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第6話 影

恐ろしく遅い更新……

────✄────


「はぁぁぁ……」


 公園のベンチに座る彼は大きなため息をついた。まるでこの世に絶望したような面持ちだ。


 彼の名前は石河晴己(いしかわ はるき)。福岡県明芽市(あかがし)に住む29歳の男だ。彼の母親は、彼を産んですぐに流行病(はやりやまい)にかかり、亡くなってしまった。それからは父親に男手1つで育てられた。厳格であまり笑わない父親が唯一楽しみとしていたのがボクシング観戦であった。幼い頃から一緒に試合を観て影響を受けたからなのか、父親の喜ぶ顔が見たいからなのか、今となってはハッキリ分からないが、物心がついた頃には、彼はボクシング選手を目指すようになっていた。

 高校はボクシング部のある学校に入り、日々稽古を積んだ。大学2年の時、大学ボクシングの全日本大会で九州ブロックの代表にも選ばれた。大学3年の時、とあるボクシングジムにスカウトされ、そこからはプロの世界に足を踏み入れた。

 A級ボクサーとして日本トーナメントにも何度か出場しているが、ファイトマネーだけでは食べていけず、近所のスーパーでパートとして弁当盛り付けの仕事もしていた。

 彼のボクシングは余計なフェイントやテクニックを使わない、パワーとスピードとリズムで相手を攻める戦闘スタイルであった。その戦い方と普段の立ち振舞から、“正義(ジャスティス)”という異名で子供や女性を中心に親しまれていた。


 公園のベンチでうなだれ、考え込む石河の前に、ジビネススーツに身を包み、縁なしの眼鏡を掛けた女性が立っていた。


「貴方のその葛藤は、大きな復讐心に変わるわ──」


 女性はそう囁くと、彼の右肩に触れた。


────────


──前川ビル付近


「離せよ!」


 男が声を荒らげる。私はうつ伏せの男に手錠を掛け、馬乗りになっていた。


「なんで能力(コミック)が使えねぇんだよ!クソが!」


「この手錠はな、お前みたいな奴を捕まえる為に開発された能力(コミック)を無力化できる手錠だ。ほら、大人しくしろ」


 少し遅れて敦斗が走ってきた。私と男を見つけるや否やその場にしゃがみ込んだ。荒い息を整えているようだ。顔には無数の傷や痣が付いている。派手にやられたようだ。


「ハァ……ハァ……ハァ……助かりました、ボス」


「いや、気にするな」


「あざす……ハァ……また壱織にグチグチ言われちまうな〜」


(たつみ)巡査長には連絡したから、もう間も無くこっちに来るだろう」


「ウス……ハァ……」


「ハハ、それにしても派手に殴られたな。久々に“してやられた”って感じか?」


「ウス……もっと、設置速度も開閉速度も拘束力も射程距離も上げねぇと……」


 敦斗は深く息をしながら、自身の掌を見つめた。


────✂︎‬────


──翌日 一野樹警察署凶締班本部


 爽やかな陽が射し込む室内には、凶締班の紅一点、歌島律子(うたじま りつこ)刑事が、デスクにつきパソコンとにらめっこしていた。


「逆巻ィィー!居るかァ、クソ野郎!」

 

 勢いよく扉が開き、一野樹警察署刑事部捜査第一課長、辻極百万(つじきわももかず)警部が入ってきた。


「おはようございます、辻極警部」


「あぁ。逆巻の野郎はどこだ?」


 辻極は室内を見回しながら尋ねた。


「ボスは昨夜、深夜パトロールの応援に行ってたので来るのは午後からですよ、テルさんと敦斗も。──あ、敦斗は昨日暴行犯とやり合って怪我したらしいので来ないかもしれません。用件なら伝えておきましょうか?」


「……いや、また後で来よう。……そういえば、なぜ、淀川のデスクに座って彼のパソコンを触ってるんだ?」


「まぁ、ちょっと」


「そうか、まぁいい。邪魔したなクソったれ」


 部屋を後にする辻極を見送り、席に座った律子は再びパソコンの画面とにらめっこを始めた。

 その画面はログイン画面で止まっていた。


────✂︎‬────


 その部屋は、昼前だというのに夕方のように薄暗く、空気が淀んでいるようだった。

 部屋の奥には、細部に美しい彫刻があしらわれた大きなデスクが置いてあり、年老いた男性が、これまた細かな装飾がされた革の椅子に深く腰掛けていた。彼の隣には彼が使うのであろう変わった形の杖が立て掛けてあった。

 彼は筋肉ばったゴツゴツとした手で書類を捲っていた。その書類には1枚1枚、顔写真や名前、住所、人となりが書かれており、履歴書のようなモノであった。ただ普通の履歴書と違う点は、顔写真がすべて隠し撮られている事だった。

 

「いかがですか?」


 彼の前に姿勢よく立つ女性が、彼に訊ねた。ビジネススーツに身を包み、縁なしの眼鏡を掛けた彼女は、その眼鏡をクイっと直した。


「まあまあだな。すぐに欲しい人はいないが、キッカケは与えといていいだろう」


「承知しました。では、リスト全員にキッカケを送るよう総務部に伝えておきます。……と、そういえばCK(シー・ケー)が活動を再開したようですよ。既に女性が1人殺されています。前回から数えて20人目です」


「CK……君が欲望の暴発に失敗した彼か。彼のあのチカラ(・・・・・)は最強の部類に入るから是非とも手に入れたいんだが……」


「2年前に、既に15人差し向けて全員が返り討ちに遭っています。人事部の社員では歯が立たないと思いますよ。我儘(わがまま)であれば彼ら(・・)に頼んでみては?」


 彼はゴツゴツとした右手で頬を擦り、少し考え、「いや、いい」と断った。縁なし眼鏡の彼女は、「それでは」と部屋を後にした。


 1人になった彼は、椅子から立ち上がり、杖を突きながら、ゆっくりと扉の脇にある小さな棚の方に向かった。彼が1歩進むごとに、身体全身が“ギュム”と(きし)む音と、杖を“コツ”と突く音が交互に部屋の中に響いた。


 棚の中からグラスをひとつ取り出すと、ウォッカを注ぎ一気に(あお)った。


「さあ……警察はどう動くかな……」


────────


──一野樹警察署 凶締班本部


「おはようございます、ボス、テルさん。昨夜はありがとうございました。敦斗は大丈夫ですか?」


「おはよう、リッちゃん。午前中の業務お疲れ様。アツト君は病院に行ってから来るそうだ」


 律子の言葉にテルが答えた。

 そう、敦斗は、事件の後、病院で治療と検査をしてもらっている。本人は大丈夫だと言い張っていたが、頭を何度も殴られたようだから念の為だ。

 デスクにつき、パソコンを起動しながら書類を捲る私に、律子が声を掛けた


「あ、ボス、さっき辻極警部が来られましたよ。話がしたいようで、後からまた来ると──」


「逆巻ィ!来たかァクソ野郎!」


 勢いよく扉が開き、辻極警部が声をあげながら部屋に入ってきた。キャスター付きのホワイトボードを部屋の中央に引っ張ってくると、持っていた写真や書類を貼り出した。


「これはCKが起こしたとされる事件の現場の写真とスケッチ、付近に落ちていた証拠品のリストだ。我々が彼をCKと呼んでいる理由は分かるよな?」


「現場にCKってサインが残されてるからでしたよね?」


 辻極警部の問いに律子が答えた。


「そうだ。そして20人目の被害者である小笹聖子の現場にもそのサインがあった。先日見せた写真だ、クソッたれ。遺体の後ろの壁に刻まれていた──あー、刻まれていたっていうのは文字通り彫刻のように彫りこまれていたって意味なんだが、何の道具を使ってこの硬いコンクリートの壁に文字を彫ったと思う?バカ野郎」


 辻極警部が律子を見た。


「石掘り用のドリルとかですか?」


 律子が答える。


「それぞれ深さの異なる4本の並んだ溝は、1本1本が丸みを帯びている。上から1本目と3本目がほぼ同じ深さ、2本目が1番深く、4本目が一番浅い。この形状に一致するのは……これだ」

 

 辻極は右手を胸の前に上げた。


「指ですか!?」


「あぁ、右手の人差し指から小指までの4本の指だ。これがコンクリートの壁に文字を掘ったドリルの正体だよ、クソったれ」


「肉体強化の増幅型や肉体硬化の変形型の能力(コミック)って事ですか?それなら警察のデータベースで能力(コミック)登録の記録から──」


「それは2年前にとっくにやってる」


  私は律子の言葉を遮り、更に、


「増幅型、変形型、操作型、空間型、考えられる可能性はすべて潰した。ここまでの事ができる能力者(キャスト)なら警察が重要視し、リスト化している。その中にCKと思われる人物は居ない。被害者の近辺もくまなく洗ったが、被害者同士にすら共通点が無いんだよ。強いていえばすべて一野樹市内で起こっているのだが」


 と続けた。……そう、2年前に全て調べ尽くしたのだ。


「……とりあえず分かってる事は知らせた。何か気付いたら教えてくれ、クソったれども」


「あぁ」


 辻極警部が部屋を出ていった後、私たちはホワイトボードを眺めていた。


「何の証拠も無い。被害者の関係性も事件の一貫性も無い。ただサインがあるだけ。何者なんでしょうか……」


「あぁ、私もそれを知りたいんだ……」


────────


「おはざーす!……おい壱織てめぇ、俺の前歩ってんじゃねぇぞコラ!」

「歩くのが遅いからじゃねぇのか敦斗くんよォ、……あ、凶締班の皆さんお疲れ様です」


 敦斗と生活安全課の影近君が部屋に入ってきた。相変わらず喧嘩の絶えない2人だ。


「お疲れ様、アツトくん、壱織くん」


 テルが2人に挨拶を返すと、影近君が私たちの方に向き直った。


「凶締班の皆さん!昨夜はパトロールの応援ありがとうございました!巽は今、手が離せないので自分が報告にあがりました!昨夜の暴漢の身元が分かったのでお知らせします。彼の名前は石河晴己、29歳のプロボクサーです──」


「ボクサーの石河晴己って……あの(・・)石河晴己!?」


 律子が驚き、声をあげたが無理もない。私もまさかその名前が出てくるとは思わず、内心驚いていた。石河晴己といえば“正義(ジャスティス)”の愛称で親しまれている人気ボクサーだ。格闘技には疎い私だが、彼の名前は知っている。


「はい、その石河晴己です。石河は、元々一野樹市出身で、現在は福岡に住んでるんですが、里帰りで3日ほどこっちに泊まる予定だったようです。なぜ昨日あの場に居たのかよく覚えてないそうで、昼間公園で考え事をしている時にスーツ姿の女性に声を掛けられた事までは覚えていると言ってます。そこから留置所で目が覚めるまでの記憶が断片的にしか残ってないようで、我々としては精神干渉や意識操作の能力(コミック)を使った犯行として捜査する予定です。そこで凶締班の……というか歌島刑事の能力(コミック)をお借りしたいと思いまして……」


「石河の行動を追うんですね。構いませんよ。律子──」

「はいボス。行ってきます」

 

 食い気味に返事をした律子は手早くデスクの上を片付けた。


「残りはやっておくから、そっちが終わったら今日は帰っていいぞ。行ってらっしゃい」


「分かりました」


「律子さんおつかれーっス」


 影近君と律子が部屋を出ていくと、私たちはデスクに戻り、事務仕事を始めた。始めてすぐ、


「あれぇ!?」


 と、敦斗が声を上げた。


「アツト君どうした?」


「いや、なんかパソコンが起動してるンすよ。画面付けたらログイン画面じゃなくてデスクトップになってて……」


「昨日はパトロールの準備でバタバタしてたし、電源切らずに出ちゃったんじゃないの?」


「そーだったかなぁ?……まぁいいや」


 テルに言われ、指先で前髪をクルクルと弄りながら記憶を辿っていたようだが、すぐにパソコンを操作し始めた。考えるのを止めたようだ。




 ♪〜〜


 静かな部屋に聞き慣れた音楽が鳴り響いた。


「どうした唯華。──あぁ、──そうかそうか、それは良かったなぁ!──あぁ、──そうだな、じゃあ帰りにケーキを買って帰るよ。あぁ、じゃあね」


「唯華ちゃんかい?なんだって?」


 私が電話を切ると、テルが尋ねてきた。


「咲誇の入ったチームが学校のコミックマッチで優勝したそうだ。今夜はパーティーをするらしい」


「おぉ!!おめでとう!」


「ボス、コミックマッチって何ですか?」


 敦斗が私の方を見た。そういえば敦斗は一野樹市(このへん)の出身じゃなかったな。


「あぁ、アツト君は一野樹市出身じゃなかったね」


 テルは私と同じ事を考えていたようだ。


「娘たちが通う一野樹工業高校──私や皆は一野工(ひのこう)って呼んでるが、そこでは能力(コミック)を使って競い合う学校行事があるんだ。一野工は昔から能力(コミック)能力者(キャスト)への理解が早かったんだよ。この国で能力者(キャスト)に対する法律なんかが今くらいきちんと整備されたのは10年前くらいなんだが、それ以前は能力者(キャスト)に対して横暴な権力が振りかざされてたんだ。一野工では20年程前に、それらの権力に対してデモを起こして今の法律の基礎を作らせたんだ」


「マジっすか!?すげぇっスね!」


 敦斗は「ひえ〜!」と感心していた。

次もいつになる事やら……

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