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Ep5 理不尽な二者択一

 私の潔白――というより、皇太子が私を策に嵌めて貶めようとした証拠は、メラメラと燃えて灰になってしまいました。


 民衆からは慈愛の王。公明正大にして、厳格な人間として尊敬されていた人物だったのですが、何が間違ってこのような愚挙に出たのでしょうか。


 あの皇王ならば例え自分の息子でも厳罰に処すと信じていたのですが――。

 正直言って予想外の展開すぎて動揺しています。


「クラリスとやら、そなたの心の声の叫びが余の心を溶かした――。確かに人間である以上罪は犯す――。息子のしたことは決して褒められた行動ではない。しかし、お主と結ばれたいという一心で狂ってしまい、そのような行為をしてしまったのだろう。真実の愛か――。これが真実の愛の形というのなら、親としては何とか認めてやりたい」


 皇王は無駄に威厳のある声で息子である皇太子を急に擁護しました。

 やはり、あのクラリスという女の発言のせいなのですね――。この状況でこれほどあっさり皇王の態度を変えるなんて彼女は天に愛されているとしか言えません。


 それにしても、また【真実の愛】ですか……。もうその言葉を聞くと鳥肌が立ってしまいそうです。


「しかし、だ。このまま認めてしまうとグレイスが余りにも不憫だ。彼女はグラインシュバイツと婚約して再来週には式を挙げる予定もある……。だが、余としては息子とクラリスに幸せになってほしい気持ちが大きい。そこでだ、グレイスよ。アレクトロン王家は必ずやそなたに十分な慰謝料は必ず払う。それと引き換えに、この馬鹿息子の行ったことと、婚約をしたこと自体を全て無かったことにしてはくれんか?」


 皇王の言葉は優しさに溢れて如何にも私を気遣うような口調でしたが、その裏には威圧的なオーラが出ており異議を唱えることを断じているようにも取れました。


 この皇王(ひと)は完全に皇太子とクラリス(あの二人)の味方です……。


 それどころか、パーティー会場の中にいる方々も皇太子――いや、クラリスの味方になっています――。


 かろうじて、現時点の私に非がないから敵意が向いてないだけで、もし皇王の問いに「ノー」と唱えれば直ぐ様、私は悪役になってしまうでしょう。


 もはやこの劇場の主役はクラリスで、私は彼女と皇太子の【真実の愛】とやらに立ち塞がる障害にしかなっていないのですから――。


“お前が身を引くだけでみんなが幸せになる”


 脳裏にそのような言葉が過ります。


 クラリスと皇太子は寄り添いながら私を見ていました。クラリスは何を考えているのか分かりませんが、可愛らしく首を傾げて、皇太子は父親が味方だと認識し元の顔色に戻っていました。


 私はどうすべきなのでしょうか? これだけの証人の居る中で身を引けば、皇王も私のことを悪く扱わないでしょう。

 十分な慰謝料の支払いをしてくれるに違いありません。


 ただ、皇太子の卑劣な行為は無かったことにされ、私はこれからの人生を金を貰うだけ貰った女として見られるでしょう。


 だからと言って「ノー」と言えばその瞬間に私は会場全体の敵になってしまう。


 私は不本意な二択を迫られていました。

 

 あの皇太子を今さら金を積まれて許せるのか? 私の人生を踏みにじったあの男はノーダメージで安穏とした生活に――。

 責任を取るというのは当人が痛い思いをすることではないのでしょうか?


「ありえない……」


 私は誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟きました。


 もうどうだっていい――。とにかく、あの男が憎いんだ――。


 だから私は――。


『やめておいた方がよろしいですよ。今の貴女は分が悪すぎます。もっともらしい理屈をつけて結論を保留にしてください――。さすればチャンスは必ず巡ってきますから――』


 私のすぐ背後で小さな低い声が聞こえました。おそらく聞き取れたのは私だけでしょう。


 なぜそのようなことを、私に? しかし、いい手かもしれません。私は声の正体も気になりましたが、振り返る余裕もなかったので返事を優先しました。


「皇王陛下……。今日の私は色々ありすぎて判断力が著しく低下しています。どうか、一週間ほど猶予をください。必ず返事をさせて頂きますので――」


 私は結論を先延ばしにしてほしいと主張しました。

 確かにこれなら、猶予が出来ます。


 皇王は髭を触りながら少し考えていました。



 そして、暫くの静寂の後――。


「そう……だな。グレイスの言うことはもっともだな。一週間、しっかり考えなさい――」


 皇王は思った展開と違うからなのか少しだけ顔を強張らせましたが、認めないわけにはいかないと思ったのでしょう。私に猶予を与えました。


 しかし、今日は負けです――。結局、皇太子に責任をとらせることは出来ませんでしたから――。


 私は気を落としながら、パーティー会場に残る気もしなかったので、待たせている馬車に乗り込んで帰ろうとしました。


「おや、これからお帰りですか? よろしければ、僕の馬車でお送り致しますよ。少しお話をしませんか?」


 城門の側で私はタキシード姿のシルクハットをかぶった男に声をかけられました。

 

 その低い声は先程、私に保留にするようにアドバイスした声と同じ声――。


 月明かりに照らされて長い銀髪が妖しく光っている端正な顔立ちの糸目の男は不敵に笑って私に近づいて来ました――。


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