余談と到達:On the way 2
国交が断絶していたのも頷ける。いや、そもそも国交の樹立などできないだろう。
「魔物というより、妖怪じゃん」
俺は目の前に積み上がった魔物の死体の山をみて、そう思う。
リュッテン山脈へと足を踏み入れて、三日。
アランの仙気うんぬんは意味を為さず、魔物が次々と襲ってきた。それはもう、沢山。
今だって、朝、目を覚ましたら、俺の分身体とレモンが創り出した影の魔物たちが狩った魔物の死体の山が積み重なっていたのだ。寝ている間にそれだけ襲ってきたということに他ならない。
しかも、その魔物が特殊なのだ。
通常の魔物は超常的な力を使ったりはするが、その骨格は案外普通の動物に準じている。
しかし、目の前のは奇々怪々なのだ。
角を生やした巨大な蜘蛛は何故か背中から手を生やしているし、明らかに人工物と思しき傘に獣の足と耳が生えていたり、歩く土壁だったり。
明らかに通常の魔物の系統からはかけ離れていて、前世での妖怪を思い出してしまう。
「ここは、かなり妖精化が進んでいるようですね」
「概念影響による変質が現れやすい龍脈があるのかもな。要調査だな」
その死体の山を見やりながら、レモンとアランが少し深刻な表情で呟いた。
俺は首を傾げる。
「どういうこと?」
「妖精については、坊主もそれなりに知っているだろう?」
「魔力概念体だったっけ? かなり前にクラリスさんに教えて貰った。おおよそ四つに分類できて、精霊が自然の概念で、悪魔が欲望的な概念、天使がその逆。残りの妖精は様々な概念って言ってた」
「基本的にそれで間違いないです」
「基本的に?」
含みのある言い方だな。俺はアランに指示された魔物を“宝物袋”にしまいながら、レモンに詳しく説明プリーズという視線を向けた。
レモンはふふんとちょっと得意げな表情をする。
「ここは私の得意分野ですからね。お教えしましょう!」
「ぜひ、教えてください、レモン様!」
「……セオ様がそう下手にでると気持ち悪いです」
「えぇ。せっかく、調子に乗りそうなレモンを更に調子に乗らせようとしたのに」
「だから、気持ち悪いんですよ」
レモンはやれやれとため息を吐いた。
「こほん。まず妖精は二つの視方ができるのです。一つは先ほどセオ様が仰った魔力概念体としての視方。ですが、これだけでは妖精の現象の説明ができないのです。そこで登場するのが、ここ百年ほどで確立した精神生命体としての視方です!」
「……つまり、波と粒子ってこと?」
「波と粒子?」
「あ、いや、こっちの話。ごめん、続けて」
光という現象を説明する際、基本的に波として考えるが、かといってそれだけでは説明ができない現象が多々ある。そこを粒子性という視方にすることで説明が可能となる。
レモンの今の言葉を聞いて、なんとなくそれが思い浮かんだ。
「セオ様。おこがましくもありますが、ここは議論の場なので一つ。神霊たるエウ様は妖精に分類されると思いますか」
「……されるんじゃないの? 神樹の精霊だから神霊なんでしょう」
「本当に?」
レモンがニヤリと笑った。
それにムッとすると。
「いや、坊主。もっと素直に考えろ」
背中から手を生やした巨大蜘蛛を解体していたアランが口を開く。っというか、もしかして今日の朝食。それを食べるの? 蜘蛛を食べるの? 嫌だなぁ……
そう思いながら、首を傾げる。
神樹の精霊で神霊。かなり素直な視方のはずだ。けれど、もっと素直にということはもっと単純な視方ができるということだ。
えぇ、けど、前にクラリスさんがエウも妖精の一種だとか言っていたと思ったんだけどなぁ……
まぁ、先ほどの回答が間違っていたのだから、エウは妖精ではないんだけど。
ただ、それで正解を答えるのは物凄く嫌と言うか。根拠も分かってないのに、結果だけ出すっていうことにプライドが許さないというか。
う~ん。
「分かりませんか?」
「……今は、分からない」
「そうですか。では、正解を言ってしまいましょう。エウ様はなんと!」
「なんと?」
「妖精です」
「はぁっ!? じゃあ、あのいかにも間違っていますねぇ的な笑いはなんだったのっ!?」
からかわれた気がして、レモンをポカポカと殴る。レモンは楽しそうに笑いながら、言う。
「実は、妖精を魔力概念体だけとした場合、エウ様は妖精ではないのです」
「え? でも、神樹の精霊なんでしょう? だったら……」
「いえ。そもそも、精霊は魔力概念体だけでは説明できない存在なんです」
「はぁ?」
わけが分からなくなったぞ。
「つまりです。その起源の問題なのですよ。セオ様。自然の概念ってなんですか?」
「え、そりゃあ、自然の……うん? どこまで自然なんだろう。人が関わったら自然じゃなくなる? けど、それは人を生き物として隔離しているようなものだし。手を加えるという工程が加わると自然ではなくなる? うん?」
「ほら自然の定義は難しいんです。魔力概念体は、概念に影響された魔力が形を作り魂魄を宿した存在という定義です。その自然の概念は誰が作るのですか? 私たち人ですか? けど、精霊は人が存在する以前から存在すると言われてますよね?」
「う……う~ん?」
改めて言われると、色々と引っ掛かる部分が多い。どういうことだ、これ。
こんがらがる頭に、色々といっぱいいっぱいになりそうになった時。
「話はあとだ。先に朝食にしよう。いい食材だったし、かなり美味しく仕上がったと思うぞ」
いつの間にか、巨大蜘蛛を使った料理がいくつか完成していた。アランが作っていたようだ。
見た目はとてもおいしそうだった。
……けど、蜘蛛なんだよなぁ。
「いただきます」
……うん、まぁ、美味しかった。食材が蜘蛛だと考えなければ美味しかった。うん。
「ごちそうさまでした」
Φ
俺たちはその後、登り降りを繰り返してリュッテン山脈を歩き続けた。
三日ほどたって、思い出したようにレモンに尋ねる。ずっと悩んでいたけど、納得いく推論がでなかったので。
「で、妖精の話は結局どういう意味なの?」
「ああ、あれですか。あれは伝えた通り起源の問題なのです」
「起源というと、その生まれ方ってこと?」
「はい」
アランが懐から卵を取り出した。
「坊主。鶏は卵から生まれたのは分かるよな。じゃあ、その卵はどうやって生まれた?」
「鶏が先か卵が先かってこと? ……つまり、妖精が魔力概念体として生まれたのが先か、精神生命体として生まれたのが先かってこと?」
「はい。そういうことです。もし、魔力概念体として先に生まれた場合、精霊は妖精に含まれません。ですが、精神生命体として先に生まれたとなれば、それこそ神々でさえも妖精の一種として含めることができてしまうのです」
「神々も……」
つまりオー爺も妖精になるというわけか。
「それで? この話の最初のきっかけは、あのヘンテコな魔物たちのことだよね。それが妖精化しているとかうんうんだって」
「ああ、それですか。あんまり関りがありません」
「はぁ?」
え、じゃあ、今までのややこしい話はなんだったのさ。
「いえ。山を越えるのに時間がたっぷりありそうだったので、セオ様に色々と悩んでもらおうかと。ひまだったので」
「……はぁ。それで?」
「まぁ、単純に魔物が妖精化してきているというだけです。つまり、概念の影響を受けていて、尚且つ精神生命体になりかけている」
「ただ、その数が多い。それはかなり異常なことだ。だから、その現象を解明するために詳しい調査が必要だなって話だ」
「数行で説明できる話をそんな……」
山脈を歩き続けた疲れもあって、大きなため息が出てしまった。
けれど、それは次の瞬間、息を飲む音に変わった。
「……田んぼだ」
急に木々がなくなり、開けた場所へと出た。そこには、前世の日本の田舎で見た棚田の風景が広がっていた。
どこか、なつかしさを感じた。
いつも読んで下さりありがとうございます。
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また、新作で『ドワーフの魔術師』を投稿しています。
ドワーフの魔術師とエルフの戦士がわちゃわちゃのんびり旅する物語です。
是非読んでください。どうかよろしくお願いします。
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