Ep19 誓約
「お嬢様? アルティメシア嬢?」
「――はっ」
私はアレンデールへの不信感で頭がいっぱいになり、ボーッとしてしまいました。
「どうしました? こんな時間ですから、眠たくなるのも無理はありませんが……」
ネズミの姿のアレンデールは不思議そうな声を出していました。
「いえ、毎回随分と手際が良いと思いましてね――。その手際の良さで皇太子にそこの彼女をけしかけさせたのではないですか?」
聞いてしまいました。どうしても我慢出来なくてこの男に――。
もし、全てが仕組まれたことならば私は――。
「ふぅ、そう来ましたか。貴女は本当に聡明ですよ――」
ネズミはベッドから降りて、もとの姿に戻りました。
暗がりの部屋にも関わらず、アメジストのような瞳は妖しく光を放っています。
「グレイス=アルティメシア様に、ひとつ謝罪することがあります」
アレンデールは私の顔をマジマジと見つめました。
やはり――この方は――。
「僕は知っていました。皇太子と聖女ちゃんの関係を……、貴女が知るよりもかなり前に――。それを黙って機を窺ってました。それは、僕の都合でです。リルアちゃんは、何度も貴女に言おうといってくれてましたが――」
「えっ? 貴方がけしかけたのでは?」
「いや、なんでそんな面倒なことを? というよりも、けしかける作戦を実行するならわざわざ聖女ちゃんみたいな爆弾娘を使いませんよ。それに、ハニートラップの作戦は貴女が婚約したからリルアちゃんに懇願されて見送っていたのです」
アレンデールは手を振って否定しました。
あっ――それもそうですね――。
「えっ、まさかアルティメシア嬢は僕のこと疑っていたのですか? 心外だなぁ」
「貴方が真面目な態度なら――ってよく聞いていましたら、最初はハニートラップを仕掛ける気だったのではないですかっ! それにしても、リルアさんが反対されたのには何か理由があるのですか?」
私は疑問に思って質問しました。
「ああ、リルアちゃんは貴女にあこがれているのですよ。学生時代は貴女の文武両道さ加減がとてもカッコ良かったと言っておりました」
「私がカッコ良い――のですか?」
「ええ、とても……」
何だか釈然としませんが、リルアは信頼出来る気がしますし――。
「では、貴方は私を嵌めようとはしなかったのですね」
「まぁ、証拠は出せませんが、リルアちゃんに誓って」
「そこは神じゃないのですね」
「一応、悪魔の血が流れてますから――。そこの聖女ちゃんにも誓いましょうか?」
アレンデールはニヤリと笑いました。こういうところが信用なりません。
「あと、利害が一致するまでの共闘と言ってますが、例え、僕の目的が達成できなくても貴女の目的を完遂するための味方くらいにはなりますから――」
アレンデールの表情は柔らかくなりました。やさしく私を見ています。
「はぁ、その気もないのに適当なことを――」
「――僕は冗談は言いますけど、適当なことは言いませんよ。僕にとってリルアちゃんは一番大切な妹です。その妹が“大切なグレイス様”は僕にとっても大切な女性なのですよ。ご理解ください」
――大切な女性。この男が“人でなし”なのは承知していましたが、言葉一つで心が軽くなるのを感じました。
「なっ何を似合わないことを仰っているのですか? さっさと姿を変えて下さい。クラリスが起きたらどうするんですか?」
「おっと、これは失敬。そうですね。伝えたいことは伝えましたので、くれぐれも短気は控えて下さいよ。グレイスさん」
にこやかに笑いながらアレンデールはネズミに姿を変えました。
初めて私のファーストネームを――。まぁ、どうでもいいですけど……。
「言われなくとも、承知しています! 貴方こそ、大事なところでヘマしないで下さいね。貴方がずっと味方をするのは勝手ですけど、私は手助けしませんから」
「おやおや、相変わらず手厳しい」
アレンデールは楽しそうな声を出して去っていきました。
まったく、殿方を相手にここまで感情的になったのは初めてです。
本当に嫌な男です――。はぁ……。