音と耳と変顔と。そしてちびる:On the way 2
ロイス父さんにグラフト王国の内情を送ったところで、俺たちは王都を旅立ち隣国のバキサリト王国へと足を踏み入れた。
バキサリト王国の東の東へと向かう。唯一半島のヒネ王国と繋がる山脈がある場所だ。
そして俺たちはなだらかな平原の道を歩いていた。
「セオ様、疲れませんか?」
「まぁ、大丈夫」
人通りが多い道を行っている事もあり、影の狐は俺たちの足元の影に潜ってもらっている。俺たちは自分の足で歩いている。
長時間歩くのは久しぶりだが、身体強化をしているので疲れはない。
というか、そんなことよりも俺の意識は違うところに引っ張られている。
「……こんなにいるのか」
音だ。
暦の上での季節は春。バキサリト王国は平原と高原に満ちた土地で、自然も多い。四季の影響もそれなりにハッキリしている。
だから、春の今、寒い冬を乗り越えた動植物たちが平原の道の周りで活発に動き回っているのだ。
けど、普段なら俺はそれに気が付かない。多少目に入る程度で、ここまで意識を向けない。
理由は、先日生えた狐耳。
レモンが神獣の加護で作ったこの耳は生きていて、感覚もある。しかも、生えた時よりも馴染んだのか、その本来の性能が発揮されていた。
つまり、蝶の羽ばたく音や蟻が草花から転げ落ちる音、土の下を蠢くミミズの音に、羽虫に舌を伸ばすカエルの音。草花が小さく揺れる音や花びらが地面に落ちる音。鼠が草陰にジッと息をひそめ、空高く飛ぶ鳥が鋭く息を吸う音。
音が聞こえた。
その音の多様さは、今まで生きてきて感じたこともないほど圧倒的で、不思議だった。
とはいえ、煩い。意識の大半が音に支配されてしまい、ちょっとくらくらしてくる。
「ねぇ。狐人族はいつもこんな色々な音を聞いているの?」
「ん? ああ、いえ、聞いていませんよ。セオ様のその耳は特別性ですからね。私たちですら聞き取れないものまで聞き取っていると思いますよ」
「うへぇ……じゃあ、これって収まらないの?」
「そうですね。ペタンと耳を塞げばいいですよ。こんな風に」
レモンが自分の狐耳をペタンと畳んだ。俺も真似してみる。
「こう? できている?」
「ふっ。いや、ふっ」
レモンが笑い出した。なして?
「い、いや、ごめんなさい。その、おかしくないんですけど、そのちょっと、ふふっ!」
「ねぇっ?」
「ご、ごめんなさいっ。ふふっ!」
笑いを堪えるのに必死なレモンに青筋を立てる。先頭を歩いていたアランが振り返った。
「お前ら、どうしたんだ――ぷっ! 坊主、そりゃあ、ふはっ」
「アランまでッ!」
アランはその鬼の様な怖い顔で吹き出した。
色々とムカつく。凄くムカつく。
「いや、本当にごめんなさい。けど、セオ様があまりにも面白可愛らしくて」
イライラしていると、レモンが魔法で水の鏡を創り出しながら、謝ってきた。水の鏡には俺が映っていた。
半端で不格好に畳まれた狐耳に、それに合わせるように不格好に畳まれた狐の尻尾。
そして内心はイライラしていたはずなのに怒りは全く顔に表れておらず、眉はへにゃへにゃと曲げられていて、口は人を馬鹿にするかのように尖っていた。いわゆる変顔。
今、そんな顔をしていることに気が付いた。耳を折りたたむことをやめると、顔も戻った。
どうやら、耳を折り畳もうとして、無意識に変顔してしまっていたらしい。
……なんか、物凄く恥ずかしい。
「だ、大丈夫ですよ。今は新しい耳に慣れてないからで、すぐに変顔しなくなりますって」
「そうだぞ。あれだ。体内の魔力を意識してみれば、案外上手く耳が折りたためるんじゃないか?」
フォローしてくる二人を無視して、俺はずんずんと先を歩いた。
Φ
翌日。人目につかないところで、影の狐に乗って移動した事もあり、ヒネ王国へと繋がる山脈、リュッテン山脈の麓へとたどり着いた。
晴れる連峰は若干の雪の帽子を被っている。
「本当にこれを登るの?」
「登ります」
「空を飛んで移動は?」
「ダメです。ここは有数の亜竜の生息地です。空を飛んだら縄張りを荒らしたとなって、即襲ってきます」
「物騒な」
まぁ、物騒なのは理解している。
なんせ、魔力感知には数えるのも嫌になるほど凶悪な魔力の反応が無数にあるのだ。そりゃあ、誰も高い山脈を越えてヒネ王国へと向かわないだろう。というか、向かう人がいたらそれはそれで凄い。
「まぁ、坊主。安心しろ。俺がいれば大抵の魔物は襲ってこない」
「そうなの?」
「そうですよ。アランさんは気配は薄いですけど、殺意は高いんです」
「は?」
レモンの説明に頭にハテナマークが無数に浮かび上がった。
「ほら、前に俺が仙気で気配が薄くなっているっていっただろう? だが、仙気には別の効果もあってな。無意識的に魔物に警戒心を植え付けるんだ」
「つまり?」
「俺の近くに無闇矢鱈に魔物が寄り付かなくなる」
「ふぅん」
不思議。
「あれ? でも、アランって動物たちにかなり好かれるよね? 特に幻獣とか」
「幻獣や普通の生物には警戒心は植え付けないんだ。あと、幻獣の場合は逆に警戒心を緩める効果がある」
「仙気って便利だね」
気配が薄くなって、魔物は寄せ付けない。それでいて、幻獣は寄せ付ける。旅が物凄く楽になる。
「まぁ、それなりの代償はあるが、お勧めの魔力変質だとは思うぞ。セオも将来、仙気を取得すればいい」
「あ、それはダメですよ! セオ様は神獣の魔力を受け継いで貰うんですから!」
「そりゃあ、お前の願望だろう?」
「うぐっ。でも、少なくともロイス様たちは神聖魔力の獲得を望んでいると思いますよ!」
「望むのは勝手だが、最終的にはセオが決めることだしな。俺は仙気をお勧めしているだけだ」
「アランさん!」
二人のやり取りを聞く限りだと、たぶん仙気と神聖魔力を同時に保有することはできないっぽいな。
特別な魔力は一人に一つまでか。
アランの口ぶりだと、俺も特別な魔力を取得できるっぽいし、色々と考えておくか。
ともかく、俺たちはリュッテン山脈へと足を踏み入れた。
そしてしばらくして。
「ギャオォォォォォォン!!」
「ねぇ、襲ってこないんじゃないのっ!? 仙気があれば襲ってこないんじゃないのっ!?」
「警戒心を植え付けるだけだ! 閃破ッ!」
「奔影ッ!」
木々をなぎ倒しながら四本の脚と大きな翼で這うように山の斜面を駆けあがる巨大な亜竜。明確に俺たちに狙って襲ってきていた。
すぐにアランが巨大なこん棒で亜竜の頭を叩き潰し、同時にレモンが影の奔流を生み出して亜竜を影の中へと引きずり込んだ。
「ふぅ。あぶなかったですね」
「ちょっと油断してたな。あのレベルがいるとは。とはいえ、まぁ、これなら問題ないだろう」
「ですね」
二人が安堵するようにため息を吐いた。
「どこがっ!?」
もちろんツッコむ。なんせ、さっきの亜竜ので俺はちびりそうになるほど恐怖したからだ。
そこらの魔物なんて比じゃない。すげぇ、怖かった。アダド森林にいる魔物で慣れていたと思っていたのに、ダメだった。
あれだ。場所によって魔物の殺気の種類が違う気がするのだ。
アダド森林は単に『お前を殺す』的な殺気なのだが、ここの魔物が放つ殺気は生存本能というか、『俺が生きるためにテメェは死ね!』みたいな殺気があるのだ。
こう他者への圧力が強い気がする。それが怖かった。
「そんなに怖いなら帰るか? いまならまだ間に合うが」
「っ。だ、大丈夫!」
アランが心配そうに顔を覗いてくるので、首を横に振った。ここで帰るのは色々と恥ずかしい気がする。
なので、“隠者”でできるだけ影を薄くして俺は山道を進むのだった。
いつも読んで下さりありがとうございます。
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次回の更新は日曜日です
また、新作で『ドワーフの魔術師』を投稿しています。
ドワーフの魔術師とエルフの戦士がわちゃわちゃのんびり旅する物語です。
是非読んでください。どうかよろしくお願いします。
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