休息の時間
「お帰り、シャウ。」
「あぁ、ただいま。」
「お疲れ様。これで、取りあえずは解決かしら。」
シャウが頷いて答える。
「しかし、お前たちは大丈夫なのか?」
シャウの心配ももっともで、私は右足と左手を失い、ザムアも下半身を失っている。大損害ね。
「大丈夫とは、言い難いわよね。でも、生きてるわ。」
「生きているか・・・。そう言えば、ここに居た他のゾンビやスケルトンはどうなるんだ?復活するんだろ?」
シャウが周囲を見渡しながら、純粋な疑問を私達に問いかける。
でも、私もザムアも俯いてゆっくりと首を横に振る。
「最初に、言ったわよね。ここに居るゾンビは、生まれたばかりの子供だって。」
「あぁ、言っていたな。」
「子供が、とっさに浄化の攻撃を避けて、ソウルジュエルを安全な場所に隠すなんて、出来ると思う?」
少しの間をおいて、シャウが首を横に振る。
「今のところ、この部屋にソウルジュエルの反応はファントム以外にないわ。」
「そうか・・・。」
「だから、私は最初に、ひどいって言ったのよ・・・。」
ザムアが寂しそうに下を向く。私も、同じように下を向いた。
「私達にできる事は、浄化された仲間たちを弔うしかできないのよ。今度こそ、ゆっくりと休めるようにね。」
そう言って、ザムアは手を組み、瞳を閉じて倒れた仲間達のために祈る。
そして、祈りが終わった後、ザムアが自分の体を見ながら口を開く。
「さて、後は私とハールね・・・。」
「肉体を復元・・・出来るのか?」
シャウの問いかけに、ザムアが頷いて答える。
「ええ、ソウルジュエルは無傷よ。復元は出来るわ。時間がかかるけどね。」
「時間か、どれくらいかかるんだ?」
「そうね、ハールの怪我なら半日で大丈夫だと思うけど、私の場合は、2日は掛かると思う。」
「その大怪我で2日か。」
シャウがまじまじとザムアの姿を見る。まあ、普通の人の考えだとそうなるわね。
「なら、2人が治るまでここに滞在することにするか。」
その言葉を聞いた子供のファントムが、シャウの周囲に集まって来た。私にしがみついていた子は、私が気に入ったのか、そちらに行かずにずっと私を見つめていたけどね。
「という訳だ。ファントムロード、俺が休める場所はこの地にあるか?」
「うむ・・・上の階層には、確かベッドがあったはずだ。食料や水はないが、大丈夫か?」
「あぁ、それは大丈夫だ。」
「なら、案内させよう。」
ファントムロードが王笏を掲げると、一体のファントムがシャウの側に現れた。
「じゃあ、ちょっと宿を確保してくる。」
「分かったわ。」
そう言って、ファントムに導かれるようにシャウが部屋から出ていった。
「ハール、私達も、傷を治しましょうか。ファントムロード、この辺りに私達の体が治せそうな場所はない?」
「何が必要だ?用意しよう。」
「そうね、私の体が隠れるぐらいの大きな布があればいいわね。」
「布か、それなら隣の部屋にそう言うものが積んであるな。自由に使ってくれ。」
錫杖で場所を指しながら、ファントムロードが答える。
「ありがとう、そうさせてもらうわ。ハール、取ってきてもらっていいかしら?」
ザムアの依頼を、私は快く引き受け、大広間の隣の部屋に向かった。
ファントムロードの言う通り、隣の部屋の中には大きな布が積み上げられていた。そのうちの数枚を手に取る。この大きさの布であれば、十分に私たちの体を覆い隠すことが出来そうね。
その布を持ち帰った私は、ザムアの隣に腰かける。そして、手にした布を広げてザムアに見せた。
「ばっちりな大きさね。後は、どこで力を貰うかになるかだけど・・・やっぱり外になるわよね。」
広げた布を手にしたザムアは、ファントムロードを見る。
「そうだな。ここでは大地の力を得るのは難しい。」
少し腕を組んで考えたザムアは、小さく頷いてハールに話しかける。
「まずは、ハールの復元からね。その後、私の体を復元しましょう。」
ザムアの提案に、私は頷いて答えた。
「じゃあ、行きましょうか?」
ザムアが両手を広げる。そうね、私のこの体だと、ザムアを抱えて行けないわね。
私はザムアに背を見せるように屈みこむ。そして、ザムアの腕が私の首に手を回し、胸元でその手を握る。
しっかりとつかんでいることを確認して、私はゆっくりと立ち上がった。
「少し待ちたまえ。」
ファントムロードがザムアと私を呼び止める。
「何かしら?」
私の背中で、ザムアが振り向いて答える。
「外に、生あるものがいるかもしれん。ハール、これを使うと良い。」
そう言って、ファントムロードが私に近づき、額に触れる。その瞬間、私の体が熱を帯びる。熱さは感じないと思ったのに、どうしてかしら・・・?
「は、ハール?!」
ザムアが驚いた声を上げる。一体何が起こってるのかしら?
そう思った私は、ふと自分の右手を見る。うん、ちゃんとあるわね。ほら、爪までしっかり・・・?!
私は、自分の姿に異変に気付いた。私に・・・肉体がある?!
「ファントムロード!一体何を?!」
ザムアが私の疑問をファントムロードに投げかける。
「ハールのソウルジュエルに、ミストソーマを注ぎ込んだ。」
「ミストソーマ?」
「自らの姿を、霧で作り出す。我らファントムに伝わる秘術だ。」
私は、その説明を受けて、再び自分の手を覗き込む。ザムアよりも血色のいい手が、私に大きな違和感を抱かせる。
「一体、この姿は誰なの?」
「その姿は、ハールのソウルジュエルに刻まれた記憶を基に構成されたものだ。簡単に言ってしまえば、生前の姿と言う事だ。」
「これが、ハールの生前の姿・・・?」
ザムアが正面の私の姿を見たそうに背中で動いていたため、私はザムアの手を持ちながらゆっくりとしゃがみ、ザムアをもう一度腰かけさせた。
そして、ゆっくりとザムアの方を向きなおす。
「ほんとに、ハール?」
ザムアが私に向かって手を伸ばす。私はしゃがみながらその手を掴んで、自分の顔に触れさせる。
「あ・・・この感触は、本当に見た目だけなのね。」
ザムアの手が直接私の顔に触れる。その感想通り、ザムアの手は私の本体に触れている。
「そうだ、ハール、今話せる?」
ザムアの疑問に、私は答えるように声をあげようとしたけど、やっぱり、それはできそうになかった。私は首を横に振って無理だと言う事を伝える。
「やっぱり、ダメなのね。残念。あなたの声が聞こえるかと思ったのに。」
そんなやり取りをしている後ろで、音が聞こえる。シャウが戻って来たようなので、振り向いて驚かせてみようかしら。
そう考えた私は、パッと後ろを振り向き、シャウに笑顔を見せる。
「ん、ハールだよな・・・その姿はどうしたんだ?」
あれ・・・驚かない?そのシャウの様子を見て、逆に私とザムアが驚く。その驚きようを見て、シャウが不思議そうな表情を見せる。
「シャウ、なんで分かるの?」
「匂いが同じだったからな。」
シャウが私に近づいて少しにおいを嗅ぐ。なるほど、においまでは隠せないって事なのね。
「しかし・・・その姿で右手と左足が無いのは痛々しいな。」
「それをまず治すわ。私が行こうと思ってたんだけど、シャウ、しばらくの間、ハールの護衛をお願いできる?」
「あぁ、分かった。怪我人は無理するなよ。」
そう言って、シャウが私に手を伸ばしてくる。
「歩きづらいだろ。肩を貸そう。」
シャウの申し出を、私はありがたく受け取る事にした。シャウの手を取り、ゆっくりと肩に手をかける。
「やはり、見た目だけなんだな。」
私の手を握った感想を改めて口にするシャウに、私は笑顔を返す。あれ?そう言えば、表情は変わってるのかしら?
でも、シャウが私の顔をじっと見つめてる・・・。
「表情が判る分、気持ちは察しやすくなったな。」
あ、やっぱり表情は変わってるんだ。そう分かると、私も少し恥ずかしい気持ちが出てくるわね。
なんてったって、私の表情って自分でも思い出せないぐらい久しぶりなのよね。
「まあ、なんだ。中々かわいい顔してたんだな。」
突然のシャウの言葉に、私は思わず動揺して、シャウの肩に回してる手を思わず上げてバランスを崩しそうになる。
そんな私の体を、シャウはしっかりと支えてくれて、地面に尻もちをつくことはなかった。
「慌てすぎだ、ハール。落ち着いて行けよ。」
慌てさせてるのは、貴方じゃない。そう言いたいけど、私は声を出せない。しかたないから、もう俯いてシャウについて行くことにした。
表に出た私が見たのは、地面に倒れて、血だまりを作り出している数十体の人の死体と、さっきまでそこに人が居たであろう野営用のテントの残骸だった。
意外と近い所に、陣を張っていたのかと、半ば呆れた私は、小さく首を横に振った。
「この中に、俺達みたいな奴が居るとは思わなかったんだろうな。」
同じ思いのシャウが、見た光景の感想を呟く。
本来なら、もう少し離れた場所・・・いざとなったら、このネクロコリスの入り口をふさいで逃げることが出来るぐらいの位置に陣は張るものなのよね。
そう考えながら、血だまりを抜けて、少し木々の多い場所まで私たちは進んで行く。
そして、一本の大きな樹が生えている場所を見つけた私は、シャウに合図してそこに座り込んだ。
「ここでいいのか?」
シャウの言葉に、私は頷いた。そして、胸元に手を当てて、ソウルジュエルを取り出す。それから、あの夜ザムアがやっていた事と同じことをする。
地面に触れたソウルジュエルは、淡い光を放つ。私はそれを再び胸元に取り込む。
それからすぐに、私の体は自由が利かなくなり、樹にもたれ掛かるように倒れこんだ。
倒れた私を、シャウが横にしてくれる。その途中で、シャウは私に質問をぶつけてきた。
「後は待つだけか。どれくらいかかりそうなんだ?」
シャウの質問に、少し考えた後、私はかろうじて動く手のひらを広げてシャウに示した。
「5時間か?日も完全に暮れるな。」
太陽は既に夕日に近い位置まで下りてきている。今から5時間だと、星と月が互いに今日の挨拶を始める頃だろう。
「まぁ、いいか。ハール、ゆっくり休んでくれ。」
シャウは樹の根に腰を下ろし、道具袋から水と干し肉、そして松明を取り出した。
「日が暮れる前に、食事と火の準備だけはしないとな。」
松明に火をつけたシャウは、それを地面に突き刺し、簡易照明を作り出す。
「今日はお疲れさん。」
そう言って、シャウは私の頭を撫でた。そう言えば、私の体、まだミストソーマが効いているのかしら?
その疑問を解くべく、私は視線を手に向けた。私の手はまだ偽りの実態を保っている。
それが確認できたので、私はシャウに笑顔を見せて、目を閉じた。
別に、目を閉じる必要は無いし、周囲は見えているんだけど、折角表情も変えれるし、色々試してみないとね。
「ん?寝たのか?」
不思議そうな顔を見せるシャウを見て、疑問が浮かぶ。あれ?シャウは私が寝ないって分かってるんじゃないのかしら?
「寝ないと思っていたんだが、アンデッドも寝るんだな。」
そう言って、シャウは私をまじまじと観察し始める。少し恥ずかしいんだけど、そのままされるがままにしてみる。
「それにしても、鎧の部分は変化なしと言う事は、服を着ているところは効果が無いと言う事か。」
独り言を言いながら、私の体をじっと見つめるシャウ。すごく恥ずかしくなってきたんだけど、表情に出てないかしら?
「ミストソーマか、謎が多いな。」
そう呟いた後、持って来ていた白い布を私にかけてくれた。なんだか、生きている人と同じように扱われているようで、なんだか落ち着かないけど、その気持ちはうれしく思った。
それからしばらくの間、シャウは火を絶やさないように燃やし続け、私を見守ってくれた。
そんなシャウの心遣いもあって、私の体は予想より早く復元していっているようだ。すでに、体の自由が戻っていて、かろうじて動かせた右手はもう問題なく動く。この様子だと、左足も動くだろうけど、今は無理に動かす必要もないわね。
そして、シャウの松明交換が6回目になったころ、私の体はすっかり元通りになっていた。それを確かめるように、左手をゆっくり上に上げる。
それを見たシャウが、少し驚きの表情を見せる。
「ハール、治ったのか?」
私は、上げた左手をそのままおろし、右手と一緒に地面を押し上げ、体を起こす。そして、白い布を左手で持ち上げて、足の様子を見る。
両足はしっかりと復元されていて、ミストソーマの効果でちゃんと普通の足に見える。うん、もう大丈夫ね。
さっきのシャウの問いかけに、私は笑顔で答える。
「よかった。後はザムアだな。ザムアもここがいいのか?」
ホッとした表情を見せながら、次の事を問いかけるシャウ。復元はどこでもできるけど、流石に好みの場所ってのがあるから、私には一概には言えない。
右人差し指を口元に持っていきながら、首をかしげていると、その意味を察したのか、シャウが笑顔で頷いた。
「まぁ、ザムアに決めさせた方が早そうだな。」
私も、シャウの答えに賛成。だから、私はシャウに向かって大きく頷いた。
「じゃあ、戻ってザムアを連れてくるか。」
そう言って立ち上がるシャウ。私も、ゆっくり立ち上がり、2つの足がしっかり機能することを確認する。
「歩けそうだな。」
私は頷いてシャウの後ろについて、ネクロコリスの大広間に戻った。
そこには、ファントムの子供達にすっかりなつかれているザムアの姿があった。
「お帰り、ハール。」
こちらに気付いたザムアが、笑顔で迎えてくれる。その笑顔に答えるべく、ザムアに向かって駆け寄る。そして、ザムアを抱き上げる。
「ちょ、ちょっとハール!?」
突然の事に驚くザムア。それでも私はしっかりとザムアを抱きしめる。
「は、ハール!待って、出ちゃう!色々出ちゃう!」
ザムアが私の背中をたたいて知らせる。私はハッとしてザムアの体を見る。あ、確かに少し何か落ちてる。
私はちょっとやりすぎたと思って、ゆっくりとザムアを下ろす。
「もう、驚いたじゃない。ほら、この子たちも驚いちゃってる。」
ザムアの周囲に居たファントムの子供たちが、シャウの影に隠れてしまっている。しまった、驚かせちゃったかな。
私は、取り繕うように手を振るが、やっぱりファントム達は近づいてくれない。寂しそうな表情をしてた私の手を、ザムアが握ってくれた。
「さて、落ち込むのは後にして。私の体の復元、付き合ってよね。」
そう言ったザムアを見つめて、少し笑顔を見せた私は、今度は抱きしめずに、ゆっくり優しくザムアを持ち上げた。
「シャウ、今度はハールに見ててもらうから、ゆっくり休んでね。」
「そうだな、お言葉に甘えるか。」
そう言いながら、シャウは広間にある鉄の置物に腰を下ろす。
「ゆっくりしてから、寝る事にするよ。」
「おやすみなさい。いい夢をね。」
ザムアがシャウに向かって手を振る。私も空いた手を小さく振って挨拶をする。
そして、シャウの周囲に居る子供のファントム達にもザムアは手を振る。
「皆、ちょっと体直してくるわね。」
ザムアの声に応えるように、子供のファントム達も手を振り返してくる。そのうちの数体が、ゆっくりと私達に近づいてくる。
「あら、あなた達、着いてくるの?」
ザムアが困った表情を見せながら、ファントムロードを見返す。ファントムロードは頷いて言葉を発する。
「お前たち、ザムアの負担になるから止めておきなさい。」
ファントムロードの言葉に、子供のファントム達は少ししょんぼりした感じでザムアから離れていった。
それを見た私とザムアは、安心して部屋を出た。外は、やっぱりまだ危ないからね。
ザムアを抱えて、足音の響く廊下を進む私。そんな私に、ザムアが目的地のリクエストをしてきた。
「さて、ハールが復元したところにまずは案内してもらえるかな?」
私は、そのリクエストを快諾する。そして、ネクロコリスの表に出た私達。もう外は真っ暗で、月と星のカーテンがかかっていた。
私の手は、ザムアを抱えてるから塞がっている。それをわかっていたのか、ザムアが両手で光の玉を生成して、明かりを灯す。
その光の玉は、昼間私とシャウが見た光景を照らし出す。それを見たザムアは、私と同じ反応を見せた。
「シャウが強いのも分かるけど、流石にここを攻めてきた軍勢の力量不足が否めないようね。」
ザムアの分析に、私は頷いて答えた。
「でも、あれが斥候だと考えたら・・・ちょっとまずいわね。」
ザムアのその言葉に、私はハッとする。そうよ・・・相当痛めつけたとはいえ、あいつ逃がしちゃったけど、大丈夫かしら・・・?
私の脳裏に一抹の不安がよぎる。でも、もう過ぎた事。私はそう割り切ってザムアを案内する。
大きな樹の下に、少し焼け焦げた地面の後と、白い大きめの布。ここが、数時間前に私が休んでいた場所になる。
「あら、ここは休めそうね。私もここにしようかな。」
私がザムアをゆっくりと樹の側に下ろす。
「あまりネクロコリスから離れたくないしね。」
ザムアがそう言って、腕で器用に体の向きを変える。そして、丁度いい高さの樹の根を探し出して、そこに落ち着く。
「さて、やりますか。」
ザムアが胸に手を当てて、ソウルジュエルを取り出す。中の炎は少し小さくなっている感じもするが、特に問題はなさそうだ。
それを、両手でつかみ、少し力を込めた後、地面にそっと押し当てる。すると、淡い光と共に炎が大きく燃え上がるのがはっきりと見て取れる。
「ハール、それじゃあ、よろしく頼むわね。」
ザムアがソウルジュエルを胸元に押し当て、体内に取り込む。それからすぐに、ザムアの体から力が抜けたようにぐったりと頭をもたげる。
復元が始まったザムアを私は少し抱えて、樹の根を枕にして寝かせ、白い布を肩から下に被せる。
しばらくは、ザムアも話が出来ないだろうし、私はザムアの隣で座り、樹にもたれ掛かりながら時が過ぎるのを待つことにした。
「さて、ここの環境を少しでも変えておかないとな。」
ファントムロードから案内された寝室は、かなり埃が溜まっていて、多少綺麗にしたところでは意味がない環境だ。
「片付けるよりは、隠した方が早いな。」
そう考えたシャウは、白い布が大量に置いてある部屋から、適当に布を持って来て、ベッドや床に敷き詰めた。
「それにしても、今日はひどく疲れたな。」
ベッドに腰かけたシャウは、そのまま倒れこむ。先ほどよりはひどくはないが、埃が舞う天井を眺めながら、今日の事を思い出す。
その時、部屋の一部からパキンと軽い音が3回鳴り響く。その音に、臨戦態勢を取るシャウ。
「すまない、ノックが出来ないのでな。」
「ラップ音をノック代わりに使う幽霊は初めて見るよ。」
扉から顔を出したのは、ファントムロードだった。
「で、何の用だ?」
「今日の事だ。まずは改めて礼を言いたい。本当に助かった。ありがとう。」
頭を下げるファントムロードに、苦笑いを返すシャウ。
「もういいよ、誠意は伝わってる。それに、仲間の為だからな。」
「そう言ってもらえると、うれしく思う。」
再び、ファントムロードはシャウに深々と礼をする。
「見ての通り、ここは死者の楽園、生者が希望するような礼品と言うのが無くてな。」
「礼なんていい。仲間も無事で、見れるとは思わなかったハールの笑顔も見れた。話のネタとしては、これ以上ないよ。」
そう言って、シャウが笑顔を見せる。
「そう言ってくれると、こちらとしても安心だが、それではここを救ってくれた者に対してあまり敬意ある態度ではないのでな。」
ファントムロードが、シャウの前に手に持った王笏をかざす。
そして、小さな声でなにやら呟いた後、王笏の先をシャウの頭に載せた。
その一連の行動を、シャウは何も言わずに見ている。不思議とは思っているが、命の危険はないと確信していたからだ。
「受け入れてくれてありがとう。これで、シャウは死者の信頼を得た。」
「死者の信頼?」
ファントムロードから、聞いた事の無い言葉を投げかけられ、首をかしげるシャウ。
「平たく言えば、この世界に居る全てのアンデッドは、シャウを決して襲わないようになると言う事だ。」
「そんな事が出来るのか。ありがとう、感謝するよ。」
思った以上の効力を聞いて、シャウは驚きながらファントムロードに礼を言う。
「さて、後は・・・。」
ファントムロードは、近くの椅子に腰かける。そんな必要もないが、雰囲気作りだろう。
「死者にとっての神、その話をしておこうと思ってな。」
「神?なんでそんな事を?」
「なに、気まぐれとでも思っておいて欲しい。生者にとっても、有益だと思うからな。」
「それならまぁ、聞いておくだけ聞いておこうか。」
シャウはベッドから立ち上がり、ファントムロードの座る椅子の対面に椅子とテーブルを持って来て座る。
「シャウにとっての神は何がある?」
「そうだな、創造神アルテナ・・・は、人としての神だな。俺達にとっての神は、獣神ベースティアだな。」
少し考えた後、シャウがそう答える。
「なるほど、シャウにとっての神は獣神か。神も色々居るからな。」
「で、死者の神は・・・死神か?」
「そうなるな。ところで、死神の名前、言えるか?」
ファントムロードの不意を突いた質問に、シャウは言葉を詰まらせる。
そして、改めて考えるが、名前が一切出てこない。
「えっと・・・、あれ?ちょっと待ってくれ。そう言えば死神は死神としか言われないな。死神に、名前はないのか?」
「死神は、沢山いるからな。」
「え?」
思っても見なかった答えを聞いて、生返事を返すシャウ。
しかし、改めて考えてみれば、獣神の遣いは色々な動物だ。その動物たちの個々の名前などは知らない。
「死神は、役職と言った方がいいな。我らアンデッドには、個々の死神より長くこの世界に存在する者もいる。」
「そ、そうなのか・・・。」
ファントムロードの説明を聞いて、なるほどどうして、役職と言うのは納得できる。
「しかし、役職か。神と名が付く以上、偉い人なんだろうな。」
「いや、前に聞いた話だが、死神自体は偉くないそうだ。死神を束ねる上級役職もあるそうだが、そこまで行けるのはまずいないとも聞いたな。」
苦笑いを見せるファントムロードを見て、シャウは呆れた表情を見せる。
「神の世界、夢もへったくれもないな。」
「だから、という訳でもないのだが、死神は他の神よりもこちらからの呼び出しに応じてくれやすい。」
「神様を呼び出して、何をするつもりなんだ?」
ファントムロードの不穏な言葉に、シャウは静かに聞き返す。
「色々と、便宜を図ってもらうんだ。死者が頼れるのは、死神しかいないからな。」
「なるほど、身近で頼れるから、最高の神という訳か。」
「そう言う事だ。」
理解の早いシャウに、ファントムロードは感心して頷く。
「死神か。しかし、ちょくちょく呼ばれると死神も大変だろうな。」
「いつもの仕事に、呼び出しが増えるだけ、とも言っていたな。」
「まるで、ギルドの冒険者だな。」
シャウの言葉に、2人は思わず吹き出していた。
「そうそう、今なら、死神もシャウの言葉に耳を傾けてくれるだろう。」
「ん?どうしてだ?」
不思議な事を言い出したファントムロードに、シャウは不思議な表情を見せて聞き返す。
「先ほど授けた死者の信頼、これは、死者が敵対行動を見せないだけではない。文字通り、死者から信頼を受けていると言う事だ。死神は、死者の味方、その信頼を受けた者に対しても味方になってくれるはずだ。」
それを聞いて、シャウは自分がもらったお礼がとんでもない物だと認識する。文字通り、神に直接助けを請う事が出来るのは、冒険者として大きなメリットになる。
「まさか、このために、死神の話をしたのか?」
「それもあるが、久しぶりに生きている者達とじっくり話をしたくなってな。」
ファントムロードが、そう言って子供のような笑みを見せる。
「ザムアもハールもそうだったが、死者が自我を取り戻したら、人間と変わらないな。」
「もともと人間だからな。当たり前の話だ。」
「それもそうだな。」
話が一段落したところで、シャウが大きなあくびをする。
「む、そうか。生者には休息が要るのだったな。今日は助かった。ゆっくり休んでくれ。」
そう言って、ファントムロードは席を立ち、閉まっている扉をすり抜けていった。
「あぁ、休ませてもらうよ。」
シャウはベッドに横になり、さっきの話を思い出す。
「今日は、本当に色々あったな。もう、これ以上は起こらないでくれ・・・。」
シャウが静かに目を閉じる。それから数分もたたない間に、シャウの意識は夢の中へ溶けていった。
星と月の競演が終わり、太陽が舞台を片付け始めた。今日も、新しい1日が始まる。
その光を感じたのか、ザムアの頭が少し動く。白い布は、昨日の夜に見た時より少し多く膨らみが出来ていて、復元は順調に進んでいることを示していた。
私は、ザムアの動きに気付いて、そっとザムアの側に座る。
「ハール、今日もいい天気になりそうね。」
いつも通りの声で、ザムアは私に朝の挨拶をしてくる。復元に入った時の脱力感もないようで、私は安心した。
「まだまだ、復元には時間がかかるから、もうしばらく側に居てね。」
ザムアのお願いに、私は首を縦に振って笑顔を見せる。
「昨日は、ゆっくりと貴方の顔を見ることが出来なかったから、今日はじっくりと色々見せてね。」
さらなるザムアのお願いを、私は苦笑いを返しながら了承した。
そして、鳥の鳴き声を聞きながら、私とザムアはのんびりとした時間を過ごす。
そんな中、聞き覚えのある足音がこちらに近づいてくる。足音の主は、昨夜ゆっくり寝れたかしら?
「よう、調子はどうだ?」
シャウが私達の前で立ち止まり、どっさと地面に座り込んで、ザムアの顔を覗き込みながら尋ねる。
「おかげさまで、順調よ。」
ザムアが笑顔を見せて答える。そして、ゆっくりとザムアは右手を布から出してその手を少し上げる。
それを見た私は、少し驚いた表情を見せる。復元途中だというのに、もう手をあんなに動かせるなんて。
そんな私を見ていた2人が、にやにやしながらこちらを見ている。
「ハール、良い表情ね。とてもかわいいわよ。ねぇ、シャウ。」
「そうだな。アンデッド初心者の俺にもわかりやすくかわいいと思うぞ。」
2人が私の顔をじっと見つめて褒めてくる。私は恥ずかしくなって、思わず顔を手で隠す。
「さて、ハールをいじるのは後にして・・・。シャウ、お願いがあるんだけど、良いかな?」
「お願い?」
笑っていたザムアが、穏やかな声でシャウにお願いを持ちかける。
「先に街に戻って、依頼の達成を報告して、報酬を貰ってもらえないかな?」
「一緒に戻るんじゃないのか?」
シャウは、不思議そうな表情でザムアに問い直す。
「ちょっと、思うところがあってね。それに・・・。」
「それに?」
少し照れているのか、視線を布に向けるザムア。その視線を追いかける私とシャウ。
「街で、私の服を買ってきてもらいたいのよ。」
「服?」
「ほら、私の服、昨日の戦いで無くなっちゃったでしょ。このまま復元が終わったら、私の服が無いのよ。」
「そ、そうか。分かったよ。」
慌てた様子で布から視線を逸らすシャウ。まだ復元が終わってないから、布の下にはトラウマになりそうな奇妙な物体しかないと思うけどね。
「ハール、シャウに私達の格納容器を渡してあげて。」
私は、自分とザムアの持っていた格納容器をシャウに手渡す。
「じゃあ、よろしくね。」
「あぁ、分かった。お前たちも気を付けろよ。」
私は頷いて答え、ザムアは両手を振ってシャウを見送った。
「さて・・・ハール。ちょっと色々見せて。」
ザムアが猫なで声で私を呼ぶ。さっき、色々見せてと言うお願いを聞いてしまった以上、断るわけにはいかないわよね。
私は、ザムアの隣に寄り添って、話を聞く体制に入る。
「じゃあ、さっそく・・・鎧脱いで。」
私の動きがピタリと止まる。え?いきなり何てこと言うのかな、このゾンビ。
「気になってることがあるのよ。だから、お願い。」
既に自由に動く両手を合わせて、私に懇願する。
私は、つけないため息をついて、ザムアに苦笑いを返す。そして、周囲を見渡し、人が居ない事を確認して、鎧の留め具を一つ一つ外していった。
最後の留め具を外し、落ちそうになる鎧を抱えて、ゆっくりと鎧を脱ぐ。そして、その姿をザムアに見せる・・・。
「やっぱり・・・思った通りだったわ。」
まじまじと私の姿を見るザムア、何が思った通りだったのか分からないけど、私は恥ずかしくて今すぐにでも土に還りたい気持ちになる。
「ハール、生前のあなた、いいセンスしてたのね。」
意外なザムアの言葉に、私は首をかしげる。そんな私に、ザムアは手で私の体を見るように合図する。
私は、自分の体を見る。多分、その時の表情はザムアが今まで見た事なかったぐらいの驚きの表情だったと思う。
そこには、最近の街の流行とは言わないまでも、どこに行ってもおかしくないようなコーディネートの服を着た私の姿があった。
鎧を脱いだのに、服を着た私が居る・・・意味が分からない。試しに、服の部分を手で触ってみるが、その手は服を貫通し、中の骨で止まる。
どうやら、ミストソーマの効力らしい・・・。でも、これ、普通の人からすれば・・・全裸にボディーペインティングしてるだけって感じなのよね・・・。
「これで、堂々と街を歩けるわね。」
うん、慣れてないのもあるけど、すっごく恥ずかしい。これで街を歩けるようになるまで相当時間がかかると思う。
私が何とも言えない表情をしていることに気付いたザムアは、私にもう一つお願いをしてくる。
「次のお願いなんだけど、薄着を想像してもらえるかな?」
薄着を想像?付き合うって言った手前、もう最後まで付き合うけど、どうなるのかしら?
私は、ザムアの言うように薄着を想像する。薄着と言ったら・・・下着かしら。
そう思った私は、街の服屋で見た白い上下の下着セットを思い浮かべる。
「ハール!」
一点を見つめ、少し顔を赤らめたザムアが、私に向かって叫びかける。
その声を聞いて、私はハッとする。そして、ザムアの目線を追う。
ザムアの目線は、私の体に向かっている。私は自分の体に視線を落とす。
肌色の腕と、小さなおへそが見えるお腹、そして柔らかそうな太ももが見える・・・これって・・・!!
全てを察した私は、左手を太ももに挟み、右腕で胸を隠してしゃがみ込んだ。なにこれ、何が起こってるの?!
さっきまで、服を着ていた私の体は、いつの間にか思い浮かべていた白い下着姿に変わっている。
それを見たザムアが、口を手で押さえながら笑っている・・・ザムア、もしかして分かっててこんなことを?
「前の姿からは判らなかったけど、ハールってスタイル良いわよね・・・。」
ザムアが、私をまじまじと見つめながら感想を述べている。私は、そんな事よりこの状況を何とかしようと色々と考えている・・・。
「じゃあ、次は何も考えないで見よう。どうなるかなぁ?」
笑顔で私にお願いをしてくるザムア、何も考えないって、裸って事?!それだけは何としても阻止したい、そう考えた私は、一つの仮説を立てる。
想像したものがそのまま体に反映される、と言う事は、厚着の服を思い浮かべればいいかもしれない!
そう考えた私は、雪国に住む冒険者が着るような分厚い服とコートを思い浮かべる。
「もう!ハール・・・。せっかくのチャンスが。」
ザムアが残念そうに叫ぶ。何がチャンスなんだか・・・。ザムアのその様子を見て、私は安心して立ち上がった。
どうやら、私の仮説は正しかったようで、暖かそうな羊毛で出来た服とズボン、そして毛皮の靴と手袋と帽子、さらには毛皮の外套と、それらが一瞬のうちに私の体に現れた。
使用者の服を思い通りに作ることが出来ると言う事かしら。ミストソーマって、色々と使えそうな感じがする力ね。
と、そこまで考えた私は、1つの疑問が浮かぶ。服はともかく・・・体格とか、顔とかも変えられるのかしら・・・?
「ハール?何考えてるの?」
難しい顔をしていたのか、ザムアが私に声をかけてくる。私は、少し笑顔を見せて、手で顔を覆い隠した。
「・・・?何してるの?」
ザムアは私の行動に首をかしげている。そして、私はゆっくりと手を顔から外す。
「え?!ハール?!え?!」
ハールがこれ以上ないぐらいに取り乱している。その様子を見て、私の考えが正しいと確信する。
・・・その時、私のささやかないたずら心が刺激される。うん、さっきのお返し、やっちゃおう。
私は、さっき考えていた下着を思い浮かべる。それと同時に、ザムアの体も思い浮かべる。
「ちょ!!ちょっとハール!!」
私の姿が、一瞬でザムアの姿に変わる。もちろん、その姿は下着だ。
「ちょっと!!やめなさい!!やめてってば!!」
ザムアが懇願する。私がさっき味わった感じをぜひとも味わってもらいたい。私は、少し体のラインを強調する感じで体をくねらせる。
その度に、ザムアが悶絶している。さて、そろそろやめておきましょう。私もすっきりしたし。
私が、再び厚着の服を思い浮かべて、ザムアはホッとした表情を見せる。これで、無茶ぶりはもうやめてくれると思う・・・。
落ち着いたザムアが、もうすっかり高く上った太陽を見つめて、しみじみと呟く。
「ミストソーマ、すごいわね・・・。」
私も同じことを思っていた。外見を作り出すって、応用次第で何でもできそうね。
一通りミストソーマの実験が終わった私達は、太陽の光をゆったりと浴びながら、長閑な時間に身を任せていた。
星と月のカーテンの下、静かで幻想的な風景もいいけど、森から聞こえてくる鳥の声や、風の音と言った自然と命の競演も中々のものね。
そんな時、ザムアが私に向けて問いかけてきた。
「ねぇ、ハール。昨晩の話、覚えてる?」
昨晩?どの話かしら?私は首をかしげてザムアに問いかけなおす。
「アナスタシス教団の斥候かもっていう話よ。」
その話ね、思い出したわ。でも、その可能性の方が高い気がするのが、悲しい所ね。
そう考えながら、私は話を聞くためにザムアに向き合う。
「ここ、どうなっちゃうのかしらね・・・。」
ネクロコリスに手を伸ばしながら、ザムアが寂しそうに話す。
一介の冒険者の私達には、これ以上できる事はない。今回の件も、私達がたまたまここに居たから助けた。ただそれだけ・・・。
その事は、私もザムアも分かってる。けど、やっぱり楽園は守りたい。そう考えた私は、ザムアに私の携えていた剣を見せ、そして高く掲げる。
「ハール、私もよ。ありがとう。」
それは、私とザムアにが決めたジェスチャーで、共に戦うという意味だ。
不自然にシャウを街に返したのは、シャウを巻き込みたくないザムアの考えだろう。
「シャウも言ってたわよね、アンデッドの問題は、アンデッドで解決してくれって。」
「そうだな。」
突然、ファントムロードの声が聞こえる。私とザムアが声の方を向くと、ネクロコリスの外に出ているファントムロードが立っていた。
「ザムア、復元は出来ているか?」
「おかげさまでね。ここは力が強いみたいだから、明日には復元は終わりそうね。」
ザムアが白い布の膨らみ具合を見て、おおよその復元時間を伝える。その答えに、ファントムロードはゆっくりと頷く。
「それにしても、ネクロコリスから出てきて平気なの?」
「あぁ、別にここに囚われている訳ではないからな。子供たちも、たまに外に出ている。」
ファントムロードが少し横を向く。そこには、小さなファントム達がネクロコリスの壁から外の様子をうかがっていた。
「なるほどね。で、貴方は何をしに来たの?」
「我らを守って、倒れた者達の復元が出来るかと思ってな。」
そう言って、ファントムロードが手のひらに浮かんでいるソウルジュエルを私達に見せた。
「ソウルジュエル、無事だったの?」
「数人程度だが、ぎりぎりだが間に合った。」
かなり炎が小さくなってはいるが、炎は消えていない。まだ助かる。
「そう・・・。でも、助かったなら、早く復元させてあげないと。」
「あぁ、だが、ここで野ざらしの復元という訳にはいかないからな。少し困っていたんだ。」
ファントムロードは、腕を組んで表情を曇らせる。
「ソウルジュエルの野ざらしは、確かに危ないわね。」
「そこで、ハール。力を貸してもらえないか?」
ファントムロードが、地面を指さして、私に依頼する。
ソウルジュエルを埋める穴を掘って欲しいって事ね。私は、その依頼を快く了承する。
そして、私は早速剣を両手で持って、地面に何度も突き刺して地面の土を耕した。
寝ていた時から気付いていたけど、ここは柔らかい土壌で、数回剣を突き刺せば後は手で簡単に掘り返せた。
手でしばらく掘り進め、20cm程の穴が出来上がった所で、ファントムロードが穴の前にしゃがみ込んだ。
「ありがとう、このくらいの深さで大丈夫だろう。」
そう言ってファントムロードは、手に浮かんだソウルジュエルをゆっくりと穴の中に置いていく。
全部のソウルジュエルを置き終わったことを確認して、私は掘り返した土を穴にかぶせた。
「後は、時間が解決してくれる。」
ファントムロードがソウルジュエルが埋められた場所に手を伸ばし、復元できるように祝福をささげる。
「さて。今日は2人の話を聞こうか。」
そう言いながら、ファントムロードが私達の前に座る。
「今日は?」
「あぁ、昨晩は、シャウと話をしていた。久々に有意義な時間を過ごしたよ。」
「何を話してたの?」
「死神の話だな。」
死神の話って、私達には日常だけど、確かに生者には興味深い話よね。
「面白い話してたのね。さて、それじゃあ、何が聞きたいの?」
「まずは、ザムアの事なんだが、魔王の娘が、なぜゾンビになったんだ?」
「そこね。分かったわ。少し昔話をしてあげる。」
ザムアが遠くを見つめながら、思い出話を始めた。
「ファントムロードも知っての通り、はるか昔、この大陸は魔族の戦乱に巻き込まれていたわ。」
「あぁ、大陸全土を支配する魔王の子達が、その後継になるべく、小国を使って戦争をしていた時代か。」
ザムアが首を縦に振る。
「それで間違いは無いわ。あなたもその時からこの世界に居たの?」
「生きていたのは、その戦いが起こる前だな。その戦争の事は、この体になって知ったな。」
ザムアは、結果を知っている事を聞いて、頷いて話を続ける。
「私は、魔王の娘の1人だったけど、その後継に一切興味が無かったの。」
ザムアの言葉に、ファントムロードが意外そうな顔を見せる。
「魔族に生まれたからには、常に支配を求めるのかと思っていたが、違うのか?」
「えぇ。私は支配なんてどうでもよかった。でも、私のような考えを持つ魔族はごく少数で、他の兄弟たちは連日命のやり取りを行ってたみたい。」
複雑な表情を見せながら、フフッと笑うザムア。
「でもね、当の魔王が、私にも戦えと言ってきてね。仕方なく1つの国を支配していたわ。その国はとても貧しくてね、色々と大変だったけど、国民は皆、希望と野望を持って日々の生活を営んでいたわ。」
そう言いながら、ザムアは空に浮かんだ雲を見つめ、目を閉じる。
「でもね、魔王になるには、すべての国を支配する必要がある。私の国も例外ではなかった。」
寂しそうな表情を見せるザムアに、この後の話の流れが予想できたファントムロードが、落ち着いた声で話しかける。
「侵略されたと言う事か?」
「えぇ、そうね。全部返り討ちにしたけど。」
「え?!」
どうやら、思っていた答えと違ったようで、驚いた表情を見せるファントムロード。
「その時に死んだのではないのか?」
「最初は、さっさと負けて、私は雲隠れしようかって思ってたんだけどね。そこに住む人たちを思うと、ちょっとね。」
少し思うところがあるのか、ザムアは苦笑いを見せる。
「だから、平和的に交渉してくる兄弟たちが居れば、すぐに譲るつもりだったのよ。」
「こういっては何だが、血の気の多い兄弟たちが多かったと・・・。」
ザムアはファントムロードの言葉に頷く。
「だから、なんだかんだで結構最後の方まで生きていたのよ。ほら、貴方が私の名前を知ってるぐらいにはね。」
「歴史書を読んだぐらいだが・・・あれは真実だったのか。それでは、その国が滅びた理由と言うのは・・・。」
ファントムロードが腕を組んで首をかしげる。その疑問に、ザムアが答える。
「そう、歴史書の書いてる通り、住民の反乱よ。でも、私自身はそれより前に死んでゾンビになってるけど。」
「え?」
「さて、ここからが歴史に載らない事実。闇に隠されたお話。」
少し声のトーンを落として、ザムアが話を続ける。
「これからの話をするにあたって、まずは私の死因を説明しておかなきゃならないわね。」
ザムアが右の首筋を指さして、私達に示す。そこには、小さな穴が開いており、そこから血が抜かれたのだと理解できる。
「直接的な原因はこれよ。私の血を抜いたの。おかげで、眠るように逝けたわ。」
「どうしてそんな事を?」
当然の疑問を口にするファントムロード。自分の血を抜いて死ぬって、確かに奇妙だものね。その疑問に、ザムアが答える。
「丁度その時期に、1つの病気が流行ってね。ダークブラッドって聞いたことあるかしら?」
「あぁ、今では薬もある病気だな。だが、その薬が出来てまだ100年もたってないが、まさか?」
ファントムロードが驚いた表情を見せてザムアを見る。それに、ザムアは頷いて答える。
「そう、私の時代では不治の病だったわけ。それに私が罹っちゃったから、色々と問題があったのよ。」
「なるほど、一国の主が病に倒れた・・・その情報が知れ渡ると、間違いなく他の国に狙われるな。」
ファントムロードの言葉に、ザムアはゆっくりと頷いた。そして、ザムアは言葉を続けた。
「でも、不治の病、下手に治療に動くと、その動きでばれちゃうからね。私は、1つの決断をしたの。」
「決断?」
「病気を治すのではなく、治療を必要としない体になればいいと言う事。」
「それが、アンデッド化と言う事か。」
ファントムロードの答えに、ザムアが頷いた。
「それでも、私の考えには少し誤算があったのよ。」
「誤算?」
「自我を取り戻すまでのタイムラグよ。まさか、あそこまで時間がかかってしまうなんてね。」
大きくため息をつくザムア。その様子から、相当の誤算だったようだ。
「どれくらい時間がかかったんだ?」
「目が覚めた時には、魔族と言う概念が殆ど無くなってて、国は1つも残ってなかったわ。」
「それは・・・随分と寝坊したな。」
「えぇ、ほんとに。」
苦笑いを隠せないザムアに、疑問が残るファントムロードが再び問いかける。
「しかし、ザムアの死因と、国が滅びた理由が繋がらないんだが?」
「ここからは、私もこの本で知ったんだけどね。」
ザムアが私に道具袋の中を探るように手で指示する。私は、ザムアの道具袋から、手のひらよりも小さい古い本を取り出した。
「これは、私の国が滅びるまでの歴史が書かれてる。これ以外の歴史書を色々と読んだけど、どの学者の推察とも大きく異なってると思うわ。」
「見せてもらっていいか?」
「ええ、構わないわ。」
私は、ファントムロードの前にその本を差し出す。本は浮かび上がり、ファントムロードの前でパラパラとページがめくられていく。
「・・・確かに、この解釈の歴史は、聞いた事が無いな。」
「ええ、ほとんどの歴史書は、圧政を敷く私に国民が反乱を起こし、他の国の兄弟を呼び込んだとされてるわ。でも、そこに書かれている事が事実よ。」
ザムアが、少し寂しそうにファントムロードに話す。
ザムアが渡した歴史では、国民の反乱は起きていない。起きたのは、ザムアの状態を察知した他国が、内部に工作員を忍び込ませたクーデターだった。
そして、ザムアの国は完全に乗っ取られ、ザムアが処刑された。その処刑方法は、国民の手でザムアをバラバラにするという残忍な方法だった。
逆らった人達は、その方法で自身が処刑された。しかし、驚くことに国民の殆どが自らの体をバラバラにされることを選んだ言う事だ。
「ザムア、お前は、国民に愛されていたんだな。」
ザムアの歴史書を、読み切ったファントムロードは、目を指で拭いながら、ザムアを見つめる。
「しかし、この本には少し気になる所もある。この本を作った人間は、処刑から逃れるために、ザムアの体を少しだけ傷つけて、自ら命を絶ったとあるが、なら、これはどうやって作ったんだ?」
ファントムロードは根本的な疑問をザムアに投げかける。ザムアは、その質問が当然来ると予想していたのか、笑顔を見せて答える。
「私と同じ姿になったのよ。」
「アンデッドになったのか?」
「えぇ、彼だけじゃない。私の国に元から居た国民の殆どが、アンデッドになったわ。」
ザムアが軽く話すが、その事実はファントムロードを驚愕させる。
「アンデッドの一大国家になったと言う事か・・・。」
「でも、やっぱり目覚めまでが問題でね。目覚めた者も居れば、まだ目覚めていない者もいる。そもそも、ここのゾンビやスケルトンと同じように、既に浄化されたり、目覚める前にバラバラになって復元困難になってる者もいる。」
「アンデッド化に失敗した者も、当然いると言う事だな。」
ザムアがゆっくり頷いて、ファントムロードに答える。
「そうよ。だから、もう国なんてないって事。だから、私はただのゾンビ、ザムアよ。」
自信満々にザムアが宣言する。うん、その方が私にとっては付き合いやすいわ。
私は、ザムアの側に座り、頭を撫でる。
「もう、ハール。」
恥ずかしがるザムアを見ると、もう少し撫でていたくなる。動けないザムアは中々チャンスが無いから、これを機に存分に撫でておこう。
そんな、2人のじゃれあいを見ていたファントムロードが、首をかしげる。
「ところで、ハール、お前は一体何者なんだ?」
突然私の名前を呼ばれて、私はファントムロードを見つめて自分を指さす。
ファントムロードが、ゆっくりと首を縦に振って答えた。
私・・・かぁ。教えてあげたいけど、話せないから、どうしましょうかね。
「そう言えば、ハールは私をずっと守ってくれてたんだっけ。」
ザムアにそう言われて、私は首を縦に振る。
そして、私は少し昔を思い出す。確かに、目覚める前のザムアを見つけた時には、何故かザムアを守らないとって思っちゃったわね。
それにしても、どうしてそう思っちゃったのかしら・・・。
考え事をしている表情を見て、ザムアが心配そうに私の顔を見つめる。そんなに深刻な表情してたかしら?
「ハールの過去、私も知らないのよね。過去に繋がる物が、1つも残ってないそうだから。」
ザムアが残念そうに、ファントムロードに説明する。でも、ザムアは1つ認識違いをしてるわね。
私は死ぬ前の記憶と、スケルトンになって自我を取り戻した後の記憶は持っているのよ。ただ単純に、言葉として伝えられないだけ。
そんな私の気持ちをよそに、ザムアとファントムロードは私の過去について考察を続けている。
私がザムアの国の国民だったとか、ザムアの親族だったとか、色々と言ってるけど・・・私は昔から冒険者だったのよね。
それに、魔族の国が滅びた後に私は生まれてるし、ザムアの事は全く知らなかったのよね。
「ハールが話せればねぇ。」
ザムアが私を見ながら、肩をすくめる。
「ファントムロード、何とかならないかしら?」
「私の言葉は、魔力を介して話している。よって、魔力を持たないハールはこの言葉は使えない。」
「あれ?ミストソーマは、魔力を使わないの?」
ザムアが私を指さして尋ねる。
「ミストソーマは、ソウルジュエルに取り込ませると効果を発揮するもので、魔力とは関係ないものだ。」
「そうなのね。仕方ない。ハールの過去は、また今度と言う事でいいかしら?」
「そうだな。楽しみにしておこう。時間だけは有り余るからな。」
ファントムロードが笑いながら答える。それにつられて、私達も笑う。
「さて、そろそろ戻らなければな。復元が終わったら、また来てくれないか?」
「ええ、そうさせてもらうわ。」
ザムアの言葉に、私も頷いた。それを見届けたファントムロードは、ネクロコリスに戻っていく。
そして、気が付けば、周囲がすでに暗くなり始めている。結構長い間話し込んでいたのね。
私とザムアは、2日目の夜を迎える。ザムアにかけた布も、随分膨らみを増していて、復元が順調に終わったことを示していた。
「明日の朝ぐらいには、動けるようになるかしら。ハール、護衛ありがとうね。」
ザムアが私に微笑みかける。私は、それを見て頷いて笑顔を返した。
「それにしても、一番身近に一番の謎があるなんてね。」
しみじみとザムアが呟く。私は、思わず苦笑いを返す。
「ねぇ、今度自伝を書いてみない?アンデッドの自伝って、きっとみんな興味あると思うわよ?」
そうかしら・・・?でも、過去の歴史を知りたい場合は、歴史書より便利かもしれないわね。
ただ、その人の主観になっちゃうから、参考程度って事になるかしら?
「とにかく、今度書いてみたらどう?」
そうね、いい暇つぶしになるかもしれない。少し挑戦してみようかな。
決心した私は、ザムアに笑顔で頷いて答える。
「これで、ハールの過去も分かるわね。楽しみだわ。」
ザムアがとても嬉しそうに話す。よっぽど、私の事を知りたかったのね。
その後、私達は夜が明けるまでのんびりとした時間を過ごした。
一方、ザムア達が逃がしたアナスタシス教団の侵略者は、命からがら教団の支配領域までたどり着いていた。
アナスタシス教団の支配領域は、広い草原にしっかりと舗装された広い道があり、その先には山頂に白い雪をたたえた山、そしてその麓に大きな塔が数本建っている。
その塔こそが、アナスタシス教団の本部である。
アナスタシス教団の支配領域の目印として、境界には教団騎士団が砦を作り、内部に入る人間を全てチェックしている。
男は息を荒げながら、砦の前で入国チェックを行う列の横を進み、そのまま兵士詰め所で大声で人を呼び出す。
「ネクロコリス開放部隊の隊長ムーカーだ。」
ムーカーと名乗る男は、鎧の中をまさぐり、階級章を取り出して兵士に見せる。
「確かに、ムーカー様、よくぞお戻りになられました。」
「うむ。」
そう言いながら、ムーカーは兵士に1つの扉を指さす。
「司祭様に至急会いたい、転送機を使わせてもらうぞ。」
「そうですか、どうぞお使いください。」
兵士が一枚の紙をムーカーに手渡す。それを受け取ったムーカーはすぐさま扉に向かい、扉を開ける。
扉の中は、魔法陣が描かれており、その中心には消えたロウソクが立っている燭台が立てられている。
ムーカーは扉を閉めた後、その燭台に近づき、ロウソクに火を灯し、手に持った紙に火をつけた。
すると、魔法陣が輝き始め、ムーカーの姿がロウソクの火と共に消え去った。
次の瞬間、ムーカーは見晴らしのいい高台に立っていた。そこは、アナスタシス教団の塔の頂上だった。
「早く行かなければ・・・。」
ムーカーはその足で司祭の居る礼拝堂へ向かった。
礼拝堂の前には、銀色の甲冑を身に着けた親衛隊が扉を守護している。
「ネクロコリス開放部隊のムーカーだ、司祭様にご報告がある。通してくれ。」
親衛隊は、ムーカーの申し出に無言で頷き、扉を開けた。
礼拝堂の中では、司祭が中央の椅子に座り、その周りを薄着の女性が囲むように立っている。
ムーカーは司祭に近づき、膝をついた。
「司祭様、ネクロコリス開放部隊、ムーカーであります。」
司祭は、ムーカーを一瞥して、右手を少し上げ、小さく横に振る。
すると、女性たちは一斉に部屋を後にし、礼拝堂は司祭とムーカーの2人きりとなった。
「報告を聞きましょう。」
「はっ・・・。部隊は、偶然居合わせた冒険者により壊滅しました。」
「そうですか・・・。残念です。しかし、貴方はよく無事に戻りました。何か理由がありそうですね。」
「ははっ!ネクロコリスの代表から、親書を渡す為に帰されました。」
「親書、ですか。」
司祭が親書を受け取り、中の手紙に目を通す。
「なるほど・・・。そう言う事ですか。」
手紙を脇にある机に置き、ムーカーを見直す。
「ネクロコリスに、ちゃんとポータルは設置しましたか?」
「はい、部隊の鎧にポータル素子を組み込んでおり、正常に稼働しております。」
ムーカーの報告に、小さく頷く司祭。
「ご苦労様でした。ゆっくり休みなさい。」
「はっ!!」
そう言って、ムーカーは礼拝堂を後にする。それを確認して、司祭は小さく呟く。
「居ますか?」
「ここに・・・。」
司祭の目の前に、フードを深々と被った、全身白いローブの男が現れる。
「残念ですが、ムーカーは汚されてしまいました。浄化してあげなさい。」
「分かりました。」
そう言って、ローブの男は一瞬で姿を消した。
数分後、ローブの男は、ムーカーの心臓を杯にいれて、礼拝堂に戻って来た。
「祝福をお願いします。」
司祭は、礼拝堂奥にある女神像の下に置いてあるビンを手にする。そして、その杯にビンのふたを開け、中身を流し込む。
すると、心臓は泡を吹き始め、白い煙が上がった。
「これで、ムーカーは救われるでしょう。ご苦労様でした。」
その言葉を受けて、ローブの男は杯ごと司祭の前から姿を消した。
「早急に、あの地を手に入れなければなりませんね。」
司祭は、そう言いながら、女神像に祈りを捧げる。そして、司祭服の中にあるベルを取り出し、チリンと鳴らす。
「お呼びですか?」
その音を聞いた親衛隊が、礼拝堂に一礼して入って来る。
「ネクロコリス開放部隊を、早急に編制してください。規模は前回の3倍、浄化兵器の使用を許可します。」
「はっ!!」
司祭から命令を受けた親衛隊は、敬礼をしたのち、急いで礼拝堂を出る。
「あの地は、我らの繁栄に必要なものですからね。」
地図を見ながら、司祭は呟いた。
「そのために、わざわざ導いたのですから。」