浄化
1つ下の階層に降りた私達の目の先に、さっき倒した鎧よりも小さいサイズの2人の兵士が、メイスを手に立ちはだかっている。その奥にも、ざっと20人の兵士が行列を作っていた。
私は、その兵士たちに向かって駆け寄り、両手で持った剣で兵士に切りかかる。
兵士はそれを防ごうとメイスを構えるが、私はそのメイスごと兵士を切り伏せた。
こんな狭い場所で、2人で並んでたら、避けれるものもよけれないわよね。
その様子を目の前で見ていた後ろの兵士達は、恐怖に駆られて動きが止まる。
私は、その隙を逃さず、同じように後ろに続く兵士達を切り伏せていった。
そして、私は残りの兵士たちを見つめる。さっき切った兵士と同じく、怯えて動けない状況のようね。
私は、そんな兵士たちに、ここが戦場と言う事を教えるために駆け寄る。そして、そのまますれ違いざまに次々と兵士たちを切り裂いていく。
ザムアにばかり、良い恰好はさせられないものね。
「武器って、重要なのね。」
私の活躍を見ながら、ザムアが呟いた。確かに、普通の剣だと小柄とはいえ鉄の鎧を着た兵士を切り伏せるなんて中々出来ないわ。そう思いながら、次々とやってくる犠牲者たちを迎え撃った。
「私は、私にできる事をっと。」
ザムアがそう言いながらワンドを振る。すると、私が倒した兵士の体が私とザムアの間に運ばれる。
そのままワンドを振り続けると、見る見るうちに兵士たちが通路に積み上がり、バリケードが姿を現した。あぁ、確かにこれはザムアにしかできないわ。
私は、ザムアの作るバリケードの材料をせっせと作り出す。剣を振るごとに、鎧から血液が噴き出し、その度に悲鳴と呻き声が通路に響く。
この鎧達には、ちゃんと中身が入ってるのね。さっきの鎧は、中身は入って無かったみたいだったし。
「中身が人ってだけで、まだやりやすいわね。」
ザムアが率直な感想を述べる。私も同意見。切ってしまえば、行動不能になってくれる分、余計な攻撃をしなくて済むからね。
そして、15人ほど切り落としたところだろうか、私の後ろには金属と肉で出来たいびつな壁が、通路塞ぐように出来上がっていた。
僅かに息のある材料も使ってるから、呻き声というオプション効果もついていて、普通の人間だったら、この先に進むことは出来ないでしょうね。
「ハール、上に行くわよ。」
ザムアの声を聴いて、私は壁に手をかける。ぐにゃりとした感覚と共に、壁から血がにじみ出てくる。
剣を持ったまま壁をよじ登る私を、残された兵士たちは眺める事しかできない。そして、壁を登り切った場所で、私は下の兵士たちを見る。
戦意を完全に失って、呆然と立ち尽くしている兵士たちを確認して、私はザムアの待つ方へ飛び降りた。その後、ザムアが最後の材料でその頂上部を塞ぎ、完全なバリケードが出来上がった。
「カッコよかったわよ、ハール。」
ザムアに褒められた私は、照れ笑いを見せる。それを見て、ザムアも笑顔を返す。
「それにしても、その剣はすごいわね。鎧の上からあれだけ切ってもそんなに刃こぼれしてないし。」
ザムアが私の持つ剣を眺めながら話す。確かに、私の癖で片刃だけ何か所かかけてるけど、両刃の剣だからひっくり返せばまだまだ使えそうね。
それでも、この耐久性は相当なもの。こんな武器を支給されているこの兵士たちは、よっぽどの精鋭だったのね。
「さて・・・この上が本当に最後。」
そう、この上は、私達が開けられなかった扉のある階層。いよいよもって追い詰められた感じ。
私達が倒れるのが先か、全体浄化が先か・・・どちらにしろ、そろそろお別れの時間が近づいて来たって事ね。
「ハール、ファントムロードが言ってたわよね・・・。この上に、石碑があるって。」
階段の上を見ながら、ザムアが私に問いかける。その答えとして、私はゆっくりと頷く。次の言葉は判ってる。私は、ザムアの手を引いて、上に向かう。
そして、扉の前に到着した私とザムア。
「最後の景色には、うってつけかもね。」
ザムアの笑顔が、私の心を落ち着かせる。
「剣で破れる?」
私は、扉をノックする。岩と同じ感触をしていたけれど、どうやら鉄の扉のようね。
で、破れるかと言うと、ちょっと難しいわね。
そう考えた私は、ザムアに首を横に振って答えた。
「判ったわ。じゃあ、少し下がってて。」
私は、階段を少し下りて、ザムアを見守る。
「炎の精霊と、風の精霊よ・・・その力を一時我に貸し与えたまえ。」
呪文を唱えるザムアのワンドの先に、炎の塊が現れる。
「バーストボール。」
ザムアがそう言い放つと、炎の塊は一直線に扉に吸い込まれる。そして、ドン!という振動と共に、扉を吹き飛ばす。
扉の残骸の先には、さらに階段が続いており、その上には窓のついた扉が見える。そこからは、陽の光が差し込んでいた。
「ハール、行きましょう。」
今度は、私の手をザムアが握り、階段を上っていく。最上階には、一体何があるのかしらね。
シャウとサーの目の前に、血だまりと崩れた肉体、そしてボロボロになった鎧が積み重なっている。
「これは、相当追い詰められた感じだな。」
天井を見上げるシャウ。そこには、血がこびりついていて、そこまでこの死体が積みあがっていたと言う事を知らせている。
「バリケードを、死体で作ったようだな。」
死体を作るだけなら簡単に出来るが、それを積み上げる、ましてや短時間でこの天井までとは、ザムア以外には出来ないだろう。
「積み上げるだけでも大変ですが、これを壊すのも相当骨が折れたでしょうね。」
「だろうな、普通の人の精神だったら、発狂するぐらいの光景だろう。」
少し周囲を調べるシャウ。そこには、壁をえぐるような破壊痕、そして、焼け焦げた石と、原形をとどめていない装備品。
「で、これらの傷を付けたのは、このバリケードを打ち破ったのは、あの鎧だろうか。」
「あれは、中身は入っていないですから、これを崩すのも楽でしょうね。」
「この先に、その鎧が居るんだろうな。」
「早めに行った方が、良いですね。」
2人がバリケードを越えて、登り階段に向かう。その先には、扉だったであろう鉄の残骸が落ちており、赤い血の足跡がその先の階段に続いていた。
その階段を覗き込んだシャウは、赤みを帯びた光が差し込んでいることに気付く。
「あれは、炎か?それに・・・。」
そして、それと同時に、何かが金属にぶつかる音と、べちゃりと言う音が聞こえてきた。
「あの音は・・・戦闘中か?!」
「急ぎましょう。」
そう言って、2人は外に出る扉に向けて走り出した。
「ここが、ネクロコリスの頂上なのね。」
頂上に出た私達の前に、一面緑の苔だらけの地面が広がる。
「相当長い間、動物以外来てなさそうね。」
頂上の端に、ひときわ目を引く大きな岩が鎮座している。
「あの岩だけ、苔が生えてないわね。」
ザムアと一緒に、その岩に向かう。
「これが、ファントムロードが言ってた石碑かしら。」
その岩は、2つの材質で出来ているのだろうか、表面がつるつるで灰色の石材、その中央部は黒い板状の石材で、その板には何か模様が掘られている。
「この模様・・・何かしら?」
ザムアが石碑の模様をなぞりながら、首をかしげる。
私も、その模様を見つめる・・・あれ?これ、どこかで見た覚えが・・・。
「これが、ネクロコリスの秘密を握ってるのかしら?」
私は、この模様の事を思い出そうとして首をかしげていて、ザムアの言葉が耳に入っていなかった。
何かの反応を期待したザムアは、少し不満そうに私の顔を覗き込む。
それに気づいた私は、ザムアを安心させようと笑顔を返した。
「また、何か気付いたの?」
私は、再び首をかしげて、ザムアに苦笑いを返す。
その時だ。私達の後ろから、機械音と足音が聞こえてくる。
「お前たちではわかるまい。」
私達の後ろに、白く光る鎧と司祭のローブを着た男が立っている。今の声は、男の方だろう。
その姿を見た私達は、無言で身構える。
「まぁ、そう怖い顔をするな。我々も相当の痛手を被っている。」
男は両手を広げながら、苦笑いを浮かべている。
「総勢500名を超える聖戦士達が、お前達2人に壊滅状態だ。こちらとしても、被害をこれ以上広げたくはない。」
「・・・何が言いたいのかしら?」
ザムアが男に冷たい視線を向ける。
「まぁ、話し合いで何とかしたいと言う事だ。」
「話し合い?今更ね。」
男の提案に、ザムアはきっぱりと答える。
「お前達の戦力は2人だけだろう。もう1人居たそうだが、もうここには居ないようだな。」
「何が言いたいの?」
ザムアがあからさまに不機嫌になっている。私も同じ気持ちだから、よくわかるわ。
「このまま、お前達を浄化させるのは簡単だ。だから、悪い条件ではないと思うがな。」
暗に、ここから出て行けと言っている。そんな条件、飲めるわけがない。私が剣に手をかけようとした時、ザムアが私の手を握ってその行動を止める。
「なら、私も良い条件を提示してあげるわ。あなた達をこれ以上殺したくはないわ。消えてくれれば、後追いしない。どう?」
「そうか、残念だ。」
男は、その言葉とは裏腹に不敵な笑みを浮かべている。
「残念そうには見えないわ。どうやら、覚悟は良さそうね。」
ザムアは、私の手をぎゅっと握りしめる。そして、私の手に魔法をかけた。
「・・・ハール。鎧をお願い。男は私が。」
ザムアのささやきに、私は小さく頷いた。そして、魔法のかかった手で剣の柄を握る。すると、魔法は剣にも伝わり、わずかに光をまとい始めた。
どんな魔法をかけてくれたかはわからない。けど、ザムアの魔法なら間違いはないと、私は信じてる。
「ハール、相手の注意を一瞬引くわ。行けるわよね?」
私は、もう一度ザムアに頷いて見せる。それを確認したザムアは、ワンドを敵に振りかざす。
その瞬間、強烈な光が私達と敵との間から発せられる。私とザムアにはこういうのは効かないが、男にはバッチリ効いたようで、下を向いてその光源から目を逸らした。
その隙を逃さず、私はザムアの作戦通り、鎧に向かって駆け出す。
間合いに入った私は、力を込めて剣を振り下ろした。鎧は私の剣に合わせて腕を交差し、防御態勢をとる。
私の攻撃に対応できていたって事は、この鎧には、目くらましが効いていなかったという訳ね。
しかし、いくら防御態勢を取ったとはいえ、私の剣の一撃は鎧の交差した部分を切り落とす。
でも、鎧が痛がる様子も無く、断面からは液体が流れているが、その色は黒い。どうやら、中身は入ってないようね。
遠慮はなくなったと判断した私は、振り下ろした剣を鎧の両足の間に押し入れ、そのまま渾身の力を込めて剣を振り上げた。
その剣は、鎧を下から切り裂いていき、鎧の中央部で止まる。それ以上、抜く事も進む事も出来なくなった。
私は、その剣を手放し、相手を思いっきり蹴り飛ばす。鎧は後ろに倒れこみ、動きを止めた。
鎧からは、黒い液体がとめどなく流れ、周囲に黒い水溜まりが出来る。
「ハール、流石ね。」
私の攻撃を横目で見ていたザムアが、小声で呟く。そして、男を見据える。
「後は、あなただけよ。」
そう言いながら、ザムアが司祭に向けて風の魔法を放つ。だが、男はその魔法を障壁を出して防いでいる。
「酷いことをするな・・・。」
男が手をザムアに向けて、呪文を唱える。そして、その魔法は光の矢となってザムアに襲い掛かる!
「低レベルな魔法ね。そんなのじゃ、私まで魔法は届かないわよ。」
光の矢は、ザムアに触れる前に消滅する。
「当たるとは思っていないさ。」
男はそう言いながら、右手の指輪に左手をかざす。そして、男が一言呟く。
「浄化兵器・プルウィア。起動!」
男の右手の指輪が強く光る。そして、その手を天に掲げる。異変はそれからすぐに現れた。ネクロコリスに描かれていた魔方陣が、突如光始めたのだ。
「・・・ハール!戻って!!」
ザムアの呼びかけに、鎧の側に居た私は急いでザムアの元へ駆け寄る。
その判断は正しかったようで、倒した鎧が突如起き上がり、切り落とされた腕で自らに刺さった剣を叩き折る。
次の瞬間、男の掲げた指輪が眩いばかりの光を放ち、それが鎧に向けられた。
鎧はその光を浴びて、姿を変える。さっきとは二回り以上大きくなり、背中には巨大なタンクが装着され、切り落とした腕からは長細い管が生えている。
「どういう事・・・?」
突然の事で、ザムアが思わずつぶやく。私も同じ思いよ。でも、嫌な予感が私に警鐘を鳴らし続けている。
私は、道具袋に入れていたネクロピースを取り出し、鎧と男に向かって投げつけた。
「無駄だ。」
鎧が、腕をネクロピースに向け、液体のような何かを放つ。それを受けたネクロピースは地面に落下する。
そして、すかさず男がそれに向かって氷結魔法を繰り出し、液体ごと凍らせた。
「何よ・・・あれ。」
ごとりと言う音共に、ネクロピース入りの氷塊が床に落ちる。
「そのサイズのネクロピースなら、氷結させれば無効化出来るのでね。」
男が不敵な笑みを浮かべる。
「対策は万全と言う事ね・・・。と言う事は、あなた達の真の目的は、ネクロピースかしら?」
「さぁな。」
男が右手を私達の前に突き出す。
「プルウィア、やれ。」
男の命令を受けて、鎧が私達に腕を向ける。私は、何のためらいもなくザムアを突き飛ばした。
「ハール?!」
ザムアの居た場所に、腕から発射された水が突き刺さる。
「外したか。勘のいいやつだ。」
驚いた表情のザムアを見て、私はホッとする。それと同時に、私が久しく味わっていない感覚が襲い掛かってきた・・・。
「ハール!!」
私は、自分の右手から燃えるような熱を感じていた。そこで、私とザムアは気付いた。この水は、聖水だと・・・。
「対アンデッド用の兵器だ。お前達には勝てまい。」
浄化作用のある剣で切られれば、その部分は切られて普通の骨に戻るだけで、痛みを感じる事はない。
でも、聖水は訳が違う・・・これは、アンデッドの体の中に染み込み、内部から破壊する・・・。そして、アンデッドがそれを取り除くのは不可能だ。
私は、意を決して右腕を左手で掴み、引き抜いた。聖水に汚染された体を守るには、これしかない。
私の体から切り離された右腕は、一瞬で本来の姿である骨に変わる。それを見た男が、興味深そうにそれを見ていた。
「全く、アンデッドは思い切りがいいな。だが、多少浄化が遅れるだけだ。」
そう言って、男は再び手をこちらに向けてくる。すると、鎧が同じように腕を向けて来た。
同じ攻撃は2度も通じないわ。私とザムアは互いに別の方向に逃げて、相手の聖水攻撃をかわす。しかし、水は奇妙な粘着性を持っているため、地面に残り続ける。
これに触れても私達はアウトだ。ザムアはそれに向けて炎の魔法を放ち、その水を蒸発させている。
しかし、鎧は絶えず私達に向けて聖水をまき散らし、私とザムアの距離が徐々に狭まってきている。誘導されてるわね・・・。
「ハール、ちょっと大きい魔法使うわよ。」
ザムアがそう言って、相手に気付かれないようにワンドを小さく振る。そして・・・。
「フレイムウォール!」
ザムアはそう叫びながら、ワンドを横に薙ぎ払う。その結果、敵と私達の間に、巨大な炎の壁が現れた。
その炎の壁は、ザムアの思惑通り、聖水を全て防いでくれた。しかし、作り出した炎の壁は、互いに相手の姿を確認できないほどに分厚かった。このままだと、互いに攻撃は出来ないわね。
そう思っていた私は、ザムアの方を振り向く。ザムアは、笑顔を見せながら、小さく頷いていた。
「さて、さらに行くわよ。」
ザムアが、ワンドをさらに振り上げ、炎の壁に向ける。炎の壁の勢いはさらに増していき、その業火は敵の方へとその勢力を広げていく。
「普通の人間なら、耐えられないでしょうね。でも、手加減はしないわよ。」
敵の周りの床が、ザムアのファイアウォールの熱で軋み始めている。ザムアの狙いが、何となく読めてきた。
その時だった。炎を貫いて、水の槍がザムアの右胸に突き刺さった!
「え・・・?!」
槍は貫通することなくザムアの体をよろめかせた程度だったが、その槍の成分は聖水だった。
「熱い!!」
ザムアが叫び声をあげ、ワンドを地面に落とし、膝をついた。思わずザムアがその傷口に触れようとしたが、すんでの所で思いとどまる。
触れれば、手にも聖水が染み込み、さらにダメージを受けてしまうからだ。
「・・・あぁ!もう!!」
ザムアが怒りをあらわにしながら、聖水に触れないよう身に纏っていた白い布を脱ぎ、濡れた胸当ても乱暴に外す。
しかし、ザムアの体にも聖水は染み込んでいたため、既にザムアはさっきの私と同じように、身が焼ける感覚に陥っているだろう。
「あの、厚い炎の壁をどうやって・・・。」
苦痛に顔を歪めながら、ザムアはさっきの攻撃を思い出す。厚くした炎の壁を水の槍が突き抜ける。でも、最初だけでそれ以降は来る様子がない。
「連発は出来ないようね。でも、壁を厚くしてなかったら・・・やられてたわね。」
ザムアはゆっくりと立ち上がり、地面に落ちたワンドを拾い上げる。
「壁、もう少し強く張りなおさないと。」
ザムアがワンドを振り、再び炎の壁を厚くする。私は、その一連の行為に違和感を感じ、とっさにザムアの脱ぎ捨てた白い布を拾い上げ、ザムアに向かって投げた。
次の瞬間、再び、炎の壁から水の槍が噴き出してきた。その水の槍は、私の投げた白い布がすべて吸い込んだ。
「・・・どういう事・・・?」
不思議そうに布を見つめるザムア。防御を厚くすると、攻撃を食らう状況に、思考がついて行かないようだ。
私は、ザムアの手を引いて、石碑の後ろに身を隠した。
「ハール、どうしたの?」
ザムアが石碑から顔を出し、再びワンドを振ろうとするが、私はそれを止めた。相手は、まず間違いなく、ザムアのこの行動を利用して罠を張っている。
何とかして、その事を伝えたいけど、今の私にはどうすればいいか見当もつかない。けど、伝えられなければ、私達は全滅する。
そして、私は思いだす。今の私は、姫を守る騎士だったわね。なら、姫の目を覚まさせるのも、私の仕事。
その結論に至った私は、炎の壁が残っているうちに作戦のための資材を集める。
聖水の染み込んだマントと、ザムアの胸当て、そして、引き抜いた私の腕。
私の行動を見て、ザムアの表情が変わる。そして・・・。
「ハール!!何してるの?!」
ザムアが私の右腕を掴み、取り乱した様子で私に問いかける。でも、私はいたって冷静に行動している。
私は、聖水に蝕まれながら、自分の引き抜いた腕に聖水の布と、ザムアの胸当てを括り付ける。
そして、罠を打ち破るための道具が出来上がる。
「何・・・する気?」
ザムアの言葉を背に、私は自らの考えを信じて行動に移す。
私は、布の端を右手に持ち、それを振り回し始める。十分に勢いがついた所で、炎の壁の前に駆け寄り、その道具で炎の壁を薙ぎ払った!
炎の壁が布で真っ二つに切り裂かれる。一瞬見えたその奥の様子は、私とザムアに絶望を与えるに十分だった。
しかし、悪い事ばかりではない。薙ぎ払っている最中に、パキンと言う軽い音がして、私の手に軽い衝撃が伝わる。
どうやら、相手の仕掛けた罠を破壊できたみたい。これで、あの水の槍はしばらく飛んでこないはず。
でも、あの奥の様子を考えたら・・・時間稼ぎにもならないかもね。
そして、時間が来たようで、私の手首ごと炎の中に吸い込まれた。
「ハール・・・。」
私の右手首は、聖水の効力で崩れてしまったようだ。そのおかげで、さっきまでの熱は消えていた。
ザムアが心配そうに私を見つめている。
そして、私の無くなった右手を握りしめる。
「ありがとう、そして、ごめんね。ハール。」
私は、首を横に振る。お姫様の目、覚めたかな。
「・・・あの聖水を撒く鎧を、まず倒す必要があるわね。」
私の一連の攻撃が終わって、再び炎が私達と敵の間に立ちはだかる。相手の様子も見えたし、罠も破壊した。これで、少しは時間が出来たわね。
ザムアがあの光景を思い出す。敵の居る場所には、氷のブロックで出来た池が出来ている。その中心に、聖水を噴き出す鎧があった。
男の姿は見えなかったが、鎧の奥にでも隠れているのだろう。
「もう、ハールだけにさせてられない。」
ザムアは、私を石碑の裏に連れてくる。
「ハール、ここに居て。」
私の目をまっすぐ見て、力強く話すザムアに、私は頷いて答えた。
「鎧の位置は判ってる。だから、このまま・・・。」
ザムアがワンドを前に突き出し、呪文を唱える。しばらくすると、ワンドの先に小さな強い光が灯る。
「ファイアプレッサー!」
ザムアが呪文を叫び、ワンドを炎の壁に向かって振る。すると、ワンドの先の小さな光が、一瞬で光の帯となり、炎の壁を突き抜けていく。それからすぐに、ガシャンと水の中に金属が倒れる音が聞こえてきた。
ワンドを少し振って、先に残った炎を消しながら、ザムアは私の方を向いて笑顔を見せる。
「ハール、もう少しそこで待っててね。」
次に、ザムアがワンドを横に振る。さっきは炎の壁の増強だったが、今度は相手の姿が見える程度に炎の壁を薄くしている。
「・・・おかしいわね、男が居ない・・・。」
氷で囲まれた聖水の池は、未だに無くなっていないが、さっきのザムアの炎を受けた鎧は、胴体がドロドロに溶け、聖水の池の中で固まった状態で後ろに倒れており、起き上がろうともがいている。
「この時を待っていた。」
突如、水の中から男が現れる。意表を突かれたザムアが棒立ちになっている。
これはまずいと思った私は、ザムアの元に駆け寄る。でも、男は既に攻撃動作に入っている。
「ウォーターランス!!」
男の声と共に、足元の水が鋭い槍になってザムアに襲い掛かる。
私は、最悪の状況を想像する。覚悟は出来てたけど、こんな所でお別れは嫌!
自分の置かれた状況を把握したザムアは、目を閉じて魔法を唱える。貫かれたとしても、数秒は猶予がある。その間に、全てを片付けるつもりのようだ。
そして、ドンという衝撃がザムアを襲う。しかし、その衝撃はザムアを包み込むような優しい衝撃だった。
「ただの水だと思ったんだが、結構痛いな。」
私とザムアの耳に、ここには居ないはずの、聞きなれた声が、聞こえて来た。
「・・・シャウ?!」
「遅くなった。」
シャウがザムアに抱きついている。そして、シャウの背中には、水の槍が刺さった痕があり、そこから服が赤く染まっている。
「どうして・・・どうやって?!」
「質問は後だ。あいつらをやる。ハール、ザムアと一緒に下がっていてくれ。」
ザムアの元にたどり着いた私に、シャウが次の行動を指示する。私は、シャウに頷いて、ザムアを右腕で抱えて、石碑の裏に戻った。
「さてと・・・。」
シャウが爪を装備したシャウが、男に向きなおして、攻撃の態勢に入る。
「アンデッドが増えた所で、浄化させるのは変わりない。」
再び、男はウォーターランスを準備する。しかし、シャウが詠唱よりも早く男に殴りかかる。その行動に、男の詠唱を中断し、聖水の池の中央に飛びのいた。
「弱まったとはいえ、炎の壁を通り抜け、そして、ウォーターランスを背中に受けても平然と動き続ける・・・。アンデッド以外の何物でもないな。」
「そう思うなら、そう思っておけばいいさ。サー!2人を頼んだ。」
「分かりました。」
シャウの呼びかけに答えるように、一人の女性が私達の目の前に現れる。
「もう1体居るのか・・・アンデッドめ。」
男が周囲を見渡しながら悪態をつく。だが、その女性の姿を捉えることが出来ていないようだ。
「あなたは・・・?」
「私は、死神サー。あなた達を助けに来ました。」
サーと名乗る女性の言葉に、私達は呆然とする・・・。神様が助けに来てくれた・・・。一体、どうして?
「とにかく、まずはあなた達の復元が先ですね。ダメージがひどすぎます。」
サーが、そう言いながら、私達に手を向ける。
「え・・・え・・・?!」
ザムアと私のソウルジュエルが、サーの手の中に移る。そして、次の瞬間、私とザムアの体は崩壊する。
私達は、崩壊する自分の体を、客観的に見ている。私達はパニックに陥るが、ソウルジュエルが無事なおかげで、パニックになれるだけの意識は保たれていた。
「復元します。」
サーの言葉の後、私達の目の前で崩壊した体が一気に復元される。その体に、サーが持っていた私達のソウルジュエルを置いた。
ソウルジュエルが体に取り込まれて、私達はいつもの視点を取り戻す。
「さて、これで聖水の毒は消えました。」
私とザムアは互いに体を見つめあう。私の無くなった左腕と右手は、キレイに復元されている。ザムアの体も、胸にあった大きな蝕みが綺麗に無くなっている。
「ザムア、シャウからこれを預かっています。着ておきなさい。」
そう言って、サーがザムアに袋を手渡す。その中には、ザムアが頼んでいた服が入っていた。
その時、ザムアは自分の体に目を落とす。そう、復元直後は、来ていた服は全て無くなっている。
「きゃ!」
改めて冷静になったザムアは、しゃがみ込んで自分の体を隠す。そして、サーから受け取った服を取り出す。
「・・・え?何このおしゃれな服・・・。」
想像していたローブとは違った服が出てきて、拍子抜けするザムア。
「と、とにかく、今はいろいろ言っていられないわね。」
そう言って、ザムアは取り出した服を着る。
「ど、どうかしら?こう言うのは私の時代になかったから・・・。」
私の方を向いて、ザムアの血の気の引いた青白い体に、青の入った黒色ってのは少し色の合わせとしてはいまいちかしら。
でも、今はファッションチェックなんてやってる場合じゃないわね。
私は、ザムアの手を引いて、石碑から顔をのぞかせる。そこでは、炎の壁を挟んでシャウと男が対峙している。
「互いに動けない・・・訳じゃなさそうね。」
どうも、男の方がじりじりと後ろに下がっている様子で、シャウがゆっくりと聖水の池に近づいている。
「シャウが、なんの考えも無しに、あんな行動は取らないわ。だから、大丈夫。」
ザムアの言葉を、今は信用するしかない。私も、シャウの行動を見守る。だけど、何かあったら、すぐに駆け寄れるように私は構えていた。
それからも、シャウは聖水の池に足を踏み入れ、ゆっくりと進む。その行動に、男の顔から余裕が消えていく。
「ど、どうして・・・貴様、アンデッドじゃないのか?!」
「俺は、一言も自分がアンデッドだなんて言ってないがな。」
そう言って、シャウが爪を男に向けて振り下ろす。男はかろうじて避けているが、反撃は出来そうにない。
「ウォーターランスを最初に受け止めた時に、浄化されなかった事に気付かなかったのが、お前のミスだ。」
ゆっくりと男に近づくシャウ。その動きに、私は違和感を覚えた。いつもなら、すごいスピードで敵を追い詰めるはずなのに、あまりにも遅すぎる。
「くっ!!」
男は、再びウォーターランスをシャウに向けて放つ。ウォーターランスはシャウの腹部を貫き、こぶし大の風穴を開ける。
一瞬動きが止まったシャウを見て、私は思わず駆け寄ろうとするが、ザムアに手を掴まれる。
「シャウを・・・信じましょう。」
私は、奥歯を噛みしめながらシャウを見つめる。そして、シャウの足元を見てぎょっとする・・・。シャウの足は、真っ黒に焦げており、間違いなく歩けるような状況じゃない。
それでも、シャウは男に向かってゆっくりと歩みを進める。
「な、なぜ死なない?!アンデッドじゃないのに・・・!!」
驚愕の表情を見せる男の腹に、シャウは爪を突き立てる。そして、ねじるように爪を引き抜き、内臓を引き出した。
男が聖水の池に崩れ落ちる。男の血で、聖水の池が赤く染まる。
「た・・・ただじゃ・・・死なんぞ。」
男が手に魔力を込める。その手をシャウが止めようとするが、シャウもその場から動くことが出来ないようだ。
「お前らは・・・これで・・・終わりだ。」
そう言って、男は息絶える。そして、その手に宿していた光が、聖水の池の中央で倒れている鎧に移る。
そして、移った光は、その強さを増し、空に向かって光を放った。
それと同時に、シャウが赤く染まった池に倒れこんだ。
「シャウ!!」
ザムアが声をあげて、炎の壁を消す。私も、急いでシャウに駆け寄る。
「ハール、待ちなさい。」
サーが私を呼び止める。その言葉に、一瞬私は我に返り、立ち止まって振り返る。
「あの池は、聖水の力があります。ですから・・・。」
サーが私に向かって手のひらを向ける。そして、そこから私の胸に向かって、一筋の光が伸びた。
その光に触れた私は、体に違和感を感じた。でも、動けなくなるとか、そう言った感じではなかった。
「シャウを、お願いしますね。」
サーがそう言って、シャウを指さす。私は、小さく頷いてシャウの元へ駆け寄った。
そして、聖水の池に倒れこんでいるシャウを背負い、私は2人の元へ戻る。
その際に、沢山の聖水を浴びたけど、そんな事は気にしていられなかった。
「シャウ!!」
背負ったシャウに、ザムアが駆け寄り、その様子を見る。
「・・・ザムアか。それに、ハールも。」
苦痛に顔をゆがめながら、シャウが答える。
「お前たちは、いつもこんな痛みを背負っていたんだな・・・。」
シャウが、私の肩をポンポンと叩く。
「もう大丈夫だ、降ろしてくれ。それよりも、最後の言葉が気になる。」
息が荒くなっているシャウを、降ろして、仰向けに寝かせる。近くで見ると、足は炭化しており、お腹のあたりに大きな穴が出来ている。
私とザムアは、何も言わなかったが、間違いなく致命傷だ。もう、長くはない・・・。
「どうして・・・。」
今にも泣きそうなザムアに、シャウが大声を出す。
「ザムア!今はあの鎧だ!!このままだと皆消えるぞ!!!」
私とザムアは、その声の大きさにビクッと体を強張らせる。
「俺は、大丈夫だ。だから、あいつの言った最後のあがきを、何とかしてくれ。」
シャウが鎧を指さし、そのまま鎧から上る光をなぞる。空には、大きな魔法陣が描かれていた。
「あれって・・・。周りに描かれてるって言う魔法陣?!」
あの男は、あの鎧を浄化兵器だと言っていた。だとすれば、上に描かれた魔法陣の効果は、想像に難くない。
「神様、私はどうなっても構いません。シャウと、ハール、そしてこのネクロコリスに居るファントム達を助けてください。」
そう言って、ザムアが片膝をついてサーに懇願する。
私も同じ気持ち。この一帯を守るのに、ザムア1人の命では足りないとおもう。だから、私も同じように片膝をついて頭を下げた。
「2人とも、顔をあげてください。私は、既に失っているものを貪欲に要求しません。任せなさい。」
「それでは・・・。」
「私は、死者の味方、死神ですよ。」
そう言って、サーはザムアに右手を向ける。すると、私の時と同じように光が放たれ、ザムアの胸に刺さる。
ザムアは、光が当たった場所に視線を落とす。そこには、3つの宝石が服に埋め込まれていた
「丁度、あなたにはいい服がありましたからね。」
「これは・・・?」
「ハールのソウルジュエルに施したものと同じ、浄化からあなたを守ってくれる加護です。」
サーの言葉を聞いて、私はハッとする。そういえば、シャウを助けるときに、聖水の池に入ったはずなのに、まったく体に異変が無い。
「上の魔法陣は、私が何とかしましょう。」
そう言って、サーは両手を上に掲げ、呪文を唱える。すると、見る見るうちに空の魔法陣が薄くなり、消え去っていく。
「あなた達が守りたいものは、あなた達の手で守り抜きなさい。」
私とザムアは、力強く頷いて、まずは目の前の光を放つ鎧に向かう。
鎧は、相変わらず水を滾々と流し続けている。本来なら、私たちが触れることも出来ない聖水だが、今は違う。
「よくも、シャウを・・・ここの皆を・・・。」
聖水の池に、私とザムアは足を踏み入れる。聖水のはずだが、私たちは加護のおかげで、何事もなく鎧に近づけた。
そして、ザムアは道具袋にワンドを片付け、中から3つの棒を取り出し、1つに繋げる。
その棒の中央を両手で持ち、両方にある留め金に手をかける。すると、両端の棒が一気に伸び、ザムアの身長より少し短いぐらいのスタッフになった。
「もう、手加減はしないわ。」
それを見た私は、武器になりそうなものを探す。でも、さっきの敵は魔導士だったし、鎧は何か変な水鉄砲だったし。
「・・・ハール。これを使え。」
きょろきょろと辺りを探していた私に、シャウが声をかける。そして、倒れているシャウが右手を上げる。
その手には、爪が付けられている。
「戦士なら、使えるだろう・・・。」
私は、シャウの手から爪を取り、自分の右手に取り付ける。シャウのようには使えないけど、ありがたく使わせてもらうわ。
「ハール、やるわよ。」
ザムアの言葉を合図に、私は鎧に向かって爪を突き刺す。爪は鎧が背負っていたタンクにたやすく穴をあけた。
すると、そこから水が噴き出し、私の体を濡らしていく。これは聖水だろうけど、今の私たちには全く効果がない。
「さぁ、今度は私の出番!」
ザムアも、鎧に向かって駆け寄ってくる。そして、スタッフに魔力を込めて思いっきり鎧を殴りつけた。
ザムアが行う本気の肉弾戦は、それはもう恐ろしいものだ。魔力を込めた武器は、強度も属性も思いのまま、それが人間の限界を超えた力で振り下ろされるのだ。その破壊力は、今、目の前の鎧が証明してくれた。
鎧は、床にめり込み、周囲の床にも一気にヒビが入る。そして、聖水の池の水が、そのヒビに流れ込む。
「ハール、下がって!」
ザムアの合図で、私とザムアは後ろに飛びのいた。その直後、鎧を中心に床が崩れ去り、聖水の池は消えていった。
「お見事ですね。」
その光景を見ていたサーが、私たちの攻撃を見て声を上げる。
「ありがとうございます。でも、まだです。」
ザムアがギルドの指輪に手をかざし、指輪の機能を表示させる。
その中の1つ、指輪を使ったサーチ機能を実行する。
すると、ザムアの指輪から映像が映し出され、ザムアが有効化した指輪の周囲の状況が表示される。
その殆どは、異常が見られなかったが、一か所だけ、明らかな異常が表示された。
「・・・やっぱり、まだ居るのね。」
明らかに今まで倒した鎧とは違う、異様な装備と、その大きさ。それが、大広間に姿を現していた。
その周囲には、鎧の操作を行うはずだったのであろう、司祭の服を着た人間が何人も倒れていた。
全員、ネクロピースのトラップにかかったのだろう。
「あの鎧、今は動くことができないみたいね。今がチャンスってことかしら。」
ザムアが私に振り向いて笑顔を見せる。その笑顔の意味は語らずとも理解できた。
「神様、お願いがあります。」
ザムアが、サーに向きなおし、真剣な表情を見せる。
「なんですか?ザムア。」
「シャウと、このネクロコリスにいる死者達を守ってください。」
「わかりました。気を付けるのですよ。」
サーは、頷いて優しい笑顔を見せる。
「ありがとうございます!」
ザムアが深々と頭を下げる。私も、同じく頭を下げて礼を示した。
「ハール、アナスタシスを追い払いに行くわよ!」
私は、勢いよく駆け出すザムアを追いかける。
「彼女たちは、熱い心を持ってますね。」
ザムア達の後姿を見ながら、サーが呟く。
「アンデッドにしては、珍しいだろ。」
仰向けになったまま、シャウがサーに答える。
「そうですね。彼女たちなら・・・。」
意味深に、サーは言葉を続ける。その言葉を聞いたシャウは驚きの表情を見せていた。