Ep15 ローレンスとクラリス
「あっあの、ごっごめんなさい! あたしったら、ドジでよろけてしまいましたぁ」
クラリスは顔を赤らめてローレンスに謝罪します。
いや、ドジじゃなくて突風のせいですから、相変わらず、仕草のひとつ一つが愛くるしい子ですね。
当事者でないところから見ると、まるで小動物を愛でている気分になります。
「いえ、私の方こそ失礼を――。か弱いレディが側に居て、風下に立つなんて配慮不足でした。君が羽毛のように軽くて助かりましたよ。大丈夫ですか? 怪我などは?」
ローレンスは優しく微笑みながら、クラリスを見つめました。
彼の大柄な体に似合わない繊細な動作はどこか涼し気で無駄がなく、謙虚な言葉遣いが一層彼の気高さを現しているように見えました。
ダルバート王国の高貴な令嬢たちが彼を取り合ってとんでもない修羅場を起こしているという噂を聞いたことがありますが、事実かもしれませんね。
「だっ大丈夫です。ほらっ、この通り――きゃっ」
「おっと、ふふっ、危なっかしい娘さんだ」
何ということでしょう。抱き寄せられた状態から元に戻った途端に、自分の足に躓いて、彼の胸に再びダイブするなんて――。
クラリスの天然男殺しパワーに圧倒されて私は一瞬呆然としてしまいました。
数々の女性に言い寄られ、未だに独身のローレンスはスルースキルは高いと見てましたが、すでにクラリスを見る目つきが変わっている気がします。
はっ、早くクラリスに近づかないと……。自分の仕事を忘れるところでした。
私はエリーカに指示を出して馬車をクラリスの実家の前まで進めさせて、二人の前で降りました。
「ごめんなさい。少しだけ準備に時間がかかってしまいました。あら、クラリスさん、そちらの方は――」
「あっ、グレイスお義姉様。この方はええーっと……」
クラリスはローレンスの顔をジッと見つめて、少しだけ首を傾げて顔を赤らめました。
「――私はただの通りすがりの旅行者です。大した者じゃあありませんよ。それにしても――姉妹揃ってお美しいのですね」
ローレンスは思ったとおりの反応です。そりゃあ隣国の皇太子なんて名乗れるはずがありませんからね――。
「いやぁ、ローレンスさん。遅くなって申し訳ありません」
ローレンスが誤魔化した途端にアレンデールが何食わぬ顔をして声をかけました。
一国の皇子に対してこのふてぶてしい態度、本当に図太い神経をしていますね。
「しーっ、ちょっと、アレンデールくん。困るよ、外で私の名前を呼ばないでって何回も言ってるじゃないか」
ローレンスはアレンデールに詰め寄って苦言を呈します。
しかし、本当に気を許しているのか二人はとても親しげに話していました。
「これはこれは申し訳ありません。しかし、貴方が楽しそうに美女たちと話していたものですからねぇ。独り身としちゃあ嫉妬の一つもするってものですよ」
アレンデールは悪びれもせずに軽口を叩いていました。
「ふぅ、君は相変わらずだなぁ。別に私は彼女らを口説いていたわけじゃない。たまたま、風がだねぇ」
「はいはい、そういうことにしておきましょう」
「本当なんだってば――」
アレンデールとローレンスはしばらく言い合いをしていました。
実際、その“風”を起こした張本人が目の前に居るのですが、アレンデールの飄々とした態度からそんなことを想像するのは無理でしょう。
しかし、先程の打ち合わせ通りにするのでしたら、そろそろ頃合いですか。
「あのう、間違っていたら申し訳ありません。貴方はもしかして、ダルバート王国のローレンス皇太子殿下ではありませんか?」
「――えっ? 貴女は私の顔を知っているのですか?」
「それは、もちろんですわ。申し遅れたご無礼をお許しください。私はグレイス=アルティメシア。アルティメシア公爵の長女でございます。殿下には去年、父に連れられて参りましたダルバート王国の建国記念のパーティーでご挨拶させていただきました」
私はローレンスに自己紹介しました。
「ああ、そうでしたか。これは、お恥ずかしいところを見られてしまいました。――そういえば、アルティメシア家のお嬢さんといえば、グラインシュバイツ皇子の婚約者さんでしたよね? 貴女のような美しい方と結婚出来るなんてこちらの皇子が羨ましいですよ」
ローレンスはもちろん悪意など持っていなかったのですが、少しだけ心にチクリと刺さりました。
「……」
おや、クラリスはだんまりですか? というよりも物思いに耽って何も耳に入ってない感じですね。
確かにまだ正式に婚約破棄していませんので私は未だに皇太子の婚約者ですし、否定もおかしいですから。
「ローレンスさん、いけませんよ。アルティメシア家のお嬢様がどんなに美しくても口説いては……」
アレンデールは意地悪く笑いました。
「バカ言うな! しかし、こちらの妹さんには興味がある……。私は今まで“運命の出会い”など信じなかったが……。クラリスさん、でしたっけ? 君を好きになってしまったようだ。国に連れて帰りたいって思うくらいにね」
「えっ、そんな……、困りますぅ」
ローレンスは真剣な顔付きになってクラリスを見つめていました。
ええーっと、狙ってはいましたが、思ったよりも数倍も展開が早いのですが……。
完全にクラリスの“愛され力”を過小評価していました。
私とアレンデールは予想外の早さについ顔を見合わせてしまいました。