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根回しで決まる。根回しをミスれば、面倒なことしか起こらない:アイラ

 生誕祭前日。


 アイラは大忙しだった。


 王族でありながら王族としての権威を行使するのが難しいアイラは、王族主催の生誕祭で難しい立場にいた。


 その難しい立場の中、アイラは予定や各所関係者の調整をしていた。


 生誕祭とは生まれてから五年を迎えた貴族の子息子女を、正式に貴族の子息子女として認める祭典。国王が貴族としての位を与える日。


 しかし、そもそもの源流は七星教会が五歳を迎え、神の子から人の子へとなった子供たちへ、神々の祝福を与える儀式である。


 つまるところ、


「ようこそお越しくださいました。スコプター大司教様」

「本日はお招きいただき感謝致します、アイラ殿下」


 堅実さと美しさを兼ね備えた法衣を纏う髭長の男性とアイラが向かい合っていた。


 髭長の男性はスコプター・サラブレート。エレガント王国の七星教会を統括する大司教である。齢六十を超えているが、エルフの血が少し混じっているため、年齢よりも若い。


 蓄えられた髭は艶やかに纏められ、一つ一つの仕草が厳かだった。


 スコプターは国王であるオリバーが五歳を迎えた貴族の子息子女に貴族の位を与える際の見届け人を務めるのだ。公平性と伝統で毎年そう決まっているのだ。


 そして今日は、その最終調整である。

 

「どうぞ、こちらにお座りください」

「では、失礼いたします」


 車いすに座っているアイラが促せば、スコプターはゆっくりと上質なソファーに腰をかける。


 その後ろに二人の神殿騎士が立つ。無表情なその顔からは何も伺えない。


 が、表情ではなく魔力しか見ないアイラにとっては無表情は意味がない。


(焦っていらっしゃる? 私……にではないわね)


 どうやら何かに焦っているらしい。


 対してスコプターの魔力を見た限り、穏やかな波のような感情しかない。


(気になるところだけれども……)


 アイラはそう思いながらも、切り替える。今は、大事な時だ。


 リーナがテキパキと出す紅茶や茶菓子をスコプターに促しながら、当たり障りない会話をかわす。


 すると、スコプターが穏やかな笑みでアイラに尋ねる。


「それにしてもアイラ殿下は、随分とお変わりになられましたな。輝いていらっしゃる。何かありましたか?」


 嫌味でも何でもない純粋な質問。貴族下がりの教会の者でもない限り、この手の質問は純粋な好意だったりする。


 彼らの教義には、『種はいずれ水に』というものがある。いわば、万物は流転し、変化する心意気こそが重要だ、と謳っているである。


 つまるところ、変化を尋ねるのが多いのだ。教会の人たちは。


 アイラはさらすべき情報とそうでない情報を取捨選択しながら、頷く。ついでに僅かばかりの魔力を使って後ろに控えているリーナにいくつかの書類の準備を指示する。


「はい。目標ができたのでございます」

「……なるほど。なりたい貴女様を見つけたのでございますな」


 スコプターは一瞬だけ好々爺(こうこうや)の如く目を細めた。三年前にアイラに神々の祝福を与えた時のことを思いだしていたのだ。


 あの時のアイラは閉鎖的であった。子供とは思えないほど賢かったがゆえに、自身の運命に諦めていた節があった。


 けれど、今は、生きていた。顔を上げてひたむきに進んでいた。色々と収集した情報を鑑みても、以前とは比べ物にならないほど精力的に動いている。

 

 何が貴女をそこまで変えたのか?


 感情は読み取れようとも、心は読み取れぬ。そんなスコプターの内心は知らず、アイラは雑談する。


 それから本題に入る。


「こちらを」

「どうも」


 アイラはリーナに用意させた資料をスコプターに渡した。同じのを自分の手元に置く。


 それを見てスコプターは顔には出さないものの、少し驚いた感情を抱いた。後ろに控えている神殿騎士もだ。

 

 魔力からそれを把握しながら、手元の資料を開く。


 スコプターはそれに(なら)い、渡された資料を開き、目を落とした。


 そして、


「ッ!」


 表情に出すほど驚いた。


 資料の内容に驚いたわけではない。そこに書かれていた文字自体に驚いたのだ。


 白紙の紙に書き連ねたであろうその文字の一つ一つ大きさが全て均一。しかも、行と列の並びは全て整っていて、何かの升目(ますめ)が引いてあったみたいだ。


 文字自体もとても流麗で、インクの(にじ)みも濃淡の差もない。


 アイラと手紙のやり取りをした貴族から、アイラの字は恐ろしいほどど達筆という情報を仕入れていたが、これは達筆などといった領域にあるものではない。


 何か、別の……

 

「では、スコプター大司教様。明日の段取りについて最終確認をさせていただきます」

「……はい」


 スコプターが何かに思い当たろうとしたとき、タイミングよくアイラが口を開いた。その可愛らしく、儚く、美しい声にスコプターの思考はより戻される。


「お伝えしてある通り、今年の貴族位を授かる子供たちは、貴官(きかん)爵も含めて――」


 アイラは事務的に確認事項を述べていく。


 ちなみに、エレガント王国において貴族は八つの爵位に分かれている。


 まず、貴官(きかん)爵。つまるところ、官職である。


 官職は平民にも門戸を開いているが、それでも教育や環境の問題で貴族の方が業務をこなしやすい。しかしながら、貴族はそこまで多くない。増やすために乱雑に血をばらまき、面倒ごとを引き起こされてもかなわない。


 ならばと、先々代の国王が官職専用の貴族位を作り、貴族と同等の教育をしようと政策を出した。


 一代限りの爵位であり、試験の合格と男爵位以上の推薦があれば、平民であろうと賜れるのだ。


 また、その貴官爵の子供は成人である十五歳を迎えるまでは、仮として貴族位を与えられ、教育を受ける。


 つまるところ、その子供は試験の合格水準の学力と実力を身に着けることがほとんどのため、一代限りといいながら代々続いている場合も多い。


 また、官職と言いながら、優れた研究者や職人、楽師などといった存在にも与えられることもある。


 現に先々代の時代に、国の食糧事情を一変させる調理法を編み出した宮廷料理長も貴官爵を賜っている。


 次に騎士爵。


 貴官爵を『文』とするならば、騎士爵は『武』。


 エレガント王国では、アダド森林からあふれ出る魔物や死之行進(デスマーチ)の影響もあり、武は重視される傾向がある。


 優秀な武を持つものは、孤児だろうが、平民だろうが、騎士爵を与えらえる。こちらも、一代限りで試験と推薦があったりするのだが、貴官爵と同じ理由で代々続くことが多い。


 また『武』には、武術と魔法の二つがあり、いわゆる武術に優れている騎士爵を武騎爵、魔法に優れている騎士爵を魔騎爵と呼んだりする。


 そしてこの貴官爵と騎士爵が貴族のおよそ半数以上を占めている。


 それから男爵、子爵、伯爵、辺境伯、侯爵、公爵の爵位があり、公爵に行くにつれ爵位が高くなる。割合も公爵に行くにつれ低くなる。


 なので、


「公爵の子息子女である二人は、二十時ごろを予定しております」

「……今年はマキーナルト子爵の子息がいると聞いておりますが、そちらについての順はどういたしましょうか? それと、バールク公爵家の直流分家、オーバック子爵は同じ子爵位の子と同様で?」


 順番は物凄く重要なのだ。


 爵位間の力関係はもちろん、個々の貴族間の力関係、現在の派閥やら何やらを考慮しなければならない。


 少しでも見誤ると、それはめんどうな事が起きる。


 今日の最終調整はそれが主だったりする。


「マキーナルト家は辺境伯と同等の扱いですので、前例の三人と同じ通りに扱います。また、オーバック子爵の方はレディブルー伯爵の次に移しましょう。それと、ネイムヘロン伯爵についてなのですが――」

「それなら今度、私たちの方で便宜を図らせて調整を――」

「なら、そちらが王都で進めている王民参画衛生改革の水の魔道具をこちらから回していただければ――」

「なるほど。では、利権を少しばかり貧しき者たちに――」

「……確かに可能ですが……。分かりました、マキーナルト子爵がちょうどいらっしゃることですし、我が師を巻き込めば――」

「ほほぅ。あの英雄様たちをそのような手法で――」


 順番はもちろん、アフターケア(いわゆる賄賂)の相談をする。何事も潤滑油(ごまかし)流さ()なければ、完璧にバランスを取ることはできないのだ。


 そしてその会話は夕方まで続いた。

いつも読んで下さりありがとうございます。

面白い、また少しでも続きが気になると思いましたら、ブックマークや広告下の「いいね!」とポイント評価をよろしくお願いいたします。

また、感想や意見があると励みになります。


次回の更新は日曜日です。

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新作です。ぜひよろしければ読んでいってください。
ドワーフの魔術師。           
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