Ep23 鉄槌
「なっなっなんで? お前らが――」
皇太子はまるで幽霊を見たような表情をしていました。
残念ながら、私はまだ幽霊を見たことありませんが、きっと見たらあんな風に狼狽して腰を抜かしそうになるのでしょう。
そして、皇王は話が違うと目で訴えるような顔をしていました。
皇太子から殺したと報告を受けて、教皇を欺こうとした結果がコレですからね。文句も言いたくなるでしょう。
「皇太子殿、アレクトロン皇家の男子には首筋にひし形の痣がある。そこの赤子にもあるように見えるのじゃが、お主の子で間違いないかのう?」
「私の子であります! 教皇様!」
なんと、皇王が挙手をして自分の子だと主張しました。
確かに、それでも話は成立しますが、それはあまりにも――。
「それはあまりにも、無理がある気がするのじゃが……」
教皇は少しだけ呆れ顔をしていました。
この皇王、意外と往生際が悪いですね。しかも、その場しのぎの発言で自らの首をグイグイ締めているような気がします。
「何を申しますか、教皇様、お恥ずかしい話ですが、私はまだまだ元気でございます!」
何仰っているのですか? この皇王は……。国のトップが割と最低の発言をしているという自覚はあるのでしょうか?
「はぁ……。そこのご婦人方、お主らの赤子は皇太子の子か、それとも皇王の子か? 手出しはさせぬ、正直に答えなさい」
教皇はため息交じりに皇太子が孕ませた二人の女性に質問をしました。
「皇太子殿下の子で相違ありません。申し訳ありません。婚約されていることを知らず、知るときにはもう手遅れで――。金を握らされ、有耶無耶に――。ぐすっ、知らぬ事とはいえ、最低な私に対して、グレイス様は命を助けてくれました――」
「皇太子様の子です。わたくしも、“真実の愛”という言葉をかけられたにも関わらず、知らぬ間に婚約発表をグレイス様とされて、以後、金を渡されて、連絡を絶たれ……。その上、いきなり暗殺者を送り込まれて――」
二人は皇太子の息子ということを主張し、暗殺者のことも話しました。
「やつら、適当な仕事をしやがっ――。痛っ、父上、何をっ!」
皇太子はまた自爆しかけて、皇王に蹴り飛ばされていました。
ここまで阿呆だと、逆に清々しいですね――。はぁ、クラリスが味方から離れると、こんなにチョロい相手になりますか。
「教皇様、これはそのっ違うのです! 最初から説明を――」
「もうよいっ!」
教皇は不機嫌そうに怒鳴りました。
「「ひっ!」」
「皇族とは、権力にあぐらをかく事が仕事ではない! 国民の模範となり、法とモラルを守り、魂を磨き、神に恥ずかしくないように生きる。それを忘れよったか! ワシを謀るのは、まだ許せる。しかし、自らの責任を果たすどころか、邪魔者になれば消そうとする。これは王道どころか人道に反する――」
教皇はそこまで言うと一呼吸置きました。
さて、どうなりますか?
「アレクトロン皇家に国を支配する資質なしと見なす他なかろう――。故に、クラムー教皇の名に置いて、アレクトロン皇家から皇国の支配権を剥奪する――」
教皇は静かに、しかし威厳に満ち溢れた声で宣言しました。
やりました――。まさか、皇族を相手取ってここまでやり込めるとは――。
「――ふっ」
アレンデールも満足そうな顔をしています。ここでは、静観しかしていませんでしたが、彼の力なしにはこうはいかなかったでしょう。悔しいですが――。
「かはっ……、かはっ……。余の、余の、皇国が……。おのれ、バカ息子がっ! 教皇様、すべてはこの愚息が原因です。このバカは死罪にする故、どうか、剥奪だけは――ご容赦を――」
皇王は地べたに頭を擦りつけて許しを乞います。
さすがに受け入れられませんよね。しかし、皇太子は親にも見捨てられましたか。
「ワシに二言はない! なぜなら、ワシは自分の言動にくらいは責任を持っとるからな――。最後くらい、責任を取ろうという姿勢を見せると思うたが、ひたすら保身ばかりを主張しよって!」
教皇は皇王の必死の弁解を一蹴しました。
これで、晴れて皇族は崩壊ですね――。
皇太子? 何ですか? その目付きは――。
「お前のせいで――。この悪女めっ! せめて、お前だけでも――」
皇太子は短剣を抜き、私に向かって突撃してきました――。
「グレイスお義姉様!」
クラリスが悲鳴を上げました。
皇太子は短剣で私の心臓を刺し――。
「――やれやれ、アルティメシア嬢を助けて恩を売ろうと思いましたが……」
「はぁ、貴方にこれ以上恩着せがましくされるのは勘弁して頂きたいですね――」
「げぎゃぁぁぁ! 腕がぁぁぁぁ!」
私は皇太子の腕を捻りながら、アレンデールの顔を見ました。
これでも、幼いときから、両親の勧めで10年以上も護身術の稽古を積んでいましたから――。
素人の短剣くらい捌くのは簡単です。
「くそっ、くそっ、殺してやる!」
皇太子は足をジタバタさせて叫んでいます。無駄です――。
絶対にその姿勢から刃物は当たりませんから――。
しかし、せっかく暴れられてくれてますし、少しだけ、私の復讐に華を添えましょう。
「皇太子殿下、私、忘れてませんよ――。貴方に打たれた頬の傷みを――。傷が癒えても、胸の中にはずぅっと残っております――」
私は静かに皇太子の耳元で囁きました。
「はぁ? それは、お前が、ふざけたことを言うから、調教してやったんだろっ! 女の癖に生意気なことを言うからっ!」
皇太子は大声で暴れながら喚いてます。
「はぁ、私は貴方を見限っていますから、調教する気はありませんが――。ただの仕返しだけさせて貰いますね――。安心してください。一発だけですから――」
「――まっ待て! 一体何をっ!」
皇太子は狼狽え、顔を歪ませました。あらあら、自慢の端正な顔立ちが台無しですね……。まぁ、これからもっと台無しになるのですが――。
「――ああっ、こんなにっ! 暴れられては、押さえつけられませんっ! それでは、ご覚悟をっ!」
「へぎゃっぴっ!」
大きな破裂音が皇太子の頬から奏でられ、彼は床に激突して倒れました。
――ふぅ、我ながら少々執念深いと思わないわけではないですが……。
とっても、スッキリしました――。ええ、はしたないのはわかっております……。
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