アイラはユリシアの助言を思い出した:and return to everyday life
桜もどきに飲みこまれて眠ってしまったアイラたちには、魔法とも魔力とも違う、別の力が彼女たちを縛っていた。
それを解くために色々と試行錯誤し、ようやく俺はその力とアイラたちに何をしているかを理解した。
力は神性を宿した瘴気だった。神性という超越した雰囲気と、瘴気という邪悪な雰囲気が混じったその力は、とても歪だった。
そしてその神性を宿した瘴気――邪神気とでも名づけようか。その邪神気を使い、アイラ達を魂だけが存在できる空間に縛り付けられていたのだ。
そしてアイラ達の魂を縛っているそれを解こうとしたのだが、かなり難しかった。解けないこともないが、一週間近くかかりそうだった。“研究室”も同じだといった。
だから、俺は根本を叩くことにした。
つまるところ、魂だけの空間に入り込んで、囚われている魂を直接解放するのだ。ついでに、こんな世界を構築した存在を叩きのめす。
正直戦うのは嫌なのだが、アイラたちがこんな状況でえり好みも言っていられない。
そう決心して、“研究室”が密かに開発していた〝魂移動〟の魔術で俺はアイラたちが囚われていた魂の世界に入った。
そして入ったのと同時に、不意打ちでレモンから拝借していた神獣の力と疑似的な神聖魔力で邪神気を宿したクソヤバイ存在をぶったたいた。
で。
「プ、あ、アハハハハ!! セオったら、何よその姿っ!! アハハハ!」
ユリシア姉さんが腹を抱えて笑っていた。
ユリシア姉さんだけではない。
ハティア殿下も思わずと言った様子で口に手をあてて笑いを堪えていたし、苦しそうに顔を歪めていたはずの静も目を丸くした後、肩を震わせていた。
アイラだけである。
ただただ驚き、困惑し、心配な表情を浮かべていたのは。
……いや、もしかしたらアイラは俺の姿を。
まぁ、いいや。
みんなが、アイラが無事だったのならそれでいい。
不意打ちで大きく動揺していた邪神気を宿した存在……たぶん、魔王かそれに準ずる何かだと思うが、それが再び力をうねらせ始めたのを感じとっていた。
だから、ユリシア姉さんたちに指示を出そうとして。
「コン!」
……鳴き声がでてしまった。
レモンの神獣の加護を拝借しているせいで、魂の形態が狐になってしまったのは仕方がない。
が、思わず鳴き声まで出てしまうのはどうにかならなかったのか。
ほら、ユリシア姉さんが更に爆笑し始めてしまったし。
「……ああ、笑ったわ。それでセオ。あれを任せても大丈夫なのかしら?」
爆笑したユリシア姉さんは、けれどスンと切り替えた。
仮称魔王が再び巨大に膨れ上がっていくのをチラリと見やりながら、真剣な表情で問いかけてくる。
僅かな心配の声色も感じる。
「……本当にユリシア姉さん?」
「なによ、それ!」
「いや、だって、いつも横暴だから心配なんてしないかと思ってた」
「……流石にするわよ」
「そう」
ちょっとこそばゆかった。
それを隠すように、俺はユリシア姉さんたちに背中を向けた。
「静をお願い」
「任せなさい! 私のこれはこのためにあったのよ! だから、アンタも全力でやりなさい」
「へい」
巨大になり、更に邪神気を振りまく仮称魔王が言葉にならない憤懣をあげる。
『ボクの世界に何をしたぁあああああああ!!』
「俺は何もしてないよ。俺はね」
『ッッッぁあああああああああ』
「よっと」
邪神気のハンマーが振り下ろされるが、跳んでかわす。とろい。
そして同時に魔術陣を展開し。
「コン」
そう鳴けば、神獣の加護と疑似的神聖魔力が込められた〝狐火〟が無数に生まれる。
狐の容の焔たちは軽やかに空を駆け、仮称魔王に噛みつく。
『がぁああああああ!! 消えない!! 消えない!!』
キャンプファイヤーである。
そしてついでに。
「たまや~」
『ぎゃああああああ』
仮称魔王に噛みついていた焔の狐たちが爆発する。
その爆炎や爆風一つ一つに、仮称魔王の魂を祓う力が込められている。だからか、邪気が祓われ、神性なそれだけが残り、光となって散っていく。
爆炎と相まって、花火のようにとても綺麗だ。
少しそれに見惚れていれば。
――もうそろそろこっちも終わるよ。
“研究室”の声が頭に響いた。
いつものように心の奥で会話するようなものではなく、それは〝念話〟に近い。
何故なら、“研究室”は今、俺の魂の中にはいない。
魂だけの空間は複数に渡って存在していた。
その中心が仮称魔王がいたここだったわけだけれど、他の空間に囚われた魂の解放もしなければならない。
それを“研究室”にお願いしたのだ。
ついでに、仮称魔王の力を削ぐため、この世界の維持も邪魔して貰っていたりする。
ともかく、ここが魂だけの空間だったからこそ、“研究室”は俺から独立することができたらしい。
俺という縛りがないからか、思った以上に仕事がはやかった。
――む、それは違うよ!! セオくんがいつも本気を出さないからだよ! 本気を出せば、二人で協力すれば、もっと早く終わってたのに!
いや、今は本気だよ?
――嘘だね。手心加えているでしょ。そんなに彼が可哀そうに思ったの?
う……そこを付かれるとちょっと。
まぁ、目の前の仮称魔王は生まれたときから生きとし生けるものを殺すように定められた感じだからね……
それは、とても、可哀そうに思えたのは確かだ。とっても上から目線の傲慢な考えだけれども。
――そういうのを人は優しさって言ったりするんでしょ?
言わないよ。むしろ、これは罪に近いんじゃない?
『コロスコロス!!!』
「コンっ」
話し込みすぎた。
炎上しながらも、仮称魔王は少し再生して波状的に複数の触手を振り下ろしてきた。思わず鳴きながら、俺は飛びのきそれらをかわしていく。
ふぅ、と心の中で息をついた。それから“研究室”にいう。
ともかく、俺の方ももう少しで終わるから。
――分かったよ! 僕も最後のひと踏ん張りするね!
“研究室”とのパスが切れた。
「さてと」
俺は魔力を練り上げる。
意識を切り替えた。
目の前にいる存在は、弱くない。むしろ、とても強く怖ろしい。数年前の死之行進で見た天災級の魔物とは比べ物にならないほどの覇気を感じる。
俺にはロイス父さんやアテナ母さんたちのような戦う力はあまりない。戦うのもそう得意ではない。
だから、同等の強さの敵なら俺は手も足もでないだろう。
だけど、邪神気に特攻なレモンから神獣の加護を拝借していたり、疑似的な神聖魔力を創り出せていたりしたこと。
“研究室”がいたこと。
そして何より、ここが魂だけの世界であること。
伊達に異世界転生していない。魂の力だけで世界の壁を破って、俺は死神エルメスの寵愛で壊れていた〝セオ〟を……たぶん、“研究室”の魂を守ったことだってあるのだ。
だから、この世界では俺は負けない自信があった。
俺は全ての魔力を練り上げて、無数の魔術陣に注ぎ込む。
「コンっ」
膨大な魔力と複雑な魔術術式に意識を割いていることもあって、ついでてしまう鳴き声を抑えることはできない。
けれど、それは完成した。
「〝九尾〟」
『っっっ!! ボクは魔王だぁああああ!』
仮称ではなく、自称魔王だったらしい。
まぁ、関係ないけどね。
「ガァアアアアアアア!!」
それは、吠えた。
九つの尾を有する、巨大な金色の狐。瞳は深緑に輝く。
それは、疑似的な神聖魔力の塊。もしくは、疑似的な妖精。
生命ではなく、あくまで魔術人形の一種だ。
けれど、魂だけの世界で具現化させるには、精神だけの生物の構造を真似る必要があった。
だからこそ、妖精。
実体を持たない、精神生命体。もしくは、魂ありし者の想いから生まれる命。
俺は疑似的な神聖魔力の塊に、神獣の加護の術式を書き込んだのだ。
いわば、目の前の九尾は模擬的な神獣そのもの。
ゆえに神の使いたるそれが、負ける道理はなく。
「ガァアアアア!!」
『っっっっぁぁあああああ』
猛々しく九尾は自称魔王にかみつき、その粘性体をゴクゴクと音をたてて飲み干していく。
負けじと自称魔王は己を膨れ上がらせて無数の触手で九尾を引き離そうとするが、やはり神の使いの前に無力。
食い散らかし、飲み散らかし、吠える。
怨敵を滅ぼさんばかりに、九尾は自称魔王を喰った。
「ガァアアアアアアアアアア!!」
そして神気がこもった咆哮をビリリと響かせれば、周囲を漂っていた邪神気が霧散していった。
そして同時に。
――こっちも終わったよ! そっちの魂の解放が終わったら、この世界を崩壊させるからよろしく!
“研究室”の声が響いた。
どうやら、自称魔王の代わりに魂だけの空間を維持してくれているらしい。
俺は心の中で“研究室”に礼を言い、ユリシア姉さんの方を見やった。
ユリシア姉さんはハラリハラリと消えかかっていた妖精に、木の実を食べさせていた。
それは〝勇者の卵〟だった。
そう、ユリシア姉さんとエドガー兄さんだけがもつ、能力だ。勇者の証だとも言われているそれを、ユリシア姉さんは具現化させて食べさせていたのだ。
それは、妖精――サクラの魂の崩壊を防ぐため。
あの自称魔王の器になってしまったサクラの魂はボロボロで、その維持すらできなくなっていたのだ。
だから、〝勇者の卵〟がそれを治す。強い魂の力から生まれるその能力は、魂を守り癒す力がある。
「こほっ」
「ゆっくり食べなさい」
弱ったサクラは具現化した〝勇者の卵〟の木の実を食べるのも一苦労らしい。
咀嚼に手間取っていた。
とはいえ、あと十秒もしないで咀嚼が終わり、サクラの魂は癒えて〝勇者の卵〟はユリシア姉さんから失われる――
「ガアアアアアア!!!」
まだ、九尾は具現化したままだった。
消すのを忘れていたそれは、〝勇者の卵〟を咀嚼するサクラに殺気を漲らせた。
何故、そうなったのか、理解はできなかった。
だけど、俺は咄嗟にマズいと考え、九尾を消した。
が、遅かった。
九尾は最後に俺を睨んだ。
瞬間。
「ちょっ、待ってっ!!」
「っ、セオ様っ!?」
「どういうことかしらっ!?」
尽きていたはずの魔力が溢れだし、俺の意思とは別に勝手に魔術陣を展開して、あろうことか〝狐火〟をアイラ達に放ってしまったのだ。
アイラが咄嗟に魔力を唸らせて、結界を張ってそれを防いだ。
「セオっ!!」
「待って、俺の意思じゃない! たぶん、神獣の加護!」
尽きることのない、〝狐火〟。それを為しているのは俺ではなく、神獣の加護だった。
レモンが静を攻撃しようとしたのと同じ。
たぶん、神々にとって今のユリシア姉さんの行動はこの世界のルールか何かに反するものだったのだろう。
だから、それを阻止するために加護が暴走した。
どうにかその暴走を抑えようとするが、九尾を創り出した時にかなり精神力や魔力を使ってしまったこともあって、うまくいかない。
いや、それ以上に、魂だけの世界での俺の身体が狐なのが大きな理由だろう。
狐の神獣の加護が俺の魂を殻の覆っているような状態なのだ。
だからか、事態を把握した“研究室”が俺の暴走を止めようとするが、全て弾かれていた。
「セオ! さっさとやめなさい! じゃないとぶん殴るわよ!」
「むしろぶん殴って!!」
ユリシア姉さんが怒鳴ってくる。当然だ。
〝狐火〟に怯えて、サクラが〝勇者の卵〟の木の実を食べることをやめてしまったのだ。
俺だってどうにかしたい。けれど、どうしようもできなくて。
「殴って、一瞬だけ俺の身体の意識をっ!」
そう叫べば。
「セオ様っ!!」
アイラが走ってきた。
理屈ではとうてい不可能なそれを、アイラは魂の力だけで無理やり捻じ曲げて実現させた。
〝狐火〟が降り注ぐ中、駆けるアイラの姿はとても綺麗で、夢ではないかと思った。
そしてアイラは強く片足で地面を蹴って、飛び込んできて。
「ふー」
殴られると思ったら、違った。
アイラの可憐な顔が至近距離まで近づいてきたと思ったら、耳に息を吹きかけられた。
だから、俺は、身体を支配していた神獣の加護は。
「ひゃいっ!!」
「えっ?」
思った以上に高い悲鳴とともに、力が抜けてひっくり返ってしまった。アイラの驚いた声が聞こえた。
同時にサクラが〝勇者の卵〟の木の実を食べ終え、“研究室”が神獣の加護の暴走を止めた。
そしてアイラが降参のポーズみたいにひっくり返った俺を申し訳なさそうに起こして言った。
「セオ様。その、お耳、ごめんなさい。まさか、ひっくり返るとは思わなくて」
「…………何のこと?」
「ご、ごめんなさい!! セオ様を殴りたくはなくて! その、ユリシア様にお耳が弱いと聞いていたので咄嗟に」
「俺は弱くないから! そう、アレは身体が狐だったからで!! 狐はほら、感覚が鋭いから! 決して、俺の耳が弱いわけではない!」
なんか、凄く恥ずかしい。
俺は羞恥心に任せてそう叫んだ。
すればアイラは目を真ん丸に見開いたあと、口元に手を当てて微笑んだ。
「分かりました。そういうことにしておきます」
「いや、だから、違うって――」
仕方ない人を見るように、コロコロと微笑むアイラに俺は抗議しようとして。
――ねぇ、この世界の維持、とっても疲れるんだけど。早くしてくれない。
なんか、少し怒ったような“研究室”の声が響いた。
俺は好機と思い、アイラたちの魂を解放したのだった。
そして魂だけの世界は崩壊し。
「……おはよう、アイラ」
「おはようございます。セオ様」
俺たちは森の中で目を覚ましたのだった。
いつも読んで下さりありがとうございます。
面白い、また少しでも続きが気になると思いましたら、ブックマークやポイント評価を何卒お願いします。モチベーションアップにつながります。
また、感想があると励みになります。
更新が一ヵ月以上おくれて本当にすみませんでした!
余裕だし、大丈夫でしょ、と思っていたとある締め切りが自分の未熟さゆえに一気にデスマーチ化してしまい、まとまった時間がとれずにずるずると一ヵ月過ぎてしまいました。
最近、また落ち着いてきたので、今度こそ定期更新を目指していきたいと思っています。
ということで、次の更新は来週の日曜日になります。