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死神の加護

「これは、凄いことになってるな。」

シャウがネクロコリスを見下ろしながら呟く。

ネクロコリスの周りを取り囲むように魔法陣が描かれている。そして、複数の魔導士がその魔法陣の側で作業を行っていた。

しかし、それよりも目を見張るのは、ネクロコリスの壁に何度も攻撃を仕掛けている奇妙な姿の物体だ。

「あれはなんだ?」

奇妙な物体は、周囲の人間の2倍程度の大きさをしており、そのままでは普通の入り口に入れないのか、ネクロコリスの入り口を何度も叩いて穴を大きくしているようだった。

「ゆっくりは出来ないな。」

シャウは改めてネクロコリスに急ぐことにする。しかし、その行動を止めるように指輪から呼び出し入る。

「・・・シャウ!!聞こえる?」

「ああ、聞こえてる。大丈夫か?」

指輪からザムアの声が聞こえるが、少し焦りが混じっている。

「・・・私達は大丈夫。でも、もうシャウは入れない。

「どういうことだ?」

「ネクロピースを、大広間とそこにつながる道に撒いたわ。」

その一言で、シャウは全てを悟る。

「籠城戦か・・・。長期戦はお前たちに分があるが、相手はお前たちに付き合う気は無いようだな。」

「近くまで戻ってるの?今の状況を教えて。」

「あぁ、今は盗賊に襲われた場所まで戻って来た。ここから確認する限り、前回の奴らとは数も兵器も大幅に増えているようだな。」

シャウは見たままの状況と、そしてもう一つ気になる事をザムアに伝える。

「それと、ネクロコリスを囲むように魔法陣を描いている魔導士がかなりの数居る。恐らく、相手はネクロコリスごと浄化させるつもりのようだ。」

その報告に、ザムアの言葉が詰まる。

「魔法陣の作成を阻止することは・・・出来る?」

「俺一人だと、無理だな。」

シャウが現状をザムアに伝える。

「・・・シャウ。ありがとう。あなたはもう私達に付き合わなくてもいい。逃げて。」

「おい、どういう事だ?!」

ゆっくりと、穏やかな口調でザムアがシャウに伝える。そして・・・。

「きゃ!!」

指輪が光を失い、通信が途絶えた事を告げる。

「おい!ザムア!!」

突然聞こえてきたザムアの叫び声に、驚いたシャウが指輪に呼びかける。しかし、応答は帰ってこない。

シャウが顔をあげてネクロコリスを見ると、今までネクロコリスを攻撃していた物体が消えていた。

その物体が消えた跡に、大きな穴が開いていることが確認でき、物体が中に侵入したと容易に想像できた。

嫌な予感をひしひしと感じたシャウは、急いでネクロコリスに向かった。


私達の目の前の壁が、土煙をあげて崩壊する。突然の出来事で、シャウとの通信を悲鳴で終わらせてしまったザムア。

「一体・・・何?!」

私も同じく驚きはしたが、急いでザムアの前に立ち、その土煙に向かって剣を振り下ろした。

金属同士がぶつかる音と、それ相応の衝撃が私の体に響く。その衝撃を利用し、私は後ろに飛びのく。

「ハール!」

ザムアの掛け声で、私はザムアの横に立つ。それを確認したザムアは、愛用のワンドを握りしめた右手を前に突き出す。

そのワンドの先から風が噴き出し、周囲の土埃を吹き飛ばす。

「・・・これは・・・なに?」

壁を壊したのは、巨大な鉄の壁だった。その壁に近づこうとするザムアだったが、私は嫌な予感を感じてその手を掴んで止める。

「そうね。これが何かは分からないけど・・・私達の味方ではない事は確かだものね。」

ザムアは、ワンドを振り、鉄の壁の周囲を覆いかぶせるように壊れた壁の残骸を積み上げる。

「シャウの言葉通りなら、私達に残された時間は少ないわ。助かる手段を探すわよ。」

そう言いながら、ザムアと私はその場を後にする。

2人が、十分にその鉄の壁から離れた時、大広間の鎧と同じような光が鉄の壁から発せられる。

どうやら、これもポータルの一部だったようだ。しかし、このポータルは見ての通り巨大であり、そこからはアナスタシス教団の兵士が続々とネクロコリスに侵入してくる。

現れた兵士の様子からして、このようなポータルはもうネクロコリスに複数設置されているのだろう。

「耐毒浄化隊、並びに浄化兵器、準備が完了しました。」

兵士の1人が、白いローブの司祭に報告する。

「先発隊の犠牲を無駄にするな、ネクロピースとそれを操る何者かに十分警戒し、各部隊は目的を遂行せよ!」

司祭がそう叫ぶと、兵士たちが気勢を上げる。

「我らアナスタシス教団に栄光あれ!」

その声は、ネクロコリス全体に響き、迎撃する2人にも届いた。

そして、2人はその声に少し驚き、準備と覚悟を固めた。


「あいつら・・・。」

指輪から通信が途切れた直後から、シャウは急いで山を駆け降りて、ネクロコリスに向かう。

「だが、俺にあいつらを助けられるのだろうか。」

ザムアの言う通りなら、シャウがネクロコリスに入ったとたんに、ネクロピースの毒で死んでしまうだろう。

そこで、シャウがふとファントムロードの話を思い出す。

「・・・死神。」

シャウが立ち止まり、少し考える。

「試してみる価値はあるか。」

ネクロコリス側の大きな木、ザムア達が体を復元した場所にたどり着いたシャウ。

そこは、魔法陣の外側になっていて、適度な茂みのおかげで、気配を隠しながらネクロコリスの様子を確認できた。

近くに来て気付いたが、ネクロコリスの魔法陣の側に、数人の魔導士がまだ残っている。恐らく、魔法陣を守るための人員だろう。

「好都合だな。」

シャウはナイフを手に彼らに音もなく近づき、1人目の首を撥ねる。どさりと体が倒れる音で、周囲の魔導士が気付くが、護衛の居ない詠唱中の魔導士はシャウの敵ではない。

詠唱を中断させるため、素早く喉を切り裂き、そのまま少し離れた場所で詠唱中の魔導士に向かう。

シャウがたどり着く前に、詠唱が完了した魔導士は、杖をシャウに向けて魔法を発動させる。

「分かっていたさ!」

この魔法陣を壊すわけにはいかない魔導士たちは、強力な魔法を使えない。と踏んでいたシャウは、その魔法を避けずにその身で受ける。

想像通り、魔法はシャウの足に黒い鎖が巻き付き、その動きを封じるものだった。次の攻撃は、動けないシャウに直接強力な魔法をぶつけるだろう。

そうはさせないと、シャウはナイフを魔導士に投げつける。そのナイフは魔導士の目に突き刺さり、鎖に放つ予定だった魔法もあらぬ方向に飛んでいく。

そして、魔導士は前のめりに倒れ、ナイフは目から頭に深々と突き刺さった。それと同時に、シャウの足から鎖が消え去った。

「仲間を呼ばなかったのは、気になるな・・・。」

シャウはまだ周囲の警戒を解かない。なぜなら、魔導士は何も言葉を使わなくても仲間を呼べる。

魔法を唱える暇があったら、まず仲間を呼ぶのが定石だろう。その定石の答えは、それからすぐに判明した。

「動くな!!」

シャウの背後から、男が突然警告を発する。シャウは背後の人の気配を数えながら、両手を上げる。

「振り向かずにそのまま答えろ。お前は一体誰なんだ?」

「通りすがりのシーフだよ。」

「シーフが何故こんなところに居る?ここに居る死体は、お前の仕業か?」

「ここで倒れてる魔導士たちに襲われたんだ。迎撃するのが当たり前だろ。」

「そうか、だが、今ここは立ち入り禁止だ。ここに迷い込んだからと言って、見逃す理由にならない。悪いな。」

男がそう言い終わると、シャウに向けてバトルハンマーを振り下ろす。しかし、シャウはそれを軽く避ける。

そして、シャウは振り向いて敵の数を改めて確認する。

「3人か。」

そう言いながら、さっそく1人の体を突き飛ばしてシャウの命を狙ったバトルハンマーを弾き飛ばす。そして、それを拾い上げ、頭目掛けて振り下ろし、息の根を止める。

「お、おまえ!!」

軽装備の男が、シャウに向けて声を上げる。しかし、シャウはその言葉を無視してバトルハンマーを振り、残りの2人に襲い掛かった。

バトルハンマーは少し重く、シャウの自慢のスピードを若干犠牲にしたが、それでも普通の戦士では太刀打ちできない。

そこには、あっという間に2つの死体が追加された。しかし、シャウはそれでも周囲の気配を警戒していた。

いくら増援を倒しても、何らかの方法でこの惨状を伝え、援軍がやってくる。この様子だともうすでに援軍を呼ばれている事だろう。

「早く、準備した方がいいな。」

シャウは、一番最後にとどめを刺した男の死体を担ぎ、一度身を隠せる森の中に戻る。

そこで、無造作に死体を置き、シャウは片膝をつき、両手を胸の前で組んで祈りをささげる。

「・・・死者の魂を導く者よ、ここに。」

シャウがそう呟くと、周囲の木々がざわめき始める。

そして、ざわめきと共に枯れ草を踏みしめる音が聞こえる

「誰だ?」

シャウがその気配を感じて、後ろを振り向く。そこには、全てを吸い込みそうな漆黒のローブを着た女性が立っている。

女性はローブを着ているが、その下には純白の鎧と剣が顔を覗かせているのが印象的だ。

「貴方が呼び出したのですよ?」

「死神か?」

シャウの問いかけに、女性は頷いて答える。

そして、女性はシャウの前にある死体に近づいて手をかざす。すると、死体の姿が一瞬光り、1つの宝石へと変化を遂げる。

「ソウルジュエル・・・?!」

「私の存在と、これを知っているのですね。何か話があるのでしょう?聞きましょうか。」

死神と名乗る、少し珍しい風貌の冒険者にしか見えない女性が、笑顔でシャウに話しかける。

「あ、あぁ。」

あまり威厳の感じられない神に、若干面食らうが、シャウは今の状況を死神に伝える。

「なるほど、またアナスタシス教団なのですね。分かりました。」

大きなため息をついて、死神が答える。

「また?」

「ええ、彼らは、我々にとっても都合の悪い者たちなのです。」

死神が都合が悪いというのだ、相当の事なのだろう。

「都合が悪いか・・・なら、助けてもらえるのか?」

「死者の信頼を得ている、貴方の言葉ですからね。力になりましょう。」

「見返りとかが必要なのか?」

「死者から信頼を受けている人間に、見返りを求める事はしませんよ。」

この時、シャウはファントムロードから受け取った死者の信頼と言うものが、絶大な効果を発揮していると実感する。

本来、神に依頼する場合は何かしらの見返りが必要だ。命であれば安いものとまでされる。

「では、貴方について行きましょう。私の名前はサー。あなたの名前は?」

死神の名前を聞くのは初めてだったシャウは、少し驚き、反応が遅れる。

「あ、あぁ。シャウだ、よろしく。」

「シャウ、道案内お願いね。」

「ちょっと待ってもらえるか?俺はネクロコリスに入れないんだ。」

シャウがザムアに聞いた通りの状況を説明する。それを聞いたサーが納得した様子で頷く。

「中はそうなっているのですね、わかりました。」

サーが手をシャウに向ける。すると、シャウの体を何かが貫いた感覚を受ける。

「な、なにを?」

「あなたに、絶対生存の加護を授けました。ネクロコリスにいる間は、あなたはどんなことがあっても死にません。」

サーの言葉に、シャウの動きが止まる。

「どういうことだ?!」

「言葉通りです。あなたはネクロコリスに居る限り、毒を受けようと、致命傷を受けようと、体の全てを失おうと、絶対に死にません。」

「ちょっと待て、それは、俺がゾンビになったと言う事か?!」

「分かりやすく言えば、そうなりますが、ネクロコリスに居る限りです。一歩でも外に出れば、普通の人間です。さらに、アンデッドではないので、浄化の魔法も効きません。」

「ある意味、無敵・・・だな。」

「ただ、痛みは受けます。死ぬほど痛くても、死にません。そして、致命傷を受けたまま外に出れば、そのまま死にます。良いですね。」

「話は分かったんだが・・・ネクロピースの毒は俺の体に蓄積はするのか?」

「あれは、蓄積はしませんね。すぐに抜けます。生きていれば。」

サーの答えを聞いて、シャウは無言で頷く。少なくとも、これでネクロピースの毒は怖くなくなった。

「さぁ、行きましょう。シャウの仲間と、死者を守るために。」

サーとシャウは、改めてネクロコリスに向かった。


ネクロコリス内部に入った2人は、大広間に繋がる通路に向かう。

その通路には、いくつもの死体が転がっていて、かなりの戦闘があったと推測できた。

しかし、シャウは同時に違和感も感じていた。ザムアやハールの手によるものなら、魔法や斬撃の跡があるはずだが、死体の身に着けている鎧はあまりにも綺麗すぎるのだ。

「かなりひどい状況ですね。後処理が大変です。」

死体を見ながら、サーがため息をつく。

「さっきのように、ソウルジュエルにするのか?」

「ええ、それが仕事ですから。」

「そうか。さて・・・。」

シャウが死体を眺めて呟く。

「死体の多い方に向かって行けば、あいつらが居そうな気がするが・・・。」

シャウがそう言いながらギルドの指輪を眺める。この指輪が反応すれば、どれだけ楽か。

試しに、指輪に手を当ててみるが、何の反応も返さない。

「とにかく、2人を探そう。」

シャウとサーは、死体を避けながら先に進んで行く。

死体のそばには、所々青い鉱石が落ちているのを目にする。

「これが、ネクロピースか・・・。」

違和感の原因はこれかと、シャウは納得する。ザムア達が撒いたネクロピースがその効果を存分に発揮したため、綺麗な死体が出来上がったのだろう。

この状況で死なないのは判っていたシャウだが、念のため鉱石に触れないように進んで行く。しかし、サーは全く避ける様子がない。

「サーは、それに触れても大丈夫なのか?」

「そうですね、私には効きませんよ。」

サーが笑顔でシャウに答える。

「まぁ、神だからか?」

「それもそうですが、そもそも私は・・・。」

その時だ、2人の上の方からドシンと言う音と振動、そして砂埃が上から降り注いだ。

「なんだ?!」

シャウは砂埃を防ぐために手で顔を覆いながら上を向き、サーはそのまま天井を見据える。

「どうやら、シャウの仲間は上で戦っているようですね。」

「みたいだな。」

振動はまだ続いている。しかし、こんな振動を出す魔法を、ザムアがここで使うとは思えない。

「・・・このままだと、ここが潰れるかもしれないな。」

シャウの言葉通り、このままの振動が続くと、この地面に開いた穴のように、天井に穴が開くだろう。

「上の階は、こっちからだな。」

2人は階段までの道を急ぐ。その途中で、2人は光る鉄板や鎧を見つけて足を止める。

「これは一体・・・。」

「魔力を感じますね。恐らく、ポータルではないでしょうか?」

「ポータル?」

聞きなれない言葉を、シャウはサーに聞き返す。

「離れた場所から、この場所まで物を飛ばす、いわば目印のようなものです。」

「これに、ネクロピースを投げ込んだら、相手を一方的につぶせるんじゃないのか?」

「そうですね、ただ、無関係な人まで巻き込みますが。」

「なるほど・・・。それはだめだな。」

悪いのは教団であり、そこに住む人々じゃない。それはシャウにもわかっている。その結論に達した2人は、足早にその場を離れ、階段を目指す。

「あのポータルが、敵の本拠地と繋がっているのなら、増援が来るだろうな。」

「いえ、あの場所からは出てこないでしょう。」

シャウが不安を口にするが、サーはそれを否定する。

「どうしてだ?」

「さっきまであった死体を見る限り、全てが同じ鎧でした。恐らく、鎧自体にポータルの機能を持たせているのでしょう。」

「それは判るが、出てこない理由にならないだろ?」

「強力な戦力は、常に最前線に投入するのが、ベストだと思いませんか?」

「それが出来ればな・・・?!」

サーの言葉を聞いたシャウは、1つの答えに気付く。

「最後に敵と戦った場所で死んだ奴のポータルに、戦力を投入すると言う事か。」

「そうです。ですから、シャウの仲間達は消耗戦を繰り広げているはずです。」

「急ごう。浄化の力を持つ奴ら相手に、アンデッドは不利すぎる。」

2人は、階段を駆け上り、仲間の所に急ぐ。その場所は、死体が教えてくれた。


不気味な稼働音を響かせる巨大な鎧が、沢山の筒のついた腕を私達に向けている。

その威力は、もうすでに何度も見ている。そして、その特性もよくわかっている。

私は、近くで死んでいるアナスタシス教団の兵士を持ち上げて盾にした。

その直後、その筒は連続した閃光と破裂音を伴って小さな鉄の塊を射出した。

だが、鉄の塊は兵士の鎧を貫き、中の人間の肉を切り裂いて止まる。

「あの武器、厄介ね・・・。」

ザムアのつぶやきに、私も頷いて答える。教団の兵士の体を見る限り、当たれば一気に行動不能になるだろう。

「ハール、上に行くわよ。」

ザムアが私の背中を軽く叩いてつぶやく。私は小さく頷いて、盾を巨大な鎧に投げつけた。

その盾が鎧に当たる前に、鎧は腕で盾を薙ぎ払う。その一瞬の隙に、ザムアが周囲に煙を発生させる。

その煙に紛れて、私とザムアは階段を駆け上り、道を曲がった先にある一本道に向かった。

「次のトラップを仕掛けないとね・・・。」

一本道のため、トラップも仕掛けやすい。しかし、それは下の階でも同じ、つまり、私達は着実に追い詰められていた。

乏しい材料を駆使して足止めをしているけど、もうあまり意味のない事だと私は思っていた。

「いい加減に、あの鎧を倒さないとダメね。ハール、行ける?」

同じ考えだったザムアの提案を、私は首を縦に振って答える。

「ありがとう。」

少ない材料で、ザムアは周囲にトラップを仕掛ける。

「仕掛けられたのは、氷と雷だけね。また、さっきみたいに普通の兵士に当たりそうだけど。」

今までのパターンだと、最初に通路に飛び込んでくるのは、普通の兵士。あの鎧は最後にやって来る。

私は、道の真ん中から少し奥に行った場所で迎え撃つ。ザムアはさらに道の奥、上り階段の側で待ち構える。

そして、金属同士がぶつかり合う独特の音と共に、兵士数人が私達の待ち構える通路にやって来た。

「悪霊め!!」

兵士が私達に向かって剣を突き出し、向かってくるそぶりを見せる。どうして、命のやり取りをしているのにここまで律義になれるのかしら。

私は、そう思いながら剣を構える。だが、先ほどまでさんざんトラップにかけてきたせいか、中々向かってこない。

まぁ、向かってこないならそれで良いのだけれど、それでも相手の増援が来ることを考えればこちらが不利になるのは目に見えている。

でも、私から仕掛けるのは、中々に難しい。トラップの事もあり、私は後ろにしか下がれない。

それなら、どうするか・・・。それは、ザムアが解決してくれた。

ザムアが壁に手を当てる。すると、兵士たちの後ろまで一直線に亀裂が走り、そこから風の刃が兵士たちを襲う。

風の刃は、兵士たちを取り囲み、装甲の薄い部分を切り裂いていく。

その攻撃を受けて、魔法効果から逃れようと道の中央に近づいてくる。そして、一人の兵士がトラップのスイッチを踏む。

「な、なんだ?!」

突然、白い煙が兵士の足元を覆う。そして、その煙はそのまま他の兵士の足元にも伝わっていく。

それから、すぐに異変に気付いた兵士たちは、そこから逃げ出そうとするが、足元の白い煙がそれを許さなかった。

氷のトラップ、白い煙が触れた場所を凍らせる。煙に巻き込まれた時に地面に足をついていた兵士は、動けなくなっていた。

煙が無くなったことを確認して、私は、動けなくなった兵士にゆっくりと近づく。

明らかに慌てている様子の兵士だが、凍っているのは足だけ。上半身は自由に動くため、反撃も十分に考えられる。

私は、手にした剣を勢いよく兵士に投げつける。重い鉄の塊を投げつけられた兵士は、バランスを崩して床に倒れる。

だが、足は凍ったままだ。兵士は足首から下を地面に残し、尻もちをついた。

何が起こったか分からない兵士は、立ち上がろうとするが、上手く立ち上がれない。そこで初めて、足首から下が無いことに気付いた。

「う、うあぁぁ!!」

パニックに陥る兵士。私はそれを見ながら、投げつけた剣を拾い上げて、上半身と下半身の境にある、鎧の隙間目掛けて突き立てた。

「ぎゃぁ!」

悲鳴を上げる兵士を見て、少し剣をひねりながら抜く。これで、ヒーラーが居なければ楽になるまでそう時間はかからない。

動きが止まった兵士を見ていた残りの兵士たちは、私に向かって魔法石を投げつける。

逃げられないからと言って、魔法石を潤沢に投げつけるなんて、羨ましい限りね。そう思いながら、私は魔法石を躱しつつ後ろに下がる。

後は、雷のトラップがあるけど、これは出来れば鎧にぶつけたい。そう考えた私は、ザムアの方を振り向く。

私の顔を見たザムアは、小さく頷いて答えてくれる。そして、私は安心してザムアの側まで下がる。

「ハール、あいつらを片付けるわよ。」

私は、衝撃に備えて剣を盾のように構える。それを確認したザムアは、足が凍って動けない兵士たちの足元に先ほどの風の刃を発生させる。

凍った足は砕け散り、氷の罠に罹った兵士たちは動く術を失う。それと同時に、驚嘆の声とうめき声が聞こえてきた。

「お疲れ様・・・。」

ザムアがとどめの風の刃を兵士たちの周囲に発生させる。すぐに、うめき声は聞こえなくなり、今度は機械の駆動音と共に鎧が角から姿を現す。

地面に倒れている兵士たちの死体は、全て鎧に踏みつぶされていく。仲間だというのに、酷いことをするわね・・・。

私は、鎧に対して剣を構える。鎧は、こちらに腕を向けている。いつでもこちらを攻撃できると言った感じだ。

「ハール、一旦上に行って、あいつを罠にかけましょう。」

ザムアが弱い威力の炎の矢を鎧に放ち、注意を引く。それにしても、魔法は全部弾くのかしら、全く効いていないようね。

私は、それを見ながら後ろに下がり、ザムアの前に立ち、2人で通路を曲がり身を隠す。

私達が隠れた後、鎧の駆動音が通路に響き、ガシャンと言う音と共に鎧がこちらに近づいてくる。

そして、通路の中央部にたどり着いた鎧が罠のスイッチを踏み抜く。その瞬間、通路全体を白い光が一瞬包み込む。それと同時に、パン!という破裂音が聞こえてきた。

「かかったわ!」

私は通路に躍り出でて、トラップの結果を確認する。鎧は白煙を上げていて、雷撃の強さを物語る。周囲には、側に居たであろう兵士たちが倒れている。

「鎧は、まだ生きているわね・・・。」

鎧から見える目は、赤く点滅している。このままにしておけば、また復活するだろう。それは阻止したい。

私は、剣を構えて鎧に近づく。そして、鎧の首目掛けて剣を振り下ろす。しかし、鎧は硬く、剣は高い音を立てて弾かれる。

今度は、剣の柄で鎧の頭を思いっきり叩きつけ、そのまま振りぬいた。

鎧の首が完全に真横に向き、地面に膝をつく。

まだ息絶えてはいないようだが、自分の手持ちの武器では、鎧を倒すことは出来ない。

これ以上、私の出来る事はない。私は、鎧を見ながら後ろに下がる。そして、ザムアに後を任せる。

「やっぱり、普通の兵士とは違うわね。今度は、私の出番よ。」

ザムアが私の隣に立ち、右手の平を鎧に向ける。そして、その手をゆっくり閉じていく。すると、金属が軋む音と共に、鎧が地面に倒れこむ。

「これは、硬いわね・・・中までぎっしりと詰まってる感じ・・・。」

右手首を左手で掴み、力をこめるが、右手を閉じることが出来ない。

「魔法抵抗が強いのかしらね。なら、これしかないわね。」

ザムアが私の方を向いて、笑顔を見せる。

「ハール、そこの壁、壊せる?」

左手で鎧の側の壁を指さすザムア。かなりヒビが入っていて、あれだけ壊れてるなら行けそう。私は、頷いて答える。

「じゃあ、よろしくね!」

私は、剣を持って壁の側に行き、両手で剣を振りかぶる。そして、思いっきり壁を叩く。

すると、壁が音を立てて外側に崩れ、そこから光が差し込んでくる。

そこから見える景色は、かなり見晴らしがいい・・・。うん、人が落ちたら怪我じゃすまないわね。

「ハール!」

ザムアの言葉を合図に、私はその穴から飛び退く。

その私の横を、鎧が少し浮かんで、ゆっくりと穴に向かって進んで行く。

「さよなら。」

穴の外に出た鎧は、そのまま真っ逆さまに落ちていく。数秒後に聞こえてきたガシャンと言う音が、鎧の活動停止を告げた。

私は、穴から下を覗き込む。バラバラになった鎧と、その周りに広がる黒い液体を見て、私は小さく頷く。

そして、ザムアの方を向いて、左手を突き出し、サムズアップをして見せる。

「良かった、あれが効かなかったら、最終手段しかなかったからね。」

ザムアが私の方へ近づいてくる。そして、周囲を見渡し、ポータルが発生していないことを確認する。

「とりあえず、何とかなった感じかしら・・・。」

私は、今回倒した敵の装備を拾い上げる。どうやら、私の持ってる武器よりもいいもののようね。

浄化の力もなさそうだし、ありがたく使わせてもらいましょう。

「まだ、下にもポータルはあるから、ここにも来るだろうけど・・・。」

階段下を見ながら、ザムアが呟く。そして、鎧についてきた司祭や兵士達の死体を確認する。

そこで、不思議なことに気付く。

「浄化の道具は、持ってない・・・。どうしてかしら、私たちが居るって情報は判ってるはずなのに。」

ザムアが死体の道具袋を漁る。私も、その様子を眺める。

死体の道具袋の中身は、回復薬と儀式用のお香、そして効果の切れているスクロールが数枚。

こうなると、浄化出来るのは自分の力のみって事になるわね。

ザムアは、スクロールに手を伸ばしてその中身を確認する。

「これは、回復のスクロールね。と言う事は、浄化は必要ないという判断なのかしら。」

スクロールを戻し、ザムアが壁に開いた穴から下を眺める。さっきの鎧の側には、このネクロコリスを囲むように巨大な魔法陣が描かれている。シャウの言っていた浄化の魔法陣だろう。

「あれがあれば、全てが終わるって事ね・・・。」

私も、再び穴の側に立ち、地面に描かれた魔法陣を見る。あれだけの大きさの魔法陣だ、発動したら最後、ここで死んだ生物のソウルジュエルは瞬時に破壊され、アンデッドは存在しなくなるだろう。

アナスタシス教団にとっては、これ以上ない効果ね。私達にとっては、悪夢でしかないけど。

私と同じ場所を眺めていたザムアが、小さく頷いて私に問いかける。

「さて、ハール。あなたにも確認しておくわ。今なら、あなたはここから逃げることが出来る。私と一緒に浄化される必要は無い。」

そう言って、ザムアは私の目をじっと見据える。

「どうするかは、あなたの自由よ。逃げるなら、ここから私が逃がしてあげる。」

突然、何を言い出すかと思ったら。答えなんて聞かなくても分かってるのにね。

私は、ザムアを抱きしめて、思いを表した。

「ありがと、ハール。じゃあ、行きましょうか。」

私とザムアは、ネクロコリスに残った敵を殲滅すべく、下の階層に戻る。でも、増援はすでにそこに集まっていた。


「何か、聞こえましたね・・・外でしょうか?」

「そうだな。音からして、人が落ちた音ではないな。」

「耳がいいんですね。」

「一応、獣人だからな。」

シャウが音のした方向を見る。そこは壁になっているが、少し上に開口部が見える。

「あそこから、覗けるか。」

シャウがジャンプして開口部に手をかける。そして、そのまま顔をのぞかせて外を見る。

「何か見えますか?」

「何だありゃ・・・黒い鉄の塊と、その周りに黒い液体が溜まってるな。」

状況を確認したシャウが、開口部から手を離して着地する。

「あんなのが、勝手に降って来るなんて考えられないからな、ザムア達の仕業だろう。」

「凄いことをするんですね。」

「あいつらは、加減を知らないからな。」

苦笑いを返すシャウ。

「早くお会いしたいですね。」

「そうだな。その前に、一仕事だ。」

シャウが1つの光る鎧を指さす。ゆらりと空間がゆがんだように見えた次の瞬間、鎧を着た兵士が現れる。

兵士がこちらに気付いて、驚いた表情を見せる。

「な!!誰だ!!」

無人エリアだと言われているであろう場所に、いきなり人が居たら、驚くのも無理はない。

「答えろ!お前は何者だ!!」

剣をこちらに突きつけながら兵士は喚く。その様子を見て、シャウとサーは顔を見合わせる。

「人にものを尋ねる態度じゃないな。」

「どうするんですか?」

「まぁ、この先に進ませるわけにもいかないしな。」

シャウはいきなり兵士に殴りかかる。驚いた兵士は持っていた剣でシャウを迎撃するが、その剣は虚空を切る。

「恨みとかは無いんだが、仲間の為なんだ。悪いな。」

いつの間にか、シャウは兵士の後ろに立っている。そして、そのまま兵士を突き飛ばし、地面に倒す。その際に、兵士の兜が外れ、転がっていく。

「その頭は・・・?」

兜が外れた兵士の頭を見て、思わず言葉を放つ。その頭は、透明な布で包まれていた。しかし、それで衝撃を防げるほどの厚みはなさそうだ。

「な、何するんだ!!」

シャウは暴れる兵士の上に乗り、動きを制する。そして、首筋に爪を立てる。

「お前、俺達が何者か知りたいんだったか。その前にお前のその頭の装備の事を教えてもらえないか?」

「だ、誰が・・・!」

起き上がろうとする兵士だが、押さえつけているシャウがそれを阻む。

「そうか。なら仕方ない。」

そう言って、兵士の喉元に立てた爪を押し込んだ。透明な布はプツッと言う音共に破れ、そのまま爪が兵士の喉に食い込む。

「が・・・。」

爪と喉の間から、赤い血がにじみ出てくる。爪を奥に押し込むたびに、兵士が暴れて抵抗する。

しかし、シャウが上に乗っているために、それも無駄に終わる。

そして、シャウの手にこつんと硬いものが当たる感覚がする。それと同時に、兵士の動きも止まった。

「珍しい装備だったから、聞きたかったんだがな。」

シャウはそう言いながら、兵士の首に刺さった爪を抜き、兵士の背中から離れる。そして、兵士の顔をまじまじと眺める。

透明な布の中身は、兵士の鮮血で真っ赤になっている。

血は、ジワリと布から染み出してくる。なるほど、これはマスクの役目をしているのか。と、シャウは理解する。

「マスクで、ネクロピースの毒を無効化できるのか?」

シャウがサーに問いかける。しかし、サーは首を横に振る。

「ごめんなさい、私にはわかりません。ただ、ネクロピースと言うものは近づいただけで命を落とす物と聞いてます。」

「そうだよな、俺もそう聞いてる。まぁ、学者じゃないから分からないし、俺も実物を見るのは今日が初めてだからな。」

シャウが兵士の鎧を脱がせてみる。そこには、透明な布で全身を覆われた姿がある。

「全身を何かで覆っておけば、安全と考えたのか。」

そうしているうちに、再びポータルから金属のこすれる音が聞こえる。

「また来るのか・・・。ここは最前線じゃないと言うのに・・・。」

シャウの呟きに、サーが首をかしげる。

「彼らの考える最前線と言うのは、一番最後に戦闘が発生した場所では?」

「あぁ・・・そう言う事か。なら、俺達がここで戦い続ける限り、あいつらの所に敵は現れないと言う事か。」

その時、上から大きな音が聞こえてくる。その音に、シャウとサーは驚いて上を見上げる。

「敵は、こっちに居るんじゃないのか?!」

「前から居た敵が、まだ残っている、ということでしょうか。」

「戦闘が複数で発生したら、どちらにも戦力が補充されると言う事か。」

小さく舌打ちしながら爪を構えるシャウ。

「全く、カルト教団と言うのは、何を考えてるのか分からないな・・・。」

爪を構えて、実体化しようとしている兵士に向かおうとするシャウ。それを、サーが立ちはだかって止める。

「シャウさん、今は戦うよりも、早く皆さんと合流しましょう。」

「ここで暴れれば、あいつらの負担が減るんじゃないのか?」

サーは首を横に振る。そして、その理由をシャウに説明する。

「戦力の分散が有効なのは、相手の戦力の総数が判っていて、時間がある場合です。総数も判らない、時間もない今の状況で、取るべき手は1つです。」

「・・・分かった。行こう。」

いまいち納得できていないシャウだが、サーの現状判断は間違っていない。

「ただし、こいつを一発殴ってからな!」

シャウが実体化した直後の兵士の後頭部を思いっきり殴り飛ばす。

倒れこんだ兵士は、そのまま地面に倒れて動かなくなる。どうやら、気を失ったようだ。

そして、2人は気絶した兵士をその場に放置し、ザムア達に合流するため、ネクロコリスの上層へ向かった。

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