帰る場所があるという事
次の日の朝、私達はネクロコリスを後にするシーフギルドの使者を見送る。
そして、私達は再び大広間に集まった。
「お前たちに、幾度となく助けられたな。」
ファントムロードが、私達に労いの言葉をかける。
「いいのよ。アンデッドは、助け合うのが当然だからね。」
ザムアが私とシャウの肩に腕を回し、顔を並べる。
「俺は、アンデッドじゃないけどな。」
「もう似たようなもんじゃない。ここだと死なないんだし。」
シャウの方に顔を向けて、笑顔を見せるザムア。
「そうだな、お前たちの気持ちは少しわかった気がするな。」
そう言って、シャウはザムアの手を取り自分の肩から腕を外す。
「さて、これからはファントムロードが頑張る番よ。」
「その事なんだが、お前たちさえよければ、もうしばらくここに留まって手伝ってもらえないか?」
ファントムロードの頼みを聞いて、ザムアが少し間をおいて答える。
「残念だけど、私達は明日帰ろうと思うの。もう、あなた達は大丈夫でしょ?」
その答えを聞いて、ファントムロードは少し寂しそうな表情を見せるが、直ぐに表情を戻す。
「そうか、寂しくなるが、仕方ない。」
「大丈夫よ、色々と私達にできる事でお手伝いするわ。冒険者としてね。」
ファントムロードが少し首をひねる。それを見て、ザムアが言葉を続ける。
「私達はね、冒険者だから、比較的生ある者たちと関りが多いのよ。だからこのネクロコリスを宣伝していくわ。」
「宣伝・・・?」
「ええ。この周囲にシーフギルドの街ができるわけでしょ。そこにシーフギルドの関係者だけを置いておくのはかなりの危険だと思うのよ。」
ザムアの言いたいことはまぁわかる。1つの集団だけがそこに居るというのは、街としては弱点でしかない。
その集団に恨みがある何者かが襲撃をしてくるかもしれない。それに、単一の集団であれば、直ぐに消えることも出来る。そうなると、ネクロコリスを守ってくれるものがなくなる。
一番いいのは、たくさんの集団から少しづつ集まって、ここにできるであろう街を発展させることよね。
「そうか。お前たちの考えと気持ちを尊重しよう。だが、この約束は守ってもらえるか?」
「何かしら?」
「たまには、ここに来てくれないか?」
「それなら、喜んで守るわ。」
笑顔でファントムロードに答えるザムア。
「さてと。今日は引き揚げ準備しないとね。」
ザムアと一緒に頷く私。そして、ザムアは私の手を掴む。
「じゃあ、準備するわね。」
私とザムアは、部屋に戻り、明日の準備をすることにした。
と言っても、そう大して準備することもない。あるとすれば、今後しばらくの間のネクロピースを産出しておくことぐらいだ。
私がつるはし、ザムアがバケツを持って再びネクロピースを採取に向かう。
その途中、あの戦いで封印されたままの扉があり、今もなおしっかりとその役目を果たしていた。
「これ、はがさないとね。」
ザムアがシールに指を重ねる。すると、シールは光を放ち、端からはがれていく。
「この封印、仕掛けた人が解除するのが一番簡単なのよね。」
笑顔で封印を解除したザムア。剥がれ落ちたシールを私は拾い上げて、それをザムアに見せる。
「これ、使い捨てだから、再利用はできないわよ。」
私の行動を見ていたザムアが、笑いながら私に説明する。
「でも、使い捨てでもここまで頑丈だと・・・私達も持っていてもいいかもね。色々使えそう。」
ザムアが剥がしたシールをつまんで、少し頷く。
「開けてほしくない場所は、いくらでもあるからね。」
そう言いながら、剥がしたシールを丸めて道具袋にしまい込んだ。ごみは持ち帰らないとね。
そして、封印が解けた扉をあけ放つ。そこは、封印する前と同じ光景が広がっていた。
「そういえば、ここに服っぽいのはあったわね。それを着ておけばよかったわね。」
そう言って、ザムアが見つめていたのは、骸骨が着ている白衣だった。
「この箱の中に、入ってたわよね。」
箱の蓋を開き、中から埃まみれの白衣を取り出す。
そして、その白衣を広げ、私に内側を見せる。
「着れそうだけど・・・これ、羽織るものよね。さすがに素肌に直接これは・・・。」
それを着たザムアを想像する・・・。うん、刺激的すぎる。
「これだけ探しても、下着だけはなかったわね。戻ったら、真っ先に買わなきゃ。」
そう言いながら、白衣に袖を通す。白衣と黒い青、そして青白い素肌。ちょっとコントラストが強い感じがするわね。
「これ、お土産にもらって帰りましょう。後でファントムロードに聞いておきましょ。」
なんだかんだで、その白衣が気に入った様子のザムア。街に戻ったら、きっとこの白衣に合う服を買うんでしょうね、
「さて、ファントムロードのためにネクロピースを掘って、私もいくつかネクロピースを持ち帰らないとダメだからね。」
ザムアの言葉に、私は少し前の事を思い出す。
『ギルドには、ネクロピースでどうかしら?』
確かに、そういう約束でギルドの指輪の機能を開放していた。だから、ネクロピースが必要になるわけね。
でも、ネクロピースなんかどうやって持って帰って渡すのかしら?
「ハール、不思議そうな顔してるわね。大丈夫よ。」
ザムアがにこやかに道具袋を見せる。あれ?いつも持ってる道具袋じゃないわね・・・。
「シャウの次元球を借りたのよ。この中なら、ネクロピースの効力は発揮しないわ。それに、しっかりと氷漬けにするから、安全に持って帰れるわ。」
そうか、ネクロピースの無力化の方法は、敵が教えてくれた。それをまねするって訳ね。
「さて、バケツ3杯もあればしばらくは十分かしらね。」
交渉の場で最初から数回の取引量は決まっている。それまでに、仲間が増えるといいんだけど。
そう考えながら、私達は地下の鉱脈へ向かった。
鉱脈でネクロピースをしっかり採取し、満足気な表情を見せるザムア。
「これをこうしてっと。」
ザムアが地下に溜まった水の中にネクロピースを投げ入れる。
そして、凍結の魔法を使い、周囲の水を凍らせた。
私が、手にしたつるはしでその氷を割る。すると、青く光る氷の塊が出来上がった。氷漬けネクロピースの完成ね。
その氷の塊を、次元球に投げ入れる。確か、次元球って1つしか入らないと思ってたんだけど、どんどん入るところを見ると、同じものならいくらでも入る仕様なのかしらね。
「ギルドに納品する分は、これぐらいでいいかしら。」
いくつ入れたかわからないけど、少なくても街が1つ滅びるぐらいかしら・・・。でも、これをもらっても、ギルドも困るんじゃないかしら?
そう思っていたけど、シーフギルドの交渉があっさり進むほどの資源と考えると、冒険者ギルドにも活用できるルートがあるのだろう。だから、ギルドは指輪使用の許可を出したんだろうし。
そうなってくると、この次元球の価格が気になるところね。事と場合によっては、街に戻るまで私達はやられるわけにはいかないし。
「じゃあ、戻るわよ。シャウと一緒に帰らないとね。」
道具袋を眺めていた私を促すようにザムアが声をかける。私は、道具袋を持って頷いて答える。
そして、私はネクロピースの詰まったバケツを両手に、ザムアは片手にバケツを持ち、大広間に戻った。
「戻ったわ・・・って、シャウは?」
大広間に戻った私達は、部屋の中央で佇んでいるファントムロードにザムアが話しかける。
「あぁ、食料と水の魔法石を探しに行ったよ。」
「そうね、私達と一緒だと、街に戻るまで2日かかるからね。」
「2日か、そこまで遠くないのだな。」
ファントムロードが腕を組みながら、プルロアの事を思い浮かべる。
「今度、落ち着いたら来てみるといいわ。あなた達でも問題なく受け入れてくれるわ。」
「そうなのか、楽しみにしておくとしよう。」
そんな会話をしている間に、シャウが道具袋を膨らませて帰ってきた。
「ザムア、ハール、そっちの用事は終わったのか。」
「えぇ、おかげさまで。そうだ、ファントムロード。この白衣、もらっても良いかしら?」
忘れていたといった感じで、ザムアが両手を広げて着ている白衣を見せる。
「うむ、よく似合ってるな。持っていくといい。」
「ありがと。」
ファントムロードの答えに、ザムアは笑顔を返す。その光景を見ていた私の視線にザムアが気付く。
「そうだ。ハール、今は鎧も何も着ていない状況よね?」
ザムアの質問に、私は頷いて答える。最初は裸で歩くようなものって考えてたけど、慣れてしまったらこの格好でも違和感ないから楽でいいわよね。
「ハールも、この白衣貰ったら?」
ザムアの提案を受けて、私は少し考える・・・。この白衣、ミストソーマはどう判断するのかしら・・・。
最悪、ザムアが恥ずかしがってた全裸に白衣のみって姿になりかねない。私は、そう思ってザムアに首を横に振って答えた。
その答えを見て、ザムアはすごく残念そうな顔を見せた。
「さて、食料は手に入れてきたが、少し加工しておきたい。ザムア、ちょっと手伝ってもらえないか?」
シャウが手持ちの次元球の入った道具袋を持ち上げて、ザムアに協力を仰ぐ。
「いいわよ。何をすればいいの?」
「簡単だよ、これを少し焼いてもらえればいい。」
そう言って、シャウは床に置いた小さな革の敷物の上に次元球の中身を並べる。
「・・・肉?」
かなりの大きさの肉のブロックがゴロゴロと出てくる。これだけで4、5日は十分に持ちそうね。
「あぁ、海の近くで丁度いい大きさの猪が居たからな。」
シャウがすべての猪肉を並べ終えて、ザムアに笑いかける。
「血もしっかり抜いてるし、味付けとして海水に2時間ほど漬けておいた。後は焼くだけだが、火が無かったからな。」
その肉の説明を聞いて、ザムアが難しい顔でシャウを見つめる。
「海水に漬ける?洗うんじゃなくて?そんなことしたお肉って、おいしいの?」
「ん?食べたことが無かったのか。なら、焼いたときに1つ食べてみるといい。」
「そうさせてもらうわ。シャウが勧めるなら、間違いはないだろうし。」
自分で食料と言って取り出したものだ。自分が食べるのだから、まずいわけがない。私もザムアもそう考えていた。
「じゃあ、ファントムロード。少し外に行ってくるわね。」
「あぁ。気を付けてな。」
ファントムロードに見送られながら、私達はネクロコリスの外に出た。
シーフギルドの人達を見送ったのが朝だったのだけれど、いつの間にか日は傾き、赤い夕焼けが空を覆っている。
「もうこんな時間だったのね。」
結構長い時間、ネクロピースの鉱床に居たんだと再認識する。まぁ、バケツ3つ分のネクロピースですものね。
「薪と竈はこんなものでいいか。」
さっと竈を作り出すシャウ。この手際の良さは、私達も見習いたい。
「載せる物はないから、串焼きかしら。」
ザムアも負けじと、その辺りの手ごろな木の枝を魔法で切り落とし、そのまま串へと加工する。
「便利だよな、魔法。」
「あなたも、しっかり覚えておけばいいと思うわよ。」
「やめとくよ。昔挫折してる。」
意外な言葉がシャウから発せられて、私とザムアは一瞬動きが止まる。そして、次の瞬間ザムアが噴き出していた。
「そ、そうなのね。妹さんが、呪歌の使い手だって聞いてたから、てっきり。」
「あいつはあいつで、色々と駆使して身に着けた技術だそうだからな。それこそ、あいつに頼まれて呪力のこもった楽器を取りに行ったこともある。」
「へぇ、そうなんだ。」
「最近は、会ってないからな。これが終わったら、連絡を取って会ってみるか。」
肉に串を指しながら、少し考えこむシャウ。それを興味津々といった表情で見つめるザムア。
「私も会ってみたいんだけど、良いかしら?」
シャウに顔を近づけて、ザムアがお願いしている。少し考えてから、シャウが口を開く。
「俺は構わないが、あいつが良いというかだな。」
「じゃあ、プルロアに戻ったら、聞いてみてよね。」
「あぁ。」
シャウが串に刺した肉を竈の内側に立てて並べる。
「さて、楽しみが増えたところで。」
ザムアがポツリと呟き、竈の中心に置いた薪を指さす。すると、直ぐに煙が上がり、パチパチと木のはじける音が周囲に響いた。
「今回の冒険は、なかなかにハードだったわね。」
竈の周りに、腰を下ろす私達。ザムアが少し長い薪を使って火をつつきながら思いを述べる。
「まさか、冒険中に3回も肉体修復するなんて思わなかったし。最後の1回は死神様の力で瞬時に修復よ?さすがに初めての経験だわ。」
ザムアの意見に、私は何度も首を縦に振る。結構長い間スケルトンやってるけど、この経験はしたことがない。そもそも、死神に会う事すらほとんどなかったもの。
「こっちも、死とその先についてを色々考えるいい機会になったな。」
肉の焼け具合を見ながら、シャウが私達に話す。
「俺たちの伝承や伝統では、死んだら魂は大地に還って、肉体は新たな命をはぐくむ糧になる。だから、アンデッドは許されないものだ。そう言われてたんだが。」
「あなたは、最初から私達に付き合ってくれてたわよね?」
少し昔の事を思い出す。最初は少し警戒していたが、クエストで数日一緒に行動した後は、今のような距離感になった。
「あぁ、その頃には、この教えには疑問を持っててな。色々見て回るうちに、教えは教え、現実は現実って分けて考えるようになったんだ。」
「そうなのね。それで、死神様まで呼べるようになって、あなたの中ではどう変わったかしら?」
「生きているものが死ぬのは、恐れる事でも、大した事でもない。という事かな。」
そう言って、シャウは笑う。シャウも、私達の事、ちょっと気づいてくれたようね。
「そうよ。死ぬのは生物である以上、必ず起こる事。その後、まだこの地に居るか、それとも新しい命と地で違う生物の一生を楽しむか。その選択があるだけの話。」
ほとんどの生物は、死んだことに対して気が動転して、新しい命という言葉に誘われて転生するモノがほとんどなのよね。
まぁ、準備してなかったら、アンデッドの利点なんて知らないだろうし、仕方ないことかもしれないわね。
「さて、そろそろ良い焼け具合だな。」
適度な焦げ目がついた肉が、とてもおいしそうに目に映る。私も、久しぶりに食べてみようかしら。
「ハール、あなたも食べたそうね。」
また、表情に出てたみたいで、私ははにかんで頷いた。
「シャウ、良いでしょ?」
「ああ、たくさん材料はあるから。1つ2つは食べても構わないぞ。」
「串、もっと要る?」
「あぁ、頼む。」
その答えを聞いて、ザムアが先ほどと同じ要領で串を何本も作り出す。
その間に、焼きあがった肉を紙に包み、それを次元球の革袋に入れていく。
「ほら、食べてみるといい。」
そう言って、シャウが私とザムアに一本づつ肉串を手渡してくれた。
「・・・これ、猪肉よね?」
早速肉をほおばったザムアが、首をかしげながらシャウに問いかける。その答えとして、シャウが首を縦に振った。
「すごい、柔らかくて、ジューシーね。肉汁がしっかり残ってるって感じかしら。」
ザムアの感想を聞きながら、私は自分のおなか回りに布を巻き付け、その端を肋骨のあたりに括り付ける。
その行為を見ていたシャウが首をかしげるが、私が食事をするときにはこうしておかないと色々と面倒なのよね。
ありがたいことに、この奇妙な格好は、衣装とは見做されてないらしく、私の姿は変わることはなかった。
準備ができた私は、ザムアがおいしそうに食べているその肉をかみしめる。しっかり焼けてるのに、このジューシーさはかなりの高級肉と言っても誰もわからないかもね。
「ハール、これ、すごいおいしいわよね。」
ザムアの言葉に、私は首を縦に振る。そして、さらに肉をかみしめて味を楽しむ。
「気に入ってもらって良かったよ・・・。しかし、ザムアとハールの食事風景というものは初めて見たな。」
「そうね、私はお酒飲むばかりだしね。」
シャウが少し黙って思い出す。そして、今回の冒険の始まりの日を思い出しているみたい。
「・・・そういえば、ザムアは全然酔ってなかったな。」
「そうね。あのお酒では、私達を酔わせることはできないわよ。」
「そうだったのか。どうりでいくら飲んでも何も変わらないわけだ・・・しかし、酔うのが目的の酒で、酔わないって、それで楽しかったのか?」
シャウが素朴な疑問をザムアにぶつける。
「えぇ、とても楽しかったわよ。あなたを酔わせるのがね。」
ザムアの悪い表情を見て、シャウが少し苦笑いする。しかし、何かを思いついたようで、シャウも悪い表情を見せる。
「わかった。今度は俺がお前たちに酒を用意してやるよ。」
「楽しみにしてるわ。」
私は、シャウの表情が気になる。多分、今度ひどい目にあうのは・・・ザムアの方ね。それはそれで楽しみだけれど。
「さてと・・・。」
シャウがザムアから受け取った追加の串を、同じように肉に刺し、再び焚火の周りに立てていく。
「全部焼いてしまうか。食べるときに温めなおせばいいだろう。」
「そうね。私達の戻りの楽しみも出来たし。」
「・・・そう言うと思ったよ。」
そう言って、私達は焼きあがった肉をほおばって明日の出発に備えた。さぁ、帰ろう。
翌朝、帰る準備を整えた私達が、ネクロコリスの入り口に立っている。
「長い滞在になったわね。」
ザムアの言葉に、私も頷く。
「ファントムロード、今までありがとね。」
ザムアは、見送りに来ているファントムロード達に向きなおして、笑顔を見せる。
「礼を言うのは、こちらの方だ。お前たちに、本当に助けられた。」
少し寂しそうな表情を見せるファントムロードに、シャウが言葉をかける。
「シーフギルドの方は、今日の昼ぐらいからこの辺りに拠点を作るそうだ。その時に、約束のモノも持ってきてくれるだろう。」
「あぁ。それがあれば、ここも少し賑やかになる。」
今後の予定を聞いたファントムロードが、安心した顔を見せる。
「俺から見たら、中々の悪夢だがな。」
「違いない。だが、良き友人になれる。」
「アンデッドに守られる街、完成が楽しみね。」
ネクロコリスの将来を想像しながら、周囲を眺めるザムア。確かに、ここに生と死が同時に活動している平和な街が出来たら、とても面白いと思う。
「さて、戻ろうか。」
シャウに向かって頷く私達。でも、小さなファントム達は別れを惜しむように私達から離れない。
「ここに街が出来る頃に、また来るわ。」
私とザムアがしゃがんで、ファントム達に笑顔を見せる。
「じゃあね。」
そう言って、私達はネクロコリスを後にした。ファントムロード達は、私達の姿が見えなくなるまでずっとその場で手を振っていた。
プルロアに、2日かけて戻ってきた私達は、ザムアの用事を済ませるために、ギルドに立ち寄る。
そして、報告カウンターの前に立った私達を、イーレクスは笑顔を返す。しかし、私の方を見て、不思議な笑顔を見せる。
「イーレクス、ただいま。」
「あ、ザムアさん。おかえりなさい。」
「ほんと、今回はハードだったわ・・・。」
疲れた表情を見せるザムア。それをねぎらうイーレクス。
「お疲れ様です。本当に。で、早速報告ですか?」
「そうね。ギルドに渡すものもあるし・・・。その前に、ネクロピースを保存できる容器はあるかしら?」
「ギルドに支払う用のものですね。ちょっと準備してきますね。」
イーレクスが、根っこを伸ばし、棚の奥をゴソゴソと探る。
「えっと、ザムアさん。どれくらいの量のネクロピースを譲っていただけるんですか?」
「そうね・・・今回受けた依頼で借りた容器が5つ分ぐらいかしら。」
「そ、そんなにですか・・・。」
思っていた以上の量で、イーレクスが少し驚いている。
「あら、多すぎたかしら?」
「いえ、それだけあれば、しばらくはストックだけで依頼がこなせそうです。」
「へぇ、てっきりそのまま売るのかと思ってたわ。」
「そのまま売ると、安値で買いたたかれたりしますから。ここに依頼が来れば、少なくとも買いたたかれると言う事は無いですから。」
ギルドの動きを少し教えてもらった私達は、興味深く頷いていた。
「はい。この容器に入れてくださいね。」
そう言って、イーレクスが容器を私達に手渡す。
「じゃあ、街の外で入れてくるわ。下手に開放すると、この街全部が死の街になっちゃうからね。」
笑顔で話すザムアと、少し心配そうな表情を見せる。それを安心させるように、私はイーレクスの手を握って、小さく頷く。
「あれ・・・この感触・・・?」
「あ、この子、ハールよ。」
「え?!ハールさんはスケルトン・・・、あ、でもこの手の感触は・・・。」
私は、イーレクスに笑顔を見せる。ミストソーマは本当に優秀ね。
「驚きました。姿を変える魔法ですか?」
「これは、魔法じゃないのよ。詳しくは説明できないけどね。」
「確かに、姿を変えるなら、感触も変わりますものね。この感触は、いつものハールさんですね。」
イーレクスの認識が正しいという意味を込めて、私は笑顔を見せて頷く。
「さて、ハール、これを入れるの手伝って。」
ザムアのお願いを聞き入れる私。
「詳細な報告は、これを入れてからでもいいかしら?」
「はい。構いませんよ。」
「ありがと。」
そう言って、ザムアは私の肩を叩いて安全な場所に行こうと伝える。私も、頷いてザムアの後ろについていくことにした。
途中、バーで待っていたシャウに一声かける。
「あぁ、次元球から全部のネクロピースを綺麗に出してくれればいいぜ。」
という事なので、私達は安心していつも私達が野宿を行う街の外の人が来ない場所に向かった。
そこで、次元球をひっくり返し、凍ったネクロピースを取り出す。そして、まだ凍っているネクロピースを溶かし、乾燥させて容器に入れる。
全部の容器にネクロピースを詰め込み、ギルドに提出する準備が出来た。
「さあ、戻ってギルドに提出しましょう。」
ザムアの笑顔を見ながら、私は荷物を手にしてギルドに戻った。
「イーレクス。お待たせ。」
カウンターの前にザムアが容器を5つ並べる。それを受け取り、重量を量る。
「こんなにも・・・ありがとうございますね。」
重量的には、3kgに満たないぐらいだが、10g程度で金貨1枚の依頼を考えると、ここに金貨が300枚近くあるという事になる。
「ギルドの指輪の機能、十分使わせてもらったからね。そうそう、これも回収してきたから。」
そう言って、ザムアがいくつかの指輪を道具袋から取り出して、イーレクスに見せる。
「まぁ、あそこで見つけたんですか?」
「そうよ。さすがに、あんなところの捜索隊はなかなか出ないでしょうしね。」
「助かります。報酬、出しときますね。」
「ありがと。」
「さて、それじゃあ一応、規則ですから。事の顛末の報告をお願いしますね。」
端末を準備したイーレクスが、ザムアにいくつかの質問を投げかける。
その質問の答えを端末に打ち込み、最後にザムアからの自由報告になる。そこで、ザムアが1つ提案する。
「さっき話した通り、ネクロコリス周辺に、新しい街ができるのたけど、そこに冒険者ギルドを出す気はない?」
「そうですね、上層部に報告と提案はしておきますが、シーフギルドの作る街ですからね。少し慎重になると思います。」
「やっぱりそうよね・・・。出張所でも出来たら、私はそこを拠点にするかもね。」
そう言って、ザムアが笑いかける。
「はい。それでは、これで報告完了です。お疲れさまでした。」
笑顔のイーレクスが、私達をねぎらう。
「さて、シャウが待ってるわ。」
私達は、シャウの待っているバーへ向かう。
「お待たせ、シャウ。」
「終わったか。お疲れ。」
酒の入ったグラスを掲げながら、私達をねぎらうシャウ。そして、自分の座っているテーブルに座るように促す。
「シャウも、今回は付き合ってくれてありがとう。」
「久しぶりに、楽しい冒険だったよ。」
グラスの中のお酒を飲み干して、そのグラスをテーブルに置くシャウ。
「そうそう。こちらも報告があるんだ。」
「報告?」
シャウが不敵な笑みを見せながら私達に話しかける。
「そう、ネクロコリスの途中経過の話だ。」
「それは気になるわね。教えてもらえる?」
少し前のめりでシャウに報告を求めるザムア。私も、気になるから、丁度いい感じかもしれない。
「俺たちがネクロコリスを離れて、すぐにシーフギルドの面々が資材と約束の物を持ってきたそうだ。」
やっぱり、シーフギルドの動きは速いわ。行ける時に行けるだけやるって感じね。
「それで、その日は資材を置いてキャンプを張ったそうなんだが、夜にあいつらがまたやってきたそうだ。」
「アナスタシス教団・・・?」
シャウが首を縦に振る。
「大丈夫だったの?」
「シーフギルドもその辺りは読んでいたさ。だから、人員を常時追加するという手段を取っていたんだ。」
「常時追加?」
「あぁ、ネクロコリス周辺に、50人単位で1時間ごとに荷物と同時に人員を追加する。その時の障害は全て力で排除する。」
相手が、どのくらいの人員で攻め込んできたかはわからないけど、多分、私達が岐路に着いた日の夜には、あの周囲に500人近いシーフギルドの人間が居たと言う訳ね。
その全てが、戦闘員となると・・・流石にアナスタシス教団も手が出せないわよね。
「結局、『話し合い』で片が付いたそうだ。二度とこの地に立ち入らないという条件を付けたそうだが。」
「シーフギルド、こういう時には頼りになるわね。」
「まぁ、安全が確保されてからは、人員も減らして、職人を多めに連れて今は街を建設中との事だ。」
「安心したわ。」
安堵の表情を見せるザムアに、さらに情報を付け足すシャウ。
「もう一つ、安心する情報だが、今は無事にゾンビとスケルトンが街を守っているそうだ。街の住人も初日は驚いたそうだがな。」
そう言って、シャウが笑う。私も、つられて笑顔になっていた。よかった。新しい街を作る住人は、アンデッドでも受け入れてくれたみたい。
「うん。シャウ。今日は気分もいいし、奢るわ。朝まで飲みましょう!」
「ん?いいのか?報酬はもう残り少ないんじゃないのか?」
私は、ザムアの懐を心配するシャウの肩を叩く。
「あぁ、そういう事か。それなら遠慮なくいくか。」
「死者の恩返しってとこね。」
そう言って、私達は夜が明けるまでバーで飲み明かし、酔い潰れたシャウは私達がしっかりと宿屋に送り届けた。
「さてと・・・。またしばらく、この街ともサヨナラかしら。」
私とザムアは、その足でプルロアの門前まで来ている。また、しばらくここには戻ってこないだろう。
「当面のお金も稼いだし、準備も出来たし。」
ザムアが足を止めて少し考える。そして、私の姿をじっと見つめて頷く。
「ハール。今度は、人間の街に行ってみましょうか。その姿なら大丈夫。」
その提案に、私は少し驚いた表情を見せて、その後に首を縦に振る。
「決まりね。」
そう言ってザムアが私の手を引き、私を新しい旅に連れ出した。次は、何があるのか、私はプルロアを少し振り返って、小さく微笑んでいた。