Ep18 急転
何故、こうなりました――?
私のベッドで私の隣に寝ているのは――クラリスです。
ええ、そうです。私から婚約者を奪った女が隣でスヤスヤと寝息をたてて眠っています。
『怖い夢を見ましたぁ』と言って、私の部屋にやって来て、気付いたときには先に寝てしまうという早業。
いや、確かに私は彼女に言いました。『貴女は大切な義妹なのですから、困ったことがあれば遠慮なく声をかけなさい』と言いました。
――ですが、さすがにこれは厚かましいです。
しかし、彼女の『キレる』ツボが解らないのに無碍に扱えるべくも無く――。
今に至るという訳です。
ふぅ、本当に無邪気に眠っていますね……。人の気も知らないで。
何をやっているんでしょうか私は――。
婚約者が夢中な女を義妹にし、婚約者が孕ませた女とその子を匿い――。
復讐の為と割り切ろうにも簡単には割り切れない部分があります。
いっそこの子を殺して、スキを見て皇太子も殺してしまえば、私も死ぬでしょうが全てが終わるのでは?
半分本気でそのようなことを考えると、無意識にクラリスの首に両手を伸ばしていました。
「馬鹿なことは止めておきなさい。はぁ、ちょっと心配して来てみれば貴女は――」
アレンデールの声がしました。
しかし、姿は見えません。というより、私の部屋に入れるはずがないですよね。
「聖女ちゃんに手を出したら負けますよ。そんなことが聡明な貴女にわからぬはずがないでしょう」
ベッドの上に一匹のネズミが登ってきて、アレンデールの声を出しました。
「あっ――、あっ――」
私はパニックになり言葉を失いました。ネズミが、人間の言葉を――。
「おっと、驚かせちゃいましたか。魔法ですよ。魔法で姿を変えました。ちなみに防音魔法も僕と貴女の間で使ってますので、聖女ちゃんには僕の声は聞こえません」
ネズミの姿に変身したアレンデールの様です。何でもありですか、貴方は……。
そもそも、レディの部屋に殿方が入るなど、許されません。
「まぁまぁ、そこは緊急事態ということで大目に見てくださいよ。僕だって好きでこんな姿になっているんじゃあないのですから」
アレンデールは火急の用事でここに来たと言っています。何のことでしょう?
「そりゃあもちろん、アルティメシア嬢の寝巻き姿を拝見す――。ストップです、ストップして下さい、そんな分厚い本が直撃すると本当にシャレになりませんから――。――もー、軽い冗談ですよぉ」
「貴方の阿呆な発言には辟易しているのですよ。ストレスも溜まっているのですから――」
私はネズミを睨みつけました。
「そうですねぇ。ストレスの捌け口に僕を使うのでしたら、また今度なら歓迎しますよ。聖女ちゃんにぶつけるのだけはくれぐれもご容赦を――。それこそ、皇太子のひとり勝ちを許すことになりますから」
彼は飄々とした態度で私を諭しました。
まさか、怒りの矛先をわざわざ貴方に向ける為に挑発を? 食えない男です。だから気に食わないのです。
「さあて、少しは冷静になりましたかね? では、お話しましょう。【クラムー教】の預言者が【聖女】としてクラリスを指名しました。これがどういう意味なのか分かりますか?」
クラムー教――世界中に信者がいる最大規模の宗教です。
人の魂は生まれながら穢れがあり、祈りにより魂が浄化され救済されると信じられています。
アレクトロン皇国の国教でもあり、クラムー教皇は世界中の国家の王族以上の権力があり、王族を裁くほどの力を持っています。
クラムー教の【聖女】は神の魂の欠片を生まれながらに持っていると言われ、その魂は無垢そのもの。故に人間と神を繋ぐステージに位置し、神と唯一対話が出来るとされています。
クラリスが《聖女》と呼ばれていたのはあくまでも比喩表現でしたが、本物の【聖女】として指名されるなんて――しかもあまりにもタイミングが良すぎます。
――まさかっ、アレンデール、貴方が……。
「ビンゴですよ。さすがに察しが早いです。僕が、正確にはリルアちゃんがクラムー教のアレクトロン支部の幹部と親友でしてね。そのコネを利用して、預言者さんに聖女ちゃんを昨日見てもらったんですよ。そしたら、もう、イチコロだったみたいです。聖女ちゃんの神秘的な力に――」
「――そうですか。では、近々クラムー教皇と預言者が……」
「ええ、そうなります。そして、これはチャンスです。意味はお分かりですよね?」
「貴方が恐ろしい。自分の計画に完全に私を利用したのですね――」
【聖女】の指名ということは、預言者だけでなく教皇もアルティメシア家に来ます。
クラリスは本当の【聖女】に――。
その機会に彼女を利用して、皇太子を糾弾し、あわよくば皇王をも引きずり下ろすつもりなのでしょう。
クラリスにローレンスを接触させ皇太子への情を減らし、暗殺者の件はさらに不信感を増している今なら――。
このタイミングで、しかもアルティメシア家というホームグラウンドで皇王以上の権力者を味方につけるチャンスを生み出すとは――。
全てがこの男の思惑通り――。彼の目的は皇族への復讐で、長い間、この計画を練っていたのでしょう。あまりにも緻密な手回しの良さに私はある一つの疑問が生まれました。
“皇太子が私と婚約し、その後クラリスに鞍替えしたこと自体がアレンデールの計画の中に組み込まれたものなのでは?”
最初から私は彼の駒だった。全ては偶然じゃなくて必然だった。
そんな疑問が私の頭を駆け巡ったのです。