涙なのは、俺が幼馴染じゃなくてもわかるだろう。
俺は彼女の頬を流れる涙をぬぐい、黒くて綺麗な髪に触れながら頭を撫でる。
「ゆっくり説明して。ちゃんと聞くから」
「……うん」
◇◇◇
一先ず落ち着きを取り戻したアイリを連れ、一階のリビングに足を運んだ。
両親はすでに仕事に出てしまったようで、家には俺たち以外誰もいない。
二人きりの状況には慣れているはずなのに、今は妙に意識してしまう。
さっきのプロポーズと、アイリの涙が印象的だったからか。
俺は彼女はゆっくり話せるように、温かいハーブティーを淹れてテーブルに置く。
それを飲みながら、改めて問いかけようとしたら。
「私ね……転校しないといけなくなったの」
彼女のほうから話を始めてくれた。
転校という単語を二度目に聞く。
どうやら聞き間違えではなかったらしい。
「本当なのか?」
「うん……お父さんとお母さんから、昨日の夜に言われたの」
昨日の夜って……急だな。
「理由はなんて?」
「お父さんがお仕事の都合でアメリカに行くことになって、一時的じゃないから引っ越したほうがいいかもって。お母さんは絶対に付いていくって言ってる」
「ああ……」
アイリのお母さんは、旦那さんのことが大好きだからな。
端から見ていてもよくわかるくらいに。
一時的な出張にだって無理やりついていった過去があったりしたし。
「残りたいって言わなかったのか?」
「ちゃんと言ったよ! でも女の子が一人で残るなんて、何かあったら危ないからってお父さんに言われて」
そっちも予想できる。
アイリのお父さんはとても厳格な人で、考え方は論理的で合理的だ。
そして二人とも、娘のアイリのことを本当に大切に思っている。
放任主義のうちとは正反対。
だからこそ、大切な娘を遠く離れた場所に一人で生活させたくはないのだろう。
気持ちはわかる。
わかるのだけど……
「さすがに急すぎるよな」
「そうだよ! 私は転校なんてしたくないのに! 洋食より和食のほうが好きだし、英語は苦手だし、身体のおっきい大人の人も怖いし!」
アイリの口から嫌な理由がポンポンと出てくる。
ハッキリと口にするところはアイリらしい。
そのまま彼女はチラチラと目を合わせたり逸らしたりしながら、ぼそりと言う。
「シュウと離れ離れになるなんて嫌だし……」
「っ……」
「シュウだって嫌でしょ?」
「それはまぁ……嫌だよ?」
小さい頃から一緒にいて、傍にいるのが当たり前になっていた。
直接言葉にするのは恥ずかしくて無理だけど、アイリは大切な幼馴染だ。
彼女と同じで、急に離れ離れになるなんてあんまりだと思う。
話の大筋は理解できた。
それで改めて、彼女が起こした奇行を思い返す。
「それで結婚なのか」
「うん。結婚すれば私たちだって大人でしょ? 一人じゃないし、お父さんとお母さんも安心するって」
「あのさアイリ……すごく言い難いんだけど、俺たちはまだ結婚できないよ?」
「え?」
キョトンとするアイリ。
どうやら本気で気付いていないようだ。
「だってほら? 俺はまだ十六歳だし」
「あ……結婚って、男の人は十八……」
「そう。だからいますぐ結婚はそもそも無理なんだよ。出来て結婚を前提に付き合うとかくらいだけど」
「……だったらそれでいいよ! 結婚を前提に付き合って!」
プロポーズの次は告白。
アイリはブレないな。
彼女の中ではもう決定事項なのかもしれない。
本気で言っているのはもうわかってる。
ただ、現実的なことを言うなら、仮に俺たちが結婚するとなっても円満に話が進むだろうか?
特にあの父親、ゲンジさんは納得しないだろう。
「なぁアイリ、二人はまだ家にいるの?」
「え、うん。今日はお休みだからお父さんもお母さんも家にいるよ」
「そっか。じゃあ一回、俺と一緒に話をしにいかないか?」
「付き合ってくれるの!」
アイリはキラキラと両目を輝かせて顔を近づけてくる。
そんなに喜ばれると反応に困るが、少し違う。
「それは一先ず置いておいて、ゲンジさんたちの意見を知りたいんだ。二人がアイリを大切に思ってるのは知ってるし、ちゃんと話せばわかってくれるかもしれないだろ?」
「そ、そうかな? わかってくれるかな?」
「とりあえず話してみよう」
「うん! ありがとう、シュウ」
嬉しそうにニッコリと笑うアイリを見て、俺はホッとした。
もう取り乱したりはしなさそうだ。
さて……話をするとは言ったものの、どうするかな?
あの両親、特にゲンジさんを納得させる説得が出来るとは……思えないんだけど。
やるだけやってみるしかないか。
俺だって、いきなりアイリと会えなくなるのは……寂しいから。
◇◇◇
俺の家のリビングから、音村家のリビングへ移動した。
アイリと俺が隣り合わせに座り、テーブルを挟んで彼女の両親が腰を下ろす。
俺の正面にいる腕を組んでいる男性が父親のゲンジさん。
メガネでいかにも頭の良さそうな顔に、身長も高くてスラっとしている。
まさに出来る男という感じだ。
その隣にいる黒髪ロングの綺麗な女性が、アイリのお母さんのユキナさんだ。
ユキナさんはほとんど見た目通り。
お淑やかで落ち着いていて、元気で活発なアイリとは全然似ていない。
アイリが髪を伸ばせば雰囲気は同じになるけど、性格は全く別だ。
大人になったらアイリも落ち着いた性格になるのだろうか。
二人と向かい合って数秒の沈黙。
向こうは俺たち、というか俺が話し出すのを待っている様子だ。
さすがに用件は察しているだろう。
そのせいなのか、いつもよりゲンジさんから威圧感を感じる。
俺はごくりと息を飲み、覚悟を決めて口を開く。
「ゲンジさん、ユキナさん、こんな朝早くにお伺いしてすみません」
「気にしないで。修くんならいつでも歓迎よ」
「ありがとうございます」
「修、用件は何だ?」
ゆったりとした話し方のユキナさんとは対照的に、単調な口調でゲンジさんが俺に尋ねてきた。
この感じはすでに把握してるな。
変に前置きしても時間の無駄だし、本題から話そう。
「アメリカに引っ越しされるんですよね?」
「アイリから聞いたのか?」
「はい。本当なんですか?」
「もちろんだ。来週には出発する予定でいる」
来週?
もうそこまで話が決まっているのか。
驚く俺に、今度はユキナさんが説明する。
「ごめんなさいね修くん。本当に急に話が来ちゃったみたいで、ゲンジさんも上の人と話してくれたのよ? でも……」
「会社の決定だ。こちらは従うしかない」
「そう……なんですか」
何となく予想は出来ていたけど、ゲンジさんも海外への引っ越しには乗り気じゃないんだ。
ちゃんと会社に抗議して、今の生活が続くように尽力してくれたらしい。
二人とも、アイリの気持ちを無視して自分たちの都合に振り回すほど、自分勝手な人たちじゃないと知っている。
だからこそ、これは仕方がないことだったのだろう。
俺なんかより考えて出した結論なのは明白だ。
正直かなり意見し辛い。
だけど、俺はアイリの涙を思い出す。
「アイリはここに残りたがっています」
「知っている。だが、年頃の娘を一人、遠い地へ残しておくなど出来ないだろう?」
「それならうちで一緒に生活するっていうのはどうですか?」
「君の家でか?」
俺はこくりと頷く。
これが俺のきれる一番のカード。
ついさっき思いついた案だが、二人を安心させるという点では最も可能性がある。
両親とも見知った仲で、俺たちが生まれる前からの付き合いがある。
下手な親戚より互いの事情を知っているから、預けるとなっても不安はないはずだ。
「……どうでしょう?」
「駄目だ」
予想よりも早く、キッパリと否定された。
俺は面を食らってしまう。
「君の家は共働きで、ほとんど家にいないだろう? 基本的に君たち二人だけの生活になる。一人暮らしと何ら変わらない」
「それは……」
「あと、それ以前に……あの二人は適当過ぎる」
「うっ」
ひ、否定できない。
うちの両親は誰の目から見ても適当だ。
仕事を含むいろんな理由で家にいる時間が少なく、俺には好きにしろと完全に放任状態。
小さい頃からそれだから、何度かウチの両親がゲンジさんに注意されている光景も見たことがある。
仲は良くても信頼や信用は出来ない……そんな感じだ。
どうすればいいのか。
俺が困っていると、黙っていたアイリが等々口を開く。
「お父さん! 私だってもう子供じゃないよ? 一人でも生活できるから!」
「本当にそうか? 料理、掃除、家事全般に金銭管理」
「う……」
「出来ないことばかりだろう?」
アイリは反論できない。
ゲンジさんの言う通り、一人暮らしをするほどの生活力は彼女にはない。
過保護な所為もあるが、アイリは面倒臭がりだからな。
「お掃除は頑張る! あとの料理とかは……シュウがやってくれるよ!」
「ちょっ」
嫌な予感がする。
止めようと口を挟む隙もなく、アイリは堂々と言い切る。
「私とシュウは結婚を前提に付き合ってるの! 恋人同士なの! だから一緒に生活しても大丈夫!」
「……」
「……」
「あらぁ~」
俺はやってしまったという顔、ゲンジさんは無反応、ユキナさんはお淑やかに頬に手を当てる。
当の本人は自信満々。
最初は羞恥に顔を赤くしていたけど、二度も三度も口にして恥ずかしさが薄れたようだ。
吹っ切れたような良い表情になっている。
数秒の静寂。
ゲンジさんの咳払いに俺はビクッと反応する。
「ごほんっ、事実なのか?」
メガネのレンズ越しに見える威圧的な視線に思わずビビる。
俺自身、まだ彼女のプロポーズにも告白にも返事をしていないから、ここでどう答えるべきか迷ってしまった。
まずは事情を説明すべきかと思った所で。
「えっと……」
「いや良い。大方の想像はつく。またアイリが我儘を言って君に迷惑をかけたのだろう」
俺が事情を説明する前に、ゲンジさんが事情を察してくれたようだ。
さすがにプロポーズは初めてだけど、アイリの思いつきに振り回されるのは初めてじゃない。
俺の家の家族旅行に同行したいとごねたり、高校も俺が別の所を受けようとしていたら、嫌だと言って進路調査票を書き換えたり。
思い返せばいつくもあるし、ゲンジさんも知っている。
知っているからこそ、厳しい目でアイリを見る。
「アイリ、修を困らせてはいけない」
「こ、困らせてないよ! 本当に私たちは付き合ってるんだもん!」
「そう言って駄々を捏ねたのだろう? 彼は了承したのかい?」
「そ、それは……」
していない。
返事はまだ出来ていない。
アイリが泣きそうな顔で俺の方を見る。
今さらながら真剣に考えよう。
プロポーズ……はさておき、告白の返事をどうするか。
俺が彼女をどう思っているのか。
そんなこと、考えるまでもなく決まっている。
結論なんて最初から出ていた。
ただ恥ずかしくて、言い出せなかっただけだ。
「ゲンジさん」
俺にとってアイリは大切な幼馴染。
だけど、それ以上の感情はいつからか俺の中にあった。
「もしも本当だと言ったら、アイリを俺に任せてくれますか?」
「シュウ!」
「……」
俺だって、アイリと離れるのは嫌だ。
普段なら絶対に気恥ずかしくて言えないし、嘘をついて誤魔化すだろう。
でも今は駄目だ。
ここで誤魔化せば、俺は一生後悔すると思うから。
後はゲンジさんの反応しだい。
俺は息を飲んで返答を待つ。
「……君らしくない意見だね? 普通に考えて、私がどう答えるかわかっているんじゃないのか?」
「わかります。それでも俺は、アイリにはここにいてほしい」
「本当に珍しいな。君が我儘を言うなんて」
「事が事なので」
視線と態度で真剣さはアピールできる。
俺の性格を知っているゲンジさんなら、冗談で言っていないことくらいわかるはずだ。
「仮に君たちがそういう関係だったとしても、状況は何も変わっていないよ」
「わかっています」
単なる我儘だ。
アイリ一人の我儘が、俺たち二人分になっただけの。
社会を知らない子供のいいわけで、大人を打ち負かせるわけがない。
それを理解した上で、納得させるなんて無理だと知って、俺は言い切る。
「アイリのことなら、俺はお二人以上に知っています。足りない部分は俺が補います」
「確かに君は賢い。それでもまだ」
「子供です。それでも俺が彼女を支えます」
「私だって頑張る! シュウと一緒にいたいから料理とか家事だって勉強するよ!」
ゲンジさんは何も言わない。
頷かない。
ただ黙って、俺とアイリを交互に見る。
そして……
「はぁ……平行線だな」
と呟き、俺に視線を向ける。
「修、ちょっと来てくれるか?」
「え? 俺一人ですか?」
「そうだ。君と二人だけで話がしたい」
「……わかりました」
意図はよくわからないけど、ゲンジさんが俺だけに伝えたいことがあるようだ。
それを察して頷き、席を立つ。
「お父さん! 私も一緒にいく!」
「駄目だ。ここにいなさい」
キッパリと断られてシュンとするアイリ。
そんな彼女にユキナさんが優しく微笑みながら囁く。
「大丈夫よ、アイリ」
「お母さん……」
「私たちはここで待っていましょう」
「……うん」
◇◇◇
ゲンジさんに呼び出された俺は、後について書斎に足を運んだ。
難しい題名の本が並ぶ本棚に囲まれながら、ゲンジさんが俺の方を振り返る。
何を言われるのだろう?
若干の不安を感じ唾を飲み込む俺に、ゲンジさんは呆れたように微笑んで言う。
「そう怯えなくて良い。君が想像しているようなことはない」
そう言ってゲンジさんは、数秒の間を空けてから改めて口を開く。
真剣に、穏やかな表情で。
「修、君にアイリのことを任せるよ」
「……え?」
あまりに予想外過ぎて、気の抜けた声が出てしまった。
任せるって言ったのか?
今、ゲンジさんが?
「少し驚きすぎじゃないか?」
「え、いや、だってさっきは否定的で」
「ああ、それはまぁ……実を言うとね? 最初から君に任せようと考えていたんだ」
「そ、そうだったんですか?」
ゲンジさんは頷き、続けて言う。
「君のことは昔からよく知っている。あの二人の子供とは思えないくらいしっかりしている。私もユキナも、君になら任せられると思っていた。だから最初から、君がアイリと一緒に家へ来てくれた時点で答えは決めていたんだよ」
「で、でも」
「ああ、そうだね。否定的になってしまったのは謝るよ。気を付けてはいるんだが、どうも娘のことになると感情的になってしまうんだ」
そういうゲンジさんは穏やかで、すでに威圧感はまったくといっていいほど抜けていた。
元々こういう人なのだ。
怖そうに見えて、厳格そうに見えて、本当は優しくて温厚な人。
「まぁまさか、結婚なんて言葉が出てくるとは思っていなかったけどね」
「あはははっ……それは俺もです」
「ふっ、自分の娘ながら驚かされるよ。だが、君はそれを受け入れてくれたんだね?」
「……はい。告白には驚きましたけど、俺もアイリと離れるのは……嫌でしたから」
言っていて恥ずかしい。
それでもちゃんと伝えなければ。
「ゲンジさん、俺に任せてくれるんですか?」
「ああ」
「不安とか……ないんですか?」
「もちろんある。娘を残して海外に行くなんて、会社の命令でなければ辞退していた。本当なら一人にはしたくない……でも――」
ゲンジさんが俺を見る。
力強い瞳で、まっすぐと。
「君と一緒にいることが、娘の幸せみたいだからね? 私はアイリが一番幸せになれる場所にいてほしいと思うんだ」
「ゲンジさん……」
連れて行こうとするのもアイリのため。
彼女のことが大切で、心配だから。
俺に任せる選択もアイリのため。
彼女に幸せになってほしいから。
この人は、最初から最後までアイリのことを考えていたんだ。
凄いな。
男らしいし、格好良い。
「任せるよ、修」
「はい」
なら俺は、その思いに応えよう。
せめて少しでも安心できるようにと、力一杯に返事をした。
◇◇◇
一週間後。
ゲンジさんたちはアメリカに旅立った。
二人の見送るために空港まで同行したけど、終始アイリは号泣していた。
やっぱり二人と離れるのは寂しいようだ。
出発直前には無理やり引き留めようとするほどに。
アイリらしいと言えばらしいけど、引きはがすのは心が痛かったよ。
叩かれたから普通に顔も痛かったし。
ともかく、二人は無事に出発した。
そうして俺とアイリは帰宅する。
俺の家ではなく、俺とアイリで暮らすことになった音村家に。
「ただいまっと、まさかこっちで住むことになるとはなぁ」
帰宅した玄関で靴を脱ぎながらしみじみと思う。
実はすでにうちの両親とは話が済んでいたらしく、最初は俺の家でアイリが一緒に暮らす予定だった。
だけど、アイリと俺が付き合っていると知ったうちの両親が面白がって
「だったら二人で住めば良いんじゃないか?」
「それ良いわね! お母さんも賛成!」
とか盛り上がって収拾がつかなくなり、現在に至るという。
これからしばらく、少なくとも高校在学中は二人で暮らすことになるだろう。
まぁと言っても、普段からよく泊まっていたし、勝手はわかるから別に困らないが。
「今日はもう疲れたし、風呂沸かすからさっさと入って寝よう」
「そ、そうだね」
なぜかモジモジしだすアイリ。
俺は首を傾げて尋ねる。
「どうした?」
「あ、あのさシュウ! 私たちもこ、恋人同士なんだし……お風呂とか、一緒に入ったほうがいいのかな?」
「ぅくっ、何でそうなるんだよ!」
「だって私たちは恋人だし」
こいつの中の恋人像ってどうなっているんだ?
気になるけど一先ず否定しておこう。
「恋人だからって風呂も一緒じゃないといけない決まりはない」
「そうなの? でもせっかく恋人になったのに……」
何でしょぼんとするんだ?
まさか一緒に入りたいとか……
頭に浮かんだいけない妄想をふり払い、落ち込むアイリに言う。
「きょ、今日は疲れてるからどっちみちなしだ」
「そうだね。私も疲れちゃった」
ふぅ、何とか納得してくれたようだ。
その後は言った通りに風呂を沸かして、アイリと俺の順で入った。
洗濯物はあるが、今日は本当に疲れたので明日にしよう。
風呂から上がり、ドライヤーで乾ききらなかった髪をタオルで拭きながら階段を上がる。
「明日から朝食作って……学校始まったら弁当もいるのか。前より早起きしないとなぁ」
とかぼやきながら用意された自分の部屋に向った。
疲れもあるし、早く寝ようと扉を開ける。
「あ、やっと出たんだ」
「ああ。遅くなってなんでいるんだよ!」
「え? シュウを待ってたから」
「待ってた?」
なぜか俺の部屋のベッドにアイリが座っていた。
一瞬スルーしかけるほど自然に。
お互いに風呂上りで肌がほんのり赤く火照っていて、シャンプーの香りがする。
一メートルくらい離れている今でも、変に意識してドキドキしてしまう。
「ねぇシュウ……お願いがあるんだけど」
「な、何だ? まさか一緒に寝たいとか言うんじゃ」
「うん」
当たってた。
というかちょっと期待してた自分がいる。
「へ、変な意味じゃないよ? そ、その……お父さんたちが行っちゃって……」
「ああ」
そうか。
やっぱり寂しいんだな。
二人がいない家に、一人の部屋で寝るのは。
そんな顔をされたら断れない。
「わかった」
「ありがとう」
先にアイリが布団に入る。
俺が明かりを消して、後から隣に入る。
セミダブルベッドだから大きさ的には二人寝れる。
ただ、実際に二人で寝るなんていつぶりだ?
小学生以来な気がする。
そしてあきらかに当時とは状況が違う。
「シュウ」
「何?」
名前を呼ばれて顔を向けると、すぐ目の前にアイリの顔があった。
呼吸音が聞こえて、息がかかるほど近く。
あと少し顔を前に出せば、唇が触れそうとか考えて、勝手にドキドキする。
「ありがとね」
そんな俺に彼女は、透き通るような声で感謝を口にした。
嬉しそうに笑顔を見せる。
「別に俺が説得しなくても、最初から残れるみたいだったけどな」
「ううん。シュウだから許してくれたんだよ。お父さんもお母さんも、シュウじゃなかったら駄目だって言ってたと思う」
「……そうだな」
「シュウは凄い。いつも私のこと守ってくれるし、傍にいてくれる……だから大好き」
真っすぐで穢れない好意を向けられる。
恥ずかしさより、嬉しさのほうが勝って感じる。
ああ、やっぱりそうか。
俺もいつのまにか――
「ねぇシュウ、私のこと……好き?」
「――ああ、そうらしい」
大切な幼馴染。
いつも傍にいて、それが当たり前になった俺とアイリ。
幼馴染から恋人同士になった俺たちは――
短いキスをした。
連載候補の短編です!
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