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三人目の勇者……?:and return to everyday life

『貴様ぁあ、どうやってここに入り込んだっ!!』


 切り裂かれた瘴気の巨木――魔王はドロドロの軟体生物と変わる。それは徐々に膨れ上がり、先ほどの巨木とは比べ物にならないほど大きくなる。


「少しは戦いがありそうなやつじゃない」


 ユリシアは魔王の叫びに答えず、獰猛に笑う。


「私のストレス発散に付き合ってもらうわ!」

『くっ』


 雷が(ほとばし)った。


 そう錯覚するほど一瞬でユリシアは魔王に肉薄し、剣を振るう。すれば魔王の肉体は真っ二つになった。だが、直ぐに断面から触手が伸びてくっついてしまう。


「まだまだよっ!」


 そう叫んだ次の瞬間には上空へ。猛々しく裂帛の叫びと共に、炎を纏わせた剣が真っすぐ降ろされ、魔王は再び真っ二つにされる。


 今度は断面に業火が(とも)り、触手は纏わる炎に焼かれて伸びず再生しない。


 しかし、魔王も負けていない。


『がああああああ!!』

「チッ」


 全身から瘴気の泥水が溢れ出だす。断面を燃やしていた業火も消え、またそれは津波のようにユリシアやアイラたちを襲いだす。


 アイラが慌てて結界を張ろうとするが、その前に。


「燃えなさい!!」


 アイラたちの前に一瞬で戻ったユリシアが、白い炎(・・・)を噴き上がらせて、瘴気の泥水を防ぐ。瘴気の泥水は一瞬で蒸発した。


『その力は、貴様、勇者かぁあああああ!!』

「違うわ! 私はさすらいの騎士よ!」


 騎士でもないのだが、ユリシアは自信満々に答えた。


 それが気に障ったのか、魔王は先ほど以上に瘴気を膨れ上がらせてユリシアを襲う。しかし、ユリシアはその全てを切り捨てた。


 そして魔王は再生する。ユリシアが切るたびに、再生し続けた。


 ユリシアは魔王に決定打が与えられず、また魔王はユリシアに攻撃の一つも当てられず、膠着状態に陥る。


 と。


「……っ! うるっさいわね! 黙りなさいよ!!! 私は自分の意思で眠ってるのよ!! 起こすんじゃないわよ!!」


 ユリシアが虚空に向かって怒鳴る。


「あ、あのユリシア様?」

「ああ、悪いわね。あの貧弱軟弱男が私を起こそうとしてるのよ。まったく、ずっと私の邪魔ばかりして。これならまだクソヂュエルの方がマシよ。死ね!」


 ユリシアの鬼の形相を見て、アイラはその貧弱軟弱男が誰かピンと来てしまう。


「み、ミロお兄様が申し訳ございません」

「別にアイラ様が謝る必要はないわ。すべてはアイツが悪いのよ。これが終わったら、一発腹をぶん殴るわ!」

「それは……」


 ユリシアの口ぶりからして、ミロは相当なことをしたのだろう。しかし、自身の兄が殴られるのを許すというのは、少し気が引けた。


 だが、そもそも、ここは戦場だ。そんなことを話している余裕はなかった。


『勇者殺す勇者殺す勇者殺す勇者殺す!!』

「っっ!?」


 おどろおどろしい怨念とともに瘴気の嵐の剣がユリシアに向かって振り下ろされた。


 ユリシアは慌てて剣でそれを受け止める。


 しかし、先ほどまでなら普通に跳ね返せたそれは、受け止めるだけで精一杯だった。


 その嵐の剣に込められている瘴気が凶悪なのもそうだが、先ほどからミロに起こされかけているせいで力が十全に発揮できないのだ。


「舐めるなぁあああ」


 それでもユリシアは裂帛の叫びをあげて白い炎を剣から放ち、瘴気の嵐の剣を消し去ろうとするが、ちっとも瘴気の嵐の剣は消えない。


 それどころか更に瘴気がまし、ユリシアはもちろんアイラたちの意識が遠のいていく。


「腹一発じゃなくて、頬も()ってやりなさい。アダルヘルムお兄様もそれくらいしなきゃ理解しなかったわ。色ボケどもはみんなそうなのよ」

『ッッ!?!?』


 空間が裂けた。瘴気の嵐の剣はそれに巻き込まれ、真っ二つになる。


 それどころか、裂けた空間は全てを切り裂く斬撃となって魔王を襲った。魔王が細切れになる。


 そしてそれを為したのは。


「ハティアお姉さまッ!?」

「アイラ。無事で良かったわ。この空間に入るのに手間取ってしまって助けるのが遅くなってごめんなさい」


 ハティアだった。優しい目をアイラに向けた彼女は、しかし次の瞬間冷たい目をユリシアに向ける。


「山猿暴力女。この体たらくは何かしら? 高々この程度の瘴気すら祓えだないなんて。ああ、ごめんなさい。頭が筋肉でできている女に瘴気は理解できなかったわよね」

「あらあら、腹黒女狐。瘴気なら知っているわよ。今、貴方の口から漏れ出てるくっさい息のことよね。ああ、口を閉じてくださらない? じゃないとうっかり浄化の炎で燃やしてしまうわ」


 周囲の温度が一回り下がったのではないかと思うほど、空気が冷える。


 今にでも魔王そっちのけで殺し合いを始めてしまうのではないかと思うほどの一触即発の空気に、アイラは酷く驚く。


「あ、あの、ハティアお姉さま、ユリシア様。その落ち着いて……」

「ふんっ」

「ちっ」


 二人は不機嫌そうにそっぽを向いた。


 それと同時に今までずっと静かだった静が苦悶の息を漏らす。


「……くっ」

「静様っ?」

「はぁ、はぁ、はぁ。だ、大丈夫です。それよりサクラを」

「っ」


 静の腕に抱かれていたサクラは薄く透けていた。ハラリハラリと空に溶けるように、サクラの身体を構成していた魔力が零れだしていたのだ。


 アイラは慌ててサクラに魔力を注ぐ。しかし、多少零れる量は減らせたものの、サクラが薄くなっていくのは止められない。


「く、あ、あぁああ」

「静様っ」

「私のことは気にしないで! 魔力を止めないでください、アイラお姉さまっ」


 それどころか、サクラに魔力を注げば注ぐほど、今度は静が酷く苦しみだす。胸を抑えて倒れ、サクラと同じようにハラリハラリと薄くなっていく。


 アイラはハティアたちに助けを求めようとするが。


『勇者も聖女も殺すぅぅぅぅぅううう!!』

「聖女っ? この腹に毒物抱えている女がっ?」

「野蛮な猿が勇者なんて、世も末だわっ」


 軽口を叩いているが、ハティアもユリシアも表情が必死だ。


 いつの間にかコマ切れ状態から再生した魔王はその身体を更に膨れ上がらせる。その身から噴き出る瘴気は先ほどの十倍も濃く、百近い瘴気の触手が振り下ろされた。


 ユリシアは炎と雷を纏わせた剣を振るって触手を切り裂き、ハティアは空間をねじり触手をねじりつぶす。


 しかし、魔王の猛攻撃は終わらない。


 今度は獣の(かたち)をした瘴気が無数に生み出され、濁流のごとく押し寄せてくる。


 ハティアはアイラたちの周りに空間を断絶する結界を張ったため、アイラたちは瘴気の影響を受けない。


 しかし、結界の外にいるハティアとユリシアは瘴気の影響を受けていたため動きに精彩をかいていた。


 必死に瘴気の獣を倒すが、徐々に傷を負っていく。


「腹黒女っ! ノコノコやってきたのに解決策の一つもないのっ!?」

「……助けが来るまでの時間稼ぎですわ」

「つっかえないわね!」


 目の前の魔王を倒しきれないのもそうだが、後ろで静とサクラが苦しそうにしているのに助けられない自分に、ユリシアは歯噛みする。


 格好良く登場したのに何もできない自分が無力で情けない。


 その気持ちはユリシアだけでなく、ハティアもアイラにもあった。


 だからといって、感情ひとつで事態が好転することもない。

 

 ユリシアとハティアの傷はどんどん増えて、致命傷とはいかないものの深い傷を負うようになった。


 またサクラも静も身体の半分以上が透明になってしまい、どうにか二人を助けられないかと魔力を視る力を酷使しすぎたせいか、アイラの目から血涙が流れ出す。


 相反するように、魔王は時間が過ぎるほどに瘴気が増幅され、もはやそれは邪気と言っても過言ではないほどまでになっていた。


 その身から放たれる力は、神にすら迫りつつあったのだ。


『これで世界はボクのものだぁあああああああああ!』


 そして魔王は夢の空間を埋め尽くすほどの膨大な瘴気をもってして、巨大なハンマーを創り出し、ユリシアたちに振り下ろした。


 そのハンマーに込められた力にユリシア達はなすすべもなく潰されるかと思って。


「おお! べたな台詞だ!」


 能天気な言葉とともにコンッと狐が鳴いた。


 瞬間、瘴気の巨大なハンマーはもちろん、魔王は一瞬で小さくなってしまった。


 それを為したのは当然。


「まったく。遅かったじゃない、セオ――ぶほぉぉ!!」

「セ、セオ様っ!?」


 虚無というべきか、間抜けな顔をした狐、つまるところチベットスナギツネのような狐がそこにいた。


 一応、その狐はセオだった。

いつも読んで下さりありがとうございます。

面白い、また少しでも続きが気になると思いましたら、ブックマークやポイント評価を何卒お願いします。モチベーションアップにつながります。

また、感想があると励みになります。



シリアスはここで終了です。おさらばです。

思ったより長く続いたので、焦りました。


次の更新は来週の日曜日になるかと思います。

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新作です。ぜひよろしければ読んでいってください。
ドワーフの魔術師。           
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