パチンパチンと:Land god
「……セオドラー。セオドラー。……セオ!」
「はっ」
あれ、ここはどこだ。
……家、ああ、トリートエウの中か。いつの間に移動していたんだろう。確か、ロン爺がいなくて、でもエウが出てきて……
「うん?」
あ、エウが目の前にいた。いつもみたいに静寂の緑の瞳が俺を射貫いているが、なんかいつもと違う。
いつもなら、ジト目に侮蔑か嫌悪が混じっているのだが、今は呆れだけだ。
……あれ?
「ええっと、エウ? その、えっと……」
「……こっちに来て」
細い美麗な首にミズチを巻いたエウが、スタスタと歩き始める。新緑の長髪が生きているが如く嫋やかに波打ち、たなびく。エウの神性さ故か、何度もそれを見ても目を奪われる。
けれど、今はそれより気になることがある。あいまいだった記憶が戻ってきた。
アレは何だったんだろう? エウが俺の頭を撫でる。ましてや額にき、キス……
やめようやめよう。たぶん、夢だったんだろう。そうでなければ、たぶんエウが俺を揶揄うためにしたんだろう。
だってあれだけ嫌われていたんだし。なんかの気まぐれだろう。
そもそもエウは神霊なのだ。俺の価値観で測れるとは思わないことだ。まぁ、測ろうとする事はやめてはいけないが。
けれど、そんな事を考える暇がない。エウの歩く速度が早いのだ。
トリートエウの中は、基本的に部屋数は少ない。調度品と家具の数も少ない。けれど、通路はとても多い。
それだけでなく、エウが歩くたびに木の壁が蠢き、形を変える。そうしながら俺たちは最上部へと向かっていった。
いつもは、エレベーター的な木の昇降で移動するのだが、今はらせん状の緩やかな木の坂を移動している。
……疲れる。途中から身体強化をしているから、まだましなのだが、もう数十分近く歩いていて、本当に疲れる。
それに、会話もない。内部は灯りはないのに、微妙に明るく、けれど薄暗い通路を歩くエウの後影が少しだけ恐ろしい。
後ろ姿でも分かるくらい人外並みの美しさがあるからだと思う。そして、纏う雰囲気がとても奇麗なのだ。
そんな事を考えながら、必死に先を歩くエウについていった。ついていって、ついていって。
ようやく、柔らかい雨音が響く空へと辿り着いた。
体育館程度の広さ。しっとりと濡れたコケや低い草木が生い茂り、そこから円状の水路が覗く。天は晴れていて、けれど横を見ると命の恵みをもたらす雲と雫が見える。
相も変わらず摩訶不思議な空間だった。
「……こっち」
「あ」
そんな空間に見惚れていた俺に、エウは手を引く。
そうすると、床に茂っているコケや低い草木が花を咲かせる。エウが足を踏み入れた所を起点に、花畑が広がっている。
そうやって手を引かれ、木製の丸机と椅子が置いてある中央に辿り着くころには、その天の空間には花筵が広がっていた。
色とりどりの花々。俺が見たこともない花が多く、キョロキョロと見渡していたら、エウが虚空から何かを取り出した。
「……座って」
「……うん」
ロン爺に渡した将棋盤だった。駒が入っている木箱も一緒だ。
手紙を渡しに来ただけなのだが、まぁ付き合ったほうがいいだろう。それに、エウがこんな事誘うのは初めてだし、なんかうれしい。
そして、俺とエウは無言のまま将棋盤に駒を並べていった。ミズチは、すっかりエウの首元が気に入ったのか、目を細めながら眠っている。
……なんかお似合いだな。光にあたると玉虫色に輝く純白の鱗を持つ白蛇。纏う雰囲気は清涼的で、エウの神性さに相まって、御使いみたいだ。
「……表、裏、どっち?」
「あ、えっと裏」
「分かった」
と、そんなエウとミズチに見惚れていたら、エウが将棋の『金』に相当する駒を見せてきた。
この世界に将棋を導入する際、流石に漢字はなかったし、それに将棋の駒の文化も微妙に違う。
まだチェスの方が近いので、それを参考にエルフ語を使った駒を作ったのだ。
そして、エウはその『金』の駒を親指で弾く。
「……私が先手」
「分かったよ」
表が出たので、エウが先手になった。
まぁエウ相手だし、“解析者”を使うからちょっとしたハンデは必要か。まぁチェスならともかく、将棋の場合は先手後手の有利不利はあまり意味がないのだが。
そしてパチという将棋盤を打つ音が聞こえる。
……さてどこに打つか。エウとは初めて将棋を打つし、会話もさほどしていない。大抵俺の前にはでてこないし、でてきたとしても憎まれ口を叩かれるだけだ。
だから、手癖はあまり分かっていない。エウの将棋のレベルの高さも。
どれくらいの駆け引きが通用するか。そもそも、もしかしたら心を読めるかもしれないし、どうかも分からない。
まぁ、いっか。堅実に進めて、途中途中で修正していけばいいかな。
「はい」
ということで、いつも通りの手癖で打つ。パチンと音が響く。
すると、エウは躊躇いもなくパチンと打った。思考する事もない。俺が弱いのか、エウが考えていないのか。
これも後に分かるだろう。
なので、俺も直ぐにパチンと音を響かせる。そして直ぐにエウも将棋盤を打つ音を鳴らす。
それが三十分くらい続いた。
「……どうしよっか」
そして俺は熟考していた。エウの手が上手いのだ。一応、今でも勝ち筋は見えているのだが、それでも長考しなければならないほどだ。
“解析者”が持つ演算能力をフル活用して、想像できるできる手数を片っ端から〇×する。
しかも問題なのは、エウの将棋の打ち方に癖がないのだ。臨機応変に打ち方や攻め方を躊躇いなく滑らかに変えるのだ。
だから、駆け引きがしにくい。
……というのがさっきまで。
エウの癖のない打ち方の癖が読めてきたのだ。臨機応変に攻め方を変えるといっても、つまりそれは対応しているという事。
ならば、俺の打ち方一つでエウのその対応の仕方を変えることができる。
……よし。これなら、エウを長考へ追いやれるはずだ。
「はい」
「……ちょっと待ってて」
よっしゃあ。今の今までエウは俺が打ったら直ぐに打ち返してきたのだ。長考時間は一応測っているが、それが意味がないくらいだ。
そのエウが打つのをためらったのだ。その陶磁のように真っ白な頬を歪ませ、眉間にしわを寄せている。
うんうん。めっちゃ考えてるな。
…………あれ、結構経った。考えすぎでは。
と、思っていたら、エウがポツリと呟いた。
「……大魔境については聞いた?」
「え……う、うん。……どうしたの急に?」
その呟きは将棋とは全く関係なくて、そしてエウがそれと同時に打ってきたので、反応に困る。
けれど、何とか“解析者”を併用して、会話と将棋の思考を切り離す。
「……私の事は?」
「聞いたよ。瘴気を抑えるため、クロノス爺から守護者の任を賜ったとか」
「……そう」
エウが、物憂げに細い眉を下げる。
俺はそれを見ながら、パチリと雨の柔らかな匂いが漂う空間に響かせる。
「……六人いるの」
「守護者の任を賜った神霊が?」
そしたら、エウはコクリと頷きながらパチと音を響かせ、ついでに俺の『歩』を奪っていった。
「……けれど、ちょっと前までは七人いたの」
「……それは」
それはここ数ヶ月、気になったけど聞くに聞けなかったことだ。一応、家にある歴史書などを引っぱり出したり、自由ギルドの保管図書を見せてもらったりしていたが、やっぱり分からなかった事。
魔王城の傍にあったであろうトリートエウとその神霊がどうなったかについて。
「……彼女はミコチ。そして全ては、一人の青年。愚かな人の子」
ミコチっていうのは、たぶん神霊の名前だったのだろう。美しい東風か、もしくは巫女の地で、ミコチかな。優しい神霊だったのだろ――
「――アナタと同じ魔力を持つ青年が始まり」
――……そういう事だったのか。
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