甘えを甘えと気が付いてる時点で、それは甘えていない:Jealousy and envy
「アンタ、もう少し考えて行動しなさいよ」
「……ユリシア姉さんがそれを言うの?」
「ライン、何か言ったかしら?」
「いえ、何も。ユリ姉は今日も素晴らしいな、と」
「なら、よろしい」
そんなやり取りをしながら、ユリシア姉さんは俺を降ろす。俺のスコップを雪の地面に突き刺し、スコップの上に立つ。
ええっと、
「ありがとう、ユリシア姉さん」
「どういたしまして。……で、アンタ、何やってたの?」
ユリシア姉さんは異常に雪が盛り上がったり窪んだり、つまりデコボコしている周りを見た。
「雪の操作」
「ユキでもないのにそんなことできるの?」
「まぁ、ミスったけど」
「ふぅん」
ユリシア姉さんは周りを見渡した。それからニヤリと笑う。
「ねぇ、今度は失敗しないのかしら?」
「たぶん、大丈夫だと思うけど……」
嫌な予感がしながらも、俺はユリシア姉さんを見上げる。
すれば。
「じゃあ、セオ。私を援護しなさいっ!」
「え、どいう――」
「ずるいよっ、ユリ姉っ!」
ライン兄さんが無詠唱で風魔法を行使して、目の前に盛り上がった雪を俺たち目掛けて吹き飛ばしてくる。
俺は突然のことに対応できず、
「甘いわっ!」
「す、スコップは穴を掘る道具でしょっ!?」
けれど、ユリシア姉さんはニィッと笑ってスコップを無造作に振るう。
すると、先ほどのロイス父さんの様にとはいかずとも、襲い掛かってきた雪嵐が切り裂かれた。俺とユリシア姉さんの横へと流れる。
ユリシア姉さんはそれに目もくれない。スコップの取っ手を持ち、横に流すように構える。
そして。
「吹き飛びなさいっ!」
「ッ――〝風衝〟っ!」
ユリシア姉さんはスコップを残像でしか追うことのできない速度で振るう。しかもわざとスコップ面を向けることで、風圧を作り出す。
つまり、ライン兄さん目掛けて雪の砲撃が放たれる。
ライン兄さんは一瞬驚いたものの、風の衝撃はを作り出す魔法を応用して壁を作りそれを防ぐ。
「セオっ! アンタもラインを攻撃しなさいっ!」
「なんでっ!?」
「アンタは私の弟だからよっ!」
「それはライン兄さんもでしょっ?」
「ラインは敵よっ!」
俺を脇に抱えて、ユリシア姉さんは天狗のように跳んだり、回ったり、走ったりする。
ライン兄さんは風魔法を使い、ユリシア姉さんの行動を妨害したり、雪をぶつけてきようとする。
……楽しそうだ。ライン兄さんが子供らしく笑ってる。楽しいのだろう。
……もっと、楽しくなる方法は……
「じゃあ、俺もユリシア姉さんとライン兄さんの敵になるよっ!」
「あ、ちょっと、アンタっ!?」
「セオっ!?」
俺は魔術陣をいくつも浮かべ、雪の地面にスタンプする。さっきは失敗したけど、次は成功する。
だから。
「きゃあっ!」
「なにこれっ!?」
ユリシア姉さんもライン兄さんも蠢き跳ねる雪の大地に足を取られて倒れ込んでしまう。
そこにすかさず、
「雪と言ったら雪ダルマでしょ。ってことで、いけ、ホワイトダダルマ!」
「それは卑怯よっ!」
「そうだよっ! ってか、何なのその魔法っ!?」
周囲の雪を操作して、圧縮して作り出した巨大な雪ダルマを操作し、ユリシア姉さんたちを攻撃する。
「ライン、一時休戦よっ!」
「分かってるよっ! まずはセオを倒してからだねっ!」
ユリシア姉さんとライン兄さんは、まるで魔王に立ち向かう姉弟勇者の如く俺のが操作するホワイトダダルマへと走り出した。
そして。
Φ
「私は悪くないわ。魔法使えないし」
「……ラインは?」
「僕は悪くない。ユリ姉とセオが一番弱い僕に襲い掛かってきたから、仕方なく応戦しただけです」
「……セオは?」
「俺は悪くない。悪いのはユリシア姉さんとライン兄さん。雪かきしようとしたら勝手に争いに巻き込んだ挙句、襲い掛かってきた」
「……はぁ」
ロイス父さんが正座している俺たちを見て溜息を吐く。
後ろではエドガー兄さんがブラウを高い高いしたり、玩具で遊んだりしている。そんな様子をアテナ母さんが見守る。けれど、眠いのか少しだけウトウトしている。レモンが介抱している。
全員ほかほかとしていて、湯上りだ。
……それにしてもエドガー兄さんでも赤ちゃん言葉話すんだな。今まで見てきたけど、案外気が付かなかった。
「セオ?」
「は、はい。なんでしょうか?」
「じゃあなんで騒ぎを確認しようとした僕まで攻撃したの?」
バッ。
俺は必死にロイス父さんから顔を反らす。駄目だ。あの澄んだ碧眼と目を合わせたら駄目だ。自白せざる負えなくなる。
「ライン?」
「な、何、父さん?」
「襲い掛かってきたなら、風魔法で僕たちに教えてくれれば良かったよね? そういう自衛のために風通話――〝風鳴り〟を教えたよね?」
ライン兄さんがバッと顔を背ける。
「ユリシア?」
「な、何よ?」
「魔力衝撃波を斬撃に纏め上げるの、上手くできてたよ」
「ほ、ほんとっ――な、何のこと?」
ロイス父さんの言葉に引っ掛かりそうになったユリシア姉さんは、けれどギリギリのところで耐える。ピューピューと吹けない口笛を吹く。
ロイス父さんがギヌロと俺たちを睨む。ビクッと震える。
と、そこに。
「ロイス、終わったぞ」
アランが現れる。
「アラン、ありがとう。風呂、先に入ってて大丈夫だよ」
「おう」
アランは手をブラブラと振り、浴室へと向かっていった。
そしてロイス父さんはもう一度、俺たちを睨み、淡々とした口調で尋ねる。
「ユリシア、ライン、セオ。なんで、アランに礼を言わなかった?」
俺たちは言葉に詰まる。
「遊んでいいよと言った手前、屋敷裏をぐちゃぐちゃにしたのは、まぁ仕方ない。もちろん、遊びの範疇に収めず、周りに迷惑を掛けた事は反省しなくてはいけない事だけど――」
淡々と述べるロイス父さんは怖い。こう、怒っているという雰囲気がないからこそ、怖い。
「それより、アランはそれを均したんだよ?」
口の中がなんか酸っぱくなってきた。罪悪感というか、申し訳なさというか。
「悪くない。本意ではなかった。もし仮にそうだったとしても、ユリシアたちがぐちゃぐちゃにした屋敷裏をこんな寒い中、アランは直したんだよ?」
ロイス父さんが俺たちの前に正座する。俺たちと目線を合わせる。
「間違ったり、迷惑かけたりすることは、反省すればいい。次に生かせばいい。けれど、その前にするべきことがある。しっかり考えなさい」
「「「……はい」」」
俺たちが頷くと、ロイス父さんは柏手を打つ。
そして俺たちはバッと立ち上がって、
「「「ごめんなさい」」」
ロイス父さんたちに頭を下げた後、アランを追いかけた。
そんな様子をエドガーは眺めていた。
「あうー、うーっ!」
「おお、ごめんな、ブラウ」
太ももの上に乗せたブラウの抗議にエドガーは頬を綻ばせる。ブラウの両手首を優しく掴み、
「びゅーびゅびゅびゅー、風の精霊が吹き飛ばす」
「あうっ!」
「ギンギラギン、光の精霊照りつける」
「うーやっ!」
躍らせる。
腕を閉じたり開いたり、回したり、曲げたり。エドガーは歌に合わせてブラウの腕を動かす。
音をきちんと聞き取れているのだろう。ブラウはエドガーの歌に合わせて合いの手を入れる。キャッキャと笑う。
それを数分も繰り返していると、
「父さん、こう唐突に寝るもんなのか? ラインもセオもじっくりだった気がするんだが」
「一人一人それぞれだと思うよ」
ブラウがエドガーに体を預けたまま寝てしまった。
寝入ったアテナを横にしていたレモンが、すかさず厚手のブランケットを取り出してブラウに掛ける。
「エドガー様。もう少しするまでご辛抱ください」
「分かってる。寝入った時が一番起きやすいしな」
優しくブラウの頭を撫でながら、エドガーは頷く。
そんな様子を左横のソファーで眺めていたロイスは尋ねる。
「僕が言うのもなんだけどね、もう少し自分を甘やかしてもいいと思うよ」
「……十分父さんたちに甘えてると思うが」
「その言葉が出てくるほどには、甘えられてないかな?」
ロイスは苦笑する。
エドガーも苦笑しながら、先ほどのラインの言葉を思い出す。
「ラインがさっき一番弱いと言ってたが、あれは嘘だな」
「まぁ弱さは競うものではないからね」
「父さん」
「……僕は別にエドガーが弱いと思ったことは一度もないよ。今の言葉も嘘じゃない。弱さは自分が自分だけで決めるものであって、競うものではない」
「……」
エドガーが沈黙する。言葉に迷うように。
だからか、レモンが優しい声音を紡ぐ。
「エドガー様はユリシア様たちが好きなんですね」
「……大切な妹と弟たちだしな。尊敬もしてる」
エドガーは頬を赤く染めながら小さく答えた。レモンはそんなエドガーに微笑みながら、少し茶々を入れる。
「ユリシア様はエドガー様を弟と思ってるようですが」
「生まれたのは俺の方が早いんだろ?」
「まぁ、そうだね」
エドガーの質問にロイスが頷く。
沈黙が訪れる。
けれどそれは心地よくて、暖かく、パチパチと音を立てる暖炉だけがそれを見守っていた。
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