認めてほしい。そう思って子は親とすれ違う:アイラ
「あれはクラリス・ビブリオが指示したものか?」
「いいえ。アイラ様自らが望んだものでございます」
「望んだ?」
王族しか利用できない談話室でオリバーは片眉を上げる。リーナは楚々と頷く。
「明るく目立つように、と」
「……何故また」
「……私の口からそれをお伝えすることはできません。ただ、アイラ様自らがお話になることは問題ございません」
「つまり自分で聞き出せと」
「さようでございます」
オリバーはこめかみを抑える。隣にいた王妃であり、アイラの母であるカティアが真剣にリーナを見る。
「あの子はすべてを知ってそれを望んだの?」
「はい、もちろんでございます。必要以上に目立つことを嫌っていらっしゃいますが、それでも選んだのでございます」
「……そう。では、少しだけ頼みがあるわ」
「私にできることであればなんなりと」
リーナはメイド服のスカートの端を持ち上げ、恭しく頭を下げる。
「アイラにこれを」
「お茶会の招待状ですか」
カティアから受け取ったそれを見て、リーナはやはりか、と思う。それと同時にカティアの覚悟を感じた。
「そうよ。……分かっているわね」
「はい、もちろんでございます」
念押しするカティアにリーナは頷く。また、一つだけ確認する。
「クラリス様には」
「……そうね、お願いできるかしら」
「かしこまりました。……では失礼いたします」
リーナはカーテシーをした後、ゆるりと談話室を去る。
優雅に、されど誰の目にも止まらない凡人のように、リーナは廊下を歩く。メイドの鉄則だ。
品なく、自信なく歩くことは許されぬ。されど、誰かの興味をひいてはならぬ。影の仕事なのだ。目立たず、己に課した誇りを貫く仕事なのだ。
なので、悩ましい。
リーナの使えるべき主はアイラただ一人。相手が国王や王妃であろうと、それは変わらない。いざとなれば、主のために歯向かう。
だがしかし、主のために主を試す必要もある。それが主のためになるから。
なので、やはり悩ましい。やきもきする。
けれどそんな様子をアイラに悟らせるわけにはいかないので、己の心を落ち着かせていく。アイラは声や魔力で感情を読み取れるようなので、なおさらだ。
と、明鏡止水よろしく澄んだ心持でリーナは三回、変則的に目の前の扉をノックする。
しばらくすると、リーナレベルでようやく感じ取れる微量の魔力が扉に伝わったので、リーナは扉を開く。
「お帰り、リーナ。それでお父様はなんの用だったの?」
「先日の件で少し」
黒を基調とした普段着用のドレスの上からモコモコのカーディガンを羽織ったアイラは、車いすを〝念動〟で旋回させ、リーナに首をかしげた。
リーナはバルコニーへの窓が開いているのを見た後、アイラに少しだけ溜息を吐く。
「前にも申し上げたと思いますが、お体に障りますよ」
「大丈夫よ。こないだ、クラリス様から自分の周囲だけ暖かくする魔法を教えてもらったもの。ほら」
「……確かに暖かいですが、それでもです。せめてそのような部屋着ではなく、厚着をしてください」
アイラが車いすを操作して近寄ってきたことで、少し感じていた肌寒さが和らぐ。ポカポカの春の暖かさだ。
だが、リーナはそれでも諫める。いつか、絶対にやらかす未来が見えているからだ。賢いとはいえ、アイラはまだ七歳。外を見るのに夢中で自己管理ができない部分が多いのだ。
「……分かったわよ。今度から気を付けるわ」
「今から気を付けてほしいものです」
「……」
アイラは唇を尖らせる。拗ねた。
そんな様子にリーナは微笑ましく思いながら、小さく深呼吸する。それから袖に手を入れる。
「アイラ様。カティア王妃様からお茶会のお誘いの手紙が来ております」
「え、本当っ?」
アイラの表情がパァッと輝く。
アイラは母であるカティアを尊敬している。好きだ。けど、小さい頃はそうではなかった。
別にカティアがアイラを嫌っていたわけでもない。ただ、少し母親としてアイラに負い目があった。アイラはアイラで、自分と他人は違うのだと、幼いながらも利発に悟ったが故に、人見知りしすぎたのもある。
それでも毎朝の朝食では少ないながらも会話をしていた。
やがてだんだんとアイラとカティアの距離は縮まった。特にここ最近はアイラ自身の心境が変化したのも大きいだろ。
だから、アイラは喜ぶ。カティアとお茶会できるから。
……お茶会には二つある。
まずは貴族、特に女性貴族同士との交流会。二つ目は身内だけで行う、いわゆるちょっとしたパーティーみたいなもの。
アイラは後者として受けと――
「じゃあ、リーナ。いつもの準備をお願いね。ああ、それとこないだの式典と同じパーソナルカラーに仕上げて頂戴」
「ッ。……かしこまりました」
――りはしなかった。
アイラは嬉しかった。
カティアが自分を認めてくれたから。娘としてではなく、王族として相手をしてくれるのだから。
そう。カティアがリーナに渡したお茶会の招待状は、前者のお茶会の招待状だ。けどそれは見分けがつかない。後者のお茶会の招待状と大して変わらないからだ。
というか、身内同士なのだから通常手紙という体すら取らないのだが、さすがに王族や大貴族となると後者のお茶会でも招待状を出すのだ。互いに忙しいので。
これまでの三度ほど、アイラはカティアから後者のお茶会の手紙を受け取っていた。
リーナは、自分がお茶会の『お誘い』とアイラに伝えたこともあり、アイラが後者だと勘違いすると思っていたのだ。
そも、そう思うように仕向けた。カティアからそう念を押されたし、アイラが成長するためにもそれが必要だとリーナが判断したからだ。
けど、アイラはそんなミスリードに惑わされることなく、前者の貴族同士のお茶会だと理解した。
リーナはアイラに尋ねた。
「どこで分かりましたか? ……もしかして、私の――」
「違うわよ。確かに普段よりリーナが固いな、とは思ったけど、それは違う」
「では、どこで?」
アイラは右手の人差し指を顎に当てながら、白銀の瞳で虚空を眺める。
「そうね。まず、手紙の感触かしら。少し緊張の手触りがしたの。言葉にするのは難しいんだけどね」
「……私のですか?」
「いや、お母様の。ほら、二か月ほど前から、お母様とちょっとした手紙のやり取りをしているでしょ?」
それは、アイラから提案した。
カティアは王妃と一般的な公務だけでなく、外務としての仕事やあとは魔法に関連した技術を総括する魔技術省の仕事もこなしている。
毎朝朝食に出席できているのが奇跡なくらい多忙なのだ。仕事量だけでいったら国王であるオリバーよりも忙しいかもしれない。
まぁオリバーはオリバーで、仕事とは言えないが、国政を円滑に回すために雑務というか、裏で調整係として動いているので、多忙なのだが。
兎も角、カティアとの時間が全くもってとれない。朝食の時間だって然したる多さではないのだ。十分少々といった具合だ。カティアがパパパっと食べて退室してしまうので。
だから、少しでもカティアと話したい――いや、仲を深めたい。そうふわっとして、けど抱きしめたいような気持ちからアイラはその日あったことも数行でまとめた手紙らしき何かをタイプライターで打ち、カティアに送っていたのだ。
そうしたら、カティアは一言、二言。多い時で五行くらいで返してくれるようになったのだ。しかも直筆だ。
「いつもこう、軽やかというかなんというか、封筒からそういう手触りを関していたの。けど、今回はちょっと固めというか、ね。それに封蝋の匂いがフローラルじゃなかったし」
「……そうなのですか」
リーナは驚く。リーナ自身そこまで気が付かなかったからだ。
「まぁ、他にも理由はあるけれども、一番大きいのはやっぱり封筒の裏の右下に王家の紋章が書かれていることかしら」
「……手触りですか?」
「いや、魔力よ。お母様ったら全く過保護なのよ。こんなに分かりやすく魔力を込めなくたって気づくわよ」
アイラは困ったように眉を八の字にした。それから少し拗ねた表情をする。
それを見てリーナは思う。
(カティア様はまだ知らないのですよ。あなた様がそこまで成長なされた事を。それに、それは過保護ではなく愛ですよ)
まぁ思っていても口に出しはしない。それはアイラ自身が辿り着くべきものだ。ヒントは求められれば与えるが、求めようともしなければ与えない。
(クラリス様の予想通り……いえ、子供としては当たり前のことですか)
リーナは茶色の瞳を柔らかくする。小鳥の成長を見守るようなものだ。
張り切るアイラを見て、リーナはそう思った。
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