プライドはゴミに。されど、部下は売り払えず:アイラ
八歳のアイラは最近、公共部屋――いわば、執務室なるものをもった。
僅かばかりだが、王族に関わらない仕事を創り出せるようになり、また来客対応ができるようになったほうがいいだろう、ということで国王であるオリバーから借りた部屋だ。
リーナとクラリスの手により、それは来客に適した上品で優雅でありながら、とても実用性が高いその部屋で、車いすに座っていたアイラは自分に跪く中年男性と向かい合っていた。後ろにはリーナがひっそりと控えていた。
近くのローテーブルには外見は全く同じ魔道具が二つ、置いてあった。
「魔力の流れ……」
「はい。アイラ殿下にこの二つの違いを確かめてもらいたいのでございます」
それは突然だった。
いつも通り貴族のパーティーに出かけたり、またクラリスの指導を受けたり、勉学に励んでいたり。
やれることを、地道にやっていたある日、王立第二研究所、つまり魔霊道具研究所の所長であるヒュージ・フェーダーが面会を申し込んできたのだ。
つい数ヵ月前に魔道具点検と技術特許許可発行の仕事をすっぽかした御仁とは思えぬほど、とても丁寧な書面だったためアイラは不思議に思っていたいのだが……
「この二つの魔道具は基礎の理論が異なってございます。それにも関わらず、作った私たちですら何が違うのかさっぱりわからない。いえ、より正確に言えば私たちの目では同じ結果にしか見えないのでございます」
「つまり、私の眼を高度な測定機器代わりに遣わせてほしいと」
「端的に申し上げれば――はい、と」
アイラが魔力の世界を見ている。それを知っているのは、そう多くない。通常の貴族には、異質な存在としか認識されていなかったりする。ただ、異質なのだ。警戒や排除に動くのは当然と言えば当然だ。
そしてアイラにはそれ以上の秘密があったりするのだが、それを知っているのは片手で数えられるかどうか。
目の前のヒュージは魔力の世界を見ている事しか知らないのだろう。
ただ、それはどうでもいいことだったりする。
むしろそれ以上に気になるのは、
「何故、今なのでしょうか?」
「……ただ、私共の未熟さを痛感したまででございます」
そもそも今までそんな話が来なかったことだ。
魔力の世界を見ている。これは特異な力であり、ある種の優れた部分でもある。
通常の人は、魔力を感知できる範囲は、人間の五感でたとえるなら触覚ともいうべきか。
人が外界の情報を得る際、通説として視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚の順番で情報量が低くなると言われている。つまり、味覚の情報源が一番低いのだ。
ただ、人によってはどの感覚を優先するかというクセみたいなものもあり……………………まぁ、これは複雑で正しい事も少ないので置いておく。
つまるところ、通常の人間の魔力感知はそこまで優れていない。視覚や聴覚に情報量が劣っているのだ。まぁ訓練すれば聴覚には届くかもしれないが、圧倒的に情報量の多い視覚には届かないだろう。
そうでなくとも、そもそもの話、魔力を検査する道具もそう多くはない。片手で数えられるくらいか。これは、魔力感知がなまじできてしまうからこそ、未だに必要性を感じられなかったのだろうが……
「なるほど。それで、そちらは何を提供できるので?」
今はその必要性がおこり、そして道具を作るよりも手っ取り早い最も情報を得ることのできるアイラを頼りに来たのだろう。
これがツクルからの頼みであれば喜んだだろうが、今まで車いすの魔道具製作などを依頼してものらりくらりとかわされていたのだ。
アイラからすれば少し面白くない話である。
が、それはそれ、これはこれ、だ。
感情は大切なものだが、しかし感情で物事を判断するのは善しとはいえない。何かを判断するのは感情ではなく、客観的な観察と思考、後は利己……合理的な損得勘定もだろうか。
ヒュージは魔霊道具、特に魔道具の第一人者でもある。ここ二十年以上のエレガント王国の公共的な魔道具は全て彼が監修しているし、四十少しの年齢を考えればあと三十年ほどは現役で走り続けると言われている。
まぁ研究職でよくいる奇人変人の部類でもあるため、急に隠居するなんていいそうな部分もあるのだが……
「何をお望みでしょうか?」
ただ、腹芸は好きではないらしい。率直に尋ねてきた。跪き、真っすぐな瞳でアイラを見上げる。
アイラはそれに少し面を食らいつつ、こほんっと咳払いして、得意な仏頂面を作り上げる。
「車いす一つ作れないあなた方に、何ができるので?」
アイラはわざとらしく乗っていた車いすを動かして、跪くヒュージの傍に移動する。
「文字――」
「字は書けますわ。あなた方以上に綺麗な字が」
「……なるほど」
ヒュージは貴族ではあるが、基本研究に勤しむ存在だ。アイラが表に出てきたことは知っているが、具体的な事はあまり知らない。
知っているといえば、最近は銀月の妖精ではなく、紅陽の妖精とよばれていることくらいだ。
「では、お望みの魔道具を。または、義肢な――」
「間に合ってますわ。我が師をご存じないので?」
「それは……」
どの国にも所属しない世界最高峰の錬金術師、クラリス・ビブリオ。噂によれば、今のエレガント王国の百年先の技術を持っているとすら言われている。
ヒュージは一瞬言葉に詰まる。不味いと思い、僅かばかりに呼吸が乱れる。
優れた聴覚と、また余人は視ることのできない感情の乗った魔力によってそれを感じ取ったアイラは、その一瞬を逃さないように畳みかける。
怠ることなくあらゆる情報収集をしていた成果を叩きだす。
「そうそう、私、ある商会のファンをしておりますの」
そう言いながら、アイラは右手を指揮棒のように動かす。すると、奥の棚に納まっていた十冊近く冊子がおもむろに飛び出て、アイラの周囲に浮かぶ。
「それはっ!」
ヒュージは驚く。アイラが無詠唱で、しかも全く無駄のない〝念動〟を行使したのもそうだが、何よりもその冊子が問題だった。
冷や汗をドバドバ掻きながら、ヒュージは自らの心を落ちつかせて尋ねる。
「ふぁ、ファンをしているとは……」
「文字通りの応援者ですわ。お手紙を書いたり、ちょっとした実験や試作品などに協力したり……」
「ッ、まさかっ!」
アイラがチラリと自分の執務机を見やる。
気になってはいたのだ。今まで自分が知らない箱型の道具が置いてあったから。ただ、クラリス・ビブリオの物だろうと納得していたのだ。
「ここの注意書きに書かれてるこの研究結果。素晴らしいと思いませんこと?」
「……け、形式に乗っ取った論文でないかぎり学術的な価値――」
「私は魔道具を作る職人に尋ねたのだけれども」
「ッ、そ、それは……」
ヒュージは口ごもる。
正直なところ、今すぐにでも首を縦に振ったり、土下座でも何でもしてアイラに頼み込みたいところではある。
新たな研究ができるのであれば、プライドなどゴミ箱に躊躇いなく捨てるだろう。
しかしながら、一応彼は王立第二研究所の所長である。十数人の研究者を纏めている存在であり、土下座などすれば彼らの行く末が危うくなる。
と、アイラはさらに畳みかける。
「そういえば来月辺りだったかしら……フェーダー伯爵と東に遊びに行く予定ですの」
「まさかっ、あの出資者はっ!」
「どうかしら? けれど、そうね……アレは必ず成功するわ」
アイラはそう言い切った。
ヒュージは圧倒された。
これでも貴族の端くれ。根回しや情報戦にはそれなりに優れている自負があった。研究者としての先見性もあると。
だが、負けた。
できる事といえば、手を引く以外――
「さて、建設的な話をしましょう」
「へ?」
おっさんの間抜け面がさらされる。あまり嬉しくはない。
まぁアイラはそんな事は気にせず、先ほどの仏頂面からニッコニッコとした素晴らしい笑顔になる。
妖精の名を関する異名で呼ばれるくらいだ。アイラは美しい。それに、貴族の間では表情がないことでも有名だったのだ。
そのため、思わずヒュージはその笑顔に瞠目するのだが……
「ヒュージ・フェーダー……いえ、王立第二研究所の所長さん。私に雇われません事?」
「……私共に何ができると」
「あら、何もできない程の存在だったのかしら」
不審な表情を浮かべていたヒュージは、けれどその言葉に毅然とした表情になる。自分をどうこう言われてもいいが、今のアイラの言葉は王立第二研究所の研究員全員を指した言葉だ。
「……アイラ殿下。不躾ながらその言葉は取り消してくださいませ。我が職員は、魔道具において誰にも負けぬ技術と知性をおっております」
それだけは譲れない。
その強い言葉に、アイラは気にした様子もなく、後ろに控えていたリーナをチラリと見やる。
リーナはある棚から四枚の書類を取り出す。
「あら、そうですわね。なら、二週間後までに結果を出してくれないかしら」
「……これは」
リーナから渡された書類に目を通し、ヒュージは唖然とする。
そこには数々の公共事業における魔道具製作の依頼があった。その中には今の自分たちでは考えたこともなかった魔道具もあったのだが……
何よりも驚いたというべきか。その依頼が今の王立第二研究所が二週間でこなせるかどうかのギリギリのラインを狙っていたのだ。
つまり、アイラは王立第二研究所のキャパをそこまで把握しているということ。
「期待してますわよ」
「……はい」
頷くしかなかった。
アイラから後日詳細を知らせると言われ、ヒュージは項垂れたまま立ち去った。
扉がしまる。
「リーナっ! 私、できてたっ!?」
「はい。研究馬鹿とはいえ、それなりに頭の切れるヒュージ・フェーダーをあそこまで翻弄するとは、お見事ですっ!」
アイラは車いすを操作して、リーナに突撃する。
アイラとしても、急なことだった。下準備はできていなかったし、一方的に使われないように必死だった。
なので、自分優位に話を進められてアイラは嬉しかったのだが……
「……いえ、たまたまですわ。これもツクル様がいなければ、交渉材料すら私は用意できなかった」
直ぐに冷静な表情になる。
「ヒュージさんの叔父であるフェーダー伯爵との事業だって、元々はツクル様のお力があってこそ成り立ったもの。まだまだですわ」
「……そうですか。そういえば、あと二カ月も経たないうちに生誕祭がありますが、アイラ様はどういたしますか?」
「……そうね。出ることにするわ。今年は多くの地方貴族の子息子女が貴族として認められるし、伝手は作りたい。それに噂によればマキーナルト子爵の三男も来るようですし」
「分かりました。それを前提にスケジュールを組んでおきます」
「ありがとう、リーナ」
アイラはふぅ、と脱力した。
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