仲介:eastern peninsula
俺たちは森に攫われた。それは比喩でもなんでもない。実際に森に攫われたのだ。
静たちと話すため、彼女たちが待っている部屋へと入った瞬間、畳から木々が生い茂り俺たちを包み込んだ。
そして同時に転移の魔法が発動して、森に引きずり込まれたのだ。
そして転移の魔法に込められた魔力は今、俺たちがいる森に漂う魔力と同じだった。
「……レモン。これって精霊の仕業? 森を操っている感じだよね」
「少し感覚が鈍っているのもあってはっきりとは。ただ、この森で生まれた魔力概念体が関わっているのは確かでしょう」
魔力概念体……か。
レモンは精霊や妖精の仕業ではなく、それらを含む広義だといった。つまり、精霊や妖精以外の可能性もあるってことか。
「お、お二人とも。呑気に会話している場合ですかっ!?」
隣にいた静が慌てふためきながら叫ぶ。
……まぁ、気持ちは分かる。俺もレモンもそういう気分だから、一番の原因について言及して、心を落ち着かせたわけだし。
というか、俺とさして歳は変わらないのに慌てふためくだけで収まっているのが凄いといえるだろう。
普通ならばわけも分からず泣いてしまうか、黙りこくってしまうか、恐怖に震えているところだ。
なんせ、俺たちは今大木に埋まっているのだ。大地に縛り付けられたかのように身体のほとんどが動かせず、唯一胸の周りだけ僅かな空洞があるだけ。このおかげで呼吸だけはできる。
しかも目の前では武士と陰陽師たちが互いに武器を抜き、攻撃をし始めてしまったのだ。
だから、俺は。
「「「「「「まず、一つ目の面倒ごとをなくそう」」」」」」
「「「「「「なっ!?!?」」」」」」
振り下ろされた刀を魔力の糸で奪い取ったり、泥沼の魔法で身体の半分を沈めたり、放たれた火の魔法を消し去ったり、召喚された虎を水で拘束したり、と武士と陰陽師たちの攻撃を全て無効化した。
それから人数分の分身体をそれぞれの肩の上に召喚して、無理やり地面に押しつぶして動けなくする。子供の体重でも不意をつけば、大の大人を押しつぶせるのだ。
「おじさんたち。喧嘩は駄目だよ。ね?」
「「「「「「……………………」」」」」」
そしてアランたちに教えてもらった方法で、魔力に威圧を載せて放ちながらにっこりと笑う。
すれば、武士も陰陽師も落ち着いてくれた。
……正確には黙らせたわけだが。
けど、これで一つの面倒ごとは片付いた。あとはもう一つだ。
「お疲れ様です。セオ様。ここからは私に任せてください」
「ん」
レモンはスッと瞼を閉じる。するといつも彼女に在った親しさと間抜けが消えて、張り詰めた美しさだけが残る。
……こういうのを急に見せられると、あれだな。びっくりするな。
隣にいるレモンの雰囲気にちょっと心臓が跳ねていると、レモンから神聖な魔力が立ち昇り始める。
静謐なそれは、されど呼吸を思わず止めてしまうほどに威圧的で、静やその場にいた武士や陰陽師たちが皆、あっけにとられてレモンを見つめる。
そしてレモンは黄金色のモフモフ毛に覆われた耳をピンッと立てて、スッと瞳を開いた。
「放してください」
遠くで響く狐の鳴き声のように淡くそれでいて印象に残る声音が響けば、サァーと葉擦れが耳をくすぐる。
俺たちの身体を包み込んでいた巌のように固く重い幹が柔らかくなり、手足が動かせるようになる。
そして枝分かれするように俺たちの前側を覆っていた幹が裂けていき、俺たちは大木の幹から解放された。
「きゃあ」
「っと」
事前に分かっていた俺はともかく、静は突然のことに驚いて頭から地面に落ちそうになった。
俺は慌てて静の落下地点に分身体を召喚する。
体格は殆ど同じくらいだけれど、まぁ俺はロイス父さんの朝稽古で多少鍛えているし、分身体は魔力体なので幾らでも魔力さえあればそれなりに身体能力を強化できる。
なので、分身体は落下してきた静を難なく受け止めた。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫です!」
静をゆっくりと地面に立たせて分身体を消しながら怪我はないかと尋ねれば、静は慌てたように目を逸らしつつ頷いた。
……これは何か誤魔化している感じだ。
「嘘だよね。どこか痛むの?」
「い、いえ。本当に大丈夫ですから! 怪我とかはありません!」
「……なら、いいんだけど」
ざっと魔法で調べた感じ怪我も病気もなさそうだったので、彼女の言い分を信じることにする。
そして武士と陰陽師たちの背中にのしかかっていた分身体を全部消し、尋ねる。
「さて、と。おじさんたち。話し合いをしたんだけど、いい?」
「……うむ」
「……わかった」
一応、俺たちの味方である武士はもちろん、レモンに視線が釘付けになっていた陰陽師のおじさんたちも停戦の意思を見せてくれた。
力で場を支配するのは前世の感覚的にあまりすきではないんだけど、まぁこれが一番早いから仕方ない。
Φ
一先ず、武士と陰陽師のそれぞれ一番偉い人と一緒に話し合いをすることになった。静も同席している。
俺たちの後ろではそれぞれの陣営が向かい合うように控えている。
「では、自己紹介から致しましょう。まず、私たちから。私はレモンと申します
「俺はセオドラー。気軽にセオと呼んでね」
俺は武士の一番偉い人、つまりご老公に視線を向ける。
彼は少しだけ黙り込んだ後、陰陽師の偉い人を睨みながら言う。
「将軍、朝霧隆二だ」
陰陽師の偉い人を見る。烏帽子を被った老人もまた、ご老公もとい将軍を睨みながら言う。
「陰陽頭、夕凪浩二だ」
そして静が名乗りでる。
「巫女、龍神静と申します」
ぶっちゃけ、俺ら以外、この三人は以前からの知り合いなのだろう。実際、静との世間話から察するに、この国はもともと武士と陰陽師の二つの集団が治めていたらしいし。
けれど、こういう場では自己紹介させた方が何かとスムーズにいくものだ。
……それにしても。
「将軍様と静の話じゃ、陰陽師は妖魔?ってやつに乗っ取られているとか聞いてたけど、精神操作系の魔法や能力ってわけじゃなさそうだね」
「ええ、そうですね」
乗っ取るといえば精神操作の魔法や能力が定番だ。だが、陰陽師たちにはそれらしい痕跡がない。
まぁ、魂の奥側に影響するものだったら、俺は分からないけれど。
そういう意味で、聞いていた話と違うような気がするけどどういうことなの? と静たちに目線で問いかける前に。
「何を馬鹿なことをいうのじゃッ! 妖魔に惑わされ、我らを追い出し静さまを軟禁していたのは侍どもの方じゃろうに!」
「ふん。たわけたことを! 妖魔に心までやられ記憶まで定かでないらしい。静さまを攫い、あまつさえその手にかけようとしたのは貴様ら陰陽師だろう!」
陰陽頭と将軍が怒鳴り合う。
「セオ様の前です。喧嘩はしないでください」
「「っ」」
レモンがパンッと手を叩けば、二人は黙り込む。
「で、静。どういうこと?」
「……確かに夕凪さまたちは妖魔に心を奪われ、国で反乱を起こしたのです」
「っ、そんなわけは! 我らはそこの武士共にいわれなき罪をかぶさられ、国を追われたのですぞ!」
「なるほどね……」
これは詳しく話を聞く必要がありそうだ。
俺とレモンはそれぞれ両者の話を聞くことにした。
いつも読んで下さりありがとうございます。
面白い、また少しでも続きが気になると思いましたら、ブックマークやポイント評価を何卒お願いします。モチベーションアップにつながります。
また、感想があると励みになります。