本来のセオは狐耳と尻尾がついている状態だよ:閑話
「……うっぷ」
「酔い止めが切れたようだの。今、新しいのを用意してくる。待っておれ」
外の空気を吸えば少しは気持ち悪さが収まるかと思ったのだが、そんなことはなかった。
酔い止めの薬を取りに戻るクラリスの背中を見やりながら、アイラは胸から込み上げてくる吐き気にえずく。
「アイラ様。お水を」
「……ありがとう、リーナ」
背中をさすってくれるリーナから水筒を受け取り、アイラは少しだけ口を湿らせた。そうすれば、少しだけ気持ち悪さは収まる。
しばらくしてクラリスが戻ってきて、渡された酔い止めを飲めばだいぶ落ち着いた。
「……はぁ。船って、こんなに揺れるのね……」
肌と髪がパリッと軋む感覚から目を逸らすように、アイラは揺れる地面にため息を吐いた。
港にたどり着いたアイラは港町の人間に怪しまれることなくドルック商会が中心となって用意した船に乗ることができた。
違う国と国交を開くために自分の国の港を他の国の王族が勝手に利用しているのだ。バレたら国の間で大きな溝ができるのはもちろんのこと、下手したら戦争にまで発展してしまう。
だからこそ、何事もなく船に乗れたことでホッと胸を撫でおろしたのだが、その先に待っていたのは船酔いという地獄だった。
右へ左へと大きく揺れる船。ギシギシと船が軋む音やドンザプンッと船底を叩きつける波の音が耳から直接脳を殴るってくるような感覚。生臭くしょっぱい海の臭い。
直ぐに吐き気を催し、アイラはベッドに寝たきりとなってしまった。最初は酔い止めも効かず、クラリスが何度か改良してようやく落ち着いたのが今ごろ。
気落ちしてしまうのも仕方のないことだろう。
そして先ほどよりも深いため息を吐こうとして。
「……はむ」
どうにかそれを飲みこんだ。
自分にはこれからヒネ王国と国交を開くという大切な任務があるのだ。こんなことで落ち込んでいては、駄目だと気負う。
とはいえ、こんな状態では頭もまともに働かないため、アイラは気分を紛らわせるために海を見渡した。
「……ねぇ、リーナ。海ってたくさんのお水でできているのよね? やっぱり本に書いてあるように青色なのかしら?」
「色は……そうですね。暗い緑が混じった青といいましょうか」
「緑が混じった青。……難しいわ。けれど暗いって、こう向こうが見えない感じのことよね」
「はい。見通せない暗さに近いですね」
「ふぅん。じゃあ、緑が混じった青は違くても、暗さは一緒なのね」
魔力は物質を透過する。
通常の人は壁の向こう側にあるリンゴを見れないが、リンゴが放つ魔力は壁の魔力を透過する。
壁の魔力の色が濃くて、その向こうにあるリンゴの魔力が見えにくいことはあるが、それでも魔力しか見えないアイラの視界は物理的な隔たりを無視することができる。
けれど、海はそうではなかった。鈍い銀色のような暗闇が海面を覆いつくし、その下を隔てているのだ。
身近にある水はそうではない。水に沈んだ物の魔力をアイラは見ることができていたはずなのだ。
なのに、海になると、海の底にあるはずの物の魔力が見えない。“魔力感知”では近くを通る魚の魔力をしっかりと確認できるのに、その瞳では魚の魔力を見ることさえできない。
我ながら本当に不思議な目だと思っていると、ふと、どこからか視線を感じた。
「……?」
「アイラ様。どうかしましたか?」
「その、リーナ。向こうに何か見えるかしら?」
「……うーーん?」
リーナはアイラが指さした方向に目を凝らす。水平線しか見えない。それでも目に魔力を通して視力を強化すると、ようやく断崖絶壁の海崖が見えた。
「海岸が見えますね」
「……人はいる?」
「人?」
流石にそこまでは見えない。リーナは困惑した表情を浮かべた。
その表情そのものは見えなくとも、魔力で困惑を感じ取ったアイラは、リーナにはアレが見えないのだと分かった。
そして刻一刻と変化していくアレにアイラは慌ててクラリスを呼ぶ。
「クラリス様!」
「む、どうしたのだ?」
「クラリス様はアレが見えますかっ?」
「う~む?」
緊迫したアイラの様子を怪訝に思いつつ、クラリスもアイラが指さす方向に目を凝らした。
しかし、見えるのは海崖だけ。
けれどアイラの様子から何かあると踏んだクラリスは、己が持つ能力や魔法を駆使してアイラが視ているものを探った。
「……アイラよ。お主にはアレが何に見える?」
「……その、以前読んだ書物にでてきた、クジラというのによく似ています。それがこちらにゆっくりと。それと、ハティアお姉さまの魔力がその背中にあって――」
その言葉を聞いた瞬間、クラリスは酷く慌てた。
「っ! アイラッ! すまぬっ!」
「っ、きゃっ!?」
「クラリス様っ!?」
クラリスは懐から目を焼いてしまうほど真っ白な布切れを取り出し、アイラの目を覆った。
それにアイラとリーナが慌てるが、クラリスはそれどころではない。
「船の速度をあげるのだっ! あれに追い付かれたら――」
船員に対してビリリとつんざくような命令を出す。
しかし、それも少し遅かった。
『ぐぉぉおおおおおおおおお!!』
突然の嵐だった。一瞬で空が雷雲に覆われ、海が酷く荒れた。
そして海そのものが怒っているかのような、唸り声が響いた。
あまりのことに、全員が対応できなかった。
「ここは……」
そしてアイラは海辺に流されていた。ゴツゴツとした岩が積み重なった海岸でアイラは倒れていた。
「くっ」
身体の節々が痛む中、アイラは這うように片足で立ち上がった。足場の不安定な海岸で立ち上がることができたのは、義足なしでダンスが踊れるようにと練習していたおかげだった。
アイラは周りを見渡すが、誰もいなかった。静かな波音だけが響く。
前後不覚に陥ったかのようにアイラは不安に駆られるが、服の下からもぞもぞと動く何かを感じた。
「アル?」
「リュネネ!」
「ケン!」
「っ! 無事だったのね」
それらはアルたちだった。呑気そうなアルたちの声にアイラはほっと胸を撫でおろした。
そして次の瞬間。
「……アイラ? どうしてここに?」
「っ、セオ様っ!?」
大きな岩の影から、セオが現れた。
狐耳と狐尻尾がない、セオだった。
いつも読んで下さりありがとうございます。
面白い、また少しでも続きが気になると思いましたら、ブックマークや広告下の「いいね!」とポイント評価をよろしくお願いいたします。
また、感想があると励みになります。
ちょっとホラーっぽいしめになっていますが、シリアスはそう続かない(たぶん)ので安心してください。
あと、年末に隔週で投稿すると言ったのにこのざまですみません。次の更新は二月の中頃かと思います。それまでには目下のやるべきことを片付けられるかと思います。