冒険はいつもここから
この街に来るのは久しぶり。私はそう思いながらその統一感のない街並みを眺める。
ここは、人々からモンスターと呼ばれる者達が住む街、プルロア。
街は活気にあふれ、多種多様な建築物がこの街の通りを形成している。
大きくしっかりとしたレンガで出来た建物や、どこから入るのかわからないような土の家、そんな奇妙な形の建物が雑多に、そして数多く立ち並んでいて、人間から見れば、異形の国と感じる事だろう。
そんな異形の国の住人も、また実に多彩で、身の丈が3m弱あるオーガ族も居れば、足元に注意を払わなければ踏みつぶしてしまいそうな大きさのノーム族も住んでいる。
この街に数日滞在すれば、この大陸に住む大体のモンスターと呼ばれるものと出会うことが出来ると思う。
「ハール、久しぶりなのは分かるけど、まずはギルドよ。」
私の目の前にいる、フードを被った少女が右手に持ったワンドを振りながら私を急かす。
フードから見える顔は真っ青で、とても涼しそうだ。私も人の事は言えないかもだけど。
それでも、少女はとても表情豊かに私に話しかけてくる。今は、早くギルドに行きたくて仕方ないと言った表情だ。
私は、その少女の願いを聞き入れるため、少し頷いて少女の隣について歩く。
「でも、何日ぶりかしら。前の依頼をこなしてから随分と経ってるしね。」
少女は左手の指を折りながら、どれだけご無沙汰していたかを考えている。
そんな少女のアシストのために、私は右手を開いて見せる。
「あぁ!もう5か月も前だったのね。」
意味が通じたようで、私は頷いて少女に答えた。
そんな他愛もない会話をしながら、私と少女は今日の目的地である冒険者ギルドに向かう。
その途中、沢山の人達が私たちとすれ違う。皆、一瞬こちらを見るけど、さほど気にしない感じで通り過ぎていく。
こんな風に、認識が大雑把で、相手がどんな存在でも許されている感じ、それがこの街の大きな魅力だと私は思ってる。
もちろん、この街の風景や雰囲気も、私は好きだけれどね。
そして、程なくして、目的地の前に到着した私達。そこは、大きなレンガ造りの建物で、周囲の異質な建物に比べれば幾分頑丈そうに見える。
この街では珍しい、透明のガラスを使った窓からは、様々な人達で賑わっている中の様子がよく見える。
「相変わらず、多国籍な街のギルドよね。」
そう言いながら、私たち2人も扉を開けて、ギルドの賑わいの一部になる。
この街で一、二を争うほどにぎやかな場所が、ここ、冒険者ギルド。
数日滞在すれば大体のモンスターに会えるのは街中の話。ここに来れば物の数時間でコンプリート出来てしまう。それほど混みあってる場所。
パッと見渡しただけでも、ノーム、ゴブリン、オーガ・・・あら珍しい、今日はスパイダーにスライムも居る。
そんなモンスターさん達が何をしに集まっているかと言うと・・・。一つしかないわね。
「さて、探すわよ。」
そう言って、少女はギルドの中央にある大きな掲示板に駆け寄り、それに私もついて行く。でも、急ぐ必要は無いと私は思っていた。
「あったわ。今日はこれが出るって連絡があったものね。」
少女が、掲示板に貼られた依頼を指さして私に話しかけてくる。
その依頼書は、縁が黒くなっており、大きな文字で特殊と書かれている。こういった依頼は、特殊な受注条件がある事を示している。
私は、その依頼書を掲示板から取り外し、それを少女に手渡す。
「うん、今回もいい報酬。もちろん、受けるわよね?」
少女が私にその依頼書を渡して見せる。依頼内容を見て、私はなるほどと思い頷いた。
「決まりね。」
少女の意見に、異論はなかった。この仕事は、私たちのためにあるようなものだから。
「でも、もう1人ぐらい人が欲しいわよね。」
少女がそう言うのも分かる。今回の依頼は素材の採取、頭数は多い方がそれだけ報酬もよくなる。
だけど、私たちに付き合ってくれそうな人なんて、簡単には見つかるはずもない。そう思った私は、少女に腕を組んで首をかしげて見せた。
「そうよね・・・こんな危険な依頼に都合よく付き合ってくれそうな人なんて・・・。」
少女がそう言いながら、周囲を見渡す。そして、ある一点に視点が止まる。
「居た!」
そう言い放って、少女は見つけた人に向かって駆けていく。周囲は混雑していたが、最初の少女の声でみんなの視線がこっちに向き、その少女が行きたい方向の人が空気を読んで道を開けてくれる。
「シャウ!!」
少女の呼びかけに、1人の冒険者がこちらを振り向いた。
「ん?ザムアか?」
呼びかけた少女、ザムアに気付いたシャウと呼ばれた男性冒険者は、ザムアの方を向き、手を上げて挨拶する。
シャウは、私達よりも背が高く、何よりも目を引くのは、動きやすい服装から見える茶色い体毛と、狼のような顔。
彼は、人狼族、いわゆる獣人と呼ばれる種族だ。
「久しぶり。元気そうね。」
シャウが、上げた手をザムアの目の前に差し出す。その差し出された手を、ザムアが握り返した。
「おかげさまで。そっちも無事そうだな。」
ザムアと私の方を見て、シャウが笑顔を見せる。
私も、シャウの側に歩み寄り、手袋をしたままの手を差し出す。
「ハールも元気そうだな。」
手を握り返してくれたシャウに、私は頷いて答える。それを見たシャウは、にやりと笑う。
「で、久しぶりに姿を見せたと思ったら、俺に声をかけてきて、今回はどんな面倒事なんだ?」
握っていた私の手を離したシャウが、ザムアの方を向き、笑いながら今回の再会の理由を尋ねる。
その質問を聞いて、心外と言った表情で見返すザムア。
「面倒事だなんて、そんな事ないわよ。一緒に仕事しない?っていうお誘いだもの。」
ザムアが、手に持った依頼書をシャウの目の前にちらつかせる。
「お前たちの選ぶ依頼と言うのが、もうすでに不安なんだが。ここじゃなんだ。あそこで座って話そう。」
私たちが立ち話をしているのは、ギルドの通路で、私の鎧が大きいのもあるけど、少し邪魔になってる感じがある。
それを感じたシャウが、親指を立てて、ギルドに併設されているバーを指した。
「いいわね、依頼書も確保できたから、ゆっくり話しましょ。」
他の街のギルドには行った事が無いので、私にはわからないけど、冒険者ギルドだけっていうところは少ないらしく、ザムアやシャウが言うには、こういった飲食店や、道具屋、武具屋などが併設された冒険者ギルドが一般的なんだとか。
ザムアとシャウは意気揚々とバーに向かう。私もその後ろについて行く。でも、まだ朝なんだけど、流石にその辺りはわきまえてるわよね。
バーに入った私たちは、適当なテーブル席に着く。そして、シャウとザムアが手をあげて・・・。
「エール2つ、よろしくね!」
ザムアがいきなり酒を注文する。予想通りだけど、いきなりこれは・・・。
「ハールはどうするの?」
そう言って、置いてあったメニューを私に見せてくるザムア。しかし、私はそのメニューを取り上げて、ザムアの持っている依頼書を取り。2人に指さして見せる。
「わ、分かってるって。」
焦った表情を見せながら、私の手からザムアが依頼書を取り、そのままシャウに依頼書を渡す。
そして、じっくりと、真剣に依頼内容を確認するシャウ。
「ザムア、この依頼の条件、俺は満たしてないが、大丈夫なのか?」
依頼書の一部を指さしながら、シャウがザムアに問いかける。
「ここ見てよ、ちゃんとパーティーに条件を満たしている者がいれば大丈夫って。」
そこには、ザムアの言う通り、受注条件の補足が書かれていた。
「そうか、なら大丈夫そうだな。」
「最後の確認だけど、本当に一緒に来てくれるの?」
真面目な声のトーンで、ザムアがシャウに確認する。
「この報酬額を見たらな。一番面倒なところはお前たちに丸投げ出来るんだ。受けない手はないだろ。」
それを、笑いながら答えるシャウ。それを聞いて、ザムアも笑顔になる。
「さて、これでいいわよね。」
ザムアは私を見つめてにんまりとした表情を見せる。そして、タイミングよくそこにエールが2つ運ばれてきた。
私も、仕方ないと言った感じでゆっくりと頷いた。
2人が朝酒を進めている間に、私はその依頼書を手に取って、内容を確認する。
目標は、死の欠片の回収。受注条件が回収に当たって死の欠片の影響を受けない者。
そして、報酬は・・・死の欠片10gにつき金貨1枚。まぁ、物が物だけにこれは妥当かな。市場価格はその5倍はするらしいし。
あ、死の欠片って言うのは、簡単に言うと、近寄る前に倒れて動けなくなるぐらいの超がつくぐらいの毒物の事。
その性質上、色々な研究に使われるらしいんだけど・・・まぁ、物好きが居るものよね。
後は、大体の依頼書の末尾に書かれてる注意事項。これを読み落とすと、結構痛い目を見るのが多い。
入手したアイテムの処遇とか、重要人物の名前とか、何でこんな目立たない所に書いておくんだか。
で、どうせザムアはこの辺りの事を詳しく読んでないだろうし・・・?!
「ハール!あなたは飲まないの?」
既に数杯飲み干しているザムアが、私に飲み物を勧めてくる。いやいや、まだやる事は残ってる。早くこれを受注しないと、他の冒険者に取られてしまう。
それを知らせるために、2人に依頼書の注意事項欄を指さして見せる。
「なんだ・・・?」
シャウが依頼書を私の手から受け取り、その部分を読み上げる。
「受注期限、先着1PT、正午まで・・・。っておい!」
バーにある時計を見るシャウ。その針は11時40分をさしている。
「おい!ザムア、まずいぞ!」
乱暴に席を立つシャウ、そして、その状況をいまいち飲み込めていないザムア。
「え、もう終わり?」
「続きはこれを受けてからだ!」
依頼書とザムアの首根っこをもって、シャウが受付へと向かう。私は、大きくため息をつくふりをしながら、2人の後ろに続いた。
そして、受付カウンターにやって来た私達。受付の人は、樹人と呼ばれるドリアード、ここでも多種多様な人事が繰り広げられている。
「この依頼を受けたいんだが、大丈夫か?」
シャウが依頼書をドリアードに見せる。そして、少し心配そうな表情を見せる。
「これを、あなたがですか?」
疑問に思うのも無理はない。何しろ、受注条件をシャウは満たしていないのだから。
「いや、俺はパーティーメンバーだ。リーダーはこいつだよ。」
首根っこを掴んだままのザムアをカウンター前に立たせる。
「もう、そんなに急がなくても大丈夫でしょ。こんな依頼を受けるなんて、私達以外に居ないんだから。」
ザムアはそう言うが、受注期限が近い依頼だ。急ぐに越したことはない。
「あ、ザムアさん。お久しぶりですね。ザムアさんがリーダーなら、問題はありません。」
そのザムアの姿を見たドリアードは、さっきまでの不安そうな顔を和らげる。
「久しぶり、イーレクス。この2人に言ってあげてよ、この依頼受けるのは私しか居ないって。」
笑いながら答えるザムアに、受付のドリアード、イーレクスが答える。
「でも、この方たちの言う事も正しかったですよ。もうじきこの依頼は期限切れでしたから。」
「そうだったの?」
今更、重要な事に気付いたザムア。本当に大雑把で困る。
「ハールさん、苦労しますね。」
私の方を見て、イーレクスが声をかけてくれた。私はゆっくりと首を縦に振った。
「では、この依頼を受け付けますね。」
イーレクスがカウンターから書類を取り出して、申請書類を作成する。
「パーティー編成は、ザムアさん、ハールさん、シャウさんの3人で良かったですね。」
確認の意味を込めて、イーレクスが私たちに尋ねる。それに対して、私たちは頷きで答えた。
「で、受注条件の死の欠片の効果を受けない方は、ザムアさんとハールさんで良かったですね。」
「そうね。シャウは残念ながら生きてるからね。」
にやにやとしながら、シャウを見るザムア。
「残念じゃないよ、俺はまだ命を楽しみたいからな。」
「あら、それなら、命を楽しみ終わったら、私たちの世界に来るの?」
「命を楽しんだら、死の世界を楽しむよ。」
「そうなの、残念。」
苦笑いしながらシャウに断られたザムアが、残念そうにため息をつく。
さっきから、ザムアがおかしなことを言っている気がするかもしれないけど、本当の事だから仕方ないのよね。
ザムアと私は、もうすでに命がない者、すなわち、アンデッドの冒険者なの。
ザムアはゾンビ、そして私がスケルトン。それぞれ、ウィザードとファイターの職業についてる。
だから、普通の冒険者が行けないような場所や仕事は、私達の出番ってこと。
そういう訳で、私達ってギルドにとってはとても便利な存在。だから、色々とギルドは私たちに便宜を図ってくれる。
例えば、私が今身に着けている鎧は、スケルトン用の特注品だけど、ギルドからの支給品になってるの。
その他にも、私たちの泊まれるような宿の斡旋とか、本当に色々相談に乗ってくれる。でも、ギルドからのお願いの方が多いけどね。
「では、最後に皆さんの指輪を見せてくださいね。」
イーレクスが手元の端末に情報を打ち込む。そして、私たちに指輪を見せるように促してくる。
それに従い、私たちは指輪をイーレクスに見せる。その指輪に、依頼内容を記録して、依頼の受注が完了する。
「はい、これで終わりです。皆さん、よろしくお願いしますね。」
そう言えば、何か忘れてるような気がする・・・。えっと、前は依頼の時に・・・。
「あ、そうです。忘れていました。持ち帰りにはこれを使ってくださいね。」
私が腕を組んで考えてる最中に、イーレクスが思い出したかのようにカウンターの前に円筒形の容器を並べる。
「そうね、これが無いと、私達は極悪人?になっちゃうからね。」
ザムアが容器を受け取り、容器のふたを開ける。容器の側面が厚くなっていて、容量は見た目以上に少ない。
死の欠片は、この容器の中に入れれば、容器外には影響を及ぼすことは無いのだけど、いまいち私には仕組みが判らない。
まぁ、仕組みがわからなくても、便利なものはみんな使うのよね。
「はい、ハール、シャウ。」
そう言いながら、ザムアが容器を私とシャウにそれぞれ手渡す。
「これ、俺が持っている意味あるのか?」
シャウがザムアに問いかける。確かに、シャウは死の欠片に触れることは出来ないし、容器に入れるのも私たちの役目だし、持つ必要はないわよね・・・。
「その容器、一人一つってルールだから、シャウは居るだけで助かるのよ。」
見た感じ、この容器がそこまで高級そうな物ではないと思うのだけれど、入れる物が物だけに、厳重になるのだと思う。
「まあ、そう言う事なら仕方ない。」
シャウがそう言いながら、道具袋の中に容器を入れる。それを見届けたザムアが、私の方を向き、笑顔を見せる。
その理由は判ってる・・・うん。だから、私はゆっくりと頷いた。
「シャウ、呑み直しよ。もう心配する必要は無いわ。」
そう言うや否や、ザムアとシャウがバーに戻っていく。それにしても、ザムア・・・というか、私たちは普通のお酒じゃ酔わないのよね。
さっき飲んでたのも、シャウと同じエールだし・・・。
そう思いながら、私は2人の後をついて行く。まあ、このままだと出発は明日になりそうね。
バーに着いて草々、シャウとザムアが酒を頼み始める。私はと言うと、特に何も食べる事も無いから、2人の変化をぼーっと眺めていた。
いくら飲んでも、青白い表情が一切変わらないザムアとは対照的に、体毛の上からでも、皮膚が赤くなっているのが分かる。
他の冒険者が仕事を終えて帰って来る辺りで、シャウがぐったりとし始めて、そのままテーブルに顔をうずめて寝息を立て始めた。ザムアはそれを見て笑っている。
あぁ、思い出した。前に同じような仕事を手伝ってもらった時も、最初にお酒飲ませて酔い潰したっけ。
完全に眠ってしまったシャウを、私は少し揺さぶってみる。しかし、全く起きる気配はない。ザムアの遊びにも困ったものだ。
そんなシャウを私が担ぎ、ザムアはさっさと清算を済ませて宿屋に向かう。
「これで、ぐっすりと寝てもらって。明日は昼頃から出発かしら。」
私は頷いてザムアに答える。
「私たちにできるお礼は、これぐらいだからね。明日から、シャウには頑張ってもらいましょう。」
私たちのような、アンデッドの冒険者は、同じくアンデッドぐらいしかパーティになってくれる仲間は居ない。でも、シャウは何故か最初から私達に付き合ってくれている。
そんな彼に、私たちが出来る事は、これぐらいしかない。アンデッドは、見た目に反して仲間思いなのよ。
そして、宿の前に来た私達は、シャウを部屋に運び込み、メモを残して宿を去る。こういった所には、アンデッドが居ると色々と不都合があるし。
「さて、私たちはいつも通りでいいかな?」
ザムアの問いかけに、私はコクリと頷く。いつも通りって言うのは、街の外で適当に夜を明かす事。襲われる心配も、死ぬ心配も何もない私達には、街の外だろうが中だろうが、休む場所は関係ない。
もっとも、休むと言う事自体、必要は無いのだけれど・・・。普通に生きている者達と一緒に冒険する以上、どうしても必要だろうと言う事で、私たちは休むことにしている。
「ハール、今日はありがとね。」
急にお礼を言うザムアに驚いて、私は思わず振り向く。
「あなたが色々と見てくれるおかげで、私も助かってる。ほら、私って、抜けてるじゃない。色々と。」
ザムアがしおらしく話しかけてくる。何か悪い物でも食べたのか、それとも明日は槍が降るのか・・・私はそう考えながら、ザムアの額に手を当てる。
「なによ、何ともないわよ。脳みそは腐ってると思うけど。」
そう言ってザムアがにやりと笑う。ゾンビの鉄板ネタだけど、これは、普通の人が聞いてたら引くわよね。私は気にせず、額に当てていた手を外し、そのまま人差し指でザムアの額をつついた。
「とにかく、今回の依頼もよろしく頼むわね。」
笑いながら発したザムアの言葉に、私は頷いて答える。
「それじゃあ、行きましょうか。シャウは明け方に迎えに来ましょう。」
そうして、私たちは街の外の目立たない場所に行き、夜が明けるまでの間、星空のカーテンを眺めながら、のんびりと過ごしていた。
東の空から、星空のカーテンを白い光が片付けていく。その光は、空だけでなく、私たちの居る影をも片付けていく。消えていく影を少し惜しみながら、私はゆっくりと立ち上がる。
隣では、ザムアが大の字になって転んでいて、青空をぼーっと見つめている。
「今日も、良い夜明けだったわ。」
ザムアの感想に、私は頷いて同意を示す。
そして、私と同じくゆっくりと起き上がったザムアは、少し伸びをして、服に着いた土を払う。
「さて、少し早いと思うけど、シャウを迎えに行きましょう。」
それから、私とザムアは街に戻り、シャウを運んだ宿屋の近くにある道具屋へ足を運ぶ。
この道具屋は、陳列がまだ終わっていないのか、それとも諦めているのか、道具が雑多に積まれており、必要な道具をそこから探し出して、店主の元へ持っていくタイプだ。
「シャウが来るまで、珍しいものが無いか見ておきましょうか。」
ザムアの提案に、私は頷いて答える。そう、ここを選んだのは、単純に時間が潰せるからだ。
早朝から、時間を潰せる場所と考えるを、朝から冒険者目当てに開いている店は道具屋と軽食の屋台ぐらいしかない。
食べる事に執着がない私達だと、道具屋が集合場所になるのも必然的と言うところよね。
シャウのために、傷薬とかは仕入れておくつもりだけれど、それ以外にも面白そうな道具は沢山ある。
私は、山積みになっている道具を適当にかき分けながら、珍しいものが無いか探す。
こういった店だから、値札なんてものは存在しない。全ては店主の気持ち一つだ。
まあ、私は値切り交渉なんて出来ないから、全部ザムアにお任せだけど。
「ハール、これ見てよ。」
ザムアが、なにやら変な物体を持って来て、私に手渡す。
一見すると、何かモンスターの毛皮の塊に見えるが、触った感覚は水の入った革袋と言った感じだ。
その正体がわからず、私はそれを指さして首をかしげる。
「分からないわよね、私にも分からないのよ。」
ザムアは何故そんなものを持ってくるのか、私は理解に苦しむ。
「でも、キモかわいくない?」
うん、やっぱり私にはザムアのセンスは判らない。その意思を表すために私はそれをザムアに返し、首を横に振った。
「うーん、かわいいのに。」
惜しそうに元あった場所に道具を返す。流石に、使い道の分からない道具を買うほど、持ち物に余裕は・・・。うん、私とザムアは食料いらないから、十分あるわね。
いやいや、それでもあんな意味不明の物を買う訳にはいかない。でも、あれの正体は気になる所よね。
私は、好奇心に負けて、ザムアの返した道具の場所に行き、その道具をつついてみる。
「あら、やっぱり興味がわいた?うんうん、気になるわよね、これ。」
私と同じように、謎の道具をつつくザムア。その時、その道具が突然はじけ飛んだ。
「きゃ!!」
周囲に、その道具の中身が飛び散る。当然、つついていた私とザムアの手にもねばねばとした液体が付着する。しかし、問題はその後だ。
「お前ら!商品に何してくれるんだ!」
奥から、異変を察知した店主のコボルトがすごい形相でやって来た。
「あ、ご、ごめんなさい!」
ザムアが頭を下げる。私も併せて頭を下げる。
「お前ら、これが何か知ってるのか?!」
頭を上げた私たちは、頭を横に振って知らないと答える。
それにしても、店主は何故か顔を布で覆っている。そして、その不思議そうにしている私たちの顔を見て、店主が少し後ろに下がる。
「お、お前たち、アンデッドだったのか。」
店主の目は、明らかに私を見ている。まぁ、私はこれ以上ないってぐらいアンデッドだから、分かりやすいわよね。
「なら仕方ない・・・お前らつついていたのは、ニドレグル。まき散らしたのは、その体液だ。これは、強烈な悪臭を放つ。」
悪臭と聞いて、私は納得した。うん、私に嗅覚はない。ザムアは・・・自分の匂いを魔法で強制的に消してるって聞いたわ。多分、ザムアの周りのごく狭い範囲の匂いを遮断してるんだと思う。
「こうなったら、この辺りの物は売り物にならない。全部買い取ってもらうぞ。」
悪臭の漂っているらしい、体液のついた道具を指差して、店主が私たちに宣言する。
「あの、いくらですか?」
これは、全面的に私たちが悪い。手持ちが足りるかどうか、それが私は心配だった。
「今確認中だ、少し待ってろ。ったく・・・。」
店主が体液のついた道具の山を片付け始める。その作業を手伝おうとしたが、店主に断られた。当然よね・・・。
「ここにある分が全部だめだな。これだと、金貨10枚だな。」
ニドレグルの体液のついた道具をひとまとめにして、店主が私達に突き出す。
「はい、すみませんでした。」
ザムアが自分の道具袋からお金の入った袋を取り出す。私も、同じく鎧に着けているサイドパックからお金を取り出す。
「これが、私たちの手持ち全てです。」
金貨が9枚と、銀貨が5枚、銅貨が30枚・・・そして、見慣れないコインが1枚、これが私たちの全財産だ。
「すみません、少し足りないんですが・・・。」
申し訳なさそうにザムアがお金の入った袋を店主に手渡す。それを受け取った店主は、それを近くの机の上に広げ、数え始める。
「いくら足りないんだ・・・おい!」
私たちの出したお金を見た店主が、目を丸くしたままこちらを見た。
「おまえ、これは・・・?!」
私とザムアは顔を見合わせて、首をかしげる。分かっていない様子を察した店主は、その中から1枚の赤いコインを持ち、私たちに見せる。
「この硬貨は、そこにある道具以上の金銭的価値がある。遥か過去に滅んだ魔都で使われていた赤鉄貨だ。」
それを聞いた私は、思わずザムアの方を向く。ザムアも、少し首をかしげて答える。
「ええ、それが私たちの全財産です。足りませんか?」
店主が難しい顔をする。何か問題があるのだろうか?
「・・・悪いが、これは受け取れない。俺も商人の1人だ。商品とその対価は最適でなければならないというルールがある。」
そう言って、店主がザムアにその赤鉄貨を袋に入れて渡す。
「それ以外の金でいい。それを持ってどっか行ってくれ。お前たちもにおいがきついからな。」
そう言われて気付いた。そうだ、私達にもあの液体は付いていたんだ。
「あ、はい。すみませんでした。」
草々に道具屋を立ち去る私とザムア。匂いがきついと言われて、私はともかく、ザムアが少しショックを受けていた。
「私、くさいのかな・・・。」
落ち込んでいるザムアの肩をたたき、振り向いたザムアに首を横に振る。でも、ザムアの表情は冴えない。
「いいのよ、これは、私の宿命だから・・・。」
ニドレグルの体液がついた手を見つめつつ、ザムアはため息をつく。
こうなったら仕方がない。落ち込んでるザムアはひとまず置いておいて、私は買わされた道具を確認する事にした。
何しろ、金貨10枚分の道具だ、よっぽどいいものに違いないし。
私は、布に包まれている道具を広げ、その内訳を確認する。中身が少し濡れているのは、ニドレグルの体液かな。
匂いで判別できないから、私としては気にならないけど、問題はシャウかしら。
そう思いながら、広げた道具を眺める。ボロボロの布切れに、ランタンに、松明、後は、何か効果がありそうなシールと・・・。見覚えのある毛皮・・・。
これは、ニドレグルね・・・。これ、どうしようかしら・・・。ザムアは気付いてないだろうけど、気付いたら捨てろって言いそうね。
それと、後は大量の傷薬。うん、どう見ても金貨10枚は損ね。
「なんだ、2人とも、ここに居たのか。」
突然の声掛けに、私とザムアは顔をあげて声の主を確認する。
人狼族の機敏な動きを邪魔しないように、工夫された皮の胸当てを装備し、腰に巻いた布には道具袋と武器であるの爪をひっかけている。
一緒に仕事をするのは久しぶりとはいえ、ここまで準備をしているシャウを見るのは珍しい気がする。
「ん?ザムアはどうしていじけてるんだ?」
私の隣で、体育座りをしながら、地面に何かを書いているザムア。分かりやすいいじけ様だ。
「ところで、ハール。お前たちから違うにおいがするんだが、何かやったのか?」
シャウが周囲の匂いを嗅ぎながら尋ねる。そうよね、シャウって鼻が利くのよね・・・。
「ねぇ、シャウ、私って臭い?」
私がシャウに答えるより先に、ザムアがシャウに問いかける。その質問の内容に、シャウが呆気にとられた顔をする。
でも、においが判らない私も、少し気にはなっていたのよね。
「ザムアの匂い?俺が個体識別できる程度には個性的なにおいだな。」
「それって、くさいって事?」
ため息をつきつつ、再び同じ質問をシャウに投げかける。
「そうじゃないさ。どんなものにも匂いがある。もちろん、ハールにもな。それを臭いと感じるかどうかは、そいつの主観だな。」
私は、シャウの言葉に驚く。私の匂いなんてあったんだ・・・。
「今のこの匂いは、そのニドレグルか。道具屋でやらかしたんだな。」
広げた道具の中から、毛皮のニドレグルを指さしてにやりと笑う。
「知ってるの?」
「集合場所の道具屋が、この匂いで充満してたからな。で、においの跡を付けていったら、お前たちが居たんだよ。」
その答えを聞いて、私とザムアは顔を見合わせる。流石は人狼族と言うか、何というか・・・。
「さて、お前たち、とりあえずニドレグルの体液は洗い流してこい。匂いが混ざってるからな。」
そう言って、この街の噴水を指さす。噴水の側には、誰でも水が使えるように水道が出来ている。
私は、ザムアの手を引いて水道に向かった。
水道は、積みあがったレンガの水路から、栓になっているレンガを外すと、そこから水が流れ出るという、この辺りではよく見る仕組みになっている。
私は、レンガの栓を外し、そこから流れてくる水を手に受けて、ニドレグルの体液を洗い流す。
ザムアも、私と同じように流れ落ちる水に手をかざし、臭いの元を洗い流した。
「これで臭わないと思うんだけど。」
私の見る限り、ニドレグルの体液が残ってるようには思えない。それをザムアに頷きで伝える。
「そうだ、何か使えそうな道具はあった?」
手をハンカチで拭きながら、ザムアが私に問いかけてくる。使えるもの・・・傷薬と、ランプと松明ぐらいかしら。
明かり関係が被ってるけど、これはもう仕方がないしね。
私が、首をかしげて返答に困っている様子を見て、ザムアが察したようだ。
「いらない物は、売りに出しましょう。」
こういう街だ、どんな物でも買い取る店も当然のようにある。まぁ、売値は期待してはいけないが、邪魔になるよりはましだ。
私たちは、道具の番をしているシャウの所へ戻る。そして、戻るなりザムアがシャウに問いかける。
「シャウ、もう私たち臭わない?」
「あぁ。もうお前たちの匂いしかしないな。」
匂いに敏感なシャウが言うのだから、間違いはないだろう。私はそう思っていた。
「ニドレグルは、水で匂いが落ちるからな。この辺りの道具も水洗いできれば使えそうだが。」
シャウが道具の選定を進めていてくれた。私が使えない物だと思っていたボロ布や、シールなんかも何かの価値を見出している。
私は、不思議そうにシャウの見立てた道具を眺める。
「これは、いくらで買ったんだ?」
「金貨10枚ぐらいよ。」
「なるほど、少し高めだが、このシールの枚数を考えたら大体そんなもんか。」
私にはわからなかったけど、あのシール、何の効果があるのかしら?
「シール?」
「これだよ。」
シャウがそう言ってシールの束を見せる。
「あら、これは便利そうね。」
シールを受け取り、枚数を数えるザムア。その光景を見て、私はザムアの肩をトントンと叩いて、ザムアの手にしているシールを指さした。
「ハール、これ知らなかったのね。これは、簡易封印用のシールでね。色々と応用が利くのよ。」
ザムアは、私にシールの束を手渡して、その使い方を教えてくれる。なるほど、魔力を込めなくても、簡易的に何かを鍵を掛ける事が出来るのね。魔力を込めれば、それだけ強固になると。
「普通の冒険者が、たまにキャンプをするときに使ってたりもするわね。簡易テントの入り口にこれを貼れば、一時的に入り口は開かなくなる。」
私がこれの使い方が分からないのも頷ける。私、鍵なんて使う事なかったからね。それにしても、今はこれが一般的なのかしら?
そんな私の疑問は、残念ながら誰にも伝えることが出来ない。今、ここに私の疑問を伝える術がないのよね。声と言うものが、今は恋しい気分ね。
「さて、それを少し水洗いするか。」
シャウがそう言うので、私はシールをシャウに手渡す。シャウは、シールとボロ布を手にして、さっき私とザムアが使った水道に向かった。
その間、私とザムアの前には、あのニドレグルが置かれていた。私は特に気にしていないのだけれど、ザムアは少し気にしているのか、それに近づこうとはしなかった。
それから、すぐにシャウは戻って来た。シールもボロ布もすっかり綺麗になったようだ。
「さて、後は・・・。」
シャウが突如私たちの目の前に置いていたニドレグルを摘み上げて、シールと一緒にボロ布に包んだ。
「しゃ、シャウ?何やってるの?」
「ん?こいつの本当の使い方だよ。」
あからさまに怪訝そうな顔をするザムアに、意外そうな顔をするシャウ。
「何だ、本当に知らなかったのか。こいつは、周囲の水分を吸収して、自分の中に貯めるんだ。その水分が臭くて・・・それは判ってるな。」
そこまで聞いた私は、シャウの言いたいことが分かった。これ、乾燥剤の代わりになるのね。
だから、湿気に弱そうなシールと松明、ランプの側に置いてあったというわけ・・・。あの道具屋、雑多に物を置いてたと思ってたけど、実は色々と考えてあったのね。
「2時間もすれば、このシールは乾くだろ。」
シャウがボロ布をきつく縛り、それを自分の腰のベルトに結びつける。
「ザムア、ハール、そろそろ行くんだろ?」
苦笑いしながら、私達に確認するシャウ。私とザムアはもう準備は出来ている。それより、食料とかの準備が必要なのはシャウじゃないかしら。
「私たちは問題ないわ。シャウこそ、準備は出来てるの?」
ザムアの問いかけに、シャウが不敵に笑う。
「お前たちが追い出された道具屋で、仕入れて来た。」
そう言って、腰のベルトに付けた道具袋を見せる。その中に、色々と入っているのだろう。
「食料も多少は持って来ている。後は、道中で確保すればいいだろう。」
「そうね、しばらく帰ってこれないからね。」
まあ、目的地まで山越えが2つあるし、少なく見積もっても、片道3日はかかる。
「という訳で、俺の準備の方も問題はない。もう出ないと、それこそ日が暮れるまでにキャンプ地まで行けないだろ。」
「分かったわ。出発しましょ。」
ザムアの一声に、私とシャウは頷いて答えた。さて、冒険の始まりね。