表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/13

奇妙な交渉

数日後、中に仕掛けたネクロピースや、その周囲の死体はすべてきれいに片付いた。

集めたネクロピースは、とりあえず地下に保管し、当面のシーフギルドとのやり取りに使うとの事だそうだ。

「それでは、私の役目はこれで終わりですね。」

神様は、そう言って私達の前から姿を消す。ファントムロードに聞いた話だと、あれだけのソウルジュエルを手に入れることが出来た死神は、相当の力をつけることが出来るらしい。

なるほど、だから、力の欲しい死神は生あるものが死ぬように仕向ける。それがクローズアップされてしまうから、忌み嫌われる。という訳ね。

大広間に、木で作った即席の机を並べながら、私はそう思っていた。

「ハール。そっちはどう?」

ザムアが椅子を並べながら、私に進捗を尋ねる。それに、私は手を挙げて答える。

「それにしても、一応偉い人になるのだから、謁見室とか、玉座とか作っておかないとダメなのかしら?」

とりあえず形になった部屋を眺めるザムア。確かに、ここは便宜上大広間と呼んでいたけど、恐らく、本来全く違う場所よね。

部屋の隅に並べた鉄の置物を見て、この部屋の本来の使い道を想像してみるが、全く思い浮かばない。

そうこうしているうちに、大広間の中にシャウが入ってくる。

「2人とも、ここは出来たみたいだな。」

「これでいいかしら?あとは、もう少し明かりがあったほうがいいでしょ。」

そう言いながら、ザムアはワンドを振って光の魚を生み出し、部屋の中を泳がせる。

その光景を見たシャウが、少し驚いた表情を見せる。

「そんな魔法があるのか・・・。」

「ライティングフィッシュって名前の魔法よ。前の戦いの戦利品。」

ザムアがそう言って小さな本を見せる。どうやら、ポケットサイズの魔導書のようだ。

最近は、こういったものも持ち歩くのね。なんだか、時代に取り残されているとひしひしと感じる。

「照明魔法だけでも、結構あるんだな。というより、この魔導書は照明魔法ばかりだな。」

私も、魔導書に興味が出たので、シャウに近寄ってその魔導書を指さす。

その意図を汲み取ってくれたシャウが、私に魔導書を手渡してくれた。

魔導書を開いて、中身を確認してみる。確かに、炎属性から果ては闇属性までありとあらゆる光を照らす魔法がそこに書かれている。

闇属性でも、照明魔法なんてあるんだ・・・。そう思ってそのページをまじまじと見つめていると、ザムアが私に声をかけてくる。

「やっぱり、気になるわよね。また今度使ってあげるわ。こんな手があるなんて、思っても見なかったけど。」

闇は、すべての光を吸い込む。その性質を利用して、自分の目に光を吸い込む闇を付与する。すると、周囲の光が目に吸い込まれて、その姿が見えるようになる。

完全な闇なんて、まずないって事がわかってないと考えつかない魔法ね。これを作った人はよっぽど頭がいいのね。

「さて、そろそろ次の場所をよろしく頼む。」

「次は・・・外ね。あいつらの拠点があった場所。」

私は少し思い出す。確かに、結構ばらまいた上に、ザムアが盛大に吹き飛ばしたはず。

「この中のネクロピースは良いが、外のは頼むぞ。」

そうだった。すっかり忘れそうになってたけど、シャウが死なないのはネクロコリスの中だけ。それ以外では普通に死ぬんだったわね。

「じゃあ、シャウは入り口からここまでの通路の掃除と、さっき見せたあの明かりをよろしくね。」

ザムアが出した光る魚を指をさして、にこりと微笑む。

「あの魔法、俺に使えるのか?」

「魔導書があればなんとかなるんじゃないかしら?それか、ファントムロードに頼むとか。」

「そっちの方が早そうだ。」

シャウが箒と塵取りを手に、笑いながら部屋を出た。

「私達も行きましょうか。」

ザムアの言葉に、私はついていくのだけど・・・。風で吹き飛んでるから、どこにネクロピースが落ちてるのかわかるのかしら?

「不安そうな顔してるけど、大丈夫よ。きっとすぐわかるわ。」

気楽に言ってのけるザムアを、半信半疑の瞳で見ながら、私たちはネクロコリスの外に出る。

そして、その言葉が本当だったと、私は思いなおした。

ネクロコリス周辺の草原に、ところどころ黒い塊が落ちている。

「ネクロピースは、あの塊の中心にあるわ。」

ザムアが指さした一つの塊を、私はじっと見つめる。よく見ると、その塊はかすかに動いている。

私がその塊に近づくと、その塊は力なく崩れ去る。その塊は、死骸を好んで啄む猛禽類だった。

「ミイラ取りがミイラになる。この事よね。」

猛禽類たちには悪いが、私はその塊をかき分ける。中央には、ネクロピースに触れた最初の動物の死体があった。

恐らく、餌かなにかと間違えたのだろう。ネクロピースの毒で死んだ動物を、猛禽類が食べに来て、その毒にやられて、塊が出来上がる。という訳ね。

「シャウに伝えとかないとね。来る人に、黒い塊に近づくなって。」

ザムアが笑いながら私に話す。私も、笑顔で頷く。

「じゃあ、目についたネクロピースを回収していきましょう。」

ザムアの号令で、私たちは黒い塊を1つ1つ解体、回収していく。そして、いつの間にか道具袋いっぱいのネクロピースが集まった。

「・・・おかしいわね。私達、こんなにネクロピース持ってたかしら?」

私は首を横に振る。せいぜい、ネクロピースは4欠片ぐらい。どう考えても、道具袋いっぱいはあり得ないと思っていた。

「最悪の想定ぐらいは、しておいた方がいいかもね。」

最悪の想定、アナスタシス教団が、ネクロコリス内のネクロピースを何らかの形で持ち出していた。そう考えれば、一番しっくりくる。

それでも、本国に持ち帰る前に拠点は潰したはず。今回は生き残りもいない。相手側にネクロピースが渡ったとは考えづらい。

「大変な場所を、安住の地に選んだものね。」

ザムアは、ため息交じりに呟いていた。


掃除も片付き、後は会談を待つばかりとなったネクロコリス。

光る魚が泳ぐ大広間に、4人が集まっている。

そこで、ザムアが外であった事象を報告する。

「わかった。黒い塊については伝えておく。しかし・・・なるほどな。それでこっちも気になってたことが解決しそうだ。」

シャウが何度も頷きながらザムアの話を思い出す。

「ここに来て、お前たちを探す途中で、奇妙な装備の兵士を倒したんだ。」

「奇妙?」

「あぁ、全身鎧なのは変わらないが、その下に透明な膜で出来た何かを全身に着込んでいた。今考えると、あれで本当にネクロピースの毒を防ぐ事が出来たのかもしれないな。」

腕を組みながら私たちに説明してくれるシャウ。

「ここにネクロピースがあるって、有名な話だったからね。最初は、本当に偵察だったのね。」

「採掘されてるとは、思わなかったろうしな。」

笑いながら答えるシャウ。

「まあ、最悪な状況は考えておくべきよね。」

「そうだな。それも議題として挙げておこう。」

ファントムロードがザムアの提案を頷いて受け入れる。

「シーフギルドの連中は、明日来るそうだ。まぁ、交渉事にガラの悪い連中は来ないと思うからその点は安心してくれ。」

シャウの言葉に、ファントムロードは思わず笑みをこぼす。

「我らを対等の相手として見てくれるのであれば、外見は気にしない。なにせ、我らがこの姿だからな。」

「そうだったな。ファントムロード達以上に奇妙な連中はいないな。」

そのやり取りを見ながら、私とザムアも笑っていた。

「さて、それじゃあ俺は明日に備えて休むとするよ。」

「あぁ、ゆっくりと休んでくれ。」

シャウは大広間のテーブルから席を立ち、客室へと戻っていく。

その姿を見送った私達は、明かりが漂う部屋で少しの沈黙に身をゆだねる。

そして、ザムアが何かを思い出したのか、ゆっくりと口を開いた。

「ねぇ、ファントムロード。ここに居たゾンビとスケルトンは、今どうなってるの?」

ザムアの問いかけに、ファントムロードが小さくゆっくりと首を縦に振り答える。

「裏の木があるところは、あの魔方陣の内側にあった。そして、この地の浄化は、死神サーが止めてくれた。まだ時間がかかるが、問題なく復元されていくだろう。」

「それを聞いて、安心したわ。でも、ネクロピースの産出って、あの子たちが居ないと無理よね。」

「そうだな。その点も少し話しておかなければと思っている。」

「明日の会談、私達も同席するわ。シャウを信用はしてるけど、おかしな条件を付けられてもアレだしね。」

「そうしてくれると、心強いな。」

そう言って、ファントムロードはザムアに右手を差し出す。ザムアも、ファントムロードの右手に触れるように手を差し出す。

「さて、明日のために少し私達も準備しなきゃね。」

「これ以上、何を準備するんだ?」

「来るのは、普通の人間よ。長時間の会談になったら、飲み物ぐらいはいるでしょ。」

「そうか。シャウは自分で食料を持っていたから、すっかり忘れていたな。」

ファントムロードが、納得した表情を見せる。私達には不要なものだから、思い当たらなくても仕方ないわ。

「で、水の魔法石が採れる場所はこの周囲にあるのかしら?」

「水の魔法石か、そう遠くない場所にあったはずだ。海も近いから、そこまでいけば間違いなくあるだろう。」

「なら、飲み物に関しては何とかなりそうね。」

「魔法石から水を取り出すのか?」

「そうよ、最近は色々と便利になってね。誰でも簡単に水が取り出せるのよ。」

そう言って、ザムアは鉄でできた円形のものを道具袋から取り出す。

それは、2つに分かれる構造になっていて、片方はかなり目の細かい網が張ってあり、もう片方には鉄の棘がいくつもついている。

「なるほど、その中に水の魔法石を入れて、ろ過するのか。」

「そういう事。時代は進歩するわね。私たちの時代だと、魔法石を使うよりも魔法を使った方が早かったから、こんな物は生まれなかったわ。」

「魔法に頼りすぎはダメだという風潮が生まれたのは、最近だからな。」

「それだけ、魔法が使える人が減っていってるのかしらね。」

ザムアの言葉を聞いて、少し最近の事を思い出す。確かに、最近は本格的に魔法使いという職業が少なくなってきたと感じるときもある。

まあ、その職業が無くなることはないでしょうね。

「さてと・・・。ハール、あなたは食器を探しておいてもらえるかしら?私は水の魔法石を取ってくるわ。」

その提案を、私は首を縦に振って了承する。

「じゃあ、ちょっと行ってくるわ。」

そう言って、ザムアも大広間を後にする。外はもうすでに真っ暗になっているだろうが、ザムアには関係ないと思った。

私は、ファントムロードに教えてもらった倉庫に、食器を取りに向かう。

その倉庫には、ここで倒れた冒険者の遺品が置いてあり、いつか冒険者が目覚めた時のために置いてあるそうだ。

そのうち、金属製のコップをいくつか手に持ち、大広間に戻る。そして、そのコップをテーブルに並べる。

「中々状態のいいものを選んできたな。これをきれいに洗えば問題はないだろう。」

ファントムロードの見立ても終わり、しばらくしていると大広間の扉が開く。

「ただいま。本当に近い場所に海があってよかったわ。」

白い布を大きく膨らませて、ザムアが戻ってくる。

「コップの準備も出来たわね。」

布の中身を広げながら、ザムアが私に話しかける。

そして、おもむろにコップに水を作る道具を取り付ける。

「試しに使ってみないとね。」

取り付けた道具を2つに分離させ、その間に取ってきた水の魔法石を置く。そして、再びそれを合わせる。

ガリっという音がすると同時に、隙間から水があふれ始める。ザムアが少し慌てた感じで、さらに蓋を締めて隙間をなくす。

すると、今度は下の網の部分から水があふれ始める。その水は、下に置いてあるコップに溜まっていく。

「なるほど、こんな風になるのか。」

ファントムロードが物珍しく覗き込む。

「実際に使ったのは初めてだけど、結構便利な道具ね。」

その言葉に、私は少し驚いた表情をしながら振り向く。使ったこと、無かったんだ。

どうりで、水が漏れてきたときに焦ってたわけね。

そう思い返した私は、少し笑ってコップの中の水を見た。

「結構埃が浮かんでるわね。たくさん石は持ってきたから、全部洗っておきましょう。」

そう言いながら、他のコップにも道具をセットして水を絞り出していくザムア。おそらく、楽しくなってきたのだろう。ほら、鼻歌まで歌いながら絞ってる。

気が付くと、その場にあったコップ全てに水が注がれた。その全てに、埃やゴミが浮いている。

「ハール、白い布、小さく切ってくれる?」

ザムアの頼みを、私は聞き入れる。大広間の隣にある部屋からきれいな布を選んで取ってくる。そして、ザムアの目の前で掃除に適した大きさに切り揃えて渡す。

「ありがと。」

それを受け取ったザムアが、コップの中に布を入れて掃除を始める。テーブルから水がこぼれるが、気にしていないようだ。

「流石に、明日の事があるから、他の部屋で掃除をしてくれないか?」

見かねたファントムロードがザムアに声をかける。

「あ・・・あ、そ、そうよね。ごめんなさい。」

ばつが悪そうにザムアがファントムロードに頭を下げる。私は、こぼれた水を持ってきた布でふき取る。ザムアは、水の入ったコップをいくつか持って、外に出ようとする。

「ザムア、角の部屋に、水を流せるような台がある。そこなら掃除できるだろう。」

ファントムロードが部屋の外から壁を指さす。その方向にその部屋があるのだろう。

「わかったわ。ありがとう。ハール、準備出来たら、手伝って。」

私は、手に持った布で濡れた床を拭き終えると、残ったコップと新しい布を手にザムアの後を追った。

ファントムロードの言っていた部屋の扉を開けると、目の前に飛び込んできたのは、大きな銀色の台座だった。

「これかしら?」

私は、その台座を覗き込んでみる。その台座は、中央がへこんでいて、穴が開いている。

そして、その近くには鉄のパイプが設置されていて、そのパイプには握りやすいような取っ手が付いていた。

これって、ひねると水が出るっていう水道かしら?なら、間違いなくここに水を流してもよさそうね。

私は、試しにそれをひねってみたが、何も流れ出る様子はなかった。

ひとしきり調べて満足した私は、台座に水の入ったコップを置き、コップの中を拭いていった。

「はぁ・・・。」

大きくため息をつくザムアを見て、私はその肩をやさしくたたく。

「ハール、私って、本当にダメなのね。」

あぁ、これは相当凹んでるわ。これは、この仕事を受けた夜以来かしら。

私はそう考えて、ザムアをぎゅっと抱きしめた。

「ハール・・・。」

しばらく抱きしめていると、ザムアが私の肩を掴んで、ゆっくりと私の腕から離れる。

「ありがと。ハール。」

少し落ち着きを取り戻したザムアが、自分の目を少しこすりながら私を見つめる。

「さて、凹むのはすべてが終わってからにしましょう。その時は、少し付き合ってね。」

ザムアのお願いを、私は快く受け入れた。

それから、私達はコップを綺麗に洗い、コップを綺麗な布の上にかぶせるように置いて、準備は完了した。


夜が明け、会談の日が訪れる。

シャウは、シーフギルドの使いを迎えに行くと言って少し前に出ていった。

私達は、シャウが戻ってくるまでの間、きょうの会談の要件をまとめる。

最低限、このネクロコリスをアナスタシス教団の侵略から長期間保護すること。

そして、その代償の元となるネクロピースの供給は極力避ける。この2つは絶対に譲れないところね。

後は、どれだけ相手から良い条件を引き出せるか。参謀ザムアの腕の見せ所といったところかしら。

そう思いながら、私は2人の顔を見つめる。その視線に気づいた2人が、小さく頷いて私に話しかける。

「ハール、あなたには、重要な任務があるの。」

ザムアが私の手を掴んで、真剣な表情を見せる。

「お茶出し、お願いね。」

その任務を聞いて、私は少し拍子抜けする。

「私達の出す飲み物を飲んでくれるかどうか、それが私達を信頼してくれるかどうかの目安になるわ。」

相手にとって、かなり酷な信頼条件ね・・・。そもそも、死者の出すものなんて、危ないと思うのが当たり前だものね。

「この話は、シャウにも話をしているわ。まず、シャウが口をつけてくれるから、それで相手も信頼してくれると思うし。」

私は、ザムアの説明に一応納得する。そして、頷いてその作戦を了承する。

こうでもしないと、信用できないのも悲しいことだけど、今までの人間の仕打ちを考えると・・・ねぇ。

「ハール?」

ザムアが不思議そう私の顔をのぞき込む。あ、そんなに深刻な顔してたかしら。私は、ザムアに小さくうなづいて笑顔を見せる。

「大丈夫そうね。それじゃあ、準備よろしくね。」

私は、ザムアの笑顔を見てから部屋を出る。そして、コップを置いている部屋から全てのコップを持ち出す。

そして、大広間に戻った私は、部屋の隅に置いてあるテーブルの上に、布を敷いて、その上にコップを置く。

そのそばには、昨晩ザムアが採ってきた魔法石が積まれている。もちろん、あの道具も一緒に置いてある。

私が準備をし終わった直後に、ザムアの指輪に通信が入る。

「シャウからだわ・・・。」

ザムアが、その指輪の通信に応える。

「ええ、準備は出来てるわ。わかった、待ってるって伝えて。」

指輪の通信を終えたザムアが、私達に告げる。

「いよいよね・・・。」

「ザムア、ハール。そこまで、気を張る必要はない。大体の交渉は私がやろう。ザムアは、気になった時に口をはさんでもらえればいい。」

今まで口を閉ざしていたファントムロードが口を開く。

「わかったわ。」

ザムアと私は、ファントムロードに向かって頷く。

一通りの作戦会議が終わった頃、シャウの声が大広間の外から聞こえてきた。

「連れてきたぞ。」

私は、急いで扉を開く。その奥には、シャウとシーフギルドの使者が立っていた。

ギルドの使者は3人・・・装備がしっかりしている2人の男女は護衛で、軽めの装備と、大きな道具袋を持っている女性が、今回の担当者かしら。

シャウがシーフギルドの面々を大広間に招き入れる。

「紹介するよ、シーフギルドの交渉官達だ。」

シャウが後ろの3人に手を向ける。それを見たファントムロードが一歩前に出る。

「初めまして。私がこのネクロコリスの責任者。ファントムロードだ。」

「こちらこそ、初めまして。シーフギルドの担当官、ネルギダです。こちらの2人が、ここまでの護衛をしてもらった、マーテルとデルデアです。」

そう呼ばれた2人が、頭を下げて私達に近づく。マーテルが女性、デルデアが男性のようだ。

そして、ザムアと私はその2人に握手を求め、相手もそれに応じる。その時、私は2人の表情が一気に険しくなったことに気づいた。

「私はザムア、そして、こっちがハール。ハールは言葉がしゃべれないの。気にしないでくれると助かるわ。」

「あ、あぁ。」

デルデアがしどろもどろになりながらも返事を返す。

「急な話で、申し訳ない。まずは座ってゆっくりしてくれ。」

ファントムロードが、そう言って大広間の中央のテーブルに着くように促す。私は一足先に部屋に置かれたコップを取り、それぞれの場所へ置く。

そして、例の道具で魔法石から水を取り出し、コップに注いでいった。

「お、ありがとう。いただくよ。」

そう言って、シャウが真っ先に手を付ける。それを見た3人も、同じくその水に手を付けた。

「水しか手に入らなくて、ごめんなさい。」

ザムアが申し訳なさそうに3人に話す。3人は、それを聞いて作り笑いを返す。

「この水の魔法石は?」

「この近くの海に流れ込む、綺麗な川から採ってきたものです。」

「なるほど、どうりで・・・。」

デルデアが何かに納得したように頷き、コップの水をすべて飲み干した。

「今のあなた達には、従うしかなさそうですね。」

そう言って、他の2人も水を飲み干す。どうやら、この水の意味を察してくれたようだ。

「ありがとう、私達を信用してくれて。」

ザムアが笑顔を見せる。その笑顔を見て、マーテルが口を開ける。

「私達も、1つ試していたんです・・・。実は、私達に触れた時に、あなた方に弱い浄化の魔法を流したのですが・・・。」

なるほど、それであの表情が理解できた。本来なら、その浄化の魔法の威力で、握った手をすぐに離すと思ったのだろう。

でも、今の私達には浄化の魔法は効かない。だから、私達を信用すると言ったのだろう。

どちらにしろ、浄化の効かないアンデッドには、普通の人間は勝てないだろうし、この2人でもただでは済まない被害を被る。

だから、従うしかないって言ったのね。

「互いに、疑念は解けたところで、本題に入ろうか。」

シャウがテーブルに手を置いて、私達に話を促す。

「そうだな。では、今回の提案をまとめよう。こちらは、シーフギルドの支配下にこのネクロコリスを入れてほしい。その見返りは、ここで産出されるネクロピースだ。」

ファントムロードの言葉に、ネルギダが頷く。

「了承しています。では、シーフギルドとしての回答ですが。貴方方とは対等の立場で取引がしたいと考えております。従って、ネクロコリスを支配下に置くという件は見送らせていただきます。」

思いもよらない答えに、私達は驚きの表情を見せる。ザムアが思わず声を出そうとするが、それをシャウが制する。

「ですので、私達はこの周囲に街を作りたいと考えています。」

「街・・・?」

「はい、街です。この周囲は海と山、食料には困らないと思いますし、交通の便が悪いところは、私達にとっては有利に働きます。」

ネルギダは身振りや手ぶりを交えて私達にプレゼンする。しかし、そういわれても私は疑問が残る。

「1ついいかしら。貴方の言いたいことと、街を作るという利点は理解できるわ。でも、それだと貴方達だけが利益を得ていて、対等の立場とは言えないわ。」

ザムアが投げかけた質問は、私達にとっても疑問だったところね。

「その点ですが、シーフギルドとして、あなた方の産出するネクロピースを買い取らせていただこうと思います。もちろん、産出量と使用方法についてはそちらの意思を尊重します。」

「買い取りって・・・?」

「このネクロコリスを修繕するにも、あなた達の過ごしやすい空間を作るにも、お金が必要ですよね。」

そう言って、にやりと笑うネルギダ。うん、何か企んでそうな悪い顔してる。ザムアもそれを感じ取ったようで、ネルギダににらみを利かせる。

その視線をものともせずに、ネルギダは話を続ける。

「死者といえども、この時間に存在するモノに変わりはありません。ですから、この時間のルールも覚えないといけませんよね。」

ネルギダの言葉を聞いて、私は少し考える。そして、ほんの少し前に感じていた不信感の正体がおぼろげに見えてきた。

「ルールか。この世界の、貨幣経済というものか。」

「それもありますが、ここは国なのでしょう?でしたら、周辺との交易、そして外交なども学ぶべきだと考えますが。」

その言葉を聞いて、私とザムアはハッとする。この不信感の正体は、互いの認識のズレから来ているものだわ。

1つの国としてこのネクロコリスを見ている相手と、ここを小さな集落と思っているファントムロード。その考えの齟齬が、ファントムロードを悩ませていた。

腕を組み、難しい表情をしているファントムロード。そこに、ザムアが助け舟を出す。

「ネルギダ、シーフギルドとしての考えはわかるわ。でも、ここは小さな集まり、それに、住人はアンデッド。普通の経済活動は出来ないと思うの。」

ザムアの言葉に、ネルギダは小さく頷く。

「経済は、信頼した者同士が行うものです。少なくとも、今の段階では、あなた方を信頼していますよ。」

そう言って、ネルギダはコップの水を飲む。その言葉に嘘はないだろうし、提案も誠意があるものだろう。

「私達の現状を伝えるべきね。ファントムロード。」

ザムアの言葉に、頷いて答えるファントムロード。

「恥ずかしながら、我らには経済や外交を行う人材が居ないのだ。目覚めたアンデッドも数体居るが、すべて私と同じファントムだ。」

ファントムロードの言葉に応えるかのように、数体のファントムが大広間に現れる。そのほとんどが、小さな子供の姿だ。

「私は、他より高い魔力を持っていたため、立場上代表をやっているが、国家運営というものは生前からもやってはいない。」

その言葉を聞いたネルギダは、少し頷いてファントムロードに言葉を返す。

「それが、どうかしましたか?」

「え?」

「あなたが出来ないからと言っても、世界は待ってくれません。だから、あなた達は襲われたのです。」

痛いところを突かれたファントムロードは、苦い表情を見せる。

「それは、その通りだが・・・。」

「なら、今から変わればいいじゃないですか。あなた達には、私達がいくら望んでも手に入らないものを持っているのですから。」

「・・・。」

無言になるファントムロード。私達が持っている、すべての生きる者の望み・・・。それは、時間だろう。私達には、無限に近い時間がある。それを活用すれば、出来ない事はないという訳ね。

「わかった。では、これからは共に歩むという形で行こう。こちらの条件も追加で聞いてもらえるかな?」

「私達にできる事なら。」

「国家運営の知識のある者を、しばらく寄こしてほしい。こちらからは、街を作る際の労働力と、その周辺を警護する人材を提供しよう。」

「わかりました。労働力と警護は、こちらとしてもありがたいことです。」

昼夜を問わず働けるアンデッドの協力が得られるというのは、街の作成スピードが格段に上がるという事。

それは、シーフギルドにとっても大きなメリットだ。そして、警護も同じ。かなりの労力が削減できるだろう。

でも、その約束・・・今は果たせないんじゃないの?私はそう思って、ザムアを見つめる。ザムアも、首をかしげながら何か引っかかるといった感じの表情を見せる。

そして、ファントムロードにそっと近づき、小声で問いかける。

「ねえ、今ここの実態のあるアンデッドは、誰もいないでしょ?」

その言葉に、小さく頷くファントムロード。わかっているといった感じで、ネルギダに一つの依頼をする。

「提供にあたって、1つだけ難しいものを準備してもらいたいんだが、大丈夫か?」

「難しいもの?聞いてみない事には何とも言えませんね。」

少しの沈黙の後、ファントムロードは要求を伝える。

「人の死体を1体、準備してもらいたい。」

ファントムロードの要求を聞いて、シャウが驚いた顔を見せる。そして、私達はファントムロードが何を考えているかを知る。

「・・・死体?ゾンビを作るのですか?」

「いや、詳しくは言えないが・・・必要なんだ。」

首をかしげながら訪ねるネルギダに、言葉を濁して答える。流石に、死神を召喚するとは言う訳にはいかないだろう。

「・・・わかりました。それはこちらで準備しましょう。」

涼しい顔でその要求を受け入れるネルギダ。後でシャウに聞いたのだけど、死体を扱うのは、シーフギルドにはよくあることらしいのよね。

「さて、そろそろ一息入れましょうか。」

ネルギダがそう提案する。ファントムロードも頷いて受け入れる。

「シャウ、お願いしてもいいかな?」

「あぁ、わかってる。さぁ、こっちが客室だ。何しろ急ごしらえなもんだから、あまり期待してもらっちゃ困るがな。」

「大丈夫よ。客室があるとは思って無かったから、それだけでも助かるわ。」

そう言いながら、シャウが3人を客室に案内するために大広間を出た。


「・・・交渉というものが、こんなに疲れるものだとは。」

ファントムロードが、ぽつりとつぶやく。その気持ちはわかるわ。何考えてるかわからないものね・・・。

「でも、最初にしてはいいと思うわよ。」

「そう言ってくれると、幾分助かる。」

ファントムロードが、少し笑顔を見せる。

「休憩が終われば、また交渉だ。後は何が残ってるか・・・。」

「そうね、後は取引の金額と、街が発展するにあたっての税金とか、ネクロコリスの入場の決まりとか、細かいところよね。」

指を折りながら、ザムアが答える。その折れていく指を見て、ファントムロードの表情が少し暗くなる。

「それは、骨が折れるな。折れる骨はないが・・・。」

ファントムロードのアンデッドジョークに、少し面食らったけど、私とザムアは笑顔を返した

「冗談が言えるなら、もう大丈夫ね。私達も最大限サポートするから。」

「引き続き、よろしく頼む。」

そう言いながら、ファントムロードは頭を下げた。


その頃、客室に向かったシーフギルド関係者たちは・・・。

「・・・死ぬかと思った・・・。ほんとに。」

部屋に入るなり、へたり込むネルギダとマーテル。かろうじてデルデアは立っていたが、あぶら汗が流れ落ちていた。

その様子を見て、シャウはひとしきり笑っている。

「お前たちが、俺の言う事を聞かなかったからだろ。」

最初に、ザムアとハールに手を握った時に、普通のアンデッドなら消し飛ぶ程度の浄化の力を流していた。

この時、2人が大けがをするようなら、ネクロピースを安く買い叩き、アナスタシス教団から守るという最低限の約束だけ取り付けようとしていた。

しかし、何事もなかったかのように、その力を受け流されてしまったわけだ。余裕も消えるし、下手に怒らせれば自分がアンデッドの仲間入りになる。

「あわよくば・・・なんて考えてられる程の力じゃなかったわ。」

「よく考えてみろ、ほぼ3人でアナスタシス教団の一個中隊を追い払ったんだぞ?」

「すまない、あまりにもその話が信じられなくてな。」

デルデアが用意された椅子に腰かけて、シャウに伝える。

「まぁ、その気持ちもわかるさ。俺がお前たちの立場なら、同じく信じていないだろうしな。」

シャウは、その場に死神が居たこと、3人が死神から加護を受けていることを隠していた。知られると、色々と面倒になると思ったからだ。

「わたし・・・殺されたりしない?色々とまずいこと言っちゃったんじゃない?!色々威圧的なこと言っちゃったし!!」

随分と怯えてるネルギダ。シャウは改めてあの2人の実力を思い知った。

「シャウ、何かあったら・・・守ってくれるかしら?」

「まぁ、なだめる程度ならやるさ。ただ、それでも防ぎきらないように、相手を怒らせないようにするんだな。」

「わ、わかったわ。」

笑いながら答えるシャウに、ネルギダはいつまでも体を震わせていた。


それから、休憩が終わった私達は、交渉のテーブルに着く。

最初の交渉とは打って変わって、安全保障の方法、経済の取り決め、領地の確定、その他もろもろの取り決めが順調に取り交わされる。

こういう事は、私やシャウにはよく分からないから、2人並んで交渉のテーブルを眺めていた。

「さすがに、ザムアは国を統治してただけあるな。」

交渉を手伝うと言っていたザムアは、言葉通り交渉のかじを取っている。

でも、少し気になることもある。何故だか、シーフギルドはこちらに有利な条件ばかり付けてくる。

それを平等にするためにザムアが苦心しているといったところだ。

数時間後、あらかたの話が終わったようで、ザムアと握手を交わすネルギダ。

「さて、今日はもう遅い。夜に帰るのは危険だろう。食事は用意できないが、朝までゆっくりしていってくれ。」

「そうですね。」

ネルギダが笑顔でファントムロードの言葉に応じる。

「安心しろ、お化け以外は出ないから。」

「それが一番怖いんですけど・・・。」

シャウの冗談に答えたネルギダの言葉に、アンデッドの私達は思わず噴き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ