友二人と:sprout
年が終わり、四歳になり、暦の上では既に早春。
雪は未だに降り積もっているが、それでも俺の身長よりも高くは積もっていない。俺の膝下くらいである。
大分溶けたので、俺は氷魔術を併用しながらラート街に出た。
……本当は出るつもりはなかった。なかったのだが。
「なぁ、セオ。お前、いつもは何してんだ?」
「何ってゴロゴロして、アテナ母さんたちから授業を受けて……あ、今は玩具とか絵本とか作ってるよ」
昼食を食べ終わり、いつも通りの昼寝をしていたらエイダンたちがやって来たのだ。遊ぼうという話である。
まぁ、こんな寒い中、何故外に出なければならないのかと俺は思ったので、断ったのだが、レモンとユナに、たまには外に出ろと追い出された。
雇い主の子供を追い出すなど何てメイドだと思ったが、確かにこの冬は全くもって外に出ていない。大体工房かリビングの暖炉の前で引きこもっていた。
今、歩いているが随分と疲れる。もうすぐ稽古が再開するし、体力が落ちているとヤバい。ロイス父さんに怒られるかもしれない。
まぁ、なので粛々とメイドたちの横暴な追い出しにしたがって俺はエイダンとカーターに付いてきたのだ。
カーターはいつの間にか水魔法だけでなく氷魔法もある程度習得していたらしく、俺が氷魔術を使わなくても、降り積もっている雪を操り道を作っていた。
ガビドに師事しているだけはある。綺麗な魔力操作だ。
そんなカーターが首を傾げて俺に訊ねる。町を散歩している俺たちは、大きく横になりながら歩いている。
「なぁ、その絵本って何だ?」
「あ、そうだった、そうだった。二人に渡そうと思ってたんだよ」
俺は“宝物袋”を発動して、絵本を二冊取り出す。ライン兄さんが描いた絵本で俺が魔法で無理やり複製した奴だ。
「はい、これ」
「うん?」
「あ?」
カーターは丁寧に俺の差し出した絵本を受け取りながら首を傾げ、エイダンに至っては、奪い取る様に受け取った後、中天は優に過ぎた太陽に翳す。
中にお金が入っているわけではないのだ。どう見ても本だろ。薄いが。
「……これは、本?」
「うん、そうだよ」
そんなエイダンは放っておいて、カーターはペラペラと上品に絵本を捲りながら俺に訊ねてくる。
「うん、絵の付いた本なんだよ。ほら、カーターは兎も角エイダンはまだ字を読めないし、書けないんでしょ。これなら絵が付いてて話が分かりやすいから、文字を覚えやすいと思うよ」
俺は絵本に飽きてわちゃわちゃと動き回っているエイダンと興味深げに絵本を読み始めているカーターに笑った。
この町の識字率は高いらしいが、それでも文字を覚えて書けるようになるのは十歳くらいらしい。まぁ、それは平均で早い子は三、四歳には、まぁまぁ書けるようになるらしいが、それでも労力はかかるらしい。
けど、娯楽が少ないこの世界なら絵本はいい娯楽になる。特に冬の間は子供は内職か誰かのお話を聞くぐらいしか娯楽がないし、たぶん興味を持ってくれるだろう。
ロイス父さんとそんな話をしていて、来年の冬には俺とライン兄さんが描き、アカサ・サリアス商会に卸した絵本をマキーナルト領が買い取って、全家庭に配るらしい。
アカサ・サリアス商会を挟むのは、アカサ・サリアス商会で俺とライン兄さんの名義、特にライン兄さんの名義を使って絵本専門の出版商会を誕生させるつもりだからだ。商会長はライン兄さんだとか。
ここら辺はエドガー兄さんとロイス父さん、そして何とライン兄さん自身が張り切って動いているので、俺は任せている。
それより俺は活字とタイプライターとそれらによるちょっとした面倒ごとの方に専念している。
それは自由ギルドが内包するギルドの一つ、筆記ギルド。立派なギルドで、規模は冒険者ギルドよりも少し小さいくらい。主な内容は筆記を行う。手紙や正式文書、本、まぁいわゆる何から何までの代筆を行っているギルドだ。
タイプライターと活字の件を進めていくには、そこの利権と協議しなければならない。
というのも、前世の昔でもそうだったがこの世界では文字が書ける人の方が少ない。そして綺麗な文字が書けるという事は、めっちゃ凄いステータスなのだ。
綺麗な字が掛けるというだけで平民であろうと、貴族、運がよかったら王族に雇われることもあるくらいだ。
筆記ギルドはそれらの利権を包括し、管理し、揉め事が無いように調整するところ。また、冒険者ギルドに冒険者が所属するように、筆記ギルドには書記者と呼ばれる人たちが所属していて、彼らに依頼がある。
そして彼らは綺麗な字が書けるだけでなく、それが早く書ける魔法筆記が使える程ランクが上がる。また、口述をどれだけ丁寧に書き起こすかなどの力が必要となったりする。
ということで、筆記者のランクを上げるためには魔法筆記、つまり魔法が使えないといけないのだが、タイプライターが誕生するとそれが一転する。
いいすみわけができればいいが、綺麗な字というものが存在しなくなり、たぶん手紙などは除いても、貴族間や国の間で交わされる正式文書などは全て活字になるだろう。
誰が見ても読める一般的な字。
公のものは大抵一般化すべきものだからだ。
まぁ、それは置いといて、タイプライターがあると文字が読めても書けない人が仕事できるようになる。
競争が激しくなり、厄介事が増える。
正しい競争はいいが、だからと言って利権争いで町一つが燃えました、不幸に巻き込まれましたでは俺がやりたかったこととはかけ離れる。
ということで、俺はソフィアの監督のもと、手紙のやり取りと代理人を挟んで、筆記ギルドとの協議、すみわけやらを行っていた。混乱を少なくしているんだ。
と閑話休題。
「で、カーター、どう?」
「……どうって、僕、まだ文字はそこまで読めないぞ」
「えっ?」
エイダンは俺達の会話を無視して、近くを歩いていたおっちゃんに俺が渡した絵本を見せていた。
町中は、ある程度雪かきされていた。それでも雪は積もっているので、人の往来は少ないが。
「待って、カーターってガビドから魔法を習ってるんだよね」
「ああ、だが、大体口で教わって後は実践って感じだぞ。音の発音自体は教わったけど、熟語とかが分からん」
「あ、なるほど」
そういえば、カーターは完全な感覚派だったな。ガビドもそれが分かっていたから、余計な理論を教えて頭を悩ませるよりは、幼い内は感覚の才を伸ばそうとしているのか。
それでもひらがなで言う「あ」や「い」といった口で話す音の文字が分かっているらしい。まぁ、ローマ字形式なんだが。
後は語彙である。
……でも、ある程度簡単な語彙しか使ってないし。
「でも、読めてるでしょ?」
「ああ、まぁな。使われてる言葉が簡単だし、何より絵があるから分からなくても予想がつく。いいな、これ」
カーターは面白そうに笑っていた。喜んでもらい何よりだ。嬉しい。
そしてエイダン。お前はお前で賢いな。エイダンは人生楽しそうに生きられると思う。
エイダンは絵本を見せたおっちゃんに絵本を読んでもらっていた。隣で楽しそうに聞いている。
読めないから、他人に読んでもらう。まぁ、それでも問題ない。子供の頭だし、読んでもらっている内に話を覚えて、文字を覚える。言葉を覚える。
冒険者は分からないが、町人の大人は大抵文字が読める。ロイス父さんが、領主になった年に色々と並行して全員に教え込んだらしい。
といっても、この地域は元々魔物に加えて人の脅威にも晒されていた事もあり、文字を読める大人は多かったらしい。
ただ、エイダンよりも楽しそうに目を輝かせて絵本を口に出して読んでいるおっちゃんを見ると、たぶん、本を読むという行為が結構楽しいのだろう。
生きるために覚える文字と、楽しむために覚える文字。
どっちが楽しくて、効率が良いかと言われたらたぶん後者だ。長期的に見て、どっちが良いかと言ったら後者だ。
おっちゃんが楽しそうに絵本を朗読しているからエイダンも楽しそうに聞いている。来年、どの家庭でもこれが起こっていると嬉しい。
楽しいだろう。
ようやく絵本を読み終わり、満足した表情のカーターとエイダン、そしておっちゃんを見ながら、俺はロイス父さんたちに伝える内容などを纏めていた。
それからエイダンがおっちゃんと分かれてこっちに来た。すげぇいい笑顔で歩いてくる。おっちゃんもいい笑顔でそれを見ている。
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次回の更新は金曜日です。
また、本作とは別に「転生トカゲは見届ける」を投稿しています。
魔法ありの淡々とした旅物語を意識して書いています。
もしよろしければ、下にリンクが張ってありますので、読んでいってください。