泥棒猫と貴族猫
「ルイズさん!! 一体、その破廉恥な恰好はなんですか!?」
学園内の廊下を一糸まとわぬ姿でしゃなりしゃなりと気取って歩くルイズに仰天するイザベラ。廊下をすれ違う男子生徒は、皆瞳孔が開き切った目をしています。
「なんですかと言われても……やっぱり私にはドレスなんて堅苦しいもの、とても耐えられそうにないんです。それに、そんな邪魔な服を着ていたら、先日のようにどこかの誰かさんにまた階段から突き落とされた時、宙返りからの着地に失敗して、大怪我を負ってしまうかもしれませんし」
欠伸をして思いっきり伸びながら、意味ありげな視線を送るルイズに一瞬たじろぐイザベラでしたが、話題を変えて追及を続けます。
「……あなた、学園の男子達にこっそりマタタビを盛って誘惑しているでしょう! れっきとした犯罪行為ですよ!」
尻尾をぼわっと膨らませ、シャァアと威嚇するイザベラ。
「そんな姑息な真似はしていません。あくまでも、お近づきの印として皆さんにプレゼントしただけですよ……やっぱり、いつ嗅いでも素晴らしいですね……はあぁ……幸せ……」
ルイズは、まったく悪びれることなく反論したうえに、小瓶の中に入った粉末状のマタタビを掌に少量ふりかけ、ペロリと舐めて恍惚とした笑みを浮かべました。
「どちらにしろ許される行為ではありません! この学園ではマタタビのやり取りは風紀を乱す原因になるので禁止されているのです! 入学時に何度もご説明したでしょう!」
「そうでしたっけ? うっかり忘れてしまったみたいです。でも、誰もが涎を垂らして喜んでしまうくらい素敵な品物を贈るという行動が、そんなに悪いことなんですか? ……ほら、イザベラ様だって鼻をくんくんして口が半開きになっていらっしゃるではありませんか」
ルイズから漂うマタタビの香りに思わず反応してしまったイザベラ。首をぶるぶると振って正気を取り戻しました。
「それは薬物と同じです! 理性や判断力を低下させて、繰り返し摂取すれば中毒になる危険だってあります! 現に婚約者がいる複数の男子生徒があなたのマタタビに釣られて魅了されてしまい、迷惑しているのですよ!」
「へええ。全然知りませんでした。そんなに大事なお相手なら、皆さんちゃんとマーキングでもしていらっしゃれば良かったのに。そうすれば、私だってきっと殿方からのチャ会のお誘いも、はっきりとお断りしたはずですわ」
「マ、マーキングですって! なんて下品なスラングを……この期に及んでまだ罪を認める気が無いのですね……あなたがおチャ会で男子生徒と……一本のチャオチュルルをはしたなく貪りあっている場面も目撃されています!」
「ああ、あれはシェアするというより突然かぶりついてこられたんです。私も横取りされていい迷惑だったんですよ。ほんっと若いオスって堪え性がないですよね。やっぱり貫禄のあるおじさまのほうがずっと魅力的だわ」
一向に反省の色を見せず、平然とすまし顔で答えるルイズに腹を立てたイザベラの尻尾は千切れんばかりにブンブンと揺れています。
「……何より……あろうことか私の婚約者であるアラン様と毛繕いをし合っていたそうではありませんか! それも真昼間に人目につく学園内のベンチで!」
イザベラは怒りのあまり全身の毛が逆立ち、立派なヒゲは闘争心を剥き出しにして前に飛び出しています。
「私から誘った訳でもないのに一方的に責められても困ります……でも自分で毛繕いするよりもリラックスできますし、効率的なのは確かですけどね。届きにくい場所もありますし……」
「許せない……あなたって猫は、どこまで恥知らずなの!! 他猫から婚約者を奪っておいて、悪いとは思わないのですか!!」
イザベラは学園中に響き渡るような咆哮をあげました。ですが、ルイズは全く動じる様子がありません。
「……そもそも『婚約者』なんて本当に必要ですか? 私達は本来、もっと自由奔放な生き物のはずでしょう? 本能のままに明るく楽しく気持ちよく生きることが、どうして罪なのでしょうか?」
「それは、決められたルールを守って気高く倫理的に生きることこそが、私達貴族の……」
「そんなの、所詮人間の真似事でしょう。当の気高い人類は、同じ種族同士で醜く争い、命を奪いあって、とっくの昔に滅びてしまったというのに、なぜそんな愚かな生物を見習うのですか? まあ、別にイザベラ様がどう生きようと勝手ですが、なんとも滑稽ですね……私は、そんな窮屈で退屈な生き方、耐えられません」
鼻で嗤い踵を返して悠然と去っていくルイズを、イザベラは慌てて呼び止めました。
「ちょ、ちょっと! どこへ行くつもりですか!! 結局、尻尾を巻いて逃げ出すのですか!!」
「どうやら私には平民としての気ままな暮らしが合っているみたいですので、退学させていただきます。今まで通り、美味しいごはんと素敵な男性がいる場所を求めて旅に出ることにしますわ。ごきげんよう、貴族様!」
ふわりふわりと尻尾を左右に振りながら、ルイズは何処かへ去っていきました。イザベラは彼女の尾を眺めながら、自分の確固たる信念も同じように揺らぎ始めてしまっていることを敏感に感じ取っていました。