私達特有の危険な事情
私達は、街の外に足を踏み出す。とは言っても、この辺りはまだまだ道もあるし、危ない場所は・・・まああるけど、近づかない限りは安全ね。
で、目的地はと言うと、街を出る前にザムアが言っていた通り、この道をまっすぐ行った先にある山を2つほど超えた麓にある。
「さて、シャウ。今日はどれくらい行けそう?」
大雑把に今日の目的地をシャウに尋ねる。これは、私たちがパーティーを組んだ時に必ず聞くの。もちろん、生きてる人にね。
「そうだな、あの山の山頂までは今日中に行きたいな。」
「分かったわ。それじゃあ、今日はそこがキャンプ地ね。」
今日の休憩場所が決まったようだ。私とザムアの2人だったら、休憩なんていらないから、片道3日の旅も1日ちょっとで終わっちゃうのよね。
それに、私達には休憩を取るべき時間がわからないから、その辺りは全部シャウに任せてる。シャウもそれが判ってるから、自分の意見をはっきり言ってくれて助かってるのよね。
「適度に声をかけるよ。その時には休ませてくれ。」
「了解したわ。」
シャウの提案に、私とザムアは頷いて答える。
それから、私たちは適宜休憩をはさみながら一つ目の山の頂上を目指す。
山に続く街道は、きっちりと整備されてはいないが、人が通る道ははっきりと見える。
冒険者にとって、このくらいの道は全く問題にならない。だって、それ以上の問題がこの道にはあるのですから。
その問題は何かって?うん、もうすでに目の前に居る・・・。
「物騒なものは出さないでもらえるかな?」
ザムアが、目の前で道を塞いでいる冒険者たちに話しかけている。人間だけの6人パーティーだが、こちらに武器を向けていて、一触即発と言ったところだ。
「別に、あなた達に用事はないから、通してもらえるかしら?」
モンスターと言うだけで、人間から命を狙われるのは慣れたものだけど、面倒な事には変わりないわ。
それにしても、このパーティー、武器を構えてる人たちは全員震えてるけど、何かに怯えてるのかしら?
「あー、すまない。俺は人狼族のシャウ。お前たちから見たらモンスターと呼ばれる種族だが、今お前たちと敵対するつもりはない。武器を収めてくれないか?」
シャウが両手を広げて、敵対心が無いことを示す。その行動に、冒険者の1人が武器を下ろした。
その行動を見て、シャウが頷く。しかし、他の冒険者は武器を下ろす気配はなかった。
そして、武器を下ろした冒険者が突然右手を前に突き出す。攻撃魔法を放つ予備動作だ。
それを見た私たちは、その手の射線上から逃げる。こういう攻撃は、基本的に手のひら、もしくは指先が向いている方向に攻撃が放たれる。
「ちょっと待った!」
今にも魔法が放たれようとした時に、冒険者の後ろから突然声が聞こえてきた。その場にいた全員が一斉にその声の方向を向いた。
「こんな所でそんな大魔法は使っちゃだめですよ、旦那。」
緑色のケープを羽織り、革の鎧を身に着けた銀髪の人間の男が私たちの間に入り込む。
「いやいや、ここは私たちの縄張りでね。戦闘なんて厄介ごとはやめてもらいたいんですよ。」
飄々と話す男が、まずは冒険者たちに向かって話す。その言葉に納得がいったのか、冒険者たちは武器を片付け、戦闘態勢を解いた。
その時に、男が何かを受け取っていたようだが、それが何なのかは私にはわからなかった。まぁ、予想は付くけどね。
「ありがとう、無駄な戦いにならなくて済んだ。」
シャウも、その男に礼を言う。するとその男がこちらに寄ってきた。
「いえいえ、このまま戦いになったら、この冒険者さん達は全滅ですからね。街道の片付けは面倒なんですよ。」
「・・・シーフギルドの方ですか?」
ザムアがそう言葉を発すると、男はにやりと笑って頷いた。
「そうです。この街道を管理してます。という訳で、二組とも、安心して通り過ぎてくださいね。」
男が見つめる中、私達と冒険者は何事もなかったかのように通り過ぎる。そして、それぞれが別の目的地に向かおうとした時、先ほどのシーフギルドの男が私たちの前に立ちふさがった。
「そうそう、さっきの冒険者さん達なんですが、あなた方の言葉が判らなかったそうです。という訳で。」
男がすっと私たちに手のひらを向ける。そう言う事かと、シャウは苦笑いしながら金貨を1枚手渡した。
「まいどあり。ところで、この先の保険はいかがです?金貨1枚にしておきますよ。」
金貨1枚の仲裁料を受け取った男が、こちらに提案してくる。しかし、シャウは首を横に振る。
「あいにく、戦力と保険は間に合ってるよ。それに、あの山の山頂より先は範囲外だろ?」
シャウの言葉を聞いた男は、全てを理解したようで、一言、気を付けての言葉をかけて去っていった。
こういう事が、私たちの冒険では後を絶たないのが問題なのよね。
それから、何度か冒険者たちとすれ違う事があったけど、全てモンスターとの混成パーティーだったため、急に襲われることはなかった。
そして、今日の目的地である山頂に到着した頃には、空に月と星が見え始めていた。
「ここで今日はキャンプだな。」
シャウはそう言いながら、キャンプ予定地の周囲を見渡す。目に入る所には、何もいないようだ。
「今のところ、ここは安全そうだな。」
「なら、準備しなきゃね。」
そう言って、ザムアがまず周囲の草を抜き、そこに周囲に落ちている手ごろな石を地面に円形に置き、焚き火用のかまどを作る。
「これでいいでしょ?」
ザムアに問われたシャウが、首を縦に振る。
「ああ、すっかり慣れたもんだな。」
「おかげさまでね。後は任せるわ。」
ザムアにバトンを渡されたシャウが、即席のかまどに周囲に落ちている枯れ枝を置き、小さい火の魔法石をいくつか放り込んだ。
すぐに魔法石が発動し、煙が上がっていく。そして、赤い炎が枯れ枝を覆いつくした。
「何とか、夕暮れ前に終わったわね。」
焚火を中心にして、私たちは腰を下ろす。私とザムアは空を見上げて、昨日ぶりの星を見つめる。
シャウは道具袋から携帯食料を取り出し、口に運んでいた。
「お前たちは、食べなくても平気だったな。」
「そうね、気にせず食べて頂戴。」
「そうさせてもらうよ。」
空を見ているザムアは、一瞬シャウの方を向き、シャウの気遣いに答え、シャウはザムアに礼を言った。
「さて、今後の事だけど、まずは今後のキャンプの事ね。」
「うん?どうする予定なんだ?」
シャウがザムアに確認する。自分もこの先の予定は確認しておきたい。
「まず、明日のキャンプ地だけど、次の山頂にするわね。」
ザムアが2つ目の山頂を指さす。そこは、ここよりは低い場所にあるが、こことは違う雰囲気がする。
「あそこか・・・かなり深い森だな。」
「まあ、人の行き来も少ないし、そもそも、シーフギルドの管轄外だしね。」
「なるほどな。」
ザムアの言葉に、シャウが頷いて言葉を発する。
シーフギルドは、誰も管理出来ていない街道を自主的に管理している。
その管轄内では、色々なトラブルを解決し、冒険者達からその管理費を半強制的に徴収している。
さっきの冒険者の仲裁に支払った金貨もそうだ。他にも、街道の護衛なども収入源らしい。でも、私たちは護衛は使った事ないわね。
そして、そんなシーフギルドが管理できない場所・・・それは、すなわち無法地帯と言う事ね。
「少し、気を張っていかないといけないな。」
シャウは、食べ終わった食料の包み紙を焚火にくべる。そして、少し背筋を伸ばして夜に備える。
「そうね。でも、夜は安心していいわよ。」
ザムアの言葉に、私も頷いた。理由は簡単ね。
「どういうことだ?」
やる気だったシャウが、ザムアに尋ねる。
「シャウが見張りをする必要は無いって事。見張りは私たちに任せて。」
「あぁ、そういう訳か。なら、その言葉に甘えさせてもらうよ。」
シャウがこちらに笑顔を向ける。意味が解ってくれて何よりね。
「こういう時に、アンデッドと言う種族が仲間で良かったと思うよ。」
「あなたも仲間になればいいのに。人狼族のアンデッドって、レアよ?」
「レア集めに興味はないからな、遠慮しとくよ。」
そういって、シャウはちょうどいい高さの石を枕に寝転がる。
「何かあったら起こしてあげるわ。安心して。」
「頼むよ。」
シャウは、そう言い残して夢の中へ旅立つ。私達にはもう旅立てない世界に行けるって良いわよね。
私は、そう思いながらシャウの寝顔を眺めていた。それに気づいたザムアが、私の隣にやって来る。
「どうしたの?シャウの寝顔、珍しい?」
ザムアの質問に、私は少し顔をあげて、ゆっくりと首をかしげる。他人の寝顔は、確かに珍しいけど、私が今感じている感情は、それとは違っていた。
「そっか、違うかぁ。長い事一緒に居るけど、あなたの心はまだまだ分からないことが多いわね。」
寂しそうな顔を見せるザムアの頭に、私はそっと手を乗せる。心なんて分かる必要は無いのよね。でも、分かりたいという気持ちも理解できる。
ザムアの頭から手を下ろした私は、空を見上げて星空を眺める。昨日と同じ星たちが私たちの時間を奪っていった。
それから、私たちは焚火の火を適度に保ちながら、夜が明けるのをのんびりと待っていた。うん、今夜も平和ね。
夜の闇が陽の光にかき消されていく。今日も、夜が無事に明けたようだ。
その光が、シャウの顔に当たる。それに気づいたのか、シャウの眉間にしわが寄り、ゆっくりと瞼を開けた。
その様子を、何となく眺めている私とザムア。少し寝ぼけているのか、一瞬状況が判断できず、呆けた顔をしている。
「おはよう、シャウ。」
そんなシャウに声をかけるザムア。そこで今の状況を把握したシャウは、思わず苦笑いしていた。
「ずっと見ていたのか?」
「どうかしらね。」
含みを持たせながらザムアが答える。その二人のやり取りがとても面白かった私は、思わず後ろを振り向いていた。
こういう時、私のこの表情は得よね。笑ってても気付かれないし。
「まあいい。ゆっくりと寝れた事だしな。おはよう。」
そう言って、シャウが向くりと起き上がる。
「さて、私たちはいつでも行けるけど、あなたはどう?」
「食事だけはしておきたい。なに、すぐ終わるよ。」
そう言って、シャウが自分の側に置いてあった袋を探り、その中から干し肉を取り出す。
「そう言えば、食料ってどれくらい持ってきたの?」
「食料か、干し肉ばかりだが、6日分はあるな。」
その言葉を聞いて、私は少し首をかしげる。あの持ち運びが出来る程度の小さな袋に、シャウの食料6日分が入っているとは考えづらい。
「これ、中に次元球が入ってるの?」
「ああ、2つ持ってるからな。水と食料はこの中に全部入ってるよ。便利なものだよな。」
「シャウって、意外と稼いでるのね。次元球ってかなりの高級品なんだけど。」
驚いた表情を見せるザムアに、不思議そうな顔を見せるシャウ。
「何言ってるんだ?お前達ならすぐ買えるだろ。」
「私たちの場合は、購入権利を得る事が難しいわよ。」
次元球の購入権利って、ギルドの依頼を多数こなして、信頼を得る事なんだけど、私達ってあまりギルドの依頼は受けないからね。
「お前達なら、購入権利はすぐに手に入ると思うんだがな。」
不思議そうな顔をするシャウに、ザムアが答える。
「アンデッドの場合はね、審査が厳しいのよ。ほら、私達、色々と狙われるでしょ。」
ザムアの言ってることに、私はちょっと肩を落とす。いつからか、アンデッドは中級冒険者の絶好の獲物って認識になっててね・・・。
「そうか、俺も少し世話になった覚えがある。」
「そんなアンデッドが、ギルドの貴重品を持ってたらそれこそ一大アンデッド狩りブームが起きちゃうわよ。」
そう言って、ザムアは笑い飛ばす。まあ、食料と水と言う生命維持に必要な物が一切いらない私達には、次元球は不要なものだからね。
そんな会話をしている間に、シャウは食事をすませて、出発の準備が出来たようだ。
「待たせたな。行こうか。」
シャウの言葉に、私たちは頷く。今日は危険なエリアを進まなければならない。警戒もする分、昨日よりも時間がかかるのは確実ね。
そうして、私たちは次の山の頂上を目指して歩き始めた。
それから、次の山頂までの道で、私たちは何度か野生動物に襲われたが、シャウの爪と私の剣がそれらをすべて追い払った。
「手ごたえはないわよね。」
ザムアが退屈そうに私達に言葉を投げかける。その気持ちは分かるけど、ザムアの攻撃は強いけど遅いからね。
「主役の出番は最後まで取っておくものだろ?」
「え?ま、まぁね。」
シャウの適当なフォローが入り、ザムアの表情も緩む。うん、このゾンビ、扱いやすい。
「さぁ、先を急ごう、まだまだ目的地まで遠いからな。」
「そうね。丁度半分ぐらいかしら?」
今まで、下り道だったところだったが、この辺りからは登りになっている。
「危険地帯には変わりないからな。さっさと進んでしまおう。」
「キャンプ地も危険だけどね。」
ザムアの言葉に、シャウが思わず笑う。私も面白くて笑いたかったけど、それをやると2人が驚くからやめておいた。
それから数時間山を登り続け、今日の目的地である山頂にたどり着いた私たちは、そこからネクロピースのある目的地を見下ろす。
「ここからの眺めは、いつ見てもいいものね。」
私たちの視線の先には、青い海が広がっていた。そして、海岸線沿いには、少し異質な丘が周囲の木々に覆われている場所がある。
一般的にはネクロコリスと呼ばれる呪われた場所。そこが、私たちの目的地。
「景色はきれいでも、死と隣り合わせと言うのは、何とも言えない感じがするな。」
「生きてる人には、怖いわよね、この場所。」
私とザムアは、しばらくその光景を見つめている。その間に、シャウがいそいそとキャンプの準備を始めていた。
「2人とも、今日も俺は休んでていいのか?」
危険地帯の真っ只中と言う事で、少し悪い気がしているのだろうか、シャウが私達に尋ねてくる。
「もちろんよ。私たちの仕事を取らないで。」
ザムアがそう答え、私は大きく首を縦に振る。
「ならいいんだが・・・。」
「心配しないでも、今日は面倒事があるわよ。多分。」
ザムアがにやりと笑いかける。こんな事を言うと、間違いなく何かが起こるのがザムアの嫌な予言ね。
「まあ、何かあったら起こしてくれ。」
そう言って、シャウは昨晩と同じように手ごろな石を枕に確保する。
そして、その石の上に腰かけたシャウが、道具袋から干し肉を少し取り出してかじっている。
こうして、食事風景だけを見ていると、ゾンビも生きた人間も大して変わらないと私は思った。
「さて、それじゃあお休み。」
食事の終わったシャウが、私達に挨拶をして、そのまま石を枕に休息を取り始める。
私はそれを見た後、少し立ち上がり、すっかり闇に落ちたネクロコリスを眺めに向かった。
ネクロコリスも、その周囲の森も、夜の闇に包まれて、異様な雰囲気を醸し出していた。
その先にある海も、闇に落ちて何とも言えない恐怖を感じる。
ただ、空にはその闇をほんのわずかに照らす程度に、月と星がネクロコリスの輪郭を浮かび上がらせる。
そして、その光を懸命に増幅させようと、闇に落ちた海がいびつな月と星を映し出していた。
そんな風景を見ながら、私はふと疑問が頭をよぎる。私はもう死んでるから、恐怖なんて感じないと思ってたんだけど、この不安な感じ、やっぱり怖いって感じよね。
やっぱり、自然の恐怖は感じるのかな。アンデッドも、自然の一部と言う事かしらね。
私は、そう思いながらネクロコリスを眺める。そんな奇妙なスケルトンを見ている何かの視線を、私は感じていた。
その視線の元を確認する。こちらを見ているのは2体、人かモンスターか動物か、そこまでは判断できない。
それでも、この視線は、私の何かを狙ってるようね。
私は、視線を受けながらザムア達の場所に戻る。そんなに離れてないからか、ザムアもその視線に気付いていたみたい。
「ハール。」
静かに呼びかけるザムア。それに答えるように、ゆっくりとシャウに近づき、体をゆする。
シャウはすぐに目を開き、寝転んだ状態で匂いを頼りに周囲の状況を確認する。
「人間・・・4人か。」
ゆっくりと起き上がるシャウ。そして、視線の方をじっと見つめる。
「どうする?」
ザムアがシャウに小声で問いかける。
「少し、様子を見よう。多分、向こうからは仕掛けてこない。」
「そうなの?」
少し驚いた声で答えるザムア。それに対して、シャウが頷きを返す。
「襲ってくるなら、仲間が合流する前にするだろ。」
シャウの簡潔な答えに、私たちは素直に納得する。そうよね、最初に私が視線に気付いた時には、向こうはこちらを補足していたわけだし・・・。
「俺なら、一番美味しいタイミングで狙うな。」
「美味しいタイミング?」
「目標を達成して、めぼしいお宝を手に入れた直後だな。」
シャウの言う事は確かにそうなのだが、そのタイミングをどうやって見測るのだろう?私は、少し首をかしげてシャウに疑問を伝えた。
「そう言うのを見抜くのが得意な奴が、こういう時には大体居るんだよ。」
シャウは、少し首を動かして視線を暗がりに向ける。どうやら、そこに居るのだろう。でも、何でこんなに詳しいのかしら・・・?
「やけに詳しいわね、シャウ。」
ザムアも同じことを考えていたようで、少し低いトーンでシャウに尋ねる。
「まぁ、仕事柄、同じような事をするからな。俺の仕事、覚えてるだろ。」
「そう言えば、シーフだったわね。」
ザムアの言葉に、頷いて答える。なるほど、同業者ならやる事も分かって当然よね。
「さて・・・問題は相手がどう動くかだ。」
「何か、手はあるの?」
同業者ならではの作戦があると信じて、ザムアはシャウに問いかける。
「そうだな、今の有利な状況を利用させてもらおう。」
「有利?」
「ザムア、このまま俺はまた寝転ぶ。そうしたら、動かずに火が消えるまで何もしないでくれ。」
「・・・分かったわ。」
何がどう有利なのか、その説明がないが、ザムアはシャウの作戦に頼ってみる事にしたようだ。
「ハールは、ザムアの側に立っていてくれ。そうすれば、火が消えたあたりで相手から何か仕掛けてくる。」
私も、シャウの提案を頷いて受ける。この作戦の真意は、終わってから尋ねましょうか。
「それじゃ、作戦開始だ。」
そう言って、シャウが再び石を枕に寝転がった。
それから数十分後、焚火の勢いがなくなっていき、周囲を暗闇が支配し始める。
そして、火が完全に消えた時、確かな足音と共に、こちらに強烈な殺気が向けられた。
その直後だ、ザムアの背中に一本の剣が突き刺さる!その刃は小柄なザムアを貫き、その剣先が腹部からのびる。
ザムアがその剣先を見て、シャウの作戦と自分の役割を一瞬で把握した。
「・・・・あ。」
そう言って、ザムアは消えた焚火に倒れこむ。私も、それと同時に地面に倒れこんだ。
「やっぱり、こいつがネクロマンサーか。」
うつ伏せに倒れているザムアの側に、2人の男が近づく。その後ろからも、仲間と思われる男が2人、シャウの寝ている場所へ近づいてきた。
「それじゃあ、ここで寝てるこいつは・・・?」
しかし、シャウの側に近づいた彼らは、そこで異変に気付いたようだ。
「おい!ここに居た奴が消えたぞ!!」
シャウが寝ていた場所には、既に人影は消えていた。シャウは、焚火が消えた瞬間、その場から隠れたのだ。
「探せ!・・・いや!!逃げろ!!!」
男の声が周囲に非常事態を伝えるが、その言葉は無駄に終わる。なぜなら、既にそこに立っているのはその男だけだったからだ。
そして、次の瞬間、男の喉に強い衝撃が走る。その衝撃の意味を男が理解することはなかった。
「ありがとう、ザムア、ハール。終わったよ。」
シャウの言葉を聞いて、ザムアがむくりと起き上がる。私も、体を起こしてザムアに刺さった剣をゆっくりと引き抜いた。
「さて、色々と分かってたけど、改めて伺いましょうか。」
そう言いながら、ザムアが焚火に再び火をつける。周囲がその炎で照らされると同時に、男の死体が4体周囲に転がっている事が判明した。
全員、喉から首を割かれている。声を出すことも出来なかっただろう。死体の周りには、おびただしい量の血が溜まり続けていた。
そして、その死体の側には、両手を鮮血で染め上げたシャウの姿があった。
「出来れば、先にここから離れておきたいんだが。」
「離れる?あぁ、この辺りは確かに肉食動物が多いわね。いいわ。移動しましょ。」
2人の間で、話がまとまったようで移動の準備を始めている。
私は、ザムアに刺さった剣を適当に放り投げて、ついでに死体の持っている道具を適当に拾い上げる。
「ハール、何かめぼしいものでもあったの?」
4つの道具袋から、傷薬を取り出す。目ぼしい物は装備品とお金になりそうだけど、装備品の価値って難しいのよね。
そう思いながら、私は自分に使えそうな剣を一振り手に取った。
「まあ、それぐらいよね。私はこれでいいわ。」
ザムアは道具袋から金貨を抜き取り、シャウに手渡した。
「金貨5枚か・・・。この辺りではあまり稼げてなかったみたいだな。」
その金貨を自分の道具袋に入れる。
「じゃあ、安全な場所まで行きましょう。そこで、ここまで上手く行った理由を教えてもらうわよ。」
私たちは、ザムアのその言葉の後、襲われた場所から少し離れた場所へキャンプを移した。
そこは、さっきまでの場所よりは少し狭い感じがしたけど、脅威になりそうなものは無いようだった。
そこで、ザムアは再び焚火の準備をして、そこに火を入れた。
「ここなら、大丈夫でしょ。さて、乙女の柔肌を犠牲にした作戦が一体どういったものだったか、教えてもらいましょうか。」
乙女の柔肌と言う点に、私とシャウは引っかかりを感じていたが、シャウは口に出さない。多分、言ってる本人が一番恥ずかしいだろうし。
「そうだな、まずは最初に言った、こちらが有利だった点について説明しとくか。」
「それが、作戦の肝みたいよね。一体何が有利だったの?」
ザムアが焚火の側にゆっくり腰を下ろす。私もザムアの隣に座り、シャウの話を聞く体制に入った。
「有利だった点は、こちらのメンバー構成が相手にわからなかった事と、ハールの正体がばれていた事だな。」
私の正体がばれていた事と、構成が判らないという微妙に矛盾している事を理由に挙げるシャウに、私たちは首をかしげる。
「それが、どうして有利なの?」
「相手の構成が判らないと言う事は、最優先で狙わないとダメな奴が判らないと言う事だ。俺なら、真っ先に魔導士を狙う。」
そう言って、シャウはザムアを指さす。指を向けられたザムアは何となく納得した表情を浮かべる。
「あぁ、魔法使いって一撃必殺だからね。一気に状況をひっくり返せちゃうし。」
「相手も、同じ考えだった。そのおかげで、俺の存在は敵の関心の外に持って行けて、不意打ちが出来るようになったってわけだ。」
「でも、何で私が魔導士だって分かったのかしら?」
「そこで、ハールの正体がばれていた事が有利に働くんだ。俺は、ハールにザムアの側に立っていてくれって言ったよな。」
シャウの言葉に、私は頷いて答える。
「ハールがスケルトンだって判ってたから、その近くにハールを操る誰かが居ると考えるのが、まぁ普通だろうな。」
「で、最初から寝ていたシャウは魔法を使えないと、相手は考えたわけね。それで、火が消えた途端に、私に向かって襲い掛かって来たと。」
話が繋がったザムアが、シャウの言いたいことを先回りして口にする。その答えが合っていたようで、シャウは少し頷く。
「そんなところだな。後は、俺がさっさと始末すればいい。」
シャウの説明に、納得するザムア。しかし、ここまでは剣に刺された時に理解しているはず。私の中での一番の謎はそこじゃない。
その疑問をに気付いたのか、シャウが私に声をかける。
「ハールは、そこが疑問点じゃなさそうだな。となると、どうして襲ってきたかと言う事か?」
シャウの言葉に、私は大きく頷く。そもそも、戦わないという選択肢も取れたはずなのに、相手はこちらを襲ってきた。それがわからないのよね。
「まず、どうしてもこちらを襲わないとダメな理由だが、これは単純でな。俺達が相手に気付いたからだ。」
「え?気付かれても、攻撃してこなきゃ相手にしないだけじゃないの?」
その答えはザムアには意外だったようで、少し高い声でシャウに問いかける。
「気付かれたと言う事は、襲わないと逆に襲われる可能性があると言う事だろ。盗賊と言うのは、その辺りのリスクは背負うべきじゃないんだ。」
「それって、盗賊の基本行動?」
シャウがザムアの言葉に頷く。
「そうだな。基本だ。その行動に従ったから、こういう結末になったと言う事だな。」
「戦闘回避は、出来なかったのかしら?」
私も、ザムアと同じ考えだ。どう考えても、あの人達は私達とは戦うべきではなかった。
「そうだな、戦闘回避どころか、一方的にこっちを攻撃する事も出来たろうな。」
「どうやって?」
シャウの意外な答えに、ザムアが驚きの声を上げる。
「まだ焚火の火があるうちに、武器を構えて俺達の前に全員が出てくるんだ。」
「それって、私達も戦闘態勢取るわよね?余計な被害が出ない?」
私も、ザムアの疑問と同じね。敵対心を持って敵の前に立てば、即開戦じゃないの?
「いやいや、その後、自分達から武器をしまうんだ。そして『悪い、敵かと思った。』と、でも言っておけば、俺達はそれ以上の攻撃をしないだろ?」
「あぁ!」
ザムアが大きく手をたたく。その音が周囲に吸い込まれるが、それと同時に私たちの疑問も一気に吹き飛んだ。
「敵対する意思を見せない、コミュニケーションを取っていれば、戦闘なんていくらでも回避できるし、有利に持って行けるもんだ。」
「なるほどね。よくわかったわ。ありがと。」
「さて、説明も終わった所で、俺はまた寝るよ。任せていいんだろ?」
少しあくびをしながら、私達に確認を取るシャウ。私は首を縦に振って答える。けど、ザムアは少し刺されたお腹のあたりをさすりながらシャウに答えた。
「ええ、任せといて。と言いたいけど、私も少し傷を塞ぎたいから、ハール、お願いできる?」
そうよね。背中に大きな風穴があいた状態は少し気持ち悪いものね。
「そう言えば、お前たちの傷って治るのか?」
「治るわよ。治るというより、アンデッドになった直後の状態に戻すって事だけど。」
そう言いながら、ザムアは胸に右手当てて、握りこぶしを作る。
「あなたとも結構長い付き合いだしね。見せてあげる。」
ザムアが握ったこぶしをゆっくり開き、手のひらを見せる。そこには、小さなガラス玉のようなピンク色の宝石が収まっていた。
「これは・・・?」
「私のソウルジュエル。生きているもの全てに必ずある、命の炎をたたえた物よ。」
シャウが珍しそうにソウルジュエルを見つめる。ザムアの言う通り、宝石の中央で何かが揺らめいている。
「宝石の中で、炎が燃えているのか?」
「そうよ。この炎が消えない限り、私たちは生きていられる。逆に言えば、この炎が消えればどんな人でも死んじゃうわ。」
ザムアの説明を聞いて、シャウは首をかしげる。
「ちょっと待ってくれ、このソウルジュエル、燃えているよな?と言う事は、お前は生きていると言う事か?」
「肉体は死んでるけど、魂は生きているって言うのが正しいわね。アンデッドって、実は一度完全に消えたソウルジュエルの炎が、再び燃え始めたものの事を言うのよ。」
アンデッドの定義を教えられたシャウは、口を半開きにしてザムアの説明を聞いている。
「ほぉ・・・そんな事がもあるんだな。」
「自然界では結構あるみたいよ。意図的にする事もできるらしいし。」
ザムアがソウルジュエルを再び握りしめて、その手を地面に押し当てる。
「で、このソウルジュエルの力の1つが、炎をたたえた最初の状態に肉体を戻す事が出来るってものなのよ。」
押し当てた手から、ソウルジュエルから発せられた淡い光が漏れている。そして、その光ったソウルジュエルを再び自分の胸元へ運ぶ。
それからすぐに光が消えた所を見ると、ソウルジュエルはちゃんとザムアの中に戻ったようだ。
「後は、私もゆっくり横になって復元を待つのよ。この傷なら、明け方には治ってるわ。」
ザムアがそう言って地面に寝転がる。こういう時には、転んでゆっくりするのは生きてる人と同じね。
「・・・便利な体だな。」
シャウがザムアの一連の行動を見ての感想を述べる。うん、多分これ理解を超えてるわね。そんなシャウが、私に話を振ってきた。
「と言う事は、ハールもソウルジュエル持ってるのか?」
その問いかけに、私は自分を指さす。すると、シャウが頷いて答える。まあ、今更隠す事でもないし。シャウになら見せてあげてもいいかな。
そう思った私は、ザムアと同じように胸に手を当てる。そして、ソウルジュエルを取り出し、シャウに見せた。
「あれ、ザムアとはちょっと違うな。」
「そりゃそうよ、人がみんな違うのと同じように、一つとして同じソウルジュエルはないわよ。」
ザムアのピンク色の宝石に比べると、私の宝石は乳白色で、中の炎は穏やかに燃えている。
「ザムアの炎とは、燃え方が違うな。こっちはおしとやかそうに燃えてる感じがする。」
私のソウルジュエルをまじまじと見つめるシャウ。流石に少し恥ずかしい。
けど、炎の燃え方に目を付けるとは、やっぱり洞察力が高いわね。
「そうよ、炎の燃え方はその人の内面や性格、外殻となる宝石はその人の身体的特徴や行動なんかの癖を表してると言われてるわ。」
「なるほど、ザムアは判りやすい透明で炎は少し激しい感情的な感じで、ハールは優しい感じの乳白色に、穏やかな炎か。」
「何が言いたいのかしら?」
ザムアは、首をシャウの方に向けて、むっとした表情を見せる。その表情を見て、シャウがにこやかに答える。
「別に。見たまま感じたままの事だよ。」
そう言って、シャウも地面に寝っ転がる。ザムアは横になったままため息をついていた。
「目の付け所が鋭すぎよ、シャウ。そう言うのは、トラップを見つけたり、弱点を見つける時ぐらいにしてほしいわ。」
「そうだな。」
シャウは、笑いながらザムアに答え、大きなあくびの後、ゆっくりと夢の世界に入っていった。
その寝息を確認出来た所で、ザムアが空を見上げながら静かに私に話しかけてくる。
「ハール、あなたがソウルジュエルを見せるなんて、驚いたわ。」
私は、ソウルジュエルを再び自分の胸元へと運び、自分の中へソウルジュエルをしまい込んだ。
そして、ザムアの問いかけには。どうしてかしら?と言うジェスチャーを見せた。
「まあ、おしゃべりになるのは、久しぶりのパーティだからかしらね。」
すっきりとした笑顔を浮かべるザムア。そんなこと言っても、一番楽しそうに話してたのはザムアよね。
そう思いながら、ザムアの方を向く。ザムアは私の思っていたことに気付いたのか、一言、そうね。と言って、夜の星を眺め続けていた。
東から太陽がゆっくり上り、一波乱あった夜が終わりを告げ、周囲が再び光に包まれる。
「今日の星空も変わらず楽しかったわ。」
そう言いながら、ザムアがゆっくりと起き上がる。そして、服をたくし上げて傷を確認する。すっかり傷は消えており、それを見てうんうんと頷く。
「そろそろ、シャウを起こして。今日は目的地だしね。」
私は、シャウの体を揺り動かす。すると、シャウは少し体をこわばらせ、すぐに体を伸ばす。
「ふぁ・・・おはよう。」
「おはよう、よく眠れたみたいね。」
「あぁ、おかげさまでな。」
昨日と同じように、シャウが起きて準備を始め、そのまま作戦会議に入る。
「さて、今日は目的地だけど。シャウはどうする?」
「そうだな、影響のないところまでは一緒に行く事にするか。」
「分かったわ。じゃあ、探知機を捕まえておかないとね。」
ザムアが、そう言って周囲を見回す。そして、木の上に視線を向け、そこに指を向ける。
「バインド!」
ザムアが魔法を放つ。すると、木の上に居た何かが音を立てて地面に落ちてきた。
私が、それを拾い上げる。顔と足をばたつかせているそれは、手のひらに乗るぐらいの大きさの鳥だった。
「籠はないから、こうしましょ。」
そう言いながら、ザムアは捕まえた鳥の足に糸を結びつける。そして、その糸の反対側をシャウに手渡す。
「これでいいわね。」
バインドの効果が解けなくて、首をきょろきょろと動かしている鳥に、シャウは小さくちぎった干し肉を手のひらにのせて鳥の目の前に差し出す。
鳥は、その干し肉をおいしそうについばみ、小さく鳴き声を上げる。
「そうだな。でも、こいつを犠牲にしなくても、見極める方法はあるだろ。」
鳥の頭を撫でながら、シャウはザムアに話しかける。
「どうやるのかしら?」
ザムアがきょとんとした表情でシャウに聞き返す。
「どうせ、危ない所には、盗賊なんかも手つかずの死体が集まってるだろ。そんな死体が無ければそこはまだ安全と言う事だ。」
私は、シャウの答えに思わず手をたたく。なるほど、そう言う判別方法があったのね。
「そう言う考えもあるのね・・・。命を考えない癖、少し改めないとダメかしら。」
その答えを聞いたザムアも、私と同じ感想のようだ。やっぱり、命を気にしないと言う癖がしっかりついちゃってるわね、私達。
「まぁ、生きてるモノはなるべく死にたくはないもんだからな。死のすばらしさをお前たちがいくら知っていても、そこは相容れないもんだ。」
そう言って、シャウは鳥に結ばれた紐を解く。ザムアも、すぐにバインドを解除する。すると、鳥は私たちの側から勢いよく飛び去って行った。
「自分の身は、自分である程度守れるさ。気にしてくれてありがとうな。」
そう言われると、なんだか照れ臭い。私は下を向いてしまったし、ザムアは照れ笑いを見せている。
「そ、それじゃあ。行きましょう。太陽が真上に来る前に到着したいからね。」
照れ隠しに突然立ち上がり、声をあげて目的地を指さすザムア。私はその姿を見て手を口に当てていた。
「ハール!笑ってる場合じゃないわよ!」
声が出せないから、気付かれないと思ったけど、やっぱりわかっちゃうわよね。
ザムアの言葉を受けて、私とシャウは荷物を持って立ち上がり、目的地に向かって歩き始めた。