言ったそばからぽろっと漏らす:eastern peninsula
「流石は神狐の巫女様ね。あまり驚いていないわね」
「……いえ、驚いてはいますよ。ハティア殿下がいつその力を手に入れたのか、についてですが」
「つまり、わたくしの企みは知っていたってことね」
「ロイス様とアテナ様から。可能性の一つとして」
「ふぅん」
虚空に現れ、ふわふわと地面に着地したハティア殿下は優雅に目を細めた。
呆然としていた俺はレモンに視線を向ける。
「……レモン。どういうこと?」
「そうですね……私も全てを理解しているわけではありません。ですが、ロイス様たちの言葉を使えば、私たちはハティア殿下の駒だったわけです」
「駒?」
あまり良い響きではないな……
けど、ああ、そういうことか。つまり、ハティア殿下は俺たちを思い通りに誘導したということか。
レモンはハティア殿下を見やった。
「それでハティア殿下。どうしてこんなことを?」
「それについては答えないわよ。わたくしが話すのはこの子たちのことだけ」
「っ」
ハティア殿下から視線を向けられて、静は酷く警戒した様子を見せる。
つまり、二人は知り合いじゃないのか。
「300年前。一人の少年が大魔境の奥地に踏み込み、魔王を生み出した。そして一柱の神樹がこの世から消えた」
「……どうしてそれをハティア殿下が?」
復活した魔王はクラリスさんが勇者と一緒に倒した。
けれど、魔王と大魔境、神樹の関係はその伝承には残らず、王族ですら知らないはず。神樹であるエウ本人がそう言っていた。
「バカが教えてくれたのよ。ちょっと取引したらぺらぺら話してくれたわ。他にも色々な情報をいただいたわね」
「エドガー様……」
レモンが頭を抱える。
バカとやらは、エドガー兄さんを指してしるらしい。
「分かるわ、その気持ち。あのバカ、口が軽いんだもの。そのうち、ぽろっと世界の重大な真理とやらをそこらの一般人に話してしまいそうで、いつもひやひやさせられるわ」
「ご苦労をお察しします。私も隣にいる方がなんとなしにそんなことをしてしまわないかいつも心配で心配で。というか、マキーナルト家は皆そうなのですよ」
「まぁ、でしょうね。あれはロイス様の気質かしら?」
「ええ。今は落ち着いているように見えますが、昔から破天荒な方で」
何故か苦労談義に花を咲かせ始めるハティア殿下とレモン。静も困惑した様子を見せている。
俺は慌てて軌道修正を図る。
「それで! 神樹と大魔境の話が静とどういった関係があるのっ?」
「……セオドラー様。いえ、ツクル様とお呼びした方がいいかしら? 貴方の知識、能力であれば気づいているのではなくて?」
「……キチンと確認したい」
「慎重な方ですわね」
クスクスと微笑みハティア殿下は朽ちて倒れた大樹に目を向けた。
「バカに教えてもらったのだけれども、精霊にも寿命はあるらしいわね」
俺も詳しいことは知らないけれど、一般的には精霊は寿命がないと言われているらしい。
けれど、精霊も人から見れば永遠に思えるだけで、寿命はある。そしてその寿命は精霊によってマチマチだ。
「特に植物の精霊は自分の宿主に強く影響されるとか。ここまで立派な大樹の精霊様に、お会いしたかったわ」
ハティア殿下は朽ちた大樹に軽く頭を下げた。
「ところで、どうして精霊樹がここで育ったのかしら? もっと言えば、どうして精霊樹はここに芽吹いたのかしら?」
「……さぁ?」
よくしらん。精霊が生まれる具体的な条件は知らないし。
「わたくしはこう思うのよ。魔境や迷宮の暴走を抑えるために、精霊樹は芽吹くのだと。実際、現存する魔境や迷宮の近くには必ず精霊樹が確認されているわ」
「え!? そうなのっ?」
初めて知った。
「つまるところ、神樹も同様なのよね」
「……そう考えれば、確かに」
前にエウは自分は大魔境の瘴気と暴走を抑える役割だと言っていた。ならば、それは神樹に限らないというのは確かに納得できる理屈だ。
「つまり、ここも魔境なの。いえ……もっと言えば、大魔境の卵ともいうべきかしら」
「っ!? でも、大魔境はクロノス爺たちがっ――」
大魔境は原初の時代の失敗の産物。その後、クロノス爺たちが手を施して大魔境は生まれないようになっていたはず。
「あら、やっぱり。セオドラー様はクロノス神たちと会ったことがあるのね」
「あ」
「セオドラー様……」
隣でレモンが頭を抱えていた。
「まぁ、そこはいいわ。神さまたちは完璧ではない。それは教会の資料からも分かっていること。もちろん、わたくしたちの神々であり、敬う存在であることに変わりはないけれど」
そうして、ハティア殿下は言った。
「大魔境はね、作れるのよ。人の手によって。そしてここがその一つ」
「っ!」
「そしてそれを阻止するべき、精霊樹……いえ、なりかけの神霊もまだ幼木。だから、瘴気に飲まれてしまった。今では新たなる魔王……妖魔王の僕」
「っっ!! 離れてくださいっ!!」
静が特殊なエネルギが込められた結界を自分と瘴気を纏った幼木の周りに張った。
幼木……瘴気に犯された幼い神霊を守るように俺たちを睨む。
しかし、ハティア殿下は気にすることなくレモンを見やった。
「レモン様。神樹には巫女がいるのでしょうか?」
「……いえ。けれど……ハティア殿下が仰る通り神さまたちは完璧ではありません。ですので、不完全を補うために色々な対策を講じるのも確かです」
「やはり。では、各地で精霊樹と心身を共にする存在が現れたのも、そういう理由なのですわね。そして、アイラも」
「え?」
ここでアイラの名前がでてくるとは思わず、俺は混乱した。
「けど、その対策もまだ洗練されていない。だから、こうした事態が起こってしまったというわけね」
「ハティア殿下は彼女をどうするつもりなのでしょうか?」
「もちろん、救うわ。そのために、わたくしは動いた。レモン様をここに連れてきた。それに聖なる森の仙鬼も自由ギルドの精鋭たちもわたくしを探しにじきにここにくる」
ハティア殿下は俺に視線を向けた。
「まぁ、セオドラー様がここにいるのは驚いたけれども。いくらツクルとはいえ、ロイス様たちが危険な場所にやるとは思わなかったから」
「まぁ、ごねてついてきたわけで」
「……そうなのね。アイラのために、ありがとう。だから、一生あの子をよろしくね」
「えっ、や、違うからっ!」
別にそういう理由で来たわけでは……
「ともかく。妖魔王はバッグ・グラウス様がひきつけているこの時がチャンスなのよ。この時なら、あの二人を瘴気から救うことができる。もちろん手伝ってくれるわよね?」
「ええ、もともとそのつもりでした」
そしてハティア殿下とレモンが張り詰めた雰囲気を纏い始めた時。
『ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』
突如として、遠くに嵐が現れた。
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