Ep3 劇団皇太子
さて、城内のパーティー会場は見事に静まり返りました。
この騒ぎの当事者の一人になってしまった私には当然、見世物を見るような視線が突き刺さります。
さすがに仕掛けるならもう少し大人しくするだろうと予想していただけにこれは中々精神的にくるものがありました。
しかし、私には何ら後ろ暗いところはありませんので毅然として胸を張って立っていました。
まぁ、大好きなモンブランを食べている余裕はありませんでしたので、テーブルに食べかけを置いておきましたが……。
静寂を最初に破ったのは皇王陛下でした。
「グラインシュバイツよ、婚約破棄とは聞き捨てならん。さらに他の娘と婚約をすると宣うなど理解が追いつかぬ。よもや、何の理由もなくそのような酔狂なことを申しているはずもあるまい。まずは理由を聞こうではないか」
皇王陛下はゆっくりと威厳のある口調で諭すように皇太子に話しかけました。
少しだけ息子を買い被っている気もしないでもないが、この皇太子とは比べ物にならないくらい理知的だと感じました。
「畏まりました父上。そこにおるグレイスは真にけしからん悪女でございます。こちらのクラリスが可憐で大人しいことを良いことに陰湿極まりない嫌がらせを行っていたのでございます!」
皇太子は芝居がかった口調で私の悪事をでっち上げ、指をさして非難しました。
指をさされるというのは思いの外イラッとしますね――。
私のストレスと関係なく三文芝居はまだ続きます。
「可哀想なクラリス――。彼女は悪意に晒されても耐えていました。様子がおかしいことにいち早く気付いた僕は彼女への度重なる犯人を突き止めようと奮闘しました。ここにメモがあります。グレイスが悪事を働いた場所と日付です。密偵が見張りメモを書き記したのです。僕は驚きましたよ。まさか、婚約者たる彼女がこのような陰湿で下衆な人間性だったなんて――」
皇王の誕生パーティー会場はもはや皇太子の一人芝居劇場と化していました。尤も、演者は三流ですけど……。
身振り手振りでツバを飛ばしながら私について「無いことないこと」をペラペラと――。
もしかしたら半分くらいの人間は私が悪女に見えているのかもしれません。
気のせいかもしれませんが、先程から非難めいた視線を感じましたので……。
「――で、僕はこのグレイスは妻にするべき人間ではない。この心優しいクラリスこそ、僕の妻に相応しい。僕は真実の愛に気付いたのです!」
はい、【真実の愛】が出ましたー。本当に言いたい放題です。
皇太子の突然の告発にパーティー会場の皆さんはざわつき始めました。
まさか、皇太子が言いがかりでそんな支離滅裂な事を言うはずが無いと思っているのでしょう。
まさに私は悪役として衆人に晒されている状態になっていたのでした。
「ふむ、そなたの言い分はわかった。密偵に書かせたというメモを見せてもらっても良いか?」
皇王陛下はひげを触りながら静かに声を出しました。
「もちろん、お見せ致します。この女の悪行のすべてが書かれていますから――」
皇太子はニタリと笑い、勝ち誇った顔で私を見ました。
悪行のすべてですか……。
周囲の方のざわつきも一層大きくなっています。
――皇王陛下はひと言も発さずにメモを読んでいました。
そして、数分後。いい加減周囲の視線が痛くなってきた頃、皇王陛下は咳払いをしました。
「コホンッ。――はぁ、我が息子がこれ程のうつけ者だったとは。情けない……」
皇王陛下は右手で顔を覆って残念そうな声を出しました。
「父上、それはどういう意味ですか? うつけとは聞き捨てなりません!」
皇太子は思っていた反応と違っていたので少しだけ動揺して大声を出していました。
「何度でも言おう。お前はうつけ者だ。密偵に書かせたなど雑な嘘をつくのなら、筆跡くらい変えるか代筆を頼むくらいの頭は働かせたらどうだ? この字はお前の字の癖が嫌というほど目に付く! 親である余を騙せると思うたか?」
皇王陛下の発言に皇太子はあからさまに「しまった」という表情をしました。
いや、私もびっくりですよ。まさか、堂々と自爆ネタを仕込んで来るなんて思いませんでしたから。
「父上、それは何かの偶然だっ! 神に誓って僕は父上を謀ろうなんて考えてないっ! そのメモは本当に証拠なんだよ! あの女が性悪だという確かな証なんだ!」
最初の自信満々の表情は何処へやら、彼の顔はひと月前に私に見せた真っ赤な顔になっていました。
どうやら想定外のことが起こって動揺すると分かりやすく変色する様です。
どうでもいいですが、ポーカーとか弱そうだなとか思ってしまいました。
「黙れ! 馬鹿者! グレイスがひと月前に余に自分の行動を監視してくれと頼んだ理由がよく分かった! 実は余も密偵にグレイスの素行を探らせていたのだ!」
皇王陛下は大声で皇太子を怒鳴りました。
そう、私は皇太子が何かをでっち上げることを予測していました。
ですから、自衛は当然していたということです。