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第7話 準備

よろしくお願いいたします

────────


 石河晴己(いしかわはるき)の件から1週間程経過していた。

 彼が罪に問われる事は無かった。精神鑑定と能力(コミック)調査により、彼自身も何者かの能力(コミック)により操られていた被害者である事が判明したらしい。

 もう1人の被害者は、防御系の能力(コミック)だった事もあり、命に別状は無かった。

 石河はその後、所属ジムやマスコミを通し、記者会見を開いた。「今回の件は己の弱さが招いた結果であり、これから一層精進して参ります」と話し、現在参加中のトーナメント戦は棄権する事を報告していた。


 私たち凶締班はこの1週間雑務をこなしながら、主に、市内に大量の大麻を流そうとしている不法滞在者グループへの捜査を、捜査四課と共に行っていた。……と言っても、捜査四課の手によって調べは殆どついており、私たちはその報告を受けたり、アジトに乗り込む際の作戦内容を聞いたりするだけだった。

 今日も捜査四課のチームと捜査会議が行われる予定だ。会議室に入ると、捜査四課の不審明班が既に席に着いていた。挨拶をするいつもの顔ぶれの中に知らない顔が1つあった。鋭い目をした凛々しい青年だ。まだのりの効いた真新しい制服を身に纏っている。

 不審明班の班長である不審明(いぶかし)英善(ひでよし)警部補は、大きく息を吸うと話を始めた。


「皆さんおはようございます。え〜、本日も捜査四課と凶締班の合同捜査会議を始めていきます。よろしくお願いします。え〜、まず先に今日からこの捜査チームに入った井崎です」


 不審明警部補の紹介で立ち上がったのは、さっきの若者だ。彼はこちらを振り返ると、姿勢を伸ばした。


「本日より、不審明警部補の下に付くことになりました井崎(いさき)(そう)巡査です!よろしくお願いします!」


 井崎巡査は敬礼をしながら挨拶をすると、深く短い礼をした。気持ちの良い挨拶だ。

 不審明警部補は、井崎巡査の挨拶が終わると捜査の話に戻った。


────────


 小一時間の会議の結果、明後日(あさって)の午前中、彼らがアジトとして使っているテナントビルに突入する事が決まった。


「じゃあ戻って、交通安全教室の準備進めようか」


「逆巻警部、少しよろしいでしょうか?」


 凶締班のメンバーに声をかけ本部に戻ろうとする私を、井崎巡査が呼び止めた。


「この度は捜査四課に協力していただき心より感謝いたします。実は、『凶締班の皆さんが協力してくれるならサポート役として君を不審明の下につけても大丈夫だろう』と、疋田(ひきた)課長に言われたんです。自分が不審明さんの下に付けたのは凶締班の皆さんのおかげでもあります。ありがとうございます!」


「いやいや、協力なら何時(いつ)だってするし、この捜査チームに入れたのは君の努力の賜物だと思うよ」


 ──本音だ。捜査四課で彼と同期の警官は他にも数人居る。不審明警部補のチームに誰かを入れたのが私達の協力の影響だとしても、疋田捜査四課長の目に止まり、チームに選ばれたのは紛れも無く彼の実力だ。


「──それで皆さんのサポートがしっかりとできるよう、凶締班の皆さんの能力(コミック)についてもう一度教えて頂けませんか?」


 井崎巡査はそう言うと、頭を下げた。私が「構わないよ」と答えると、井崎巡査はお礼を言うと再び頭を下げ、手帳を取り出した。


「お願いします!」


「じゃ、まぁテル──大隈(おおくま)照児(てるじ)警部補のから。彼の能力(コミック)は操作型防御系の“不乱の霧”(スローリー・スモッグ)。彼の出す霧に呑まれたモノ(・・)は動きがゆっくりになるんだ。霧を最大限まで濃くすれば、動きをほぼ停止させる事も出来る。犯人の無力化は勿論、目の前に溜める事で盾にしたりも出来る能力だ。何かと暴力を受けやすい仕事だからね、重宝してるよ」


「動きを停止させるなんて、警察官としてこれ以上無い能力ですね。しかも効果を広範囲に及ぼす事ができるなんて──」


「まぁ、とても助かっている。ただし、風が強いと霧が流されてしまうし、霧で捉えきれなければゆっくりにもできない。そこで、淀川(よどがわ)敦斗(あつと)刑事の出番って訳だ。彼の“破王の罠”(キング・トラップ)は展開型だ。任意の場所にトラバサミを設置できる。大きさもコントロールできるが最大は私も見た事が無いな。彼いわく、時間がかかり過ぎるらしい。ほぼノータイムで設置できる最大の大きさは、トラバサミが開いた状態で25メートルプールがすっぽり収まるくらいの大きさだ」


「す……凄い。自分の(・・・)も展開型なんですけど、そんな大きさをノータイムで出せるなんて……さすが凶締班です」


「この2人は、犯人の無力化や逮捕に適しているが、犯人が分からなければそもそも逮捕できない。警官は捜査出来なきゃ意味が無い。その点では歌島(うたじま)律子(りつこ)刑事の右に出る者はそうそう居ないだろう。彼女の能力(コミック)“悪戯好きな妖精達”(フェアリーズ・シール)。操作型のそのシールを貼られたモノは、過去に起きた事を今起きて(・・・・)いるかの(・・・・)ように(・・・)体験する事が出来るんだ。簡単に言えば、目撃者に使うと目撃情報が断片的な回想ではなく、リアルな実況になる。まぁ、人に使う時は能力(コミック)行使の許可状を裁判所に発行してもらう必要があるけどね。そして、“悪戯好きな妖精達”(フェアリーズ・シール)は人に限らず物体にも使えるのがミソだ。温度や形状を時間を遡って見る事ができる。鏡や窓なんかに映り込んでたら犯人の顔が分かる事もあるんだ」


「なるほど……何処と無く疋田課長の過去を覗く能力(コミック)と似てますね」


「言われてみれば確かに似てるかもな。──今言った3人は現場捜査官って感じだ。外に出て、聞き込みをし、証拠を集め、犯人を捕まえたり、人質を解放したり、迷子や迷い犬を探したりするのが彼らだ。それをあらゆる方面からサポートするのが、自称検視官であり自称解剖医であり自称科学者であり自称科学捜査官であり自称発明家であり自称カウンセラーであり自称メンタリストの色無(いろなし)・ロック・八郎(はちろう)博士だ。私たちはドクと呼んでいる」


「……?」


「大丈夫だ。私もよく分からん。だが、科学操作の腕は日本屈指……いや、世界にも匹敵するレベルだと思うぞ。彼本人が言うには『ワタシが捜査すれば、蟻塚の中で起きた殺蟻事件の犯蟻も特定できる』らしい。自信過剰で変わった性格のドクだが、能力(コミック)もかなり変わった事が出来るんだ。それが、“単純で完璧な答え”(ダブル・ドク)だ。ドクが1人増えて2人になる」


「分身能力って事ですか?」


「似ているが少し違う。普通、分身ってのは能力者(キャスト)本人が居て、その人が創り出した分身が居るわけだろ?ドクの場合は、ドクがもう1人現れるんだ。鏡の能力とかクローンコピーとかそういうんじゃなくて、この世に1人しか居ない色無・ロック・八郎が2人になるって能力なんだ」


「という事は、そのもう1人の色無博士は生きてるんですか?」


「あぁ、生きてる。生きてるし、考えもする。どちらもドク本人だ。ちなみに、2人になる時にセンスを消費するが、現れたもう1人はセンスによって造られた分身じゃないから、能力(コミック)を無効化されても、もう1人が消える事は無い。さらに、片方が死ぬと、死んだドクの知識や経験を生き残ったドクが受け継ぐんだ」


「す、凄い……。凶締班は、現場捜査力だけでなく科学捜査技術も高いんですね。──最後は逆巻警部ですね。お願いします」


「私のは、“遅延の正義”(リピート・ロス)。会話している相手の居場所が分かる能力だ。会話なら電話でもメールでも手紙でもLINE(ライン)でも構わない」


「なるほど……なんて言うかその……」


「凶締班のボスの割には能力が地味、だろ?」


「あぁ、いや……まぁ」


「井崎巡査の言いたい事は分かる。確かにこの能力は地味だ。相手と会話してないと駄目だしな。人を探す能力であれば、もっと優秀な警官が沢山いるし、凶締班だけを見ても律子がいる。──まぁ、能力(コミック)が警察官の全てじゃないし、経験と勘でそれなりに仕事はできるさ」


「そうですよね。失礼しました。お時間頂きありがとうございました!明後日はよろしくお願い致します!」


「あぁ、よろしく」


 井崎巡査は、頭を下げ足早に会議室を出ていった。


────────


 翌日の夜 逆巻家


 大麻の密売グループのアジトへの乗り込みを明日に控えた不審明班と我々は、朝早くに出勤する必要があった。そのため、今日は早く帰ることにした。リーダーの不審明警部補はそうはいかないようだが……


「ただいま」


「パパ……おかえり」


 散桜(ちお)が私の帰宅を出迎えてくれた。その後すぐに奥の部屋の方から「ただいま」と、咲誇(さきこ)唯華(ゆいか)の声も響いた。


「こんばんはーっす。おぉ〜散桜ちゃん久しぶりー……久しぶり?」


 後ろから敦斗が顔を出す。


「あ、敦斗君こんばんは……うん久しぶり。敦斗君……ご飯食べてくの?」


「そうだなぁ、お邪魔していいかな?」


「うん……いいよ!」


 奥の部屋──リビング・ダイニングに入ると、咲誇と唯華がテーブルの上に食器を並べており、キッチンの方では妻が鍋をかき混ぜているのがカウンター越しに見えた。


「あ!敦斗さんこんばんは」


 咲誇の声で、実春が振り返る。


「あら、敦斗君いらっしゃい。ゆいちゃん、お皿をもう1つ出してくれるかしら?」


「はーい」


「いや〜、申し訳ないっス。咲誇ちゃん、コミックマッチだっけ?優勝おめでとう!これ、お祝いね」


 敦斗は簡素なラッピングがされた小包を咲誇に渡した。


「わ〜!ありがとうございます!」


「さき()ぇズルい〜!」


 唯華が咲誇が持っている小包を指差して言った。


「ゆいも代表に選ばれて優勝すれば貰えるんじゃない?」


 咲誇は皮肉たっぷりの笑みを浮かべる。


「何よ!バカさき姉ぇ!」


「うるさい!アホゆい!」


 こんな事から大喧嘩になるんだから、やめて欲しいものだ。

 ……なんて考えていると、実春がカウンター越しから、


「ほらほら、さきちゃん、ゆいちゃん、お夕食の準備をしましょう?敦斗さんの前で喧嘩なんてみっともないわよ……ね?」

 

 と、声をかけた。


「は……はーい」


 普段は、のほほんとしているが妻だが、大昔から続く格式高い武術一派の現御大(おんだい)なのだ。何気ない言葉に重みと深みが含まれている気がする。

 それを感じ取ったのかは分からないが、喧嘩になりそうだった2人は静かに夕食の準備に戻った。


 数分後、テーブルの上には麻婆茄子に焼売と、幾つかの中華が並んだ。


────────


「──それじゃあ、ボス、ごちそうさまでした。明日は麻薬グループを一網打尽にしてやりましょう!お疲れッした!」


「あぁ、お疲れ様」


「敦斗君……ばいばい」


「おう!」


 敦斗が出ていくと、リビングからテレビの音や娘達の話し声がするが静かになった気がする。


「敦斗君……台風みたいな人だね」


「ハハハハ、そうだな」


 寄りかかってくる散桜の肩を抱き、一緒にリビングに戻った。

 

────────


 翌朝。

 

 寝室に優しいノックの音が響く。室内に居る人に最大限の気を遣うように、ゆっくりと戸が開き、そこから顔を覗かせる散桜と目が合った。


「あ……パパ起きてた……おはよう」

 

「おはよう、散桜。私を起こしに来てくれたんだね、どうもありがとう。今日は休みだし、もう少しゆっくり寝てていいんだよ。おやすみ」


「わかった……うん」


 私は、散桜が部屋に戻った後、途中だった着替えを済ませリビングへと向かった。簡単に朝食を済ませ、コーヒーを1杯飲み干し、朝のバラエティと報道番組の間のような番組の占いコーナーを確認する。占いを信じてる訳ではないのだが、娘たちと毎朝見ているうちに朝のルーティーンの1つになってしまった。ちなみに、今日の天秤座は5位だ。


 鞄に荷物を詰め、家を出た。今日は少し忙しくなりそうだ。

ありがとうございました

次回もよろしくお願いします

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