調子にのって自分から話を振ったのが悪い。Byライン:Departure
「……セオ、セオ!」
「アルルっ!」
「リュネっ!」
「ケンっ!」
……なんだよ、こんな朝っぱらから。
まだ朝日が出たくらいじゃん……
「眠い……」
ひっぺはがされたタオルケットを奪い取り、俺は埋もれる。
眠いんだよ……
昨日は意外と楽しみであんまり寝れなかった――
「って、今何時っ!?」
「もう、出発の時間だよっ!」
ガバッと飛び起きた俺をライン兄さんが呆れ気味に突っ込む。
やばい、ヤバい、マジでヤバイ。アテナ母さんたちを待たせてるって事かっ。
「ふく……服っ!? あれ、服、どこっ!?」
「馬車に積んであるっ」
「え、何でっ!?」
「時間がないから、そこで着替えろって」
「はっ!?」
ライン兄さんが俺の手を引っ張る。アルたちが俺のボサボサの頭に飛び乗る。
「ちょ、マジで、顔ぐらい洗わせてよっ!」
「魔術で後でできるでしょっ! 時間なのっ!」
「んわっ。なんで、そんな力あるのっ?」
ライン兄さんって力持ちなのか、抵抗する俺を持ち上げる。身体強化をしているんだろうけども、それでも七歳児が五歳児を担ぐって……
「お手玉、お手玉。なんか、そういう感じの芸を極めていると思えば、セオくらい簡単に運べるよっ」
「俺はモノじゃないっつうのっ」
えっさほっさとライン兄さんが階段を四段飛ばしくらいで降りていく。ボサボサの俺の頭がちょうどクッションになっているのか、アルたちが楽しそうに跳ねている。
そして玄関。
「……はぁ、子供らしいといえば、子供らしいし……がなんというか……」
「酷い」
アテナ母さんとロイス父さんが疲れた様子で溜息を吐く。
エドガー兄さんとユリシア姉さんは俺に興味はないらしく、馬車を曳いてくれる幻獣――天角馬の二頭の頭を撫でていた。
角を生やし、真っ白な毛と漆黒の瞳を持つ美しい馬で、ここに翼を生やしていればペガサスみたいな感じだ。
悪意をもつ存在を近づけさせない性質というか、そういうのがあるため、移動がとても安全らしい。
ライン兄さんが俺を地面に降ろす。靴を履いたら、何故かお腹がグーと鳴った。腹減った。
「……朝ごはんは?」
「馬車の中で食べるわよ。アランがサンドイッチを作ってくれたの」
アランは馬車の荷台に積んでいた積み荷の整理をしていた。ユナも手伝っていた。
と、
「セオドラー様」
「ひっ!」
後ろから心胆を寒からしめる女性の声が響く。飛び上がり、ギギギっと壊れたブリキ人形の振り返れば、マリーさんがいた。鬼だった。
「一昨年も寝坊でしたが、王国史の授業、もう一度受けますか?」
「い、いえ、滅相も……」
「では、何故お寝坊を?」
「そ、それは楽しみで眠れず……」
ギヌロっとマリーさんの綺麗な黒目が俺を見下ろす。マリーさんの後ろで好々爺の如く目を細めていたバトラ爺に助けを求めるが、対応してくれない。
酷いっ!
マリーさんは俺をじっと睨んだ後、視線を感じたのか顔を上げる。
「……はぁ。アテナ様」
「いいわよ。子供らしくていいじゃない」
「……仕方ありません、か」
お、アテナ母さんが助け舟を出してくれた。
「ええ。それに、寝坊が続くようであれば例の課題を課すだけだし」
「左様でございますか」
「えっ?」
バッとアテナ母さんの方を見る。
なに、その例の課題って。めっちゃ恐ろしいんだが。
「そんなに怯えなくてもいいのよ、セオ。別に夜起きなきゃいけない理由があって事前に教えてくれるなら、私は怒らないわ。例えば天体観測、植物の観察とかね? それに約束を破らなければいい。それだけでしょう?」
「は、早起きする約束はしていないかと。それに守っちゃいけない約束なら破った方が……」
「セオ?」
「はい」
項垂れる。ライン兄さんはエドガー兄さんとユリシア姉さんと少しばかり話し込んだ後、馬車に乗り込んでいた。
仕方ない。
「じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃいませ、セオドラー様」
「行ってらっしゃいませ、セオ様」
マリーさんとバトラ爺に手を振って、俺も馬車に乗り込む。馬車は貴族の馬車で、左右と前をガラスの窓が隔てていて、そこにカーテンが掛かっている。
席は前後で向かい合っている感じで、大体大人六人くらい座れるほど広い。外から見るとまぁまぁ小さい馬車なのだが、軽く空間を拡張しているらしい。こんなところで伝説級の魔法を使っているのが家らしい。
あれ、そういえばユナとレモンは?
そう思ったら、
「遅くなりました」
「先ほど起きてしまいまして……」
「あうぅあっ」
いつものビクトリアンメイド服の上に旅装束を着たレモンと、ブラウを抱いているユナがいた。
……?
ユナはまだ分かる。
が、レモンは何故?
「あ、起きたんですね、セオ様」
レモンはアテナ母さんとロイス父さんに頭を下げた後、馬車の方にやってきた。小窓から俺がいるのを確認して、微笑むと馬車の前側へと移動する。
御者の席に座る。
俺は御者の席と馬車を隔てるガラス張りの窓を開け、顔を出す。ライン兄さんもだ。
「あれ、どういうこと?」
「ああ、今回はユナではなく私が行くんです。アテナ様が早くに領地に帰られますし、前回のライン様の生誕祭の時に残った私がサボりすぎたのもあって、仕事をしろと言われまして」
「……そういえば、結構サボっていた気がする……」
一昨年、レモンがマリーさんに叱られていたのを思い出した。
「で、何で前?」
「御者ですよ、御者。そもそも天角馬さんたちを御せるのはロイス様たち以外に私しかいないんですよ」
「アランは?」
「懐きすぎているせいで天角馬たちがアラン様だけを構い倒します」
「……確かに」
「……まぁ、あれを見るとね」
俺とライン兄さんが微妙な表情で頷く。
荷物の整理が終わったアランが天角馬たちに押し倒されているのが、小窓から見えたからだ。
エドガー兄さんとユリシア姉さんが、アランほどの巨漢が馬に押し倒されている様子に笑い転げている。ツボに入ったのだろう。変なツボだ。
「っというかさ、普通、貴族って使用人を連れて行くものなの?」
「連れて行くものですよ。というか、十人近く連れて行くのが当たり前です。マキーナルト子爵が異常なんですよ。そもそも雇っている使用人が五人しかいないのが。ったく、それでどれだけ私がサボれないか。能力が高すぎる人が上に立つのも考え者ですよね……」
レモンがやれやれといった様子で溜息を吐く。
なので、
「だって、ロイス父さん」
バトラ爺やアランに具体的な政務の指示とか、色々話し終わり馬車に乗り込んだロイス父さんを見やる。
レモンはやべっといった表情をして、ピューピューと口笛を吹きながら、アランを押し倒して満足した天角馬たちに頭絡やら引綱などを着けていた。
ロイス父さんは苦笑いだ。
「……まぁ、否定しづらいし、レモンがいうことも最もなんだよね。問題が山積みだったこの領地をここまでにするには、管理のしやすい少数精鋭の方がよかったんだけど……」
ロイス父さんは俺とライン兄さんとは反対側の席に座り、溜息を吐いた。
「人材を育てる事もしないといけないしね。前にも行ったけど、今回王都に行くのはそういう目的もあるし、貸しを作らないといけないのもね……」
「貸し?」
「そうそう。死之行進でそれなりに稼いじゃったのもあって、仲良くしている貴族を頼ってその分の調整をしないといけないんだよ。だから、人の紹介もしてもらう予定だし」
「……大変だね」
上がれば勝ち。という考えだけではやってはいけない。わざと頼ることで弱みを作るのも一種の交渉の手段だしな。
ああ、食料輸入とかもそんな感じだし。貴方に食料を握られているから、これぐらいの事を融通してくださいっていうか。安全保障の一つだよな……
そんな取り留めもない事を考えていたら、アテナ母さんも馬車に乗り込んできた。
俺を見て目を細める。
「セオ。貴方、まだ着替えてなかったの?」
「あ」
「まぁ、いいわ。それよりレモン」
「はい、こっちも終わりました」
天角馬の準備も整ったらしい。
レモンは頷き、馬車をゆっくり動かし始めた。
「「「行ってらっしゃいませ」」」
「気をつけろよ」
「あうぅああっ!」
「お土産期待しているわよ」
「ラインもだが、頑張れ。せいぜいお嬢様方に目を付けられないようにひっそりしてるんだな。」
マリーさん、バトラ爺、ユナが軽く頭を下げて手を振り、アランが無造作に笑い、ブラウは馬車に向かって両手を伸ばしていた。
ユリシア姉さんは無事を祈ることもなく己の欲望を伝え、エドガー兄さんは勝ち誇ったように俺たちに忠告する。
高みの見物かっ!
そう叫ぼうとしたら、その前に。
「エド兄。たくさん手紙を貰ってくるから楽しみに待っててよっ。あと、例の方にはエド兄が会いたがってたって伝えておくからさっ!」
「あ、バカッ、お前っ! 余計なこと伝えて、婚姻話にまで進んだらどうすん――ラインっ!?」
エドガー兄さんが叫ぶが時遅し。
既に馬車は屋敷を飛び出し、丘を下りだしていた。
……そういえば、一昨年、なんかそんな事言ってたよな。エドガー兄さんが中等学園に行きたくなるほどには、会いたくない人物がいるとかどうとか。
なるほど、婚姻話まで進む可能性があるのか。
楽しみだ。
「セオ、僕が言えたことじゃないけど、悪い顔をしてるよ」
「え、何それ?」
本当に楽しみだ。
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