第1話 朝
「……て、………きて………、起きて!パパ!朝だよ!」
「あ……あぁ……起きたよ、起きた。ありがとう……」
毎朝、私は可愛い娘たちから起こされる。
今日起こしてくれたのは次女の唯華だ。現場に出向くことが多かった4〜5年前は、まだ中学生だった娘たちを私が起こしていたのだが、3人とも高校生になって大人としての自覚が生まれたのか早起き出来るようになっていった。
一番下の散桜は、今年高校生になったばかりでまだその辺はあれだが……
それでも娘たちの成長を見れるのはこの上なく嬉しいものである。
最近はデスクワークが増え体力的な疲労より、目の疲れから来る腰や肩の痛みが辛く、老いを感じざるを得ないのだが、娘たちの明るく元気な声と可愛い姿を見ると、まだまだ死ねないななんて事を考えたりする。
私はパジャマのまま、顔を洗い、歯を磨くとリビングに向かった。
白いテーブルの上に、朝食のトースト、ベーコン、目玉焼きと今日の朝刊、テレビのリモコンが整然と並んでいるのは長女の咲誇の仕業だ。
実春…私の妻は、昨夜、大学の同窓会があり、今もベッドの上で寝ている。そもそも、起きていたとしても、こんなに綺麗な並べ方はしない。妻は大雑把な性格なのだ。
その性格を色濃く継いだ次女の唯華と三女の散桜もこんな事はできない。
咲誇の姿は見えないが、まだ料理が冷めていないという事は直前に出ていったということだ。
今朝は唯華が起こしに来たが、起こせと言ったのは恐らく咲誇だろう。
昨日、コミックマッチの決勝戦で明日は早く家を出ると言っていたから、自分が出るべき時間から、唯華が起こしに行く時間や私が起きてリビングに来る時間を逆算して朝の準備を進めたのだろう。咲誇は本当に良く気が利く娘だ。
私のこの語り癖が私の能力の余波だろうと言ったのも咲誇だったはずだ。
私はケトルのお湯を沸かし、コーヒーを淹れていた。
ガチャッ!バタンッ!
「パパ、おはよう!」
制服に着替えた唯華が元気よく声をかけた。
「あぁ、おはよう。もっと静かにドアは開けなさい。うちの寝ぼすけさんはどうした?」
「ちいはさっき起きて今トイレだよ」
「そうか……唯華、朝ごはんは?」
「もう食べたよ!日直だから早く行くの!行ってきまーす!」
「唯華、首のリボンを忘れてるぞ」
制服の首元につけるリボンが無いことに気付いた唯華は部屋に取りに走った。
「ありがとうパパ!じゃあ行ってきまーす!」
「今日も気を付けて行ってらっしゃい」
「パパもねー!」
ガチャ!……バタン!
……とまぁ、こんな具合で咲誇と違って唯華は、ずぼらというか、雑というか、実春の遺伝を1番濃く継いでいるのだろう。
カチャ……
「パパ……おはよ。私もコーヒー飲みたい。甘いの……」
「おはよう散桜。コーヒーは淹れてやるが、開けた扉は閉めなさい。〝あとぜき〟……だぞ」
「はーい」
……パタン
散桜はどこか抜けているというか、マイペースだ。そのせいか、たまに誰も気付かない事に気付いたりする。
私は、朝食を済ませると寝室に戻り、仕事着に着替えた。
5月とは思えないこの暑さにネクタイを締めていくか迷ったが、今日は締めていく事にした。去年の父の日に娘たちから貰った、柴犬が阿波踊りをしている柄のネクタイだ。
3人とも性格は違えど、感性は似通っているようで、何かを決めるのはとても早い。
……そう言えば、自己紹介をしていなかったな。
私の名前は逆巻 幹葉。45歳で、警察署に勤めるいわゆる刑事というやつだ。
逆巻家は女性が力を持っているため、結婚する時は嫁ぐのではなく、婿養子として迎え入れられるのだ。
旧姓は、岩ヶ谷だがそれはどうでもいいだろう。
この家は、室町時代から女性が護り続けてきた薙刀術の流派の1つ〝逆巻流〟の総本家なのだ。私の妻が第21代当主で現・逆巻流御大だ。
そして、現在当主を務めるのは我が三姉妹の咲誇、唯華、散桜である。
……っと、そろそろ行かなくては。
「散桜、遅れないように行くんだぞ。学校で咲誇に会ったら、パパが『コミックマッチ頑張れ』って言ってたって伝えてくれな」
「フムグ……モグモグ……ひゃ〜い……モグひってらっひゃ〜いムグ……」
「行ってきま……そうだ、ずっと言ってた家族で遊園地に行く話、夏休みに行けると思うから3人で行きたいところ決めといてな。」
「!!モグモグ、ゴクン!!ほんと!やったぁ!」
「あぁ、じゃあ行ってきます。」
「行ってらっしゃ〜い。」
家から駅まで歩いて15分、電車は乗り継ぎ無しで30分、そこからバスで10分、バス停の目の前の建物に入りエレベーターで7階に上がる。
1番奥の、廊下の突き当たりになる部屋が私の所属する部署、〝熊本県警特殊捜査一課凶悪犯罪取締班〟通称、凶締班だ。