ばぶー:On the way 2
「セオ様? どこか痛むのですか?」
「……いや、大丈夫」
少し目が潤んだが、首を横に振った。
改めて、目の前の景色をみた。
里山だ。木々に囲まれた開けた場所に水田が広がる。時期的には苗を植えたばかりだろう。
小川のせせらぎと涼しい風、動植物の鳴き声。
本当に懐かしいものだった。
「……稲か。見たことない種類のものだな」
「この土地固有のものでしょう。この広さからして、それなりに日常的に食べられているのかもしれませんね」
俺たちはあぜ道を進む。
「ねぇ、これからどうやってハティア殿下を探すの?」
「そうですね。ロイス様達の予想では、ハティア殿下は北上して東の浮島に行くそうです。なので、私たちも同様に北上しようかと」
「だが、人から情報は得たい……んだがな」
歯切れの悪いアランが自分や俺たちを見やった。
「この国は長いこと鎖国状態だ。どんな種族がいるのか、服装をしているのか分からないが、よそ者だとバレる事も視野にいれなくてはならない。最悪、言葉が違う可能性もあるからな」
「そこが問題ですよね。大陸の方であれば自由ギルドのおかげで自由な行き来が可能になっていますが……」
なるほど。
黒船来航ではないが、種族も違う。服装も違う。他所のものが来たとなれば、それなりに騒ぎになるかもしれない。
「ん? でも、それってハティア殿下も一緒じゃない?」
「そうだな。だが、向こうには神金冒険者、咆哮のバッグがいる。上手くやっている可能性も否定できない」
「じゃあ、俺たちも上手くやるしかないんじゃない? こっそりと観察して、姿形を誤魔化して入り込むとか?」
「まぁ、それが一番無難だな」
ということで、レモンの影の魔物と俺の分身体を使って近くの集落の偵察に行ってもらうことにした。
「じゃあ、よろしくね」
「任せろ、俺」
だが、影の魔物と分身体を送り出そうとした直前。
「………………俺たちに用かな、あれ」
「そのような気がします」
「それにしてはあんな武装される覚えなはいのだが……」
遠くから土埃をあげてこちらに向かってくる集団が“魔力感知”で分かった。眼に魔力を通して視力を強化すれば、鎧を纏い馬でやってくる人たちだった。
侍とか武士とかそういう言葉がぴったりだ。前世の日本の昔みたいな光景である。そっくり。
そして明らかに彼らは俺たちを意識していた。
先ほどまで気が付かなかったが、フクロウらしき鳥がかなり上空で俺たちを見下ろしていた。
「偵察用の魔物ですか」
「鳥系は隠密が得意ですけど、あれはその中でも指折りですね。こちらが気が付いたときにはもう遅いくらいです。視界範囲も広いようですし」
俺はため息を吐きながら尋ねた。
「で、どうするの?」
「「情報を得たいからわざと捕まる」
「セオ様は隠れていてください」
「どうして?」
「万が一のことがある。危険にはさらせない」
「子供にそんなことする?」
アランの懸念も分かる。
よくわからないよそ者をとっ捕まえてすることといえば、まぁ尋問等々だろう。俺もそれをされると思っているらしい。
「それも含めてヒネ王国の情報はほとんどない。隠れている方が安全だ」
「……わかった」
正直、レモンたちが懸念するような目にあってほしくはないのだが、二人は何を言っても聞かなさそうだし、従っておく。
「けど、もうあのフクロウには認識されているようだし、分身体を残しておくよ」
分身体と入れ替わるように俺はそっと“隠者”を発動させて物陰に隠れた。
しばらくして、むさくるしい甲冑を纏った武士たちが来た。レモンとアランは両手をあげた。
そして甲冑集団の先頭、一番艶やかな毛並みの馬に乗っていた一番偉そうな武士がアラン達を見下ろしていう。
「やはり、予言は本当か」
予言?
「お前たち! この者どもをひっとらえよ!」
「「「「「おおおおおお!!!」」」」」
武士たちが鞘から刀を抜いた。やっぱり刀なんだ、あれ。本当に日本の昔にそっくりだな。
「問答無用だな……」
「仕方ありません」
「ばぶー」
おい、俺の分身体。なんで「ばぶー」とか言ってるんだよ。赤子まで退行したかのようにハイハイを始めてるんだよ。
武士の人たち困惑してるんじゃん。っつか、俺の体でそんな恥ずかしいことをするな。アホ。
「……この童は?」
「友人の息子だ」
「国を出て、私たちはここまできたのです」
「ばぶー。ばぶぶ!」
「……そうか。両親を殺されて百鬼山を越えてきたせいで、言葉を……。お前たち、そこの二人はともかく、童は丁重に扱え! この儂の命令だ!」
「はっ!!!」
何を勘違いしたのか、一番偉そうな武士は涙を流して他の武士に命令した。
そのおかげが、レモンとアランは手足を縛られて目と耳を塞がれて担がれているのに対し、俺は何もされずに馬に乗せられた。
……俺の分身体のくせに賢しいな。
ってか、武士の一人に団子をもらっているし。一応味覚を共有することはできるので味は分かるが……くそ、ズルい。
いや、っというか、団子があるのかよ。なんの団子か分からないけど……
そして武士の集団は元来た場所へと戻っていく。
俺は足元の影を見やった。
「頼める?」
「ワン」
影の狐が飛び出してくる。俺は彼の背中に乗ってこっそり武士たちの後を付けたのだった。
Φ
一時間ほど進むと、人里が見えてきた。集落と言った感じだ。
かやぶき屋根の一軒家がポツリポツリと建ち、その間に畑や田んぼが広がっていた。
武士は村の人と一言二言話した後、集落を出た。その話を聞いた感じ、少しなまりや単語の違いはあるが、大まかな言葉は同じようだった。
そうして日が沈むころ。いくつかの集落を経由したのち、大きな村へとたどり着いた。
目的地はここではないようだが、今夜はここで休むようだ。
「童。ほら、儂のを半分食え」
一番偉い武士が一番豪華な飯を分身体に差し出した。白米と猪を煮付けたものだった。
けれどレモンとアランはなんかよくわからん草を食わされそうになっていた。
分身体はそれを差し出された飯を拒否して、そんなレモンたちを指さす。
「ばぶー。ばぶぶ」
「……お前たち。目隠しはとってやれ。あと、粟飯でも出してやれ」
「はっ」
この人、ちょろいな。そして分身体は満足したように頷く。
「あぶぶ!!」
分身体は箸を手に取り、白米を口に運んだ。同時に“宝物袋”を発動させて、一瞬だけ白米を異空間へと収納した。
そして俺の口の中で白米を出す。
「……米だ。前世で食った米だ」
物陰でひっそりと咀嚼していた俺の目からは自然と涙が出た。連動して分身体も涙を流してしまったらしい。
武士の人たちが驚き、何故か泣き始めた。飯を食え食えと差し出す。美味いものに沢山ありつけた。味噌汁やドジョウのかば焼きが美味しかった。イナゴの佃煮はびっくりしたが。
レモンたちが分身体をしらーっとした目で見ていたが、まぁ無視をしよう。
そして翌日、村を出発した一向は昼頃、大きな街にたどり着いた。
着物を着た人たちが行き交う、時代劇とかでよく見る江戸のような街並みだった。中央にはデカイお城が建っていた。
……やっぱり日本っぽいんだよな。
故郷のラート街や王都だって、前世のヨーロッパの街並みと少し違っている。文化の様式も違うのだ。
けれど、ここはそういった文化の一致が激しいような気がした。
そして武士たちはレモンたちを担いで、城の中に入っていった。
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別作で『ドワーフの魔術師』を投稿しています。
ドワーフの魔術師とエルフの戦士がわちゃわちゃのんびり旅する物語です。
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