共鳴:glimpse
「ふぅ。これでお終いですかね」
「うん、ありがとう、レモン」
「ありがと、レモン」
特殊な防護結界により、毒を防ぎながら黒獅花の種を採取したレモンに、ライン兄さんと俺は礼を言う。
本当は俺たち自身で採取したかったのだが、黒獅花の墓場が持つ毒は物理的なものだけでなく、魔力的なものでもあり、万が一も考えてレモンが採取したのである。
まぁ採取の仕方や防護結界などについては実地にても学んだので、今後は俺達でもできるだろう。というか、ライン兄さんの場合これから研究をしていくため、危険管理とその対処法は身につけなければならないだろうし。
ただ、やっぱりアダド森林の中でそれを習得する必要もないのだろう。
今、俺たちがいるのはアダド森林の中層に近いところなので、レモンが魔力を放って威圧しても襲ってくる魔物がいるのだ。特に雪が溶け、腹をすかせた魔物が多いのも要因だろう。
今だって、ユリシア姉さんやエドガー兄さんが今年で十歳になる子供とは思えないほどの実力をもって襲い掛かってくる魔物を屠っている。
青い血が飛び散っていたりするのだが、俺は前世の関係で、また今世でもロイス父さんの教育方針で、魔物や動物を捌いたりしている。どうやって命を頂いているか実感させるためだとか。
まぁそれに、マキーナルト領に生まれたら魔物を狩ることはほぼ確実だ。またそうでなくても、生きていく上ではそういう耐性はつけておいた方がいい。
なので、命が去っていくことは悲しいが、気持ち悪くなったりもしない。キチンと割り切れている。それはライン兄さんも同じである。
だから、採取を終わり、少しだけ祈り手を組んで頭を下げた後、その場から離れた。ライン兄さんもそれに倣い祈り手を組んで頭を下げていた。
ユリシア姉さんとエドガー兄さんは、魔物の解体を済まし、ロイス父さんから借りた空間拡張がされているバックパックにそれらを詰め込んだ後、一瞬だけ黙祷しただけだった。
戦闘中に手を自由にしとかなければならないし。
そうして用事が終わった俺たちは、夕食のこともあるので急ぎ足でアダド森林を移動していた。
ライン兄さんが黒獅花の墓場にたどり着くまでにあっちへふらふら、こっちへふらふらしていたためとても時間を食ったのだ。
まぁ俺も希少な鉱物の気配を感じてあっちへふらふら、こっちへふらふらしていたため人のことは全くもって言えないのだが。ここら辺は兄弟だなと思ってしまう。
そうして、帰りは水辺の調査も一応兼ねてバーバル川に沿いながら帰っていたのだが。
「あ!」
「うぉっ。急にどうしたんだよ。ライン」
先頭を歩いていたライン兄さんが大声を上げ、エドガー兄さんがビビったように周囲を警戒し始めた。
ライン兄さんって何気に感覚が鋭いからな。エドガー兄さんは魔物か何かが襲ってくるのかと、特に左手側にあるバーバル川を警戒したのだが。
「あ、おい。おい、ライン!」
「ライン兄さん、どうしたの!?」
ライン兄さんは、俺たちの心配をよそに虚空を見つめながら、バーバル川に沿って走り出した。慌てて、エドガー兄さんが追いかけ、俺たちも追いかける。
が、意外にも早い。魔力感知を集中感知してみると、どうやら身体強化をしているよだ。だが、ライン兄さんはまだ、身体強化がそこまで得意ではなかったはずなのだが。
いつの間にか熟練の戦士のような滑らかな魔力操作だった。エドガー兄さんはもちろん、ともに追いかけているレモンも驚いた表情をしている。
「レモン、どうするっ!? 捕まえる!?」
「……いえ、警戒はしていますし、念のための転移結界を張っていますので、このまま様子を見ます。もしかしたらエウ様から授かった“神樹の加護”が反応しているかもしれませんし」
「俺たちが反応しないのはっ、祝福だからっ?」
「ええ」
ユリシア姉さんとエドガー兄さんが、ライン兄さんの一方城を追随し、いつでも危険が迫っても大丈夫なのように剣と斧に手に持っている。あんな重厚そうな武器を持ってあれだけの速度を出せるとは凄いな。
何というか、川沿いだから足場が悪いはずなのだが、物ともせず走っている。そしてそんなエドガー兄さんたちと同様に足場の悪さを物ともせずに走っているライン兄さんは異常だ。
まるで、誰かに操られているような……。
「レモン!」
「ええ、分かっていますっ!」
とそんな思考が過った瞬間、左手側のバーバル川から強大な魔力反応が現れた。急だ。とても急だ。
そういえば、アテナ母さんが魔物講義の時に言ってたな。水生の魔物は魔力隠蔽が得意だと。だから、川や特に海の魔物の討伐依頼は、感知能力が高くなければ受注できないのだと。
現実逃避気味にそんなことを思い浮かべた瞬間。
――グルオォォォォスゥゥゥーー!
巨大な魚が水面から飛び出し、数メートル程度空中を泳いだ。
その目標は小さな蛇。真っ白な、それこそライン兄さんの御髪のように光があたると緑に煌めく純白の鱗を持つ蛇。
十五センチもない程度のその白の蛇は、体中に切り傷があり、それでも必死に空中を泳いで巨魚から逃げようとしていた。
だが、しかし、体の大きさが圧倒的に違う。地力が違う。もう、食われる寸前といったところで。
「――〝聖域たれ〟!」
ライン兄さんの叫び声が響いた。
明瞭に祈るように放たれたその叫びは、無為ではなかった。魔力という力がそれに反応する。しかも、ライン兄さんの魔力だけでなく周囲の草木の魔力が一瞬にして集約されていく。
そして。
――ギャラオラブゥゥッッゥーー!
「……マジか」
ガキンと金属がぶつかるような鈍い音が響いた。
白蛇と巨魚の間に新緑に輝く純然な結界があった。創ったのはライン兄さん。魔法術式も何も介さず、植物たちの支えと自らの才覚を持って悪意あるものを弾く結界を創り出したのだ。
「……セオ様、ライン様に概念魔法でも教えましたか?」
「いや、全く。存在だけには触れたけど……」
そこにあった結界は、体系化された魔法ではない。
願いによって生み出される純粋な祈り。たぶん、エウの影響が及ぶ森林の中で、空気中に高密度な魔力が満ちていること、近くに勇者の卵が二つもあったこと。
いろいろと理由は思い浮かぶが、それでも強烈な意思があった。
つまり、『誰も白蛇に触れるな』と。
そして、結界にぶつかった巨魚は、慌てて魔力を全開にしたレモンに気が付き、脱兎のように逃げ去っていった。
けれどライン兄さんはそれに目もくれず、プカプカと浮いている白蛇めがけて雪解けの翌日のバーバル川に飛び込んだ。
「ちょ、待て!」
「ライン!」
慌ててエドガー兄さんとユリシア姉さんが首根っこを掴もうとするが、時遅し。なので、二人とも瞬時の判断でバーバル川に飛び込んだ。
雪解けが昨日あったのだ。
水温の低さはもちろんのこと、水害を引き起こさないとはいえ、水嵩は確かに増していて、流れる速度も早い。
「チッ。セオ様頼みますよ!」
「ちょっ」
それがすぐに思い立ったレモンは、無我夢中に泳ごうとしているライン兄さんを抱えているエドガー兄さんの頭上に転移する。そして、一瞬で二人を水辺へと放り投げる。
それも束の間、次に白蛇を抱きかかえているユリシア姉さんの頭上に転移し、ライン兄さんと同じ場所に放り投げる。
わずか一秒足らず。そんな間に放り投げられた三人を俺は、慌てて浮遊魔術を使って三人を受け止める。
「――〝風域〟、〝温水〟、〝灯〟、〝熱波〟!」
そして次々に魔術を発動させて、冷たい体を温めていく。ゆっくり、急激な体温変化によるストレスをなるべく与えないようにゆっくり、ゆっくり。
「だ、大丈夫っ? 三人とも!」
「セオ、セオっ! この子をっ、僕はいいからこの子をっ!」
“宝物袋”から慌てて毛布やらなんやらを取り出して、三人にかけようとしたら、ライン兄さんがユリシア姉さんが抱えていた白蛇を優しく奪い取り、俺の前に差し出した。
寒さで唇は真っ青になっているし、もともと真っ白顔もさらに真っ白になっているのにも関わらず、翡翠の瞳に涙を浮かべ、俺に縋りつく。
「わ、分かったから、ほら、毛布をかぶって!」
俺はそんなライン兄さんを宥めながら、今展開している魔術のほかに回復魔術を発動させていく。回復魔術はあまり得意ではないのだが、それでも無理やりたたき起こした“研究室”に頼んで、魔術維持をしてもらう。
その間に、三人の介抱をし、ついでに“宝物袋”から回復系の魔法薬を取り出して、白蛇にかけていく。
「せ、セオ!」
「落ち着いて。落ち着いて、ライン兄さん」
そして、三人の顔色がだいぶ良くなったらとても衰弱している白蛇の回復に注力する。
また、レモンが周囲の警戒を終えて、戻ってきたので、レモンにも治癒をお願いした。
いつも読んで下さりありがとうございます。
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次回の更新は金曜日です。
また、本作とは別に『万能の魔女・神代の魔女』の投稿をしています。
恋愛ありの学園ファンタジー物語です。腹黒魔女と金好き魔女が織りなす物語です。自分が好きな要素をたくさん盛り込みました。
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