理不尽な解釈:The genesis
ロイス父さんとニール団長の模擬戦闘が終わり、次は自警兵団と第三騎士団の代表十人による模擬戦闘が行われた。
途中で、事前に予定していた冒険者の乱戦行動もあり、模擬戦闘はもつれにもつれ込んだが、自警兵団が勝った。
自警兵団は、守護を得意とする守護兵団と魔物の討伐を日夜移動しながらしている放浪兵団の二つの部隊で構成されているため、バランスがよかったのがある。
あとは地の利だろう。
まぁそれでも、模擬戦闘においての戦力は拮抗していたため両者ともにいい結果だったと思う。
まぁ実のところ、自警兵団の方は老練な兵士や長命種の兵士ではなく、十代後半から二十代後半で構成されていた。死之行進の経験があまりない年齢だった。
ぶっちゃけ言えば、死之行進の経験が多い老練や長命種の兵士一人で、第三騎士団十人を相手取る事ができたと思う。ユリシア姉さんやエドガー兄さんが、そっちの訓練しているのを、たまに見に行っているから実力が分かるのだ。
まぁそれでも第三騎士団の方も副団長や実力格の者を出してはいなかったので、何とも言えないのだが。
そうして色々と合同演習が進み、何故か俺たちも演習に混ざることになってしまった。
きっかけは、ユリシア姉さん。普通に合同演習に混ざっていたのだが、ライン兄さんと俺が参加していないことに何故か憤慨し、第三騎士団の副団長、クリフさんが面白がって俺らも参加してみないかと、ロイス父さんに許可をとったのだ。
そして今、俺とライン兄さんが対峙している。
「……どうしよ」
「ね」
ロイス父さんは俺たちに言った。度肝を抜け、と。全力を出していいと。
ただ、俺にだけは幾つか制限が設けられた。いや、契約か。魔術は使わない。それだけ。流石にここで使われると今秘密裏に進めている魔術公表計画が崩れるからだと。
だけど、それ以外は全力を出していいと言われた。
俺の腰には、幼児用に作られた木製の短剣の二本ある。ただし、そこらの金属製の短剣よりも耐久力がある。何かを切ったりする事はできないが、それなりの勢いを付ければ打撃として有効だ。
普段は紙みたいなペラッペラな木剣を使って稽古しているが、全力を出していいと言われたら、小さな体に一番合った短剣を使う。絡め手とかしやすいし。
また、全力だからか、ライン兄さんもここ最近熱心に取り組んでいる剣を腰に差している。
それは、六歳の体にしては少しだけ大き目な反り返った片刃の木製の剣で、ライン兄さんが自作した剣だ。手が馴染みやすいんだそう。
また、ライン兄さんが自作したため、木製で訓練用なのに装飾が凝っている。芸術的と言ってもいい。反り返った片刃に円盤状の柄頭と、うねりのある護拳、十字形の鍔が付けられている。
分かりやすく言えば、タルワール。ロイス父さんから世界中の剣の知識を聞きながら、一番煌びやかで美しいのは何だろうと、自分で考え自分で編み出した剣だ。
そしてこの世界にはない剣なのだ。ライン兄さんが初めてそれをロイス父さんやアテナ母さんに見せたときは、二人ともとても驚いていた。俺も驚いた。
今は、第三騎士団の人たちはもちろんの事、自警兵団の人たちやこの街を拠点にしている冒険者たちが、見たことのない造形の剣を興味深げに見ている。
「セオだけなら度肝を抜けるけど、あんまり強くないよ?」
ライン兄さんは困ったように、八の字眉にする。超絶美少年(六歳)がそんな表情をするもんだから、俺は倒れそうになる。
ライン兄さんは十分に強い。
俺は必死に胸を抑えながら、現実的なことをいう。
「……まぁ、俺が全力を出せばライン兄さんを瞬殺できる……うん、できる」
「そうだよね。身体強化もセオの方が得意だし、戦いも上手だからね。アレは使えないけど、能力は使っていいらしいから、セオの方がね」
ライン兄さんは卑屈になっているわけでもない。ただ、淡々と事実を受け止めている。
ぶっちゃけ、“解析者”を使った行動予測と身体操作、後は身体強化と“隠者”や“分身”と言った能力を使えば、うん、いつも通りのライン兄さんに負けることはないと思う。
「まぁ、人の得手不得手はそれぞれだし、ライン兄さんは芸術面とかが得意じゃん。絵も上手だし、芸術関係なら体力を結構使う石工とかそういうのも得意だし。あと、植物とか動物とかそっちの学術的な部分。それに、同年代に比べれば結構戦闘能力はあると思うから、度肝は抜けるんじゃない?」
外を知らないからあまりハッキリとは言えないけど、ライン兄さんって一般的範疇から見れば、六歳児にしては戦える方だと思う。
まぁ、二日前みたいに、学術や芸術面のほうがもっと度肝を向けると思うんだけど。植物とか動物とか、そういうのに限らず、数学とか文学とかとか才能を発揮しているし、芸術面は言わずもがな。
絵は上手だし、音楽も上手。図工なんかも上手。俺はそういうのが分からないから上手としか言えないが、上手。
それに天職や能力の影響か、芸術関係になると、普段は苦手な魔法とかも上手くなったりするし、最近ハマっていた石細工とかでは、その小さく細い体でどうやってその大きな岩を削ったのか気になるほどには、体の使い方が上手くなったり身体強化に補正がかかったりしている。
だからこそ、万能である必要ない。ライン兄さんが得意で好きな事を頑張ればいいと思う。
「……けど、セオには勝てないんだよね」
……ああ、そういえばライン兄さんって意外に負けず嫌いだったな。事実を事実と認められても、負けず嫌いであることには変わりないんだよな。
うん。そこがライン兄さんのいいところだ。
ライン兄さんが少し騒いでいる周りを見渡した。それから、腰に差している自作のタルワールを見た。
「見ている人たちだって、生暖かい目だし、それに既にこっちに興味がいってるんだよね」
「まぁ、この世界にはなかった剣らしいからね」
「けど、あったんでしょ?」
「まぁ、タルワールっていう名前でね。昔は違ったけど、儀式とか式典とかに使う魅せるための剣だったはずだよ。美しさをどこまで彫り込めるかって感じ? あんまりわからないけど」
俺はわずかな記憶を引っ張り出す。間違っているかもしれないけど、確かそんな感じだ。栄誉とか名誉とか、そんな事でも使われた剣だったはず。
「芸術として成り立ってたの?」
「まぁ、たぶん?」
ようやく審判が出てきて、辺りが静かになる。審判は放浪兵団の副団長、ルルネネさんだ。さっき、ロイス父さんとアテナ母さんからなんか指示を受けていた。
「剣自体が芸術品になったり、後は剣舞というか、さっきのロイス父さんとニール団長じゃないけど、予定調和的に美しく魅せる演舞とか、そういう美しさを求める際に使われてたっけ。ほら、吟遊詩人の音楽に合わせて冒険者たちが大根芝居しているアレ的な? ほら、ライン兄さんが得意な舞踏に剣を付け加えたような……」
よく、映画やアニメ、漫画とかでタルワールってそんな場面で出てきたんだよな。俺の知識が偏っているのもあるけど、なんか夜に松明と大勢の人に囲まれて美しい青年とかが戦っているイメージが湧くんだよな。
まぁ、ここ最近賑わい、鼓舞するために冒険者たちが吟遊詩人の英雄物語とかに合わせて、わざとらしく戦ったりするのと同じだ。見ていて面白い奴だ。
地球の昔のヨーロッパもそんな感じだったけ? そういえば、演劇っていつ生まれたんだろ?
と、そんな事を考えていたら、ルルネネさんが片手を上げた。
「両者、構え」
「はい」
「……はい」
俺は木製の短剣を逆手で構える。幼児の柔らかい体を利用して低く構える。本気を出していいって言われたからな。言質はとってあるし、何かあったらロイス父さんたちがどうにかしてくれるだろう。
ライン兄さんは少しだけ遅れて自作の木製タルワールを両手で構えた。片手で扱うには、少し大き目なのだ。
だが、そんな事より、ライン兄さんの表情が気になる。あれだ。絵本の絵で悩んでいたけど、なんか糸口が見つかった感じの表情だ。
思考に没頭し、猛烈な勢いで解決するような……
「はじめ!」
気になったが、しょうがない。始まったので、俺は身体強化をし、いつもの稽古通り素早い動きでライン兄さんの足元へ入り込む。ちょうど、ライン兄さんにとっての右側。
幼児の体と身体強化によるごり押しがあるからこそできる事。そのまま、逆手に持つ右の短剣を振り上げた。
タルワールは超近接戦闘ができる剣じゃない。それにライン兄さんは考えに没頭していたためか、魔力感知をしたかんじ、身体強化もまだだ。
これで終わりかな、と思ったのだが。
「クッ」
「んぁ!」
木製同士がぶつかりあったはずなのに、鈴の音がなったような美しい音が響いた。俺の短剣は、クルリと独楽のように回ったタルワールに逸らされていた。
ライン兄さんはそのままスッスッと耳に残るように足を擦りながら、後退する。
俺は驚愕する。“解析者”で高速思考し、辺りを見合せば、ロイス父さんやアテナ母さんも驚いていた。
そして数秒遅れた後、生暖かい目で見ていた観衆がどよめいた。普段の俺とライン兄さんの実力を知っている自警兵団の人たちも驚いていた。
「……どういうこと?」
俺はすぐさま態勢を立て直して、短剣を構える。ライン兄さんもわざとらしく体を少しだけ逸らしながら、タルワールを片手で構えた。なんか、俺のとは違ってとてもさまになっていた。舞台に立っているような感じだった。
「セオ、ありがとう。これで明日の朝稽古でユリ姉に勝てそうだよ」
「……まじでどういうこと? ってか、俺との戦いも勝つの?」
「わからない。けど、明日にはものにできると思うんだよね」
何が? いや、マジで何をものにするの?
そんな疑問を置き去りに、ライン兄さんは詠唱を紡ぐ。
「風よ。風の乙女よ。我が身にその楔なき自由を――〝風纏〟」
その詠唱は謳だった。朗々と会場全体に響き渡り、耳の奥で響く美しい音色。驚きざわめいていた観衆が一瞬にして黙り込み、ほぅと聞き惚れていた。
俺も例外ではなく魔力を中てて、ライン兄さんの魔法を打ち消すことすらできなかった。呆然としていた。
その美しい詠唱もそうだったが、風を自らの体に纏い、素早さを上げる風魔法、〝風纏〟の構築するための魔力の流れに惚れていた。
俺やアテナ母さんの合理的な魔力操作とは違う。山奥の源泉から流れる小川のような清らかさと美しさを兼ね備えた魔力操作だった。
「だからセオ。ちょっと付き合って。演舞、剣舞。僕が勝って終わる美しい舞踏に付き合って」
身体強化と〝風纏〟で強化された速度をもって振り下ろされたタルワールを、危機一髪で躱しながら俺は愕然とする。
んな馬鹿な、と思ってしまう。普通に考えたらありえない。今やっているのは模擬戦闘とはいえ、戦いなのだ。普通の修練のはずなのだ。
けど、昨日とは打って変わって、次々と繰り出される鋭くも美しい剣戟を身に感じて実感した。
タルワールでの戦いそのものを、一つの芸術とする気だっ、と。
いわば殺陣や剣劇。タルワールを使う自分が勝つ、そういう芸術的演舞をするつもりなんだっ。
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