ハイライト:アイラ
「……クラリス様。結局ツクル様から絵の具の色と魔力の色が一致していた理由は聞けたのですか?」
「あ、忘れておった」
死之行進が終わってから二週間後。
リーナは隣を歩いていたクラリスに呆れた表情を向けた。
「忘れていたって……そういえば、ツクル様に会いにいったのに、何故マキーナルト領に……」
「それはアヤツがそこにおるからだ」
「……言って大丈夫なのですか?」
予測はついていたもの、ハッキリとした答えに返ってきたことに驚きながら、リーナは尋ねる。
「予想はついておろう? それに言質があれば万が一の際、動きやすかろう?」
「……ええ、そうですね」
万が一。クラリスと連絡がつかなくなったり、王都に頼れる人間がいなくなった時の事だ。
また、クラリスが裏切る際の脅しとしても使えなくない。
まぁそんな事はないだろうが。
「にしても今日は王都が騒がしいの。何かあったのか?」
「あれ、知らないのですか? 午後にマキーナルト子爵様が死之行進で得た天災級の魔物の素材を献上式が開かれるんですよ」
「……ふむ」
儂、それ聞いておらぬ……と俯きながら、ふと首を傾げる。
「アイラはどうするのだ?」
「出席します。マキーナルト子爵が忙しすぎるため、簡略的な献上式になるようですが、王族が出ないわけにはいかないので。といっても、一時間ほど後ろで黙っているだけなのですが」
「とすると、出席するのは師団クラスの王宮勤めと伯爵上位以上か」
クラリスは思案するように顎に手を当てる。相変わらず様になっていると考えながら、リーナはアイラの支度もあるためクラリスの予定も聞いておく。
「ええ。どうします? 伝えられていなかったという事は、クラリス様はお招きではないようですが……」
「そうだの……儂は欠席するとするかの。どうせ行けば公爵連中に子息子女の教育指導を頼まれそうだし」
プラプラと手を振り嫌そうな顔をしたクラリスにリーナはお辞儀をする。
「分かりました。では、式典でのアイラ様の様子は後ほどお伝えさせて頂きます」
「うむ。……万が一の時は特定の〝念話〟で呼んでおくれ」
「はい、では」
「うむ」
クラリスはその場を去り、リーナはガチャリと扉を開ける。
「リーナっ!」
「っと、危ないですよ、アイラ様」
〝念動〟で操った車いすで飛び込んできたアイラを諫めながら、リーナはアイラの自室の扉を閉める。
ふと、寒い風を感じてみれば、テラスの窓が全開に開いていた。そしてアイラはカーディガン等々も羽織っておらず、薄手のドレスだった。
リーナはやれやれと額を抑えた後、屈んでアイラに視線を合わせる。
「アイラ様。外を視るのが楽しいのは分かりますが、もう深い秋に差し掛かっております。お体に障りますよ」
「……ごめんなさい」
アイラは素直に頭を下げる。けれど直ぐにパァーっと表情を輝かせる。
表情豊かになってきたアイラに微笑みながら、リーナはテラスの窓を閉め問いかける。
「アイラ様、そんなに興奮してどうなさったのですか?」
「クラリス様みたいに綺麗で美しい魔力があったの! 静かでけれど物凄く高く広大で、こうなんというか……」
アイラは、視たそれを言葉にしにくいのか首を傾げる。以前なら自分が視た世界を言葉にしようとすらしなかったのだが、こうなったのは二週間前から。
ツクルの絵本に描かれてあった色だけだが、その色を一般的にリーナと共有できたのだ。
大きな転換点だった。
「そう、たぶん空。分からないけど、アレは空。クラリス様みたいなキラキラ輝いた黄色に近い色も混じってたけど、あれはたぶん蒼い空っ!」
「……なるほど。確かに青空は静かでありながら、遙か彼方まで広がっておられます。蒼い空……なのかもしれません」
捻り出したその言葉に納得がいったのか、アイラはふぅーと深呼吸する。リーナは敢えてその言葉を完全肯定せず、疑問を残すような形にしておく。
軽々しく肯定してはいけないからだ。アイラとリーナが視ている世界にはやはり大きな隔絶があり、安易に肯定してしまえば理解から遠のく。
アイラもリーナも互いを理解したいがために、言葉を尽くし言葉を疑い続けるのだ。ややこし主従である。
と、リーナはふと呟く。
「……もしかすると、マキーナルト子爵様ですかね」
「マキーナルト子爵……今日の式典での」
「ええ、そうです。十数年前に歴代最悪と言われる死之行進からこの国を救い、守った冒険者の一人です」
「クラリス様の仲間でもあるのよね。死之行進に参加したくて、クラリス様に口利きを頼んで断られたけど」
落ち着いたアイラは透明な瞳を閉じ、少しだけむくれる。リーナは苦笑する。
「断られて正解です。アイラ様に戦いは向いていませんし、無理にする必要はありません」
「ええ、分かってるわ。あの時はクラリス様が私について、けどできないことだけが積み重なってて、この溢れ出る魔力なら力になると思っただけ。今はクラリス様の修行についていくだけで精一杯だもの」
ほんの数か月前の事だが、アイラは若気の至りだったわ、と言わんばかりの憂いた表情をする。
ついこないだ読んでいた恋愛小説の影響ね、とリーナはアイラのそんな表情に微笑みながら、車いすを押してアイラをドレッサーの前へ移動させる。
それから引き出しを幾つか探り、隣にあるクローゼットから事前に用意していた三着のドレスを出す。
「アイラ様。どのように致しますか?」
基本的にアイラが身に着ける物全てはリーナが選別している。その日の季節や天気、気温、どういう目的で何処に行き誰と会うかによっても身に着ける物は変わる。
その物が宿す一般的な色が分からないアイラでは、適切なそれを選べないため、大抵はリーナがある程度選別し、あとはアイラに選別させている。
アイラも女の子。その日の気分や好みがあるからだ。
ただ、アイラの場合ドレスに含まれている魔力はあまり拘りがなく、全体的に自分が暗めに見えるイメージを好むのだが。
「……ハイライト」
「え」
その好みに合わせていたため、暗めのドレスを用意していたリーナは驚く。
「いつもと違うけど、お願い。今日は私の魔力の好みなんてどうでもいいわ。ハイライト。リーナが綺麗と言ってくれたこの髪と容姿が輝く明るい色でお願い。それにこの髪型も楚々でありながら、上品に華やかにできるかしら」
「……承知いたしました。このリーナ。アイラ様の願い全てに応えます」
どういう心境の変化か。それを考えるのは後回し。
リーナは用意していたドレスや装飾品等々全てを排し、アイラの容貌と要望に全力であった服装を考える。
十秒近く考え抜き、ある程度アテを絞ったリーナはゆっくりとアイラの肩に手を置いた。
「アイラ様。アナタ様は昼を纏うのです」
「ええ、お願い。簡易とはいえ、王族が出席する式典。銀月の妖精は紅陽の妖精になれるのだと知らしめて頂戴」
「ええ、ええ。分かっております。では、直ぐに準備をしてまいります」
リーナは音を立てずに、けれど足早にアイラの自室を出た。
「……ふぅ」
そしてアイラはゆっくりと息を吐いた。
「……マキーナルト子爵はたぶん、ツクル様の関係者。近くの馬車にツクル様の魔力を含んだ物もあった」
自分にそう言い聞かせるように呟いたアイラの体は、少しだけ震えていた。怖いのだ。怖ろしいのだ。
暗めのイメージカラーの衣服や装飾をリーナに用意してもらっているのは、アイラがそれが好きだからじゃない。そもアイラは通常の衣服の色など分からないのだ。好みの持ちようがない。
けど、いつも暗めの服を着るのは目立たないため。銀月の妖精と呼ばれてもいい。もし目立ったとしても人が寄り付かないから。
だが、明るい色にすれば……。
リーナの親バカがあってもたぶん自分の容姿は整っているだろう。アイラはそれくらい自覚できる。お世辞かどうかが大体わかるから。
王族で、その容貌。しかも車いすでクラリス様の弟子。
目立つ要素は他にもたくさんある。
けれど。
「……明るい子だと思ってもらいたい。もし伝わるならそう伝わってほしい」
それがアイラの想い。
クラリスによれば、ツクルはアイラの存在を知らない。貴族社会に疎いと聞く。けどマキーナルト子爵がアイラを見て、その情報が伝わるかもしれない。
それがいつもやり取りしている銀月の妖精だと気づかれなくてもいい。けれど、とても明るく可愛らしい王女がいたと、そんな情報が伝わってほしい。
「……ふぅ」
閉じたアイラの瞼の裏には、願いが隠されていた。
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