作り手と買い手が限定されるので、インフレします:crawling
「……二人とも身長伸びたね」
ソフィアは俺とユリシア姉さん、特にユリシア姉さんを見てぽつりと呟いた。
その呟きにユリシア姉さんが首を傾げる。流れるようにソフィアの後ろに回り抱きしめる。ソフィアは何も言わない。いつもの事らしい。
初めて知った。
……なるほど。ユリシア姉さんは自分より小さな存在を可愛がる癖があるのか。マジか。初めて知った。
「そうかしら? 冬は寒かったから伸びなかったわ」
「いや、伸びたよ。セオ君も後三年もすればボクの身長を超えるのか……」
ソフィアは感慨深げに俺を見た。
「……ソフィア。それさ、この町の子供全員に言ってるでしょ?」
「ロイス君。みんなに言わなくてどうするのさ」
「……いや、まぁいいんだけどさ、早く中に入りたいんだけど」
「それもそうだね。温かいお茶を用意しているんだった」
そう言ってソフィアは小さな家の中に入る。ロイス父さんやユリシア姉さんもそれに続く。
……あれ?
なんで礼服を作るのに、ソフィアなの? っというか、ここって住宅街だよね。お店でもないし、どういうこと?
と、思ったのだが、ソフィアに目で早く家に入るように言われたので入る。バタンと扉がしまる。
「……相変わらず簡素な部屋だね」
「ついこないだ物を大量に捨てたからね」
「いつもの癖か」
家は一部屋。八畳あるかどうかといった小さな部屋で、奥に扉が一つ。魔力の反応的に洗面所とトイレ、風呂に繋がる扉だろう。
だが、他に扉はなく、その小さな部屋にはキッチンとベッド、机だけが置いてあった。キッチンには火のついていない簡易のコンロがあり、その上の鉄瓶から湯気が立ち上っていた。いい匂いがするからお茶がもう入っているのだろう。
けれど、それ以外何もなかった。椅子もなく、服も無く、小物もなく、必要最低限を寄せ集めたような部屋だった。
ロイス父さんは呆れながら空間魔法で異空間から自分とユリシア姉さん、俺の分の椅子を取り出す。
俺は沸かしたお茶を四つのカップに注いでいるソフィアをチラリと見やりながら、ロイス父さんに尋ねる。
「いつもの癖って?」
「極端なんだよ」
「極端?」
「そうなんだ。色々と買い漁ってゴミ屋敷かと思うほど物をため込むんだけど、ある日突然殆どのものを捨てるんだ」
「……それは」
なんというか、大丈夫なのか、それ?
病気か何かだと思ってしまう。
「セオ君が言いたいことも分かるよ」
と、そんな事を思っていたらお茶が注がれたカップを宙に浮かして、俺たちに配ったソフィアが頷く。
「なんで捨てちゃったんだろって後悔する事もあるし、色々と悩むんだけどね。今のところ諦めるしかないかなって思ってるんだよ」
「……諦めるって」
「時間に余裕ができれば、色々と手を打てるんだけどね。ギルドの仕事が忙しいし、実生活に支障がでてないからね」
「……でてないって、それってソフィアの実力が高いせいじゃないの?」
「まぁそうともいうかな」
ソフィアは立ちながらカップを口につける。椅子がないのも、座る必要がないからか。食事を取ることも少ないのか?
っというか、ロイス父さんはなんで平然としてるんだ?
余裕がないって事は忙しいんだろうし、その分しご――
「あ、もしかして俺のせい……」
そういえば、俺ってソフィアに色々と仕事を押し付けてる気がする。
筆記ギルドの件ももうすぐ終わるが、あれだって話を進めてくれたのはソフィアだし、ドルック商会の件で色々と――
「ち、違うよっ! 見るからに落ち込まないで!」
ソフィアが俺の肩を掴む。
「忙しいのは確かだけど、ここ最近は症状が緩和してるんだ! この町で働くのが楽しいし、子供たちの成長も見れて嬉しいんだよっ! セオ君を手伝ってるのだって、いわば自分のためだしっ!」
「自分のため?」
「うん。君がすることなすことはとてもワクワクするんだ。それこそ、数十年前まで考えられないほど心が踊るんだよ」
俺はチラリとロイス父さんを見る。
ロイス父さんは頷く。また、ユリシア姉さんが思い出すように、俺にいう。
「セオは知らないわね。私が小さかった時のソフィアはそれは暗かったのよ」
「暗かったっ?」
「そうよ。最初なんてお化けと間違えて泣いてしまった程だもの。こう、前髪がこんな感じで」
そう言ってユリシア姉さんは蒼穹の長髪を前にだらんと下げる。顔が隠れて、貞子か何かだと思ってしまう。
「……長髪だったの?」
「そうよ。あの後、髪を切ったのよ。怖がらせないとかそんな理由で」
「……そうなの?」
「まぁね。あと、長いと洗うのが面倒なのもあるけど」
ソフィアはタハハと苦笑いする。
「まぁだから、大丈夫だよ。セオ君。ここ最近は充実してるんだ。それに新しい趣味もできてね」
「趣味?」
「うん」
ソフィアは頷きながら、どこからともなく布製のメジャーを取り出した。
「セオ。なんでここに来たかといえば、ソフィアが礼服を作ってくれるんだよ。今までは長持ちする必要がなかったけど、これからはそれが必要だからね」
「……ソフィアが作れるの?」
俺は驚く。礼服ってソフィアが作れる――いや、趣味で作れるものなのかっ?
そんな俺の疑問を読み取ったのか、
「趣味って言ったでしょ? 少し暇さえあれば、色々と作ってるんだよ。大丈夫。王家御用達の老舗に負けない程の逸品を作るから」
布製のメジャーで俺の体を測り始めたソフィアが楽し気に笑う。
「伊達に長生きしていないしね。小人族は器用なんだよ」
ソフィアはそう呟き、集中し始めた。
小人族、ね。
そういえば、ソフィア以外で小人族に会ったことないな。家にあった種族図鑑でも詳しく書かれていなかったし、実際のところどうなんだろ。小さな村を作って暮らしているらしいけど。
「セオ君、腕を上げて」
「あ、ああ。うん」
ソフィアが俺の肩回りを測り始める。そういえば、さっきからメモもしてないけど大丈夫なのか? まぁ、大丈夫か。
「ねぇ、ソフィア?」
「なに、ユリシア君?」
「私は淡い緑が似合うと思うのよ」
「それってアテナ君の希望?」
「母さんは、ドレスって言ってたわ」
俺は思わず体を抱きしめる。ソフィアがああ、動かないで、と注意するので仕方なく力を抜く。
次、立って、と言ったソフィアは思い出すように呟く。
「……アテナ君って女装させるの好きだよね……」
「ここ最近は収まってると思うよ」
「……本当? ロイス君」
「うん、ほんとう……」
ロイス父さんがげんなりとした様子で頷く。
げんなり……
あ、まさかっ!
「セオ。余計な事は考えないように」
「……はい」
俺は渋々頷く。けれど、一度思いついてしまった以上、笑いをこらえるのが難しい。
たぶん、ロイス父さんは女装させられている。じょそっ、女装。
「ププッ」
「セオ君、動かないで」
「ご、ごめん」
ソフィアに謝る。けど、それ以上にロイス父さんの殺気が怖い。とても怖い笑顔を浮かべている。
……無視しよう。
「ロイス君、予算は?」
「大体、小金貨一枚くらいかな」
「えっ!? そんなにっ!?」
「こら、セオ君っ」
「……ごめんなさい」
俺は渋々頷く。
だが、内心の驚きを押さえられない。だって小金貨一枚って百万円くらいだ。子供の使い捨てとすら言える服に百万っ?
おかしい。
「……分かるよ、セオ。だけどね、それが貴族なんだよ」
「……マジか。……え、ちょっと待って。家にあるアテナ母さんとかのドレスってどれくらい……」
「一着だけ大金貨に届くものがあるかな」
「だ、大金貨……」
俺は呆然とする。大金貨は小金貨二十五枚分。つまり、二千万越え……
ヤバい。
「セオ君、何そんなに驚いてるの? 君は既に商会でそれくらいのお金を動かしてるんだし、個人でも生み出してるでしょ?」
「それとこれとは別っ! 大体、ロイス父さんたちってそういう物をお金を掛けずどうにかする気質じゃなかったっ?」
「うん、そうだよ」
ロイス父さんは苦笑いする。
「今までも基本的に礼服は成長に合わせて繕いなおせるようにソフィアに作って貰ってるよ。それに大体、服を作るときは、材料は僕が集めて持ち込んでるんだ。だから、そこまでお金はかかってないよ」
「待って。予算って素材分を抜いてるの?」
「今回は抜いてないかな?」
ロイス父さんはお茶に口をつける。ユリシア姉さんが頷く。
「今回は私が集めるのよっ! ソフィアが私についてくれるから、その分ねっ!」
「……なんでユリシア姉さんが?」
「なによ、嫌なのっ?」
「いや、そういうわけじゃないけどさ」
ユリシア姉さんの目が釣りあがったので、そっぽを向いて引き下がる。ここで追求すると面倒だしな。
「よし、測り終わったよ。じゃあ、セオ君。希望はあるかい?」
「希望?」
「うん」
そう頷いたソフィアは懐からメモ帳を取り出した。
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