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ハリガネムシという寄生虫がいます:emulate

 翌朝。


 山と山の狭間、谷にいるためまだ辺りは明るくない。けれど、空を見上げれば、星々は隠れ去り、澄んだ青空のヴェールが装飾されていた。


 昨日、あれだけ騒いでいたのにも関わらず、冒険者たちは淡々と朝食や午前の行動の準備をしている。


 後、意外と身だしなみは気を付けているらしい。冷たい沢の水で顔を洗い、剃刀でひげを()っていた。


 そして、テント内で着替えた俺とライン兄さんは互いの顔を見合った後、そろりそろりと近づく。


「あ、あの」

「そ、その」


 数十本の短剣や矢の矢じりの整備をしているソフィアが、そこにはいた。


 ソフィアが振り返る。嬉しそうな、けれど申し訳なさそうな、それでいて優しい表情を浮かべていた。


「セオ君、ライン君、よく眠れた?」

「う、うん」

「ま、まぁ」


 ソフィアは昨日の事なんてなかったかのように、快活に尋ねてくる。


「ならよかった。冒険者でもテント内で寝れない子もいるからね」


 「よし、これで大丈夫」と、水で濡らしたきめ細やかな布で拭いていた数十本もの短剣を懐にしまったソフィアは、困ったように眉を八の字にする。


「……アラン君から余計な事を聞いたかも知れないけど、気にしなくていいからね。嫌なことをした。事実だしさ」

「で、でもっ!」

「だけど、僕たちっ!」


 ソフィアが首を横に振る。


「子供は子供らしく自分の感情に素直でいいんだよ。そう気を使うのはもう少し先でいい。その素直さが誰かを救うのだしね」

「なら、俺は違うっ! ライン兄さんは兎も角、俺はっ! ごめんなさいっ! 嫌いとか言って、何も考えずに傷つけてっ!」

「僕もごめんなさいっ! 僕だって、それくらい考えれば分かったのに、気づくのに、ソフィアを傷つけて……」


 頭を下げる。俺は大人だ。俺の浅慮でソフィアを傷つけたのならば、謝る。当たり前だ。昨日はソフィアが寝ちゃって、起こすのは駄目だから朝に回したけど、謝るのは絶対だ。


 ソフィアが溜息を吐いた。


「……仕方ない。受け取るよ。けど、君たちはもういいんだよ。自分の行動が誰かを傷つけたと自覚できたなら、もういいんだよ。誰かに指摘されて自覚できてもだ。そこで反省できるかどうかは、個人だから」


 それに、とソフィアは続ける。


「人はね、往々に生きているだけで誰かを傷つける。それだけじゃない。誰かを喜ばすこともできるし、楽しませたり、悲しませたりする事もできる。けれど、それが自覚できるのは、その相手が大切だったりするからなんだ」


 ソフィアが照れくさそうに笑う。俺たちの頭を撫でる。


「だから、君たちがボクを傷つけた。そう思ってくれたなら、もう嬉しいんだよ」


 ……卑怯だ。なんというか、卑怯で駄目な考え方だ。それは人をドロドロと甘やかすような考えだと思う。


 けれど、


「はい。しめっぽい話はおしまい。朝食だってもうすぐできるんだ。そのだらしない顔を洗ってきなさい」

「……はい」

「……うん」


 なんというか、ソフィアの顔が恥ずかしくて見れなかった。同時に、悔しいなぁと思ってしまう。


 次は、傷つけないようにしよう。



 Φ



 二十八の山々が連なって形成されているバラサリア山脈。山脈であるから、頂上が繋がっている。


 基本的に山脈は火山活動ではなく、幾つかのプレートの相互作用で出来上がる。例えば、一枚の紙を両側から手で内側へずらすと、中央が隆起する。その隆起した部分が山脈だ。


 なので、プレートの動きにもよるが、ある程度大雑把に見れば直線、もしくは緩やかな曲線を描く場合が殆どだ。


 しかしながらバラサリア山脈は違う。


 蛇の字ともいえばいいのか、九十度にいきなり曲がったかと思えば、直線に連なり、さらに九十度曲がってコの字になったり。ぐるぐる三周し、交差しながら連なったり。


 山脈の始まり、中心、終わりだけを見れば緩やか曲線になっているかもしれないが、しかしながら大雑把に見ようにも無視できないほど無秩序に連なりすぎている。


 それに普通の山にも囲まれている。連なっていない山が幾つも周囲に乱立しているのだ。


 そのためか、草木や水にある程度恵まれていながらもここは過酷な環境に近い。あと、何故か一部だけ草木が一つも生えないところがあったり、熱帯雨林よりも蒸し暑いところがあったり。


 風や太陽の当たり具合が複雑な相互作用を引き起こし、様々な環境が隣接している。さらにアダド森林と隣接している。


 つまるところ、動植物に魔物などが特異な進化を遂げていたりするのだ。


 そしてその全容はまだ明かされていない。奥に行けば行くほど環境が過酷になるのもあるのだが、固有種が多く、特異的な能力を持っていることもあって人が簡単に足を踏み入れられないのだ。


 そんなところに、五歳児と七歳児が足を踏み入れている。


 異常だ。


「これを見て」


 けれど、ソフィアはそんな事を気にせず、立ち止まって自分の足元を指さした。


 そこには鬼灯ほおずきのような袋を下げた小さな草があった。


「これは踏むと粉が舞い上がってね。呼吸と共に体内に入るとその対象の思考の一部を乗っとる寄生型植物。名前はジェームズ。昔、ジェームズっていう冒険者集団、つまりクランが一斉に池に飛びこんだのに由来しているね」

「なにそれ、怖っ。っというか、なんで池?」

「移動性の植物でね。最初は水生植物なんだ。で、動物に極端に水辺に行って水を飲むような思考を植え付けるんだよ。で、おぼれた動物の体を養分として成長して、陸地に移動するんだ」

「へぇ、カッコいいっ!」

「カッコいいのっ!?」


 ライン兄さんが感動したようにキラキラと目を輝かせる。その感性は分からないが、まぁ琴線に触れるものでもあったのだろう。


 ……けど、やっぱり怖い。恐ろしい。


 そんな植物がある山道を俺たちは歩いているのだ。ヤバい。


「大丈夫。昨日の感覚を意識して、魔力感知してみて。寄生型や毒を持っている植物は、そういう魔力の雰囲気を持ってるから」

「………………あ、なんとなく分かったかも」


 こう妙に優しいというか、アレだ。美辞麗句を並べるカルトや詐欺団体みたいな感じだ。無害や優しさを偽っている感じの雰囲気があるのだ。


「うん。その顔をみれば分かる。生理的な嫌悪感を感じないんだよね、こういう魔力って。ボクたちも無意識的に魔力感知を行ってるから、コロリと騙されちゃうんだ。それでライン君はどう?」

「…………………………う~ん。微妙。なんか、分かったような分からなかったような……」


 ライン兄さんが唸る。「あともう少しで分かりそう、分かりそう」と呟く。


 ソフィアが爛漫(らんまん)に頷く。


「なるほど。なら、もう一押しだね」

「ちょっ、そふぃ――」


 そしてソフィアはジェームズを踏みつけた。粉が舞い上がる。


 ふぁっ!?


 吹き飛ばさなきゃっ! 風魔術、風魔術っ!


「はい。キャンセル」

「ちょ、ソフィア。なんっ!」


 なのに、ソフィアは俺の魔術を妨害した。緻密な魔力操作で魔術陣の核を破壊したのだ。ヤバい、息止めて――


「分かった?」

「うんっ!」


 と、思ったらいくら経っても粉がこちらに向かってくることはなかった。不自然なほどにその場に浮いている。


 ソフィアを見やる。


「昨日の応用さ。他人の魔力を操作できるんだよ。魂魄すらもっていない植物の魔力を操作するなんて造作もない。それに――」


 ソフィアがフィンガースナップをする。炎が舞い上がり、粉を全て焼き尽くす。


「君たちを危険にさらすわけないでしょ?」

「……まぁ、そうだけど……びっくりするじゃんっ!」

「アハハ、確かにそうだね。そこはごめん」


 びっくりしすぎて未だに膝が少し笑っている俺は、キッとソフィアを睨む。ソフィアは軽快に謝る。


 ……まぁ、いいか。


「それにしてもライン君は驚かなかったね」

「あ、そういえばそうだったかも。感知するのに集中してて、気にならなかった」

「……ライン兄さん。火事になったら逃げてよ。本読んでたり、絵描いていたりして気が付かなかったなんて事はやめてよ」

「確かに、ライン君だとありそうだね。学者とか芸術家だとそれなりにいるからね。それで亡くなった人」


 ライン兄さんは苦笑する。


「流石にそれはないよ。今は、ソフィアやセオがいるから、安心して集中しているわけだし。万が一の際に助けてくれる人がいない限りはそれなりに注意するって」

「……それでも『それなり』になんだね」

「まぁ、完全に注意するなんて無理だからね」

「……はぁ」


 そういうライン兄さんに少し呆れる。すると、ソフィアが俺の頬を人差し指でプニプニしてきた。


「そういうセオ君も、集中するとまわりが見えなくなるからね。人のこと言えないよ」

「いや、俺は大丈夫だし」

「……はぁ」


 なんだよ、俺は大丈夫だぞ。本当に、問題ないぞ。


 ソフィアが心底呆れたように顔を顰めたのだった。

いつも読んで下さりありがとうございます。

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次回の更新は金曜日です。

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ドワーフの魔術師。           
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