意外とセオたちもしてるんだよな:The genesis
魔力反応や気配では三人、丁度ベッドの近くに一人いるはずなのだが……
しかし気になったところでそれを尋ねるわけにはいかない。今は挨拶が先だ。
なので“研究室”に任せていた体の制御権を俺に戻す。礼儀作法に関しては自分でやった方が気分的にいいし、ぶっちゃけさっきからロイス父さんに殺気を飛ばされているんだよな。ピンポイントに殺気を飛ばすとは流石である。
やっぱりバレてるか。まぁ〝念話〟とかそういうので注意してこないので、向こうさんにはバレてないのだろうし、ちょっとした実験はこれでいいかな。やっぱり、ソフィアたちが異常なだけであって、通常は能力の発動ってそう簡単にわかるものではないようだし。
俺はそう判断しつつ、ゆっくり拍を取りながら一歩二歩と足を下げる。次に二回頭を下げた後、揃えた左手を首元に持ってきて一回握りこぶしを作り、一拍おいて左手を足に揃える。
そして名乗りは上げずに揃えた右手を左胸に当て、右足を一歩だけ下げて腰を後ろへ引きながら華麗に頭を下げる。
一拍、二拍、三拍。ゆっくり数えて顔を上げる。その際、ニール団長の錆色の瞳をしっかりと見定める。逸らすことはない。
……なんか悪鬼羅刹もかくやというほどに眼光が光っていて頬が引き攣りそうになるが頑張って抑える。アランだって見た目は強面だし、それに悪鬼など子供と思えてしまうほどの殺気をロイス父さんから受けているのだ。
ヒッヒッフゥー。ヒッヒッフゥー。
よし。
「亭々たる蒼穹に、煌々と輝く灯の恵み――」
どうにか心を落ち着かせた俺は詩を詠う。まだ挨拶は終わっていない。俺だけでなくライン兄さんも。
「瑞々しく咲き誇るは大地の花――」
顔を上げた俺はピシッと背筋を伸ばしつつ、ライン兄さんに流し目を送る。
「グラフェンの褥からは悠々たる寝息が聞こえ、朗々萌えたるアワメキの若葉はいずれ木枯らしとして咲き誇る――」
「そこにあり募る言の葉は大地に恵みを与え――」
俺の流し目を受け取ったライン兄さんは、山奥で湧く清らかな水のように無垢で澄み切った声音を鳴らす。美しき楽器の音色のように奏でられたの詩にニール団長が思わず、おおっと声を漏らして感心し、物置と化していた官職も目を見開く。
いるはずのもう一人の気配が揺らいだのを感じる。姿はまだ見えない。
どっちにしろ、俺はそれが嬉しく誇らしく思いながらも、ライン兄さんの詩を穢さないように必死になって覚えた詩を震わす。ライン兄さんが無垢を使ったため、俺は純真さで勝負する。
……純真とはほど遠いが今はそれを無視する。外見で見れば一応四歳児の子供。少し間抜けな顔のおっとりとした子供。
美しさや技術の高さは演出できないが、一生懸命さという子供の最大の武器を活かした詩を披露し。
そして。
「「夏竜の右目に不退転の焔が宿る」」
俺とライン兄さんが口を揃えた。詩を詠い終えた。
それに応えるのがニール団長。
「暗雲たる僕は喰い殺された。光輝踏みしめる狼に――」
その巨体に似合わない洗練された動きを以て華麗にロイス父さんに頭を下げた。その大地の底から響く野太い声は、されど朗々と響く。まるで太陽に恵みを与えられた優しき緑のように。
「付き添うは賢狼。祈りを希望へ導く叡智にて大地は鎮められたん――」
頭を上げたニール団長はドンッと右拳で左胸を叩いた。合いの手。
「されど怒りは未だに沸々と湧きあがり、竜の目たる我らは狼に付き添い給う」
ニール団長はニカッと笑った。強面でありながらその笑みは優しさに溢れていて、どこか陽気にすら感じてしまう。
それに応えたのはロイス父さん。
「我が狼の遠吠えは、竜の咆哮に感謝を捧げる」
ロイス父さんはイケメンスマイル。キラキラと後ろに美しい花のエフェクトが舞い散るほどに美しい笑みを浮かべた。
………………
「っつうことで、久しぶりだな、ロイス殿」
「確かユリシアがお世話になった日以降だったかな」
「ああ、そうだ。元気にしているか、ユリシア殿は」
「元気も元気。二日後の合同演習を楽しみにしておいてよ」
……
「「へ?」」
俺とライン兄さんは思わず呆ける。たぶん、目が点になっているだろう。
わはは、と豪胆に笑いながらドカッとソファーに座ったニール団長に、ロイス父さんは少しだけ悪い笑みを浮かべながら対となっているソファーに腰を下す。
「っと、ラインヴァント殿とセオドラー殿。遠慮せずにソファーに座ってくれ。ここからは事前に伝えられた通り礼儀作法など気にしなくてもいいぞ」
「ライン、セオ。ニール殿の言う通りここからは非公式の非公式。私的な場だから大丈夫だよ」
……なにが大丈夫なのだろうか。確かに物置と化してきた官職の人が突然動き出してテキパキとお茶や菓子を用意し、それらをロイス父さんが遠慮なく食べているが……
遠慮するわ。ってか、どういうことっ? 挨拶に来たんだよね。私的な場って……え?
混乱する。挨拶にきたのだ。貴族として挨拶しに行ったなら、非公式はあっても私的な場などありはしないし、それに……ううん? 事前に伝えられた通り?
隣でライン兄さんもえ? え? と首を傾げて呆然としているのがわかる。だってロイス父さんに挨拶って言われたんだもん。そも私的な場なら、ここじゃなくてうちの方に招いた方が……
混乱して思考が全くもってまとまらない。支離滅裂な思考をする。
そんな俺たちを見てニール団長が首を傾げた。何かに気が付いたように目を見開き、しらっとロイス父さんを見た。
「……おい、ロイス殿。もしかして今回の事、伝えてなかったのか? あれか、いつものサプライズなのか?」
「「ッ!」」
ニール団長のつぶやきを聞いた瞬間、俺とライン兄さんは息を飲む。混乱していた思考が一気に覚醒し、瞬時にこの状況の意味を見出した。
そして。
「そうだよ」
「トォイッ!」
「セイッ!」
抜け抜けと言い放ったロイス父さんに、グーパンを放つ。ライン兄さんも同様で普段以上のキレで風魔法を操り、風の弾をロイス父さんに打ち込んだ。
午前中の俺たちの苦労は!? ロイス父さんたちに迷惑かけないように礼儀作法やら詩やらを頑張ったのにっ!?
そんな思いを込めて繰り出したグーパンは片手で難なく受け止められ、そのまま床に立たせされた。ライン兄さんが放った風の弾は、ロイス父さんがフッと息を吹きかけただけで消え失せた。
サプライズ下手な癖にサプライズばかりするロイス父さんは、にこやかに笑って手招きする。自分の隣をポンポンする。
「……ラインヴァント殿とセオドラー殿。殴るなら俺も手伝うぜ」
そんなロイス父さんの様子にニール団長は呆れた眼差しを向け、俺たちに憐憫の瞳を向けた。
「それは二日後の合同演習の時じゃないのかな? 殴られるどころか傷一つ負わないつもりだけど」
「それは良い心意気だが、その前にお前は息子たちに殴られるべきだ。殴られなきゃならない」
官職の人がいつの間にか俺とライン兄さんの隣に立っていて、クッキーを一枚差し出してくれた。俺とライン兄さんは戸惑いながらそれを受け取る。口に含んだ。
あ、美味しい。
「予行演習って聞いてたのに、めちゃくちゃ必死に挨拶してて、まだ幼いのに予行演習でも手を抜かないなんて優秀だな、頑張ってるんだな、と感心したが、そりゃ必死にしてるわな」
そんな俺たちをよそにニール団長はロイス父さんを責め立てる。いいぞ、もっとやれ。
「お前に迷惑を掛けないために必死だったんだからな。親思いのいい子たちじゃねぇか。俺の息子に爪を煎じて飲ませたいくらいだよ。貴族の子供でも珍しいくらいに純粋な子じゃねぇか。なのにお前はそれを裏切ってたんだぞ?」
「けど、礼儀作法の予行演習としては最適でしょ。本番だと思ってやった方が身につくのはどこも一緒だよ」
……一理ある……
いや、駄目だ。朝稽古とか普段からそういう心得を聞かされまくってるから一瞬納得しそうになったが、駄目だ。
重要なことをサプライズにするなど断固として駄目だ。悪癖だ。酷い悪癖だ。
クッキーを食べ終えた俺とライン兄さんはロイス父さんを睨んだ。
「まぁまぁ、睨まない睨まない。まずはここに座って」
「……はぁ。セオ」
「……そうだね、ライン兄さん」
ライン兄さんと俺は諦めた。諦めるしかない。こういう親の子なのだ。それが宿命というものだし、完璧な親などいないからな。
まぁけど、後でソフィアに言いつける。しっかり叱ってくれるだろう。俺とライン兄さんは目だけでそれを約束し、ソファーに座った。
「……それでロイス父さん、予行演習って何?」
「ラインは兎も角、セオは貴族に慣れてないでしょ? 前回はエドガーやユリシアが居たからメインではなかったけど、セオも来年はメインとして貴族の場にでるからね」
「それで予行演習?」
「そうだね。貴族の習慣としてよくあることだね。大体は親しい貴族にそれを頼むんだけど」
なるほど、その親しい貴族がニール団長か。俺がそう納得していると、ライン兄さんがジト目を向けた。
「僕、その予行演習なかったんだけど。ぶっつけ本番だったんだけど」
「そりゃあ、ラインの場合、エドガーが一緒に居たからね」
「……ふぅん」
少し濁された答えにライン兄さんは納得いかないように頷いたが、それでも問い詰めることはなかった。
めっちゃ可愛い。
にしても予行演習か。そういえば、今回はニール団長一人だったけど誕生祭はこんな挨拶を何度も何度もしなきゃいけな……
あっ!
「っていうことはさ、あそこに隠れてるメイドさんも予行演習の一環?」
「あ」
「へ?」
「は?」
「ッ!」
「――!」
ロイス父さんがやべっと声を漏らし、ライン兄さんがへ? と首を傾げる。
ニール団長と官職の人が驚愕に目を見開き、隠れていたメイドさんが同様の気配を漏らした。
………………不味った?
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