静を追って:eastern peninsula
「うーん」
俺は両者の言葉を聞いて首をかしげた。
将軍の話を聞くと、陰陽師陣営が妖魔によって操られ静の力を独占しようと暗躍したらしい。そして武士陣営がそれを防ぎ、両者間で争いになったと。
対して陰陽頭の話を聞くと、真逆だった。武士陣営が妖魔たちによって操られ静の力を独占した。それに反発し静を救おうとしたが、町人たちも妖魔たちに操られて派手に動けなかったため、陰陽師たちは一度撤退してゲリラ的に武士たちに攻撃を仕掛けていた、と。
結果は違うが、けれど両者とも相手が妖魔に操られていたと認識し静を守らんとして戦っていたことは同じだった。
つまり、妖魔に操られていたという点に鍵があると思った。
なので、俺とレモンは将軍と陰陽頭のそれぞれを確かめた。
確かめたのだが……
「両者ともに妖魔による精神操作の痕跡がありません」
「そうなんだよね。俺はともかく、レモンがこれほどの精神操作の魔力の痕跡を探れないとは思えないし……」
魔法や能力で他者の精神を操った場合、その痕跡が残る。魔力の残りカスみたいなそれは1年以上も経ってしまえば、ほとんど消えてしまうけれど、数ヵ月以内であればそれなりにはっきりと残るのだ。
痕跡を残すことなく精神を操作するのは、神ほどの存在にしかできないとか。
道中でレモンとアランが精神攻撃を受けて操られていたこともあって、教えてもらった精神攻撃の対策や事後対応などを思い出す。
自慢ではないが、俺は“研究室”がいるためか、精神攻撃において高い耐性があるらしい。俺と同じ特異能力を持っているレモンたちでも防げない精神攻撃を防げるとか。
レモンたちが言うには俺の特異能力が精神防御に特化したものらしいが、俺はそう思っていない。
確かに“研究室”を内包しているが、俺の特異能力、“解析者”はいたって普通の特異能力だ。精神防御に特化しているわけではない。
ただただ、その精神攻撃が俺にしか及んでいないから、俺を操れないのだ。
つまるところ、セオドラー・マキーナルトという存在は俺ともう一人、つまり“研究室”の二人で一人のような存在なのではと予想している。
……確証はない。というか、“研究室”に詳しいことを尋ねようとするとはぐらかされるか、黙り込んでしばらく返答してくれなくなってしまうのだ。
まぁ、いっか。『そんなこと』と言ってしまうには些細なことではないけれど、今はあまり関係ない。
大事なのは武士も陰陽師たちも妖魔から精神操作を受けていないこと。
そして。
「静。次は君を診たいんだけど、大丈夫かな」
「大丈夫です。直ぐに終わりますから」
静の裡に潜む存在についてだ。
「っ!」
「あ、待てっ!」
静が逃げ出した。彼女が地面を蹴るたびに、簪の鈴が揺れる。
俺とレモンは慌てて追いかけようとして。
「静さまを守るのが我らの役目じゃ」
「お役目、果たさせてもらう」
将軍と陰陽頭が俺たちの前に立ちふさがる。武士たちは刀を抜いて、陰陽師たちは札を構えて、戦闘態勢だ。
「……レモン。どうする?」
「ひとまず、静様の安全の確保が最優先かと」
「つまり、戦いはしないってことだね。俺はそっちの方が嬉しいよ」
「セオ様は戦うことは好きではありませんからね」
「うん。隠れるのが性に合ってる」
ということで、フィンガースナップを一つ。
火炎と水の魔術を同時に発動して、深い霧を周囲に発生させた。
「っ、待て!」
「風だ! 今すぐ散らせ!!」
霧は魔力によってこの場に固定している。だから、陰陽師たちが風の術で払おうとしても無駄だ。
俺とレモンは深い霧に紛れるように気配を、果てには存在感さえも消してその場を後にした。
Φ
「さて、じゃあ静を追いかけようか」
「まってください、セオ様」
武士たちがいた場所から離れたところで、俺は静を追いかけようとして、レモンにとめられる。
レモンは少し怖い顔をしていた。
「……どうしたの?」
「静様を追いかける前に一つ、セオ様にお願いがございます。もし私が静様を傷つけようとしたなら、遠慮なく止めてください」
「……どういうこと? 静の中に潜んでいる存在はともかく、静そのものを傷つけるって……?」
レモンがそんなことをするとは思えない。
しかし、レモンは首を横に振った。
「セオ様。以前、私が神獣の魔力を受け継いでいることはお話ししましたよね」
「うん」
確かヒネ王国に入る前にそんな話をしていたのを覚えている。
「神獣の魔力……神聖魔力はとても大きな力です。けれど、その分だけ代償……と言いますか、役目が与えられるのです」
「役目?」
「はい、例えばそうですね。ユキを育てているのもその役目の一つです。もちろん、ユキを育てたいと心から思っていますけれど、神獣の魔力を有している存在は新たな神獣の誕生を援けなけばならないという役目に従事しているのも確かなのです。ロイス様たちもそういった役目が与えられているんですよ」
「何それ、知らない」
「言わなかったので、知らなくて当然です」
普段は全く教えてくれないのに、こういうときにサラッと言うのは、ちょっとズルいというか。
ロイス父さんたちが言わなかった理由はそれなりに分かるけれど、もっと早く教えて欲しかったな……
「……つまり、状況によっては静を傷つける役割をしなくちゃいけないってこと?」
「そういうことになります」
……面倒くさいな。レモンは静を傷つけたくないのに、役目とやらで傷つけなくちゃいけないとか。
そういうしがらみは悲しみしか生まないのに……
けれど。
「分かった。遠慮なくレモンを締め上げるから安心して」
「……そうセオ様にいわれると、少し怖じ気がします。過剰に締め上げられそうで安心できません」
「そんなことをしないってば!」
俺は抗議の意を示すために頬を膨らましながら、内心ちょっと緊張していた。
なんせ、俺は今回の旅はハティア殿下を探しながらヒネ王国をゆったりのんびり楽しむ観光のつもりだったのだ。あとバッグ・グラウスのサインをもらう。
それがこんなことになって、しかもレモンを締め上げなければならない可能性もでてきた。
ゆったりのんびりした旅はどこにいったのだろう……
心の中で少しぼやきながら、俺たちは深い森を走って静を追った。
そうして1時間近く追いかけてようやく、静に追いついた。
意外に彼女の足が速かったのもあるし、時々気配が途切れてしまい探すのに時間がかかったのもある。あと、妖精化が進んだ奇々怪々の魔物たちに沢山襲われてその対処に時間がかかったのだ。
けど、ようやく静は足をとめた。
その場所は森の奥だった。澄み切った静謐な風が高くそびえる木々を吹き抜けた先にある、大きく開けた場所だった。
苔むした岩がところどころに見え、低い草木から垂れる雫が差し込む優しい陽の光に淡く輝く。
そして一本の大樹が倒れていた。瑞々しさはどこにもなく、どこもかしこもひび割れてところどころにある洞の周囲は水気によって腐っていた。
……寿命だろう。
大樹は己の自重に耐えられなくなって、根元から折れたのだ。
そこには一抹の哀しさと、自然の温かみがあった。己の肉体は次の命を紡ぎ育てるのだと、そんな意思がその折れた老樹から感じた。
普段なら、その光景に感動しただろう。
けれど、今は感動はできなかった
「……あれは」
「……やはりですか」
折れた老樹の根元根元からは新たな木が伸びていた。
老樹と比べたら赤子の腕のように細く幼いその木は、けれど強く秘められた力を感じた。
いずれは老樹を超えるほどの立派な大木になるのだと、確信させた。
しかし、それは叶わないことを俺は理解した。
なぜなら、その木にはどす黒い瘴気がまとわりついていたからだ。まるで宿主を食い殺す寄生虫のように瘴気がその木を縛り付けていた。
そして静はまるで大切な友達を慰めるように、瘴気に蝕まれた木に触れた。
いつも読んで下さりありがとうございます。
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すみません。年度末前後が何かとゴタゴタしていて、精神的にも余裕がなかったので遅れました。
今後も小説を書けるほどの余裕が取れるかわかりませんが、最低限月1で投稿してまいります。(日曜日は時間があるから、できるなら毎週投稿したい)
どうぞよろしくお願いいたします。