自室の危機:crawling
寒さが少しだけ和らぎ、春の兆しを感じられた頃。
「……どうするか」
「アル……」
「リュネ……」
「ケン……」
俺は部屋を傍観していた。もう、傍観するしかなかった。
俺の部屋は植物園みたいなものだ。
アルたちのおかげ……いや、せいか?
どっちにしろ、部屋の四隅から生える四つの堅木から多種多様な草木が生えている。木から植物が生えているのだ。とても不思議な状況なのだが、アテナ母さんやソフィア、エウなどによればあり得るのだとか。
老いた大樹の上には、落ち葉や腐り木が溜まり、土となり、そこから草木が育つという話も聞いたことがある気がするし……確か屋久島だったか。
「ああ、着生だったかな。確か」
そんな言葉を思い出した。ヤドリギもそんな感じだったか?
つまり、アルたちはアダド森林やラハム山から集めた草木の種を、四つの堅木に植え付けたというらしいだが。
「そういえば、この木の名前って何?」
「アル?」
「リュ……ネ?」
「ケンケン」
アルたちも知らないらしい。いつの間にか植木鉢が四隅に用意されていて、僅か一晩もしないうちに勝手に部屋の天井を覆うほどには生えていたからな。
今更ながらに何の堅木なのか凄く気になってきた。
「後で調べよ」
ただ、それは後だ。
今は目の前のことに集中しよう。
「……退けるのは駄目だよね」
「アル!」
「リュネ!」
「ケン!」
天井を這う堅木から生えている草木は、春の兆しを感じたのか成長を始めていた。まぁそこまではいい。良くはないが、いい。
けど、本来はアルたちがその成長を管理するはずだっがのだが、面倒だったのか、何なのか、サボってしまった。
そのせいで草木が無造作に伸びて朝起きたらベッドから出られなくなっていた。ベッドの周りを草木が覆いつくしてしまったのだ。
もちろん、お説教はした。
アルたちの特性は分かっているが、しかし折り合いというものがある。互いに迷惑を掛けてもいいが、掛けすぎる――つまり生活に支障をきたしてはいけない。
そういう部分はきちんと説明する必要があった。
そして説明が終わり、アルたちも反省しているので、次は対処に取り組もうとしていた。
だが、アルたちは草木が折れたりすることを凄く嫌がる。なので、現状ベッドの周りを覆っている草木の退かすのは無理だ。
まぁベッドのところに設置されている天井窓から外に出てもいいのだが、根本的な解決にはならないだろう。
「……いや、今はいいか。ここを出ることが先決だし」
ここから出ないことには相談も解決もできないので、俺は天井窓を開ける。
「……寒い」
けど、すぐに閉める。開けた意味がない。
まだ冬……いや、早春か。
どっちにしろ、外を見れば雪はまだうっすら積もっているし、寒い。
ああけど、去年よりは寒くないか。去年はユキの母親の魔力が安定的じゃなかったから、冬が長引いたとか言ってたし。……だったはず。
まぁ兎も角、寒い。
「毛布、毛布」
「アルル!」
「リュネ!」
「ケン!」
なので足元にあった毛布に包まる。アルたちも外気に当たって寒かったのか、スポッと俺のボサボサ髪の中に潜った。
そういえば髪も結構伸びたよな。切るかな。いや長髪にするっていうのもいいな。カッコいいかもしれない。
深緑の長髪。うん、なんかカッコいい気がする。今は少し癖毛気味だし、長髪で結べばイメージが変わるのでは?
春になって新しい一年が始まるし、俺ももう五歳になったし、心機一転って感じで……
あ、そういえば五歳になったって事は誕生祭に行かなきゃいけないのか。ライン兄さんがゲッソリしてたし、あれ以降貴族の場に出るのを凄く嫌がってるのを見るとな……
凄く行きたくない。ああ、どうにかならないもんか。せめてライン兄さんを道連れに連れていくとか……
「……っと駄目だ。寒すぎて思考がそれる」
そうだ。今はここから出ることが先決だ。
「すぅ、はぁ。すぅ、はぁ。……よし」
覚悟を決める。寒さに立ち向かうための覚悟を決める。
俺は意を決して天井窓を開ける。
よし、このまま勢いで――
「駄目だ。やっぱり寒い」
――無理だった。
一瞬毛布を脱ぎ捨てて天井窓から外に飛び出そうとしたけど、寒すぎて無理だった。
……どうしよ――
「え、何これ? アテナ母さんのまりょ――」
「アルル!?」
「リュネっ!?」
「ケン!?」
と悩んだ瞬間。
「調子が戻ってきてるわね」
「……転移か」
アテナ母さんの魔力に包まれた俺たちは、リビングに召喚されていた。アテナ母さんの空間魔法の転移で呼び寄せられたのだ。
「……大丈夫なの? 体調とかさ。肉体的にも弱ってるし、精神的に駄目じゃん。まだ魔力の制御とかも本調子じゃないんでしょ?」
「大丈夫よ。アランとレモンから許可が出たのよ。軽い魔法なら使ってもいいってね」
お皿を並べたりしていたレモンをチラリと見れば、頷いていた。
「……転移は軽い魔法じゃないと思うんだけど。失われた魔法の一つだった気がするんだけど」
「軽い魔法よ」
前世の記憶や、ラート町の子育て経験や現在子育て中の女性や男性を頼りに開発したおんぶ紐でブラウをおんぶしたアテナ母さんは、レモンと一緒に朝食の用意をしていた。ブラウはぐっすり寝ていた。
……子爵夫人が赤ん坊をおんぶしながらお皿を並べたりしているのって、あり得ないらしいんだけどな。そういうのは全てメイドに任せるのが常だと、マリーさんが時々苦言を呈していたし。苦言っていうよりは、心配かな?
まぁ男爵や準男爵、騎士爵などの爵位持ちだと、メイドを雇う余裕がない場合もあるらしいので夫人が子育てと家事に参加することもあるらしいが。それでもかなり少ない。
確か、通常は王家から乳母が派遣されるし。
自分の乳で子供を育てているアテナ母さんって貴族としては異例というか、なんというかなんだよな。
現代日本でも、普通に粉ミルクなどに頼っていることも多いし。珍しいというか、凄い……凄いという表現は少しおかしいかな。
努力しているのは確かだし、頑張っているのも確かだけど、だからと言ってそうでない人と比較して……
なんか、面倒くさい。変というかややこしいというか。
うん、アテナ母さんは凄いな。比較的ではなく、普通に凄いな。
けど。
「軽い魔法の割には顔色悪いけど。無理は駄目だよ」
「……ちょっとセオの魔力量を見誤っただけよ。っというか、セオ。アナタ、とても魔力増えてないかしら?」
「そう?」
「ええ。いつも近くにいるから気が付きにくいけれど、一年前より数倍近く増えてるわよ。相当魔力を使ったわよね?」
「ああ、そういえば、魔道具作ったり、色々道具とか作ったりするのに魔力は使ったかも。“細工術”で」
俺は立ち上がり、“宝物袋”から着替えを取り出す。ソファーの陰に隠れて着替えながらここ一年の行動を思い出す。
「ブラウのための玩具とか、道具とか色々作ったし」
「物凄く助かってるわ。ありがとう」
「……どういたしまして。……それに死之行進に魔法薬とか魔法補助のための魔道具も作ったし、治癒とか支援系のも作った。後、ここ一年でドルック商会の方とか、その運営費を稼ぐためのアカサのところに結構な魔道具を卸したし」
「……私がいうのもなんだけど、アナタ面倒面倒っていいながら精力的に動いているわよね」
「……そうなんだよね……」
俺は首を傾げる。
本来、過労やらなんやらで田舎に行きたいな……っと思った矢先、死んだからな。普通もっと無気力になってもいいんだが……
「あれ、もう朝食……?」
「おい、ユリシア。俺が先に風呂入るからな」
「駄目よ、私が先!」
目をこすりながら降りてきたライン兄さんや、自主稽古していたエドガー兄さんとユリシア姉さんが寒い寒いと体を震わせ、どっちが先に朝風呂に入るか言い争っているのを見ていると……
「子供って元気だな……」
「何言ってるの。セオ、アナタも子供でしょ?」
「大人のつもりなんだけどね……」
やっぱり、俺は俺ってことなんだろうな。前世も関係なく、たった五年しか経験していない子供ってことなんだろうな。肉体的にも精神的に活発旺盛なんだろう。
まぁ悪い気はしない。
「……変に感傷的になったけど、意外とベッドから出れなかったのが堪えてるのか。マジでどうしよ、部屋」
結局、現実逃避なんだよな。
たぶんこのままだと自室を失いそうだし。
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