帰宅:and return to everyday life
城下町はとても賑やかだった。
「なんと勇ましいことか……」
「凄いよね」
山車が回っていた。
木製のそれ。金具は最低限に、車輪から何まで全て立派な木材で作られた山車。緻密に彫られ漆が彩る意匠に、絢爛たる飾り。
立派な山車がそこにはあった。
それが勢いよく回るのだ。
裂帛の掛け声をあげる男たちは山車の前後に突き出た持ち手――とんぼを肩に担ぎ、山車の下に立てられた太い棒を軸に、豪快にぐるぐるりと押し回す。
ガリガリと地面と車輪が削れる地響きが身体に響き、山車が軋む音が耳に残る。
勇ましく荒々しいそれは、けれど、竹笛と太鼓の音色、女たちの舞いと歌声に彩られていく。
そして一番上には、美しい少女たち。
そう、アイラと静がそこにはいた。
自分を乗せて力強く回る山車に驚き少し戸惑いと興奮した様子を見せながら、アイラは響く笛の音色に合わせて周りに微笑む。
静は慣れているのか、凜と姿勢を崩すことなく静かに笑みを振りまいていた。
とある民家の屋根の上で、遠くからそれを眺めながら、俺は半分が桜色に染まった静の髪を見やる。
「……いつかは、実体化できるほど力を取り戻すかな」
「おそらくの。どれほど長い時が必要になるかは、分からんが」
桜の樹木の妖精であり、神霊の幼子でもあったサクラ。
自称魔王によってその魂魄は壊され、瀕死の状態だった。
そこをユリシア姉さんの〝勇者の卵〟によって壊れた魂を補強し、なんとか一命を取り留めた。
しかし、それでも傷ついた魂魄が簡単に癒えることはなく、サクラは静の魂と同化するように眠ってしまった。
そのせいもあってか、静にもサクラの性質が少し現れてしまっていたりする。
クラリスさんは深いため息を吐く。
俺は気遣うようにクラリスさんを見やる。
「随分と疲れているね」
「……まぁの。色々あったしの」
「そう。じゃあ、本物の魔王は倒し終えたんだ」
「……そうだの。今さっき、の」
「ふぅん」
俺は少し虚空を見つめる。
すれば、クラリスさんがジト目を向けてくる。無言で睨んでいるといっても過言ではない。ちょっと怖い。
「……なに?」
「しらじらしくとぼけおって。普段面倒くさがりなのに、今回は随分と精力的に動き回ったそうだのう?」
「俺は動いてないよ」
「分身体もお主だろうて。ロイスやアテナから情報は挙がってきておるぞ。世界各地でお主の分身体を見たと、の」
「……まぁ、ハティア殿下の捜索のためにね。人手は多い方がいいかと思って」
そういえば、クラリスさんがデコピンをしてきた。
「そう一人で抱え込むな。儂らに何故相談しなかった?」
「相談するほどでもないと思ったから。実際、俺がやったことはほんのちょっとしたお手伝いだよ。生まれたてとはいえ、本物の魔王を倒すなんて大仰なことをしようとしていたロイス父さんたちにとっては、ほんとうに些細なことだった」
あの自称魔王は自らを魔王と、新たに生まれた大魔境の主だと思っていた。他の国の生まれたての大魔境と魔王も同じようなものだろう。
その中に本物の魔王は誰一人としていなかった。
全て、妖精化した魔物だったのだ。
とある存在によって作られたそれらの魔物は、とある人間の組織によって作られた人工的な大魔境に放たれた。
それを為したのは、ヒネ王国に住んでいた妖魔王、つまり本物の魔王だ。
たぶん、黒幕はその妖魔王なのだろう。
彼は成長するために、偽物の魔王を各地にばら撒き、生命を殺させ、魂を回収しようとした。
……というのが、“研究室”の推測だ。
実際のところは分からない。
ともかくだ。
「あの自称魔王に囚われた時、クラリスさんの魂だけがなかった。どうしたんだろう、と思って色々と調べてみれば、ヒネ王国の奥地にクラリスさんの魂と、アラン達の気配があった。ロイス父さんたち並みに強い気配もあったけど、アレは自由ギルドの総裁だったわけだ」
「うむ。儂は色々あって妖精としての性質も持っておるからの。むしろ、そっちの方が都合がよかった。そして奥地で隠れ潜んでいた魔王を捕獲したのだ」
「で、さっきロイス父さんたちと一緒に倒したと」
「うむ」
詳しいことはマキーナルト領に帰ってから聞くとしても、やっぱり思った以上に大きな事件が背後にあったなぁ。
「ところで、セオよ。お主、エルフの国に訪れてはみんかの?」
「……エルフの国?」
なに、そのわくわくするワード。
だけど。
「旅行はしばらくいいかな。今回ので疲れたし」
「いや、そうすぐという話ではない。数年後の話だ。そう、お主がちょうど王国中等学園に入学するころだ」
「……なんで?」
「エレガント王国とそのエルフの国との交換留学の話が持ち上がっておっての。それで儂も推薦者を出さなければならぬのだ」
「なるほど。それで俺を……考えとくよ」
「うむ。頼むぞ」
「気が向いたらね」
数年後のことを考えるのも面倒なので、適当に返事をしておいた。
それを分かっているのか、クラリスさんは仕方がないと言わんばかりにため息を吐きながら、アイラを見やった。
「良い表情をするようになったの。ここに来るまでは気負いばかりだったが……」
「あ、ちょっと。痛いって」
クラリスさんにガシガシと頭を撫でられた。
「男を見せるのだぞ」
「何の話だよ!」
「今後の話だ。お主らが納得するように、誠実に考えろと言っておるのだ」
「うるさい!」
ニタニタと口元をあげるクラリスさんにムカつき、俺はそっぽを向いたのだった。
Φ
一応、俺たちの存在は非公式の扱いだ。
だから、帰りもアイラとは別々で帰る事となった。
なって、しまった。
「……疲れたぁ! 歩くの面倒! 暑い!」
「子どもが何言ってるんですか」
「そうだぞ、坊主。帰るまでが旅だ。ほら、あと一日もすればグラフト王国の国境だ」
ヒネ王国を出て早一週間近く。
俺たちはグラフト王国の砂漠を歩いていた。
レモンの神獣の加護の力が弱体化したこともあって、影の狐を長い間呼び出すことができず、俺たちは徒歩での帰宅を強いられていた。
もちろん、疲れる。めっちゃ疲れる。
だから文句を垂れるが、レモンもアランも許してはくれず、歩くしかない。
へとへとになりながら、砂漠を越えてバラサリア山脈を昇り数日。
「ようやくだ……」
夕日に沈むラート町が見えてきた。
少しだけ、足が止まる。
「セオ様。あと少しですよ」
「頑張れ、坊主」
レモンとアランに手をひかれ、俺は屋敷に向かった。
屋敷の前には、ロイス父さんたちが待っていた。
「おかえり、セオ」
ロイス父さんたちが大きく手を振ってくれた。
「……ただいま」
どっと疲れが押し寄せてくる中、俺はなんとかそう声をしぼりだし、そう返したのだった。
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最後、駆け足となってしまいましたがこれにて今章は終了になります。
次回の更新ですが、用事が入ったのと色々と問題がでてきてしまった今後のプロット修正のため、来週はお休みさせていただきます。
新章は再来週の日曜日になるかと思います。よろしくお願いいたします。




