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弟が分かって自分が分からないとか悔しすぎる:Jealousy and envy

「あんた、何やってんのよ」

「何って、手紙を書いてるだけだけど」


 リビングでタイプライターを打っていた俺は紙から顔を上げる。


 隣をちらりと見れば、暖炉に近いところでソファーに座りながらロイス父さんがブラウを抱っこしている。乾燥しないようにするためか、ごく自然な風水混合魔法で空気の流れを操作している。


 けど、ブラウは意外にもそれに気が付いているようで、あー、あーと手を伸ばしている。


 それを見てロイス父さんはもの凄くだらしない顔になる。けど、イケメンだからかそのだらしなさも様になっている。

 

 ブラウが生まれてから三か月ちょっと。明日から本格的な冬が始まるらしい。昨日アダド森林でユキのお母さんの冬雪亀の様子を調査して分かった。


 まぁ、もともと準備を進めていたこともあり、冬支度に関連する領主の仕事はもうないらしい。


 なので今日は、ロイス父さんがブラウの面倒を見ている。マリーさんとバトラ爺はいるものの、アテナ母さんやレモン、ユナたちはアカサ・サリアス商会に買い物に出かけている。


 気分転換だ。


 ユリシア姉さんは面倒なのとアテナ母さんから課された課題が終わっていないらしく、買い物にはついてってない。さっきまで俺の向かい側でずっとしかめっ面をしていた。


 ライン兄さんとエドガー兄さんは、それぞれ町の友達と遊ぶとかで、こんな寒い外へと出かけて行った。


「誰に?」

「クラリスさんに」

「……そういえば、クラリス以外にも手紙のやり取りをしてたわね」

「うん。銀月の妖精さんっていう人なんだけどね。クラリスさんが家庭教師をしているとかどうとからしいんだけど」

「銀月の妖精……?」


 ユリシア姉さんが不審そうに顔をしかめる。それからチラリとロイス父さんを見やる。


「父さん、銀月の妖精って使っていいの?」

「まぁ、貴族のジンクスみたいなものだし、言葉自体に悪意はないよ」

「けど、悪意をもって使うわよね」

「うん。そうだね」


 ガラガラ鳴るおもちゃで遊ぶブラウに意識を向けつつ、ロイス父さんは頷いた。


「けど、エルフやドワーフ、獣人にとっては慕い敬う存在だし、貴族の中にも敬意や賞賛をこめていう者もいる」

「けど、少ないじゃない。っというか、セオ。あんたのやり取り相手って貴族でしょ?」

「たぶん。詳しいことはあんまり分からないし、詮索する気もないから。だけど、向こうはその愛称? を好いてると思うよ」

「ふぅん」


 ユリシア姉さんは羽ペンを片手で弄ぶ。首を傾げる。


「どうしたの?」

「……どこかで聞いたことあるのよ、銀月の妖精って異名。いつだったっけ……空っぽ横暴野郎が喧嘩を吹っ掛けてきた時かしら。いや、あたしが上っ面太眉を殴った時……いや、ヴィヴィーを泣かせたくそ野郎を骨折させた時……」


 ユリシア姉さんは頭を悩ます。俺はロイス父さんの方にギギギっと顔を向ける。


「ねぇ、ここ二年近くユリシア姉さんがほとんど他領に行ってないのって」

「行った先行った先で問題を起こすからだね。ついでに、なんというか令嬢をひっかけてくるのもある」

「……ひっかける?」


 未だにしかめっ面をしてう~んう~んと悩むユリシア姉さんを見て、俺は嫌な予感がする。もう首がすわっているブラウの両脇に手を挟んで高い高いしていたロイス父さんが、苦笑しながら頷く。


「想像通りだよ。ファンクラブらしきものが同年代の令嬢間で作られてるようでね。ユリシアがパーティーに出ると令息たちが取り残されるんだよ」

「……パーティーって縁繋ぎの?」

「そうだね。貴族の子息子女が唯一恋愛できる期間でもあるけど……」

「ああ、なるほど」


 俺はしらっとした目をユリシア姉さんに向ける。


 艶やかに腰まで流れる天色の長髪。少し切れ長で大きな蒼穹の瞳。スッと流れる鼻筋にキュッと結ばれた小さな唇。端正な顔立ちで、死之行進(デスマーチ)を経験したのもあってキリリとした麗しい雰囲気を醸し出している。


 基本的に距離感などガン無視で、素直で活発に動く。しかも、自警兵団の訓練や実務に参加していることもあり、自然と騎士のような行動を取ってしまうところがある。


 一応、外ではある程度猫を被る、というか口調は正しているらしい。


 ……あれだな。よくラノベとかである王子様系の女子だな。しかもまだ十歳で幼さも残しているから、年上も落としてしまいそうな…


 …いや、二年前だから同年代は八歳前後。恋愛どうこうではない。つまり、色めく年頃の十歳以上……もともと年上キラーなのか。


「……何、僕の顔をじっと見て」

「ロイス父さんの遺伝かなと」

「いやだな、僕よりもアテナだよ。アテナって結構モテたんだよ、女性に。だから、色々と大変で……って、まぁそんなことはいいや」


 何かを思い出したのか、一瞬だけ凄くゲッソリとしたロイス父さんは、疲れてウトウトして来たブラウを優しく抱っこする。ゆっくりゆっくり体を揺らし、背中を撫でていく。


 と、


「思い出したわっ!」


 大声を出してガタリとユリシア姉さんが立ち上がる。


 だが、大声を出したが故に。


「うぇっ……う……うぅぅぅぁああああぁぁぁぁーーー!!!」

「ッ。……ああ、怖かったね。驚いたね」


 ブラウが大泣きしてしまう。ちょうど眠るのを邪魔されたのもあり、ギャン泣きだ。キーンと耳が痛くなる。


 それでもロイス父さんは慌てない。いや、一瞬だけ慌てたがすぐに冷静を取り戻し、ブラウを縦抱きしながら立ち上がる。一定間隔に体を揺らしながら、トントンと背中を撫でる。


 慣れている。とても慣れた手つきだ。


 ……そういえば、俺のときも結構ロイス父さんに抱っこされてたな。生理的に泣かざる負えなかった時とかに、ロイス父さんがあやしてくれたこともあったっけ?


 俺以外にもユリシア姉さんやエドガー兄さん、ライン兄さんの子守もしてたのかな。あ、そういえば、ユリシア姉さんとエドガー兄さんが生まれた時って、まだレモンとかがいなかったんだよな。


 初めての子供で双子。しかも、領地運営の最初の時期らへんだ。忙しいったらありゃしないだろう。


 アテナ母さんも弱体化してただろうし、子守をこなしながら領主の仕事もしてたのかな。背中にユリシア姉さんとエドガー兄さん二人を背負って書類仕事……


 なんか笑えてきた。微笑ましいというかシュールというか。


 だけど、笑えたきたのは俺だけでユリシア姉さんは顔を真っ青にしてあたふたしている。


「え、あ、ど、どうすれば……と、父さん、ご、ごめん……えっと、あれ……」


 パニックになってるな。あまりのパニックなのか、目端に雫が浮かんでいる。大泣きしているブラウにつられ、今にも泣き出しそうな気がする。


 チラリとロイス父さんを見る。


 ……そのまま? まぁ、そのままでも大事にはならないと思うけど。


 パニックのユリシア姉さんはロイス父さんの肩を濡らしまくるブラウに近づく。ロイス父さんはそれに気が付き、わざとソファーに座る。体は揺らし続ける。


「ぶ、ブラウ……ご、ごめんねぇ……ぅ……」

「びぃぃぃぃぃぃーーーーーぇぇえええぁああああああ!!」

「え、ああ、ごめん。ほら、ほら……」


 どうにかブラウを泣き止まそうとするユリシア姉さんだが、だんだんと尻すぼみになっていく。


 そして次第に俯き、拳をギューッと握り始める。震える。ブラウの泣き声だけが響き渡るから、不気味だ。


 ……どうするんだろ、ロイス父さん。こうなるのは予想してただろうに。


「うぃぃぁぁ……うぅぅぅ……ぅぅぅぅぅ」


 と、次第にブラウの泣き声が小さくなっていく。気になってユリシア姉さんの横からそっとブラウを覗きこむとトロンとしてきた。


 ここ最近は皮下脂肪がつき始めて、もっちりというかむっちりというか、結構丸々としているのだが、それが逆にかわいいというか。


 どっちにしろ、ウトウトとし始めていたブラウは可愛い。


 ブラウがスースーと寝息をたてる。


「……大丈夫そうだね。セオ、ブランケットとか出せる?」

「ソファーで寝る感じ?」

「まぁね」


 ロイス父さんは横になる心地よさにはものすごく定評のあるソファーにブラウを寝かせ、俺は“宝物袋”からブラウ専用のブランケットを取り出す。ブラウを刺激しないようにそっと掛ける。


「……暖炉の火、弱める?」

「そうだね、乾燥するだろうし……ブラウだけ水魔法系統で覆う――あ、魔法に反応しそうだよね」

「どうだろ……あ、そうだ」

「なにか、いい案でもあった?」

「ちょっと待ってて」


 俺はむむむ、と唸る。半年前くらいに適当に作って、“宝物袋”に適当に放り込んだため、取り出すのに時間がかかる。


 けど、しっかりイメージできた。


「よし、出てきた」


 俺の手には小さな箱があった。適当に作ったから豆腐型になっているのだ。


「……水を出す魔道具? いや、水蒸気かな?」

「うん、スチームもどき」

「聞いてないけど」

「なんか面倒くさそうだったから、放っておいたんだよ。まぁ今は役に立つから作っておいてよかったかな」


 俺は“隠者”でなるべく魔力を隠蔽しながら、取り出したスチームもどきに魔力を注いでいく。


 それを暖炉の傍に置き、スイッチを入れる。


 プシューと小さな音とともに水蒸気がでてくる。光魔法の〝洗浄〟も組み込んであるし……


「しばらくの間は問題ないと思うよ。けど、明日から雪が降るらしいし、暖炉の乾燥とかの対策しなく――」

「セオ、それはあとで」

「……分かった」


 小声でロイス父さんに相談しようとしたが、ロイス父さんはそれよりも先にやることがあるようだ。


「ユリシア」

「……ごめんなさい」

「怒ってないよ。それに今のブラウは刺激に多感でね。どうあっても反応はしてしまうから、大声出したこともそこまで問題じゃないよ」

「……少しは問題なんでしょ?」

「まぁね。もう少し落ち着きをもってほしいかな。まぁ無理する必要はないけど」

「……うん」


 ロイス父さんがユリシア姉さんの頭を撫でる。


「何が悪かったか分かる?」

「落ち着きを失ったこと。すぐに動けなかった……」

「うん、分かってるね。ところでユリシアは騎士になりたんだよね」

「……うん」


 ユリシア姉さんはコクリと頷く。


「なら、厳しいことをいうけど、冷静でなくてはいけない。驚いても、焦ってもいいけど、それは一瞬だけ。すぐに冷静にならなきゃいけない」

「……いつも戦闘ならできたのに」

「なんで戦闘では冷静になれてるの?」

「…………何度も何度も経験したから?」

「そうだね、それも含まれるね。……セオはどう思う?」


 え、ここで俺に振るの? 答えていいのかな。正解っぽい正解は分からないけど、「それも含まれる」って言ってた――


「ええっと――」

「父さん、自分で考える」

「……そう。なら、自分で考えるといいよ」


 と、思ったのだが少しだけムスッとし、俺をキッと睨んだユリシア姉さんが首を振ったので俺は口をつぐむ。


 ロイス父さんは、ごめんね、と言わんばかりに俺とユリシア姉さん両方を見て、そのあとユリシア姉さんの頭をもう一度撫でたのだった。

いつも読んで下さりありがとうございます。

面白い、また少しでも続きが気になると思いましたら、ブックマークや広告下の「いいね!」とポイント評価をよろしくお願いいたします。

また、感想や意見があると励みになります。


次回の更新は金曜日です。

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新作です。ぜひよろしければ読んでいってください。
ドワーフの魔術師。           
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