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第9話 21人目

よろしくお願いします

────────


「パパー、次は洋服屋さんだよー!」


「あぁ、分かったよ。支払いを済ませてくるから先に車に戻って行き先をカーナビにセットしといで……あ、はい、4000円からでお願いします」


 梅雨前だというのに薄手の長袖を着てるとついつい腕捲りをしたくなるような初夏の陽気、今日は休日を貰っていたので、朝から娘達の運転手……もとい、娘達とデートをしている。妻は、高校の時の友達と女子会らしく朝早くから出かけていった。

 朝から薙刀(なぎなた)の稽古を済ませた娘達に今日は何処に行きたいか尋ねたら、咲誇(さきこ)は本屋、唯華(ゆいか)は映画館、散桜(ちお)は洋服屋と見事にバラバラな返事が返ってきた。

 さっきまで咲誇に言われた本屋……と言うには雑貨の方が目立ってたような店に()り、各々買い物を楽しんでいた。

 店を出る時に、娘達が奇妙な模様のネクタイをプレゼントしてくれた。唯華が選んだらしく、なんとかかんとかと言う漫画のキャラクターを模したデザインが施されているらしい。

 たった今、少し早めの昼食を終え、次は散桜が行きたいという洋服屋に向かうところだ。


「あの~、携帯お忘れじゃありませんか?」


 レシートとお釣りを貰い、店から出ようとする私を誰かが呼び止めた。振り返ると、私と同い年くらいの男性が私のスマホを差し出していた。テーブルにスマホを忘れていたようだ。


「あぁ、すいません。ありがとうございます」


 スマホを受け取り、お礼を言うと、親切なその男は「いえいえ」と首を振り、先に支払いが済んでいるのか、レジを待たずに店を出ていった。


「パパー、はやくー!」


 入れ違いに店に戻ってきた唯華が私を呼ぶ。


「あぁ、行こうか」


 娘に手を引かれ、私も店を出た。


────☆────


 ……何時(いつ)からだろうか?食べ物の味がはっきりとしなくなったのは……いや、「何時からか」なんて分かりきっている事じゃないか。

 コーヒーの味なんてもう(ろく)に分からないが、私は此処に来てコーヒーを飲まなくてはならない。何も注文しないのは店に失礼だろう。

 「明賀稲弥(あかがとうや)」。この店で働く25歳の男だ。8月6日生まれ、B型、この近くのアパートに「江藤愛音(えとうあまね)」という彼女と同棲している。毎週土曜は決まってバーに行く。1人の時もあれば、友人や彼女と一緒の時もある。趣味はツーリングとプラモ作り。性格は明るく、皆の人気者といった感じだ。

 私はここ3ヶ月ほど、この男を監視している。理由は言っても信じて貰えないだろう。しかし、この男の為にこの男の監視を続けなければならない。

 美味くも不味くもないコーヒーを飲み終え、明賀の言動や癖をメモしたノートを内ポケットにしまうと、私は席を立った。すると、向かいのテーブルに携帯が置いてあるのが見えた。そこに座っていた三姉妹の親子は、会計に向かってしまったようだ。携帯を忘れては何かと不便だし、心配になるだろう。私は、その父親に携帯を渡し、店を出た。

 やはり、いい事をすると気分がいい。


────✂︎‬────


「はぁ……はぁ……」


 街灯の少ない公園の遊歩道の脇、等間隔に配されたボックス型の低い植木の影で息を整える若い男が1人居た。


「……なんで俺がこんな目に……何なんだよアレ……」


 浅く短い呼吸をしながら、植木の影から今自分が走って来た方向をこっそりと確認する。

 男の視線の先には全長1m程の人型の何かがゆっくりと近付いて来ていた。宙に浮いてるようで、近付くのに足を使っている様子は無い。男は赤黒く変色した自身の左腕前腕を一瞥した。


「っ()ぅ……クソっ……誰の能力(コミック)だよアレ……展開型だろ、能力者(キャスト)は何処だ?」


 ──能力(コミック)を系統(ごと)に分類する中で、展開型というものがある。能力(コミック)を発動する上で必要な力の源“センス”を消費し、あらゆるモノを産み出す能力を展開型に分類する。展開型にも、罠や武器を設置するようにその場に固定するタイプと、展開した後にそのモノが動き回るタイプがある。後者は言わば、手下を作り出し使役したり、車のように動力のあるモノを操ったりと言った能力で、完全に操作が必要なタイプと、命令すればその通りに動くタイプと、完全自動で行動するタイプと、それらの複合型に分けられる。──


 男は、自分を追ってくる“あれ”を展開型の能力(コミック)だと感じ取り、近くに潜んでいるであろう能力者(キャスト)本人を探そうとしていた。

 男の右目から透明なモヤのようなものが立ち上る。この透明なモヤ──“センス”だけをハッキリと正確に視認できるこの男の増幅型の能力(コミック)だ。

 全てが真っ白に映る男の視界の中で、“あれ”だけが赤く光っていた。男は視線を素早く左右に振り、周囲を見回した。


「近くに能力者(キャスト)は居ないのか?反応はアイツだけだ……と、とりあえず警察……」


 男はスマホを取りだし、1、1、0を押した。街中で頻繁に見かけるが滅多に掛けないその3桁を入力し、スマホを耳に当てた。

 ──刹那、(ゴシュッ!)という柔らかいのか硬いのか分からない何かが、空気が抜けて潰れるような音が公園内に響いた。


『はい、こちら110番熊本県警察です。事件ですか?事故ですか?……もしもし?こちら110番熊本県警察です。事件ですか?事故ですか?……もしもし?どうされましたか?!』


 道の真ん中に転がったスマホから聞こえる警察の声に返事をする者は居なかった。


────────


 野次馬の視線が痛い。現場周辺には目隠しがしてあるが、外で数十人が見ている事は、その喧騒から感じ取れる。現場に入る前にテレビ局のカメラが数台あったのも確認している。


 青いシートで視界を遮られた現場に入ると、鑑識課の人間が数人、写真を取ったり証拠物になり得る何かを採取したりしていた。

 彼らの傍で話を聞く律子と敦斗の姿も見えた。


「逆巻ぃ!こんなクソ早ぇ朝にすまねぇな」


「辻極警部もおはようございます。大隈(テル)は少し遅れるそうです。……そこの青年が?」


 担架に乗せられようとしている仏さんを見る。


「そうだクソ野郎。名前は明賀稲弥(あかがとうや)、リュックの中に近くのファミレスの制服が入ってたから、確認取ったら昨晩の11時まで仕事だったそうだ」


 この時は被害者の顔をちゃんと見ていなかったので気付かなかったが、後から先日の休日に寄ったファミレスの店員だった事が分かった。


「死因は分かりますか?」


 メモ帳を取り出しながら尋ねる。


「検視の結果待たねぇとどうとも言えねぇが、見た感じ絞殺だ。尋常じゃないパワーで首を絞められてんだ、馬鹿野郎。だが、腹部にも同じようなパワーで殴られた跡がある。首なんか締めなくてもほっときゃ内臓へのダメージで逝っちまってただろうよ。っと、死因もそうだが凶締班を呼んだのはこれがあったからだ」


 辻極警部が指差した先に広がっていたのは、アスファルトの上に書かれたCKの文字だった。鑑識を待たなくても、長年この仕事をやっていれば、この文字を書いたこの赤黒いインクが、固まった血液である事は容易に理解できる。


CK(クリーン・キラー)……ですか」


「あぁ、小笹聖子に続く21人目になるかもしれねぇ。逆巻、そこのベンチに座ってんのが第1発見者で通報者だ。少し様子がおかしい、話を聞いてくれ、クソ野郎」


「分かりました。敦斗と律子は好きに使ってください」


────────


「すいません、私、一野樹警察署の逆巻と申します。この度は迅速な通報、ありがとうございました。少し、お話よろしいでしょうか?」


 ベンチに座る初老の男に警察手帳を見せながら、自己紹介をする。本来は、熊本県警の人間なのだがややこしいので、いつもは一野樹警察署の人間だと紹介している。

 

「あ、あなた先日の……」


 顔を上げた男は、この間ファミレスで、携帯を届けてくれた男だった。


「あぁ、貴方、刑事さんだったんですね、刑事さん……私のせいなんです。 私がやったんです」

 

 遺体を目の当たりにして気が動転しているのだろうか、どこを見ているか分からない、もしかしたらどこも見ていなかったのかもしれない、そんな第1印象を受けるくらい何かに対する執着が無いような目をした男だった。顔のシワと白髪混じりの髪で幾分老けて見える。ラフな格好だが、シャツの襟は糊が効いており、靴も綺麗で、容姿だけなら紳士的な印象も受けた。だからこそ、こんな目をしているのに違和感を覚えた。そのせいで、1度会っていた事に一瞬気付かなかったのかもしれない。

 そんな彼が口を開いて発した言葉はなんと自白であった。

 

「落ち着いてください。まず、あなたの事を教えてください。お名前は?」


「……鮫島悠嘉(さめじま はるか)です」


「鮫島さん、年齢と仕事は?」


「42歳です。仕事は、恥ずかしながら2年半前から手に職を付けておらず、バイトを転々としております。今はどこにも勤めていないので無職ですかね。貯金を切り崩しての生活です」


「鮫島さんは能力者(キャスト)ですか?そうでしたら、鮫島さんの能力(コミック)を教えて頂けますか?」


「はい、私の能力(コミック)は変形型で、過去の私の行動をこれから起きる現象に変える力があります。……と言っても私はセンスのコントロールが下手でして、テレビを付けるとか冷蔵庫を開けるとかそういう単純で弱い力で可能な作業を1つ起こす程度の力しかありませんが。私自身はこれを55人の戦士(フィフス・ウォリアー)と読んでいます」


「ありがとうございます。彼と面識はありますか?」


「半分はい……ですかね。私は明賀君の事を知っていますが、彼は私の事をあまり知らないと思います」


「……?……あぁ、彼の働いていた店に行ったことがあるという事ですね。次に、昨夜(ゆうべ)の出来事を覚えている限りで結構ですので教えてください」


 他の質問が重要じゃないという訳ではないが、最重要というべき質問を投げかけると、微かに虚ろな目をしている鮫島悠嘉はゆっくりと口を開いた。


「……私は、彼を知っていると言いましたが、彼がこうなる(・・・・)事も知っていました。知っていて、防ぐ事が出来ませんでした。だから、私が彼を殺したも同然なんです……刑事さんはこの仕事が長そうだからよくご存知でしょう?連続猟奇殺人鬼、“CK(クリーン・キラー)”の事を……」


「えぇ、まぁ」


 余計な情報を与えないように、返事を軽く濁す。第1発見者は容疑者になりうるからだ。


「彼がCK(クリーン・キラー)に狙われる事を私は知っていました。それだけじゃありません。小笹聖子さんが殺される事も知っていました」


「どうして警察に言わなか……」

「直ぐに言いましたよ!」


 食い気味に怒りを含んだ声で返された。


「警察に相談したら貴方のお仲間は全く取り合ってくれませんでした。日本警察に喧嘩……いや、戦争をふっかけたと言っても過言では無い連続殺人鬼(クリーン・キラー)の情報は殆どがガセだったんでしょう。ニュースにこそなりませんが、2年経った今でもそういう悪ふざけ(・・・・)が後を経たないって事はそういう事じゃないんですか?」


 その通りだ。我々凶締班は捜査から外れていたが一課の方ではこの2年の間もずっとCKを追い続けていた。その間、あらゆる情報やタレコミがあったが、その殆どがガセネタばかりだった。地方の田舎で起こったこの事件をメディアはエンターテインメントとして利用し、それを見た国民もありもしない憶測やデマをSNSやネットの掲示板等に並べていた。

 本来であれば、全ての通報内容に真摯に耳を傾けるべきだろうが心無い人間が多すぎたのだ。


「申し訳ありませんでした。始めからお話を聞かせてもらってもいいですか?」


 彼は、少々目は虚ろだが嘘をついてるようには見えなかった。私は誠意を持って頭を下げ、再度お願いした。

 鮫島さんは1つ1つ思い出すようにゆっくりと話し始めた。


ありがとうございました


次回もよろしくお願いします

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