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第8話 会遇

よろしくお願いします

────────


 朝の通勤ラッシュが過ぎ去り人は幾分か減ったが、外回りの営業に奔走するサラリーマンや買い物途中の主婦など、行き交う人の波が途切れる事は無かった。

 私たちはそんな人達を横目に、バンの中で準備を進めていた。


 (……こちら不審明(いぶかし)……こちら不審明、無線のテスト…………無線のテストです……)


 右耳に付けたイヤホンからノイズ混じりに音声が入る。


「こちら逆巻(さかまき)、少しノイズが目立ちます。調整お願いします」


 袖口に付けたマイクに話しかけた。数十秒後、再び不審明警部補から音声が入った。先程に比べ幾分か聞き取りやすくなっていたので、それを伝える。


「ゴムが付いてないイヤホンって耳の中ボソボソしますよね〜」


後部座席から顔を出しながら、敦斗が言った。


「ゴム付きのイヤホンあるよ、──ほら」


「おぉ、テルさんあざーす!」


 テルが運転席と助手席の間にあるコンソールボックスからイヤホンを取り出し、敦斗に渡した。


「律子さん、今日の具はなんスか?」


 後部座席に戻った敦斗が隣に座る律子に話し掛けた。


「めんふぁいことふぉかか」


 文字通りモデル顔負けの律子の小顔が隠れる程のおにぎりを、口いっぱいに頬張ったまま律子がモゴモゴと答えた。律子はこういう現場に出る時に集中力を高める為の食事をするのだが、その量が尋常ではないのだ。

 朝出勤してきた時はサンドイッチを食べており、出る前に作戦の最後の確認をしている時は袋入りの千切りキャベツに直接ドレッシングをかけ平らげていた。出勤前には朝ご飯と別にバナナ数本と菓子パン2つ程を胃に入れてきたと言う。


「明太子とおかかッスか〜、良いっすね〜」


「……あげないわよ」


「1口くらいダメっすかァ?」


「だめ」


 残念そうな表情の敦斗に対し、手にしたおもちゃを誰にも渡すまいとする子供のような挑み顔の律子がハッキリと断った。


「コンビニのおにぎりで良ければ僕のをあげるよ」


「おお〜!テルさんあざーす!いただきまーす!」


「ちょっと〜、テルさん敦斗に甘すぎませんかー?いくら敦斗が若くて半人前だからって甘やかしすぎは良くないと思います!」


「じゃあ、律子ちゃんにはシュークリームをあげるよ」


「え、わぁーい。えへへ」


「ほらほら、お前らもう少し緊張感持て。行くぞ」


 装備を再度確認し、我々はバンから降りた。


(ドンッ)

「あ、申し訳ない」


 バンから降りた直後に、男と身体がぶつかった。ボロボロの汚れた服を何枚も重ね着した男は急いでるようで、何ヶ月も手入れをしてないであろう伸びきった髪を掻きながら一言謝ると、私が謝り返す間も無く、足早に去っていった。少し違和感を覚えた私は無意識にその男を目で追った。

 それに気付いたテルが私に声を掛ける。


「どうした?幹葉。彼に財布でもスられたか?」

 

「いや、大丈夫だ。不審明警部補の所に行こう」


「あぁ」

 

 律子とテルが向かいの通りで待機している不審明警部補の元に向かう中、私は敦斗を呼び止めた。


「さっきのホームレスの男、(にお)ったか?」


「いやぁ、特に怪しい臭いはしなかったっスよ。普通に急いでただけじゃないっスか?」


 石川(いしかわ)晴己(はるき)の時にも言ったと思うのだが、敦斗はとても鼻が利く。彼が臭いがしないといえば臭いはしないのだ。

 ────おかしい。明らかに異変(おか)しい。私の知っているホームレス達は、あんなに背筋を伸ばして歩いたりしない。それに、怪しい臭いがしなくても敦斗の性格上、「……まぁ、臭いかって言われたら臭かったっスけど」なんて言うに決まっている。それを言わなかったという事は、本当に何の臭いもしなかったのだ。あの風貌とは裏腹に身体は綺麗にしている証拠だ。そもそも、あの丁寧な言葉遣いが出来るならホームレスになんてならないだろう。

 私の考えすぎかもしれないが、彼は理由があってホームレスのフリをしている気がした。彼を追い掛けたい気持ちが沸いてきたがグッと堪える。 今集中すべきは麻薬グループの方だ。

 私は敦斗と共に不審明警部補の元に向かった。


────────


「……誰も居ないっスね」

「……誰も居ないですね」


 敦斗と井崎巡査が同時に呟く。

 麻薬の密売グループがアジト兼事務所として使っているはずのテナントビルの一室に踏み込んだ我々を出迎えたのは静寂だった。

 数人が居た……と言うより数人がデスクワークをしていた痕跡はある。向かい合わせに10台程並べられたオフィスデスクの上には少し古い型のパソコンが置いてあり、ファイル、書類などが散らばっていた。


「どっかで勘付かれたのでしょうか?」


「うーむ、分からん……」


 不審明班の副班長である高濱(たかはま)警部補が不審明警部補に尋ねた。

 不審明警部補は返事をした後、「どうしたもんか」と頭を搔いた。そして、すぐさま指示を飛ばした。数秒の内にプランを練り直したようだ。


「歌島、奴らがここから何時(いつ)出ていったか分かるか?」


 皆が一斉に律子の方を振り向く。


「多分分かりますよ。ちょっと前失礼します……能力(コミック)悪戯好きな妖精達(フェアリーズ・シール)


 部屋の中央まで歩いていき、能力名を呟いた律子の指先には天使の羽のような形のシールがくっついていた。彼女は、それを自分の頬に貼り付けると、目を閉じた。

 ここで起きた事を彼女だけが今、体験しているのだ。


「……暑いです。エアコンは入れてなかったみたい……」


 律子が話し始めると、不審明警部補は内ポケットから小さなノートを取り出した。


「煙草とそれをかき消すように少しキツめの香水の匂い……何か喋ってますけど、日本語じゃないようです……中国語……?……とも違うような……あ、誰かが勢いよく入口のドアを開けました……ドアを開けた若い男が何か早口で喋ってます……急いでるような……一番奥に座ってる男が何か話し始めました……あ、全員が立ち上がってドアから出ていきました……今から……20分程前のようです……それから……」


「よし、ストップだ。歌島、能力(コミック)を解除して過去(そっち)から戻ってこい」


 律子の頬に貼ってあったシールが消えると、律子は目を開き、「ふぅ」と軽く息を吐いた。過去を体験する彼女の能力(コミック)は、人に長時間使うと過去に囚われて現在に戻って来れなくなるのだ。

 不審明警部補はその時間ギリギリのところで律子を現在(こっち)へ呼び戻し、少し考えると再び指示を飛ばす。


「逆巻、歌島、高濱、井崎、4人はここに残ってくれ。歌島はパソコンから、逆巻、高濱、井崎はメモや書類から行先が分からないか調べるんだ。高濱、仕切れ。残りは手分けして外に聞き込み行くぞ!」


「「「はい!!」」」


────────


 テルと敦斗は不審明警部補について外に出ていった。残された私達はゴム手袋を付け、デスクの上の書類を調べ始めた。

 律子は、1台のパソコンの前に座ると息を軽く吐いた。それを見た井崎巡査が声を掛ける。


「あ、パスワードでロック掛かってるんじゃ?解析できる人呼びますよ?」


「いや、彼女なら大丈夫ですよ」


 私達のやり取りに高濱警部補が手を止め、こちらを振り向いたが直ぐに書類を見始めた。律子は集中しているようで、横で話す私達を気にも留めていないようだ。天使の羽のような形のシールをパソコンに貼り付けると、その横に自分のノートパソコンを開いた。そのまま流れるように小さな飴玉を取り出し、口に放った。


「いくら彼女が過去を体験できても、過去からデータを持ってくる事は出来ない。かと言って、パスワードを過去で確認してもデータが削除されている可能性だってある。だから彼女は考え、閃いたんだよ。持って来れないなら過去を体験させればいい……ってね」


 私の説明に井崎巡査が首を傾げる。


「まぁ、見てるといい」


 律子は自分のノートパソコンを操作し、ケーブルを事務所のパソコンに繋いだ。事務所のパソコンに貼られたシールが淡く光ると、電源が入ってないはずのパソコンのモニターが起動した。マウスカーソルが勝手にぐるぐると動き、パスワードが打ち込まれた。モニターがデスクトップの画面になると、これまたパスワードでロックの掛かったファイルが勝手に開いた。律子は素早くノートパソコンを操作し、データをコピーしていく。

 

「これが私が閃いた新しい捜査方法よ。私の能力(コミック)は、対象がたとえ覚えていなくてもその事を経験していれば、“今起きているかのように”体験させる事ができる。その(・・)時に在ったモノは、シールが貼られている間、当時のように再現される事に気付いたの。つまり、その(・・)後壊れたり消されたりしても欠片(かけら)が残ってさえいればいいの。それを利用したのよ」


 数分後、データのコピーが(おおよ)そ進んだところで後ろで画面を見つめる井崎巡査の方を振り返り、律子は得意気にそう説明した。


「す……凄いですね」


「そうでしょう?あ、高濱さん、ボス、彼らが使う隠れ家が幾つか分かりましたよ」


 律子は、「うふっ」と笑った。

 パソコンに貼られた天使の羽を模したシールがすうっと消える。


────✂︎‬────


「警察だ!」


 不審明の声と共に、高濱達から送られた住所が指し示す部屋に一斉に乗り込む。室内に居た数人が、懐から何かを抜こうとしたが、彼らを包みこむ霧がそれを許さなかった。大隈の能力(コミック)不乱の霧(スローリー・スモッグ)の霧である。


「◎△$♪×¥●!!」


 霧が回りきらない部屋の奥に居た男が何かを叫び、両腕から炎を放った。しかし、不審明班の1人が作り出した避雷針のような能力(コミック)によってそれを防ぐ。


 ほんの2、3分で突入と確保が完了すると、30分もしないうちにパトカーが到着し、全員が留置所に送られた。

 不審明達と逆巻達は署に戻ると、互いを称賛しあい、そのまま居酒屋へと向かった。


 一仕事終え、各々が喜びを分かち合う中、逆巻幹葉だけがあのホームレスの事が気になっていた。

ありがとうございました

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