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鉄の鳥、空の十字架

ネクロコリス上空に、突如現れた鉄の鳥を見ながら、ファントムロードは不安そうな表情を浮かべている。

「神様、あれは・・・?」

「わかりません。ですが、あの鳥に描かれた紋様はさっき消した魔法陣と同じですね。」

「だとすると、早急に対処しなければ・・・。」

「そうしたいのは山々ですが、私にはできません。」

サーは、口惜しいといった顔で鳥を見つめる。

「私の力は、実体の無いものか、死に関したものにしか及びません。あれは、人工物で実体です。」

「では・・・。」

「ファントムロード、あなた達はここから逃げなさい。」

サーの言葉に、首を横に振って拒否する。

「我らは、もう覚悟を決めております。ですから、我らはこの場に残ります。」

小さくため息をつくサー。そして、屋上にいるファントム達に手を向ける。

すると、ファントム達がほのかに光始める。

「あなた達にも、浄化の耐性を施しました。しかし、あれに対しては、気休めにしかならないかもしれません。ですから・・・。」

サーはファントムロードの持つ錫杖に手を触れる。すると、その錫杖が光り始める。

「これは?」

ファントムロードの手には、光り輝く錫杖がある。

「私の力の一部を、その杖に込めました。私はこのネクロコリス全体を守ります。あなたは、その力を使って仲間を守ってください。」

「・・・わかりました。」

ファントムロードが、その錫杖を掲げて呪文を唱える。すると、ファントムロードを中心とした範囲10mに、半透明の光の膜が現れ、その場にいた全員を包み込んだ。

「この膜で、少しはこの後の攻撃に耐えられると思うが・・・。」

一見すると、多少頼りなさそうな膜だが、それを見たサーは、大きく頷いている。

「上等です。大丈夫、自信を持ってください。」

そう言って、サーはネクロコリスの周囲に描かれた魔法陣を見つめて、ファントムロードに笑顔を見せる。

「それでは、お願いしますよ、ファントムロード。」

ファントムロードに自衛の力を与えたサーは、ネクロコリスから地上の魔法陣に向かって飛び降りる。

その直後、地上の魔法陣から鉄の鳥に向かって、光が発せられ、ネクロコリスの周囲は光の壁に覆われた。

光の壁は、一気にネクロコリスに向かってくる、それを見ていたファントムロード達は身構えていたが、光の壁が現れただけで、何も起こる気配はなかった。

「何が、起こっているのだ・・・?」

疑問に思ったファントムロードが思わず言葉を漏らす。

その時、動けないファントムロードの側にいた小さいファントムが、ゆっくりとサーが飛び降りた先をのぞき込む。

そして、驚いた表情を浮かべてファントムロードの元へ戻り、報告する。

「光の壁を、1人で食い止めているだと?!」

サーは、光の壁に向かって手を伸ばし、壁を押し返していたというのだ。にわかに信じられない報告だったが、今の状況がそれが真実であると伝えていた。


ザムアと合流した私は、ポータルに飛び込んでネクロコリス内部に戻る。来た時と同じ場所に戻ると思ってた。

「あ・・・れ?ここは?」

思っていた出口とは違う場所に出た私達。

「この壁の穴・・・もしかして、私たちが鎧を落とした場所かしら。」

壁の穴からは、光の壁が見える。ザムアの言う通り、どうやらここは私たちが鎧と戦った場所のようね。私は、そう思いながら上に戻ろうとする。

「ちょっと待って、欲しい物があるの。」

ザムアがそこで倒れている兵士の持ち物を探る。そういえば、前にもここの兵士の荷物を探ってたわね。

そして、兵士の持ち物から何枚かの布を取り出す。

「あったわ・・・。私達に必要ないと思ってたけど。さぁ、行きましょう。」

笑顔を見せて、ザムアはその布を丁寧にしまい込む。そして、私の肩を叩いて屋上へと向かう。

屋上に到達した私たちは、扉を開ける。そこには、地面に空いた大きな穴と、半透明の巨大な膜、その中で寝ているシャウ、それとファントムロードとファントム達が光の壁を見つめていた。

「皆、戻ったわ!」

ザムアの声に、ファントム達が振り向いて一斉に近づく。あっという間に私たちはファントム達に囲まれた。

「ありがとう、シャウを守ってくれて。」

笑顔を見せるザムアを見て、ファントム達は嬉しそうに揺らめく。

「ザムア、シャウは痛み止めのために意識を飛ばしてある。」

「シャウの命は、あとどれくらい持つの?」

「あぁ、シャウは、死神サーの加護で、このネクロコリスでは死なない。」

ファントムロードが、不思議なことを言い放つ。引っかかったザムアは、ファントムロードに問い直す。

「死なない?という事は、ここにいる間は生きている、そういう事でいいのね?」

ザムアの疑問に、ファントムロードは首を縦に振る。その答えに、ザムアに安堵の表情が戻る。

「なら・・・シャウには悪いけど、優先順位はあの鳥ね。」

私たちは上を見上げる。そこには、不気味に光る鉄の鳥が静止していた。

「ところで、神様は?」

視線を戻し、周囲を見たザムアがファントムロードに尋ねる。

「サーなら、1人で光の壁を止めている。」

そう言って、ファントムロードは錫杖で一方を指す。その場所を私たちは覗き込んだ。

「神様!!」

思わずザムアが叫び声をあげる。サーはその声に気づいたのか、右手を壁にあてたまま私達の方を見て手を振る。

こうしてみると、結構余裕があるように見えるわね。ザムアもそう見えたのか、大きく肩をなでおろしていた。

「神様に、あまりお仕事させてられないわね。さぁ、ハール。急いであの鳥を落としましょう!!」

ザムアと一緒に、上空の鳥を見つめる。でも、どうやってあそこまで行くのかしら?

そう考えているところで、ザムアが後ろを向いていた私の両肩を軽く掴み、私を引き寄せる。そして、笑顔で作戦を伝える。

「ハール、敵のテントに飛び込んだ時の魔法、覚えてるわよね。」

私は大きく頷いて答える。あれ、結構飛んだのよね。

「これから、それを使うわ。目標はあの鳥だから、かなり高く飛ぶわよ。一気に飛び乗って、さっと壊しちゃいましょう。」

ザムアが掴んだ肩をポンポンと叩く。その後、私の足元に風が吹き込んできた。どうやら、魔法の準備ができたようだ。

そして、ザムアが一歩下がって、自分の足元にスタッフをトントンと突く。すると、ザムアの着ていた服が風になびき始める。

「ファントムロード、それじゃあ、もうしばらくお願いね。」

「わかった。気を付けるんだぞ。」

ファントムロードが頷いて、私達を送り出す。その声を後ろに、私とザムアは膝を曲げ、勢いよくジャンプする。

私とザムアが居た場所に向かって、強い風が吹き込み、体を強力に押し上げる。

「さぁ、ハール、まずはよろしくね。」

ザムアが、スタッフを私の持つ剣に当てる。すると、私の持つ剣が赤く光を帯びる。多分これ、すごく熱くなってるのよね。

私は、その意味をすぐに理解して、剣を思いっきり突き出す。それを確認したザムアは、さらに剣に向けて魔法をかける。

赤く光る剣は、さらに光を増し、明らかに持っていた時よりも剣身は巨大になっている。これなら、いける。

ジャンプの勢いそのままに、私は鉄の鳥の体を下から貫く。

赤く光る剣が鉄の鳥に当たった瞬間、鉄があっという間に溶けていき、私の体に溶けた鉄が降り注ぐ。それでも、私は体勢を崩さず、剣を前に突き出し続けた。

私の隣にいたザムアは、ちゃっかり魔法で防御しているようで、鉄はザムアの体を避けるように落ちていく。

そんなザムアを横目で見て、いいなぁって思いながら、私は自分の役目を全うする。

私たちの進行方向に、突然青い空が広がる。どうやら、鉄の鳥を貫通したようね。

そのまま、私たちは上昇していったが、大きな穴の開いた鉄の鳥を見下ろせる場所で落下に転じた。

まだ空に浮かんでいる鉄の鳥の背中に、私たちは着地する。私たち2人が乗ってもびくともしないところを見ると、相当頑丈なようね。

「さて、無事にたどり着いたけど、このまま落とすとネクロコリスが大変なことになるわね。」

ザムアの言う通り、この鉄の鳥は、中で戦った鎧とは違って、とても大きい。こんなのがネクロコリスに落ちたら、まぁ、崩壊は免れないわよね。

「でも、こんな大きな穴が開いたのに、浮いたままなんて、どうやって動いてるのかしら?」

私たちが開けた穴をのぞき込むザムア。まだ熱が残ってるのか、少し赤くなっている。その奥には、何やら変な光が漏れている。

「これを制御するのは、私達には荷が重いわね。壊したほうが早そう。」

穴から目を離して。私の顔を見て話す。私は、同意見という事を首を縦に振って伝える。

でも、私の武器はこの鳥に食べられちゃったし、ザムアの魔法も効きそうにない。残るは、シャウから預かった爪だけど、これでこの鳥を落とすのは、多分、シャウにしかできないわね。

ザムアも、その事がわかっているのか、腕を組んで考え込んでいた。

「ファントムロードにも、少しだけ手伝ってもらおうかしら。」

そういいながら、ザムアは指輪を操作する。そして、ファントムロードの側にある指輪、すなわち、シャウの指輪の回線を開く。

「ファントムロード、聞こえる?」

突然呼ばれた声に、多少驚きながら、ファントムロードはシャウの指輪に向かって声をかける。

「あぁ、どうした?」

「あなた、風の魔法は使える?」

少しの間をおいて、ファントムロードがザムアに答える。

「ザムアほどではないが、使える。何か問題があったのか?」

「この鳥をどうやって無力化するか、少し悩んでてね。私がこの鳥をスライスするから、その破片をネクロコリスの周囲に撒くぐらいの風は出せる?」

「試してみないとわからないが、まぁ問題はないだろう。」

腕を組みながら、指輪から聞こえる声に答える。

「よかったわ。じゃあ、実験しましょう。今から、破片を落とすわよ。」

「わかった。魔法ならすぐ使えるから、いつでも大丈夫だ。」

「ありがとう、それじゃあ、行くわよ。」

その言葉の直後、ザムアは鉄の鳥の端に立ち、スタッフの先を鳥に当て、すっとなぞる。

すると、なぞった部分から鳥が裂けていき、小さな破片は、重力に従い下に落ちていった。

「あれか。」

その様子を下から見ていたファントムロードが、錫杖を落ちてくる破片に向ける。すると、錫杖の先から強力な風が吹き、破片を光の壁に吹き飛ばした。

光の壁に当たった破片は、ファントムロードからは見えなくなってしまったが、上に居たザムアはその破片が無事に光の壁の外に落ちたことを確認できた。

「ファントムロード、聞こえる?成功よ。」

その言葉を聞いたファントムロードは、安堵の表情を見せる。

「わかった。これを繰り返すだけだな。」

解決方法が判明した後は、単純作業になる。そうと分かったザムアは、張り切って鉄の鳥を削っている。

削る度に、少しの振動と、火花、そして小規模な爆発が起こるが、ザムアは大して気にしていない様子。

そんな中、私はふと疑問に思った。これって、どれだけ削ったら落ちるのかしら?

「なんだか、だんだん楽しくなってきたわね。」

鼻歌交じりに、鉄の翼をスライスしているザムア、そして徐々に狭くなっていく足場を見て、私はどんどん不安になる。

私は、ゆっくりとザムアに近づいて、肩をポンポンと叩く。

「どうしたの?」

手を止めて、ザムアが私に振り向く。そして、私は随分と小さくなった鳥を指さして、訴える。

「随分と小さくなったわね。光の壁も随分と小さくなったみたいだし。もう一息ってところかしら。」

ダメだ、このゾンビには伝わってない・・・。こんな時、私の意思疎通能力の低さが恨めしい。私は、首を横に振ってそうじゃないと訴える。

「何か気になることでもあるのかしら?」

私の顔を見ながら、首をかしげるザムア。私は、狭くなった鳥を指さして、もう持たないかもしれないというジェスチャーを行う。

「え?一方だけを削るとバランスを崩すって事?」

あぁ、違う違う、そんなこと伝えたいんじゃない。思いっきり首を横に振るが、ザムアはにこやかな笑顔を私に見せる。

「わかったわ、あっちも削るわね。」

そう言って、ハミングしながらもう片方の翼に向かう。その後ろを、私は急いで追いかけた。

そして、翼の端から再び削り始める。そして、再び爆発と揺れを誘発させる。

私はどんどん不安になる。確かに、私たちはここから落ちても死なないけど、体は確実に壊れるから、復元が必要になる。

それに、さすがにこの高さから落ちるのは私は嫌だ。

そう思いながら、この事をどうやってザムアに伝えるかを考えてた時、不意に目に飛び込む物体があった。

それは、ザムアも同じだったらしく、スライスする手が止まっていた。

「何かしら、あれ・・・。」

それは、スライスした翼から見えていた。緑色に光る球体だった。大きさは、私の胴体ぐらいあるかしら。

「動力源、かしら?」

ザムアはもう片方の翼に戻り、同じくらい翼をスライスする。すると、思った通り、そこにも緑色の球体が現れた。

「他にも、あるかしら?」

あるとすれば、頭と尾かしら・・・。でも、ザムアが少し慎重になってくれたのはラッキーね。

緑色の球体に少しの感謝をしつつ、私はザムアと一緒に他の緑色の球体を探しに向かう。

私の考えの通り、頭を少し削ると、緑色の球体が顔をのぞかせる。

「ねえ、ハール。これ、壊したらどうなると思う?」

ようやく、少し思うところができたのか、ザムアが私に問いかけてきた。

私は、右手を上にあげて、人差し指を下に向けて、腕を下におろしていく。

「そう、よね。落ちるわよね。」

そう、それが言いたかったの!私の考えていたことが伝わったようで、ホッとする。

「とりあえず、あとは尾の部分かしら。」

尾の部分に向かい、同じように削る。すると、やはり同じように緑の球体が顔を見せた。

「これが、何かしらのカギを握ってると見て、間違いないようね。」

空に浮かび、そこから魔法陣を展開させる原動力が、恐らくこれだろう。でも、これをそのまま落とすにはまだまだ大きすぎる。

「私たちが開けた穴を中心にして、球体を十字に見立てて削っていきましょうか。」

そう言って、ザムアは鉄の鳥をさらに削り、きれいな十字架を作って見せる。

「思い付きで削ったけど、この先どうしようかしら。」

完成した十字架を眺めて、私とザムアは首をかしげる。

その時だった。私たちの後ろから、サーの声が聞こえてくる。

「2人とも、よく、頑張ってくれましたね。」

その姿に、私とザムアは驚いている。どうしてここに居るのかしら?

「あなた達のおかげで、壁も消えました。」

サーの言葉に、思わず首をかしげる。その様子を見て、サーは笑顔を見せながら光の壁を指さす。

「あれ・・・?いつの間に?」

光の壁があった場所は、すっかり消え去っている。そこにあったのは、消えかけた魔法陣のみだった。

「あの、神様、何が起こったんですか?」

全く要領を得ないザムアが、サーに尋ねる。私も何があったのか全く分からないから、丁度よかったわ。

「この鳥の胴体には、地上の浄化の魔法陣を活性化させる魔法陣が描かれていました。」

そういいながら、サーは十字になった鳥を見まわす。

「あなた達がこの鳥を破壊し、魔法陣を消してくれたからです。」

「それじゃあ、これはもうこのまま浮かせたままでいいという事ですか?」

「この鳥は、アナスタシス教団の作った物。鎧と同じように、ポータル機能が備わっているでしょう。」

「そうですよね・・・。」

流石に、今ここのポータルが発動するとは思えない。しかし、これを生かしておくと、何に使われるか分かった物じゃない。

「破壊、しますか。」

スタッフを力強く握りしめるザムア。しかし、サーはそんなザムアの手を笑顔で握る。

「1つ、アイデアがあります。ここを、先にポータル化してしまいましょう。」

「ポータル・・・?え?」

ザムアが驚いた表情を見せる。そういえば、私はザムアがポータルを利用した魔法を使うところを見たことがない。

「あの、私は、転送魔法は使えないのですが・・・。」

申し訳なさそうな表情を見せながら、サーに伝える。それを聞いたサーは少し首をかしげる。

「それなら、ファントムロードがやってくれます。」

サーがネクロコリスを見下ろし、再び言葉をは続ける。

「もうすぐ彼もここに到着しますから。」

私とザムアも同じくネクロコリスを見下ろす。すると、そこにはうすぼんやりとした物体がこちらに向かって来ているのが見えた。

「動きが早いわね。神様、もうすでに説明済みなんですか?」

ザムアがサーに向きなおして尋ねる。サーは微笑んで答えた。

「はい。ポータルの魔法が使えることは確認しています。」

私達がこの鳥の処理をしている間に、皆も手をまわしてくれていた。私達だけが戦ってるわけじゃないって、改めて感じる。

「それに、地上に戻る手段がない状態で、あなた達はどうやって戻るつもりだったんですか?」

痛いところを突かれたザムアは、少ししどろもどろになる。

「えっと・・・飛び降りれば何とか。」

「そうなると、また復元しないとダメですね。体は大事にしてくださいね。」

「はい。」

少し苦笑いをして、ザムアがサーに答える。そんな話をしている間に、ファントムロードが私たちの場所へ到着した。

「神様、下の準備はできました。」

「ご苦労様です。後は、ここをポータル化してください。」

「わかりました。」

そう言いながら、ファントムロードが私達を見る。

「2人とも、ここは私に任せてくれないか。」

自分の場所、ファントムロードも守りたいわよね。私とザムアは、無言で頷いて、少し後ろに下がった。

「結構、ハードだったわね・・・。」

ザムアが小さくつぶやく。私は、その言葉を聞いて、ザムアの左手を握り、小さく頷いた。

私達が見つめる中、ファントムロードは錫杖を鉄の鳥に差し込んで呪文を唱える。

すると、鉄の鳥全体が青く光り始め、直ぐに私とザムアの体に異変が起きる。

「え?!」

私達の体が、鉄の鳥から一瞬で消え去る。この感覚は、つい最近味わったものと同じだった。

足に少しの衝撃が響き、私たちの体は石碑の前に現れていた。

「ここって・・・。」

見覚えのある石碑と、寝息を立てているシャウ、そしてその周囲を守っているファントム達。

間違いなくここは鳥から見下ろしていた場所だ。

「鳥の全てをポータルにしたのね。」

ザムアは鳥を見上げながらつぶやく。そこから、ゆっくりと2つの人影が降りてきていた。

「これで、この石碑を触った実体のある者は、不思議な感覚とともに大空を飛べるって訳ね。」

この石碑に触れると、ポータルにワープする。ただし、鳥の全てがポータルである以上、どこから出るかはわからない。

運が良ければ、一瞬だけ鳥の上に出て、直ぐにここに戻るため、不思議な浮遊感を味わうだけだろう。

だが、ほとんどの場合は、鳥から落ちて命を落とす。この石碑を調べるのは危険になったって訳ね。

石碑を眺めている私の肩を、ザムアがポンポンと叩く。

「さぁ、シャウを助けるわ。」


そう言って、ザムアはシャウの元へ向かう。でも、あの致命傷をどうやって・・・。

そんな疑問を持ちながら、ザムアの後ろを歩く。そのザムアは、道具袋をまさぐり、1枚の布を取り出した。

「これがあれば、私でも。」

ザムアが私にその布を広げて見せる。ぱっと見ただの古ぼけた布だが、何かの魔法陣が薄らと浮かんでいるのがわかる。

私は、それを指さして首をかしげる。それを見て察したザムアは、私に種明かしをしてくれる。

「これはね、グランドライトのスクロールよ。」

スクロール?スクロールって、もっとはっきりと魔法陣が描かれてるわよね。そう思っていた私の目の前で、ザムアがその布を地面に置く。

「これは、魔力を込めるとまた使えるようになる特殊なスクロールよ。」

ザムアは跪いて、地面に置いたスクロールに両手を乗せる。そして、目を閉じて意識をスクロールに集中させる。

見る見るうちに、スクロールに書かれた魔法陣が濃くなっていく。

「これで、魔力注入は出来たわ。」

魔力が込められたスクロールを手に、ザムアは満足気な表情を見せて立ち上がる。

「これを、私の起動魔力で発動すれば、シャウは間違いなく回復するわ。」

いつもより足早にシャウの元へ駆け寄るザムア。

「気持ちよさそうに寝息を立ててるわね。本当にありがとう・・・。」

ザムアがシャウの体にスクロールを乗せる。そして、その上に手を重ねる。

「グランドライト!」

ザムアの声と共に、スクロールの魔法陣が輝き始め、シャウの体を光が包み込む。

そういえば、スクロール使ってるから、わざわざ魔法名言わなくても良いはずだけど、雰囲気かしら?ザムアはお茶目なところがあるわね。

「後は、待つだけね。」

ザムアが私の方を見て笑顔を見せる。私は、それに頷いて返す。

「さてと・・・。氷枕ほどじゃないけど。」

シャウの頭を、正座したザムアの膝の上に乗せる。そして、ゆっくりと額に手を当てる。

そうしている間に、神様とファントムロードが鳥から降りてきた。そして、私達に近づき、現状を確認する。

「それは、グランドライトか。よく使えたな。」

光るシャウの体を見て、ファントムロードがかかっている魔法を言い当てる。そのあたりは、流石ってところね。

「スクロールって、便利よね。スクロールに溜める魔力は、その特性を問わず、その発動に必要な魔力もまた、特性を問わない。」

「だが、実体がなければ、スクロールに触れて魔力を込めることができないからな。お前たちが居てよかった。」

「そう言ってくれると、助けた甲斐があったわ。」

ザムアが、笑顔を2人に見せる。

「後は、無事にシャウが目覚めるのを待つばかりね。」

ザムアの膝枕の上で、シャウが寝息を立てている。シャウの体を包む光は、随分薄くなっており、目を凝らせばシャウの体が見える程度になっている。

うん、治療も終わってるようだし、確かグランドライトの効果って、傷を治すだけじゃなかったわよね・・・。

「そうですね。高い魔力であれば、回復と同時に、対象の状態異常も回復させます。」

その説明が、神様からなされる。それも、私を見ながら・・・。

「説明が欲しいといった表情をしていましたからね。」

確かに、そんな表情を見せたけど・・・神様、すごい洞察力ね。

「あなたの表情は、ここの誰よりもわかりやすいですからね。」

神様の説明を聞いて、ザムアとファントムロードが笑っている。

自分では思っていなかったのだけど、そうだったのね。

私は少し思い返す。そういえば、ザムアは私を見て、私の言いたいことを大体わかってくれてたような気がするわ。

もしかして、全部筒抜けだったのかしら?あぁ、そう考えれば、表情というものは素晴らしいわね。

私は妙に恥ずかしくなって、顔を両手で覆い隠していた。

それから、数十分後、完全に回復したシャウが、ゆっくりと目をあける。

シャウの目覚めを、一番近くで見つめるザムア。

「おはよう、気分はどうかしら?」

今の自分の状況が理解できていないシャウ。頭の下にある、冷たく柔らかいものがさらに理解を遅らせる。

「あ・・・あぁ。一体・・・?」

ザムアが、まだ少し熱が残るシャウの額にゆっくりと手を置き、その熱を奪っていく。

その行為で、シャウは今の状況を把握する。

「この、頭の下にあるのは・・・。」

右手を頭の下にあるものに、シャウは手を触れる。

「いい、氷枕だな。ありがとう。」

そう言って、シャウはむくりと起き上がる。そして、自分の体をまじまじと見つめる。

体がひどく損壊していたはずだが、そんなことはなかったかのように元通りになっていた。

「その服、似合ってるな。」

「あなたの見立てがよかったのよ。」

「礼なら、ここで言ってくれ。」

そう言って、シャウが道具袋から革袋を取り出し、私とザムアにそれぞれ手渡す。

「ネクロピースの報酬だ。その服の代金はそこから出してるからな。」

確かに、私とザムアの革袋のふくらみが全然違うわね。

それを見比べたザムアは、シャウに恐る恐る尋ねる。

「シャウ・・・ちょっと聞きたいんだけど、この服、いくらしたの?」

「お前に渡す報酬の、半分より少し多いくらいか。」

「・・・また、仕事しなきゃね。」

私にとっても、想像以上の価格だった。頼んだ手前、何も言えないザムアが、微妙な表情を見せる。

「でも、冒険者にもそういった服が1つは必要では?」

神様が笑顔でザムアに語り掛ける。

その言葉を聞いて、ザムアはとりあえず納得したようだ。

「さて、とりあえず今回の危機は去ったな・・・。問題は、今後だが。」

シャウがゆっくり周囲を見る。

「まずは、掃除からだな。」

「新たな死者は、私が何とかしましょう。」

神様が小さく手を挙げて、一番厄介な片づけを申し出てくれた。

「そうしてくれると助かる。あとは、ここに撒かれた毒は・・・。」

「そのままでいいんじゃないの?次に攻め込まれたときにそのまま使えるし。」

私も、ザムアの意見に賛成なのだけど、シャウは難しい表情をしている。

「いや、そう言う訳にもいかない。今度は、二度とここをアナスタシス教団に襲われないようにする必要がある。」

「どうやって?」

ザムアが、当然の疑問をシャウに問いかける。その場にいた全員が感じていただろう。

「あぁ、奴らの行動原理を突かせてもらう。」

「行動原理?」

シャウの考えが今一つわからない。何か教義にでも穴があるのかしら?

「ギルドから情報を受けたろ。アンデッドの居る、誰も支配していない地域狙うと。」

その言葉を聞いたザムアが、シャウを怪訝そうな目でにらみつける。

「ファントムロード達を追い出す気?」

「いや、違うよ。ここを支配地域にしてしまえばいいって事さ。」

首を横に振って、シャウが否定し、手の内を説明する。私は、そんなことが出来るのだろうかと首をかしげる。

「誰が支配するの?アンデッドだったら、多分また来るわよ。」

もっともなザムアの意見に、私とファントムロードは首を縦に振るが、シャウは笑いながら言葉を返す。

「誰も支配していない地域を、好き好んで管理する奴らが居るだろ。」

シャウの言葉に、私とザムアはハッとする。

「・・・シーフギルド!!」

「そう、俺は一応シーフギルドに所属しているからな。話はつけやすい。」

そう言って、シャウが袋から革の指輪を取り出し、右手の中指にはめる。

「しかし、この地は生ある者には毒だらけだろう、こんな土地を管理してくれるのか?」

ファントムロードが口をはさむ。しかし、シャウはそんな些細な事といった感じで疑問に答える。

「その毒がいいんじゃないか。ここは、ネクロピースの産出地。やりようによっては、莫大な利益が出る。」

「それは、採取できる者がいてこその話だろう?」

「そこで、ファントムロード達の出番だ。ネクロピースを、生あるものが触れても大丈夫なように加工、処理を行い、シーフギルドに卸す。この条件なら、直ぐにでも首を縦に振るさ。」

少し考えこむファントムロード。その理由はわかる。この毒は、強大な力になる。そんな力を容易く与えてもいいのか?そういう事を考えているのだろう。

「まぁ、少しきつい言い方になるが、この世界に代償を払わずに守ってくれるお人よしなんて、ごく少数だ。その少数がいくら集まっても、対処できない事の方が多い。わかるだろ?」

「わかった。産出量と、その使い道を限定するという条件で、その作業は行おう。」

その答えに、シャウは笑顔を見せる。

「聞こえたか?そう言う訳だ。良い様にしてやってくれないか?」

「え?」

まるで、責任者と話しているかのように、突然シャウが大声で語り掛ける。その行動に、シャウ以外の全員が驚きの表情を見せる。

「今回は急ぐ必要があると考えてな。この指輪で、責任者に今までの話を聞いてもらった。騙すような真似をしてしまってすまない。」

頭を深々と下げるシャウ。そして、指にはめた革の指輪を見せる。恐らく、指輪を装着すると、シーフギルドと連絡が取れるようになるって感じかしら。

「皆さん、お初にお耳にかかります。私は、シーフギルドのアノ。今回のシーフギルド側の担当です。」

シャウの身に着けている指輪から、女性の声が聞こえる。その光景に、シャウ以外は戸惑いを隠せない。

「ファントムロード様、もう一度確認します。先ほどの条件は本当ですか?」

「さぁ、答えてくれ。悪いようにはしない。俺が約束する。」

「ちょっと待って、シャウ・・・。流石に、一方的に進めすぎじゃない?」

あまりにも立て続けに話を進めている為、ザムアが思わず口をはさむ。

「アナスタシス教団の侵攻スピードを見たろ。斥候を追い払った、その数日後にあの大軍団だ。次はもっと大軍を率いてきてもおかしくない。」

「それはそうだけど・・・。どうして、貴方はそこまで親身になるの?私達、アンデッドよ?」

ザムアの問いかけに、少し照れ笑いを見せながらシャウが答える。

「死神を呼べるぐらい信頼してくれているんだ、それを無下にはできないさ。」

その言葉を聞いた私達は、動きが止まる。今までも、シャウを信用してきたけど、私は何があってもシャウを守ると心に決める。

「・・・死者の信頼を得ている者に、そこまで言われるとな・・・。」

ファントムロードがシャウをじっと見据える。そして、大きく頷く。

「アノ・・・だったか?色々と細かい約束は後で決める、という事でいいのか?」

「ええ。それで構いません。」

「では、シーフギルドよ、よろしく頼む。」

「こちらこそ、よろしくお願いします。これからの連絡は、シャウを通じて行います。」

シャウはそれを聞いて頷いている。

「というわけだ。ここにもうしばらく滞在することになるな。よろしく。」

そう言って、シャウが笑顔を見せる。

「さて、ザムア、ハール、片づけを始めようか。話し合いを野外でやるわけにはいかないだろ?」

「わかったわ。でも、あなたも一緒に片付けお願いね。」

「あぁ。」

こうして、私たちは休む間もなくネクロコリスの大掃除を始めることになった。

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